まずは金太郎一家が束ねる山々を越えなければなりません。しかし、それも以前の話。金太郎も桃太郎が生まれた年に息子が生まれて今となっては先代のような非道な行いをする者たちもおりません。しかしそれでもかつての配下であった熊達は森の中を徘徊しています。
「もーもたろうー桃太郎ー、お腰に付けたーきび団子ー。一つー私にギヴミープリーズ! やらん!」
桃太郎もご機嫌で歌を歌っていました。熊や他の獣達が襲って来ません。木刀を振り回し、謎の歌を口ずさみながら意気揚々と歩く青年の姿があれば誰しも近寄りたいとは思わないでしょう。
桃太郎が山の中腹に差し掛かった辺りで一頭の熊と出会いました。それは紛れもなく熊です。頭に三日月の兜を被った隻眼の熊は先代金太郎の舎弟である証。
「おや、熊だ」
「ああ、貴方は桃太郎。ご無沙汰しております」
「今日はどうなされた」
熊の手には貝殻の指輪がありました。それはとてもきれいな物で、とてもではありませんが熊の持つべきものではありません。
「実はこれを落とした少女がいたのです。その子を探しているのですが中々見つからなくて困り果てていました。彼女に声を掛け、渡そうとしたのですが……「いやぁぁぁ熊ぁぁぁ!」と半狂乱状態で絶叫しながらサブマシンガンを乱射して走り去ってしまったのです」
「それはお気の毒に。その少女の特徴はなにかありませんか」
「赤いずきんをかぶっていました。ランチバスケットを持って」
桃太郎はお世話になった熊の事を思い、鬼退治の旅路ですが少し寄り道をすることにしました。
「熊さん、私も貴方の手伝いをしましょう。きっと彼女も困っているはずです」
「ありがとう桃太郎。しかしなにか心当たりでも?」
「そんなものは、ない。彼女の行きそうなところとか行動から思い当たりませんか」
「そういえばランチバスケットを持っていました。どこかに向かっていたようにも思えます」
二人はハッと思い当たります。山の外れにあるお菓子の家に一人の老婆が住んでいることを。
「きっとあそこに行ったのでしょう。早速行ってますか」
「うむ」
「では私の背中に乗りなさい桃太郎。かつて先代金太郎様に馬としての稽古をされていた私の脚ならばすぐに到着します」
「では失敬」
桃太郎が四つん這いになった熊の背中に跨ります。
「……やはりなにか違う。くっ、私の背中にしっくりくるのは先代金太郎様だけだと言うのか……! ガオオオオオオオオオ!」
熊は叫びました。桃太郎を乗せて違和感と共に走ります。先代の金太郎もまた、おじいさんと共に鬼退治に向かった歴戦の勇者でした。熊の片目もまたその時に失われた物です。あの日の雪辱を忘れたことはありません。
そして、あっという間に到着したお菓子の家。煙突からはもくもくと煙が上がっていました。
「壁はクッキー、煙突はなにで出来てるんだ?」
「トッポです」
「なら最後までチョコたっぷりじゃないのか」
「……チョコだけ食べたとか」
「おのれ腐れ外道! 許すまじくそばばぁ! てめえの血は何色だぁ!」
桃太郎は激しい憤りを感じながらクッキーの扉を開けます。内装までもがお菓子一色の家に甘い香りが腹を空かせました。
するとマシュマロの枕に布団をかぶって寝ている人影があるではありませんか。この家に一人で住んでいると言う老婆でしょうか? 桃太郎は声を掛けました。
「おばあさん、貴方は煙突のトッポをチョコだけ食べると言う非道な行いをしましたね!」
「ぬぁんだってぇ、聞こえないねぇ?」
「おいババァ! 貴様のそのでかい耳は飾りか! 流行りの犬耳バンドで萌え萌えの女子力アップ狙ってるのか! キモい!」
「聞こえないってんだろ!」
「聞こえてるじゃねーか」
桃太郎は私情を置いておき、まずは赤いずきんの少女について尋ねました。
「おいババァ。赤いずきんの女の子が此処に来なかったか」
「ぬぁんだってぇ、よく聞こえないねぇ?」
「おいババァ! この流れさっきもやったぞ! 空気読めよ! KY! 調子に乗って場の空気を冷ました挙げ句次から距離を取られるタイプだな! だから老後にぼっちでここで暮らしてるんだな! ざまぁババァ!」
「てめぇこらぁ表出ろやぁごるぁ!」
布団から飛び起きた老婆の影が桃太郎に襲いかかります。咄嗟に木刀で防いだ桃太郎でしたが、そのままクッキーの壁を壊して外まで転がりました。
なんということでしょう、老婆だと思っていた相手はなんと狼でした。金太郎一家から追い出され、それ以来ならず者として生きてきた人食い狼です。そのお腹は丸々と太っていました。
「お前は! まさか人食い狼!」
「てめえは先代の右腕! おのれ、お前のせいで俺はこんな辺鄙な場所でゴミを拾い、雑草を抜き、不法投棄するけしからん連中を追い出すのが日々の日課となった! 許さねぇ!」
「山が毎日人知れず綺麗になっていたのはお前のおかげだったのか! ありがおー」
「非っ常に申し訳ないが媚びてもかわいくない!」
「お前には地獄すら生ぬるい……!」
「ふん、だがまずはそっちの人間からだ! オレサマ、オマエ、マルカジリ!」
桃太郎はかぶりを振り、木刀を支えにして立ち上がります。
「お前のようなババァがいるか!」
「人食い狼です桃太郎」
「なに、じゃあババァじゃないのか! おいこら人食い狼! お前お菓子の家のババァを知らないか!」
「ふぅん、かわいい孫娘と一緒に俺の腹の中だ!」
「……念のため聞くがお前は雄か」
「おう」
「男なのに帝王切開……」
「────」
ボソリと呟いた桃太郎の一言に一瞬だけ静まり返りました。
「さぁ行くぞ人食い狼! かかってこい! お前の腹を斬り裂いて赤いずきんのかわいこちゃんと外道ババァを助けてやる!」
「お、お前あのばあさんに何の恨みが……」
「やかましい。腹を斬らせろ」
「ひぃ、なにこの人間怖い!」
熊は思います。桃太郎と人食い狼が戦えば、実力の差は歴然。今は落ちぶれているとはいえかつては同じ釜の飯を食った仲です。熊は人食い狼に情けを掛けました。
「桃太郎、ここはひとつ穏便に。我々の用があるのは赤いずきんの女の子と腐ったババァだけ。奴と戦う理由はありません」
「……確かに。熊さんの言う通りだ。命拾いしたな人食い狼」
「だ、だだだだが俺はただで返す気はないからな!」
「なら俺のきび団子をやろう。それでどうだ、悪い話じゃないだろう?」
「美味そうだな……よし分かった! 少し待ってろ」
「何処に行くんだ?」
「吐いてくる」
※大変ショッキングな音声と映像の為、赤ずきんと熊の華麗なカバディをご想像してお楽しみください※
「助けていただきありがとうございます。一時はどうなることかと」
「いえいえ、お礼はいりませんよ。ちょっとずきんが溶けてるお嬢さん。それよりこの貝殻の指輪を落としたのは、貴方ですよね」
「まぁありがとう。突然声を掛けられてビックリして逃げてごめんなさい熊さん。お詫びと言ってはなんだけれど踊りませんか?」
「喜んで、マドモアゼル」
「イヤー!」
「なんで!? 桃太郎ナンデ!?」
「お前に明日を生きる資格はねぇ! トッポのチョコだけ食うような外道に情けなし! チェストー!」
「煙突の話!? あれは違うんじゃ! 重ねたチョコワをコーティングしただけで決して!」
「なんだ、違うのか……ちっ、切り損ねた」
「桃太郎怖い……」
「そういえば熊さんや、金太郎は?」
「ああ、金太郎ですか。休暇取ってベガスに飛びましたよ」
「では帰ってきたら鬼退治していると伝えてください。それでは」
「お気をつけてー」
おや? 人食い狼が付いてくるではありませんか。
「どうした人食い狼。腹を裂かれたいのか」
「そんな趣味はない! お前と一緒に居た方が面白そうだと思ってな。きび団子も美味かった。俺を旅のお供にしてくれ」
「別にいいが、きび団子はあまりやらないぞ。俺が食う分が無くなってしまう」
「恩に着る。かたじけない。コンゴトモ、ヨロシク」
こうして人食い狼が旅のお供につくこととなりました。