「桃太郎」
「はい……」
「落ち着いたか?」
「ああ。だから頼む、指を離してくれ」
「俺がこの指を抜いてから……そうだな、一分だ」
「どうなるんだ……」
「一分以内にボケると非常に強烈な便意を催す」
「なん……。俺は三分に一回ボケないと死んでしまう仮病なんだ!」
「本当か桃太郎!?」
「マジなんだ!」
「嘘だろ」
「ああ、嘘だ──ぐぉおおおおおお!! 尻がぁあああああああ!!!」
「言ってから十秒も経過してないぞ」
桃太郎は両手で腹を押さえながら走り去りました。その後ろ姿を見て、ふとジャックが思います。
「なぁ浦島。桃太郎はどこのトイレに駆け込んだんだろうな?」
「知らん。さぁ今のうちに金銀財宝を持って逃げよう」
「そうするかー。おい狼、そっち持ってくれ」
「重っ!」
「当たり前だ。中には昔襲った海賊船から略奪……ゲフンゲフン! 海原で拾った金貨だらけだからな」
「アンタ、今……」
「さぁー運ぶかー!」
狼から猜疑の眼差しを向けられますがジャックは一向に目を合わせようとしません。
そこに桃太郎が戻ってきました。
「浦島ぁ! さっきはよくもやってくれたな! ヒャッハー金銀財宝ダァー!」
「オラァ! どりゃあ! そいやぁ! 桃太郎、お前は学習能力がないのか」
「げふぅ! ぐほぁ! すいませんでした! 何も三回も殴る事はないだろう浦島! 一発蹴らせろ!」
「すまんかっ──ぐぉあああああああ!!」
「太郎一族秘伝技・爆裂四散エメラルドボンバー!」
「桃太郎、今十四発蹴っただろ!?」
「いや、爆裂四散ダイナマイトランチャーシュートは十四発で一回の蹴りだ」
「そうだったな、ならこれでチャラにしよう」
桃太郎の一撃で重傷を負った浦島は口元から垂れる血を拭い、フラフラと立ち上がります。
「大丈夫ですかね浦島さん。というか何してんですかあの二人」
「俺は太郎一族じゃないからよく分からないが、なに。直に慣れる」
「慣れたくないと思ってしまった俺はどうすれば……」
「その時は桃太郎の非常食だ」
えっほえっほ、ジャックと狼は掛け声を合わせて巨人の館を後にしました。館の外から中の騒動をしばらく眺めてましたが、猫の鳴き声が騒がしいままです。まだニャングマフィア達が暴れているようでした。
「遅いな、アイツら」
そうジャックが呟いた矢先に巨人の館が爆発していくではありませんか。次々に崩れていく館から巨人が逃げ出してきました。ニャングマフィア達も一斉に逃げ出してきます。
「おい、どうしたんだ一体!?」
「ふみゃあ!? ウチらじゃないニャ! 二人が喧嘩を始めたんニャ!」
「なにぃ!? 狼、財宝持って下まで降りるぞ!」
ジャックの慌てように狼は急かされ、エレベーターに乗り込みますが重量オーバーのブザーが鳴りました。
「くそ、走って降りるぞ! ぐずぐずするな、急げ馬鹿!」
「なんでそんなに焦ってるんだジャック!」
「うるさいアホ! なんで俺だけタメ口なんだお前! 間抜け! ハゲ! 走れ!」
「せめて理由だけでも」
「骨やるから黙って走れ!」
「応ッ!!!」
ジャックと狼が豆の木のエレベーターに乗った地点まで到着して一息入れていたその時、扉が勢いよく開くと中からボロボロの桃太郎と浦島が出てきました。息も絶え絶えな様子で倒れ込みます。
「お前らまた喧嘩したのか」
「ああ、こじれた言葉のデッドボールでな」
「お前の表現方法がねじくれてる」
「上で何してきたんですか桃太郎さん」
四人で財宝の詰まった箱を持って降っていきました。しかし桃太郎と浦島は疲弊しているので手をかざしているだけです。
「ああ、浦島とちょっと殴り合いをしたんだ。納得がいかないと言い張ってな。一発は一発、三発を一発で譲歩したというのに」
「あのあとお前は二発殴っただろう!」
「一発だよ! 疾風怒濤サンシャインブレイクは一発にカウントだろう!」
「ことごとくネーミングがダサい!」
「仕方ないだろう。太郎一族は技を洗練していく内に名前も改良されていったんだから」
「じゃあ初めはどんな名前だったんですかそれ」
「真空正拳突きだが?」
「どうしてそうなった!?」
四人がジャックの家で一段落していると、雷鳴のような声が降ってきました。何事かと外を見れば巨人の一人が豆の木から降りてくるではありませんか。その顔には見覚えがあります、他でも有りません。廊下の真ん中でサンバを踊りながら半日アニメソングを熱唱していたジャックを踏み潰そうとしていた館の巨人でした。
「チィッ! 野郎、もう財宝が盗まれた事に気付きやがった!」
「というよりは家を壊されて怒ってるようにも見えるが」
壊した張本人である浦島の言葉に誰も何も言いません。黙って武器を用意すると外へと出ました。
「おいジャック。何担いでるんだ?」
「M72ロケットランチャーだ! オラオラァ食らいやがれぇ! おい桃太郎、そこの箱こっちに引きずってくれ。そうそうそれだ、サンキュー」
箱の蓋を開けると大量に詰め込まれた使い捨てのロケットランチャーが入っていました。ジャックはそれを使いきる勢いで撃ち続けます。すると巨人が掴んでいたつるが千切れ、大草原に落ちました。地面が揺れて四人は尻餅を着きます。
「いててて……ケツが」
黒煙に包まれた巨人がうめき声をあげながら起き上がろうとしていました。
「あれだけ食らってまだ立ち上がるか!」
「ウガァアアアア! この小人めが! よくもやってくれたな!」
巨人の声は海まで届きそうなほどの大声でした。
「クッソウ、案外タフな野郎だ。だったらこれでどうだ! 食らえ、Mk19オートマティック・グレネード・ランチャー!」
家の壁から飛び出ていた突起物を引っ張ると、中に隠されていたグレネードランチャーが現れます。ジャックはすかさず狙いを定めると巨人に向けて撃ち続けました。
「ぐわあああ、おのれ、グワー!」
他の三人はその光景を眺めています。
「……あれ、案外巨人って弱くね?」
「確かに。あれなら秘孔も突けそうだ」
やれる! ──そう確信した三人は巨人に向かって走り出します。しかし軽く手で払われただけで三人は木の葉のように吹き飛びました。
「ちくしょうつええ! どういうことだジャック!」
「冷静に考えてお前ら本当は馬鹿だろ! 近づいたらやられるに決まってるだろうが! だからこうしてグレネードランチャー撃ってるんだ!」
「それもそっかー、それよりジャック。救急箱どこだ……」
「メディーック!?」
ジャックが叫びますが、砲座を離れる訳にもいきません。そんな時に頼りになるのが浦島の秘孔術です。
「桃太郎、死ぬほど痛いかもしれない危険性が伴うが我慢しろ! 浦島秘孔術秘伝、起死回生!」
「うぼぁ……」
浦島の指先で突かれた桃太郎がガックリとうなだれ、糸の切れた人形のように身動き一つしなくなりました。
「だ、大丈夫ですかこれ!?」
「心配するな。一時的な仮死状態に陥ってるだけだ。目を覚ましたその時」
「そ、その時……? 桃太郎さんはどうなるんですか」
「黄金に輝きながら天に召される」
「死んでるぅーーーー!?」
「というのは冗談だ。肩こり、腰痛、ムチウチ、ガン、不治の病、厨二病までなにから何まで治った健康体で復活するぞ」
「じゃあそれまであの巨人を」
「ああ。ジャック! 頑張って時間を稼いでくれ!」
「なんだってー!? 聞こえなーい!」
ボカーンボカーン──爆発音で浦島の言葉が遮られていました。
「時間を稼げぇ!」
「はぁ? ご飯食いたい!?」
「だーかーらー、時間を、稼げー!」
「ああ、はい。漬け物ないってなー!」
ドーンボカーンズドーン! ──巨人は砲弾の雨にたじろいでいます。そして二人の会話もすれ違っていました。