機動戦士ガンダム -プリンセス・オーケストラ- 作:オリーブドラブ
パリ士官学校はその名前の響き故に、部外者からは華やかなイメージを持たれがちだ。実際、先日開催された第1回MS戦技会の出場者達は見目麗しい美少女ばかりであり、彼女達の活躍を目にした誰もが、優雅な世界を想像したことだろう。
だが、その実際の場所は街の中心からは遠く離れた郊外にあり、休日でなければ敷地を離れることも許されない。だからこそ、パリの景観を見慣れていない一部の生徒達は特に、週に一度の外出日を楽しみにしているのだ。
「ど、どうしよう……どこから回ろう……」
サイド3出身のスペースノイドであり、地球の都市そのものが新鮮に映っていたミレイナ・オコーネルも、当然ながらその1人であり。彼女は忙しく人々が行き交う街道の真っ只中で、独り途方に暮れていた。
本来ならこの街の出身であり、土地勘もある親友のリゼット・クラルティと一緒に、パリの名所を見て回る予定だったのだが。彼女は自身の優勝を祝う顔馴染みの人々に囲まれ、サプライズ祝勝会の主賓として連行されてしまったのである。
気を遣って「楽しんできて」と背中を押したは良いが、案内役を失ってアウェー状態に陥ってしまったミレイナには、ここがどこなのかも分からない。こうして迷っている間に、時間はどんどん過ぎている。
「……でも、別にいっか。リゼちゃんとは、また来週来ればいいし」
それでも、親友が楽しんでいるのなら構わない。そう折り合いをつけ、寂しげな笑みを浮かべながら歩き始めた時――ミレイナの耳元に、何者かが息を吹き掛けてきた。
「ひゃぁあぁっ!?」
「こんなところでなにしてんのー、ミレ。リゼとはぐれちゃった?」
「サ、サフィちゃん……! もぉ、びっくりさせないでよっ!」
「にゃはは、ごめんごめん。しょげてる顔を吹っ飛ばすには、びっくりが1番だと思ってね!」
それが同期のサフィーニャ・ヒゴの仕業だと理解した瞬間、彼女は珍しく頬を膨らませてぷりぷりと怒り出してしまう。そんな一面を見せることもある、親しい間柄として。
一方のサフィーニャも、ミレイナの様子からおおよその事情を察したらしい。やれやれと困ったような笑みを浮かべながら、大仰に首を振っている。
「全くリゼったら……こーんなに可愛い子を放ったらかしにするなんて、頂けませんなー。ここは同期として、私がしっかりエスコートしてあげなきゃだね!」
「ええっ!? で、でも悪いよそんなの、サフィちゃんだって予定があるだろうし……」
「にゃははー、私を誰だと思ってるのかな? 思いつきでふらふらと、気まぐれな猫の如く街を闊歩する。それがこの私、サフィーニャ・ヒゴのライフスタイルなのさ!」
「要するにサフィちゃんもノープランなんだね……」
「そうとも言う! 良いじゃん良いじゃん、その方が退屈しないって! ほらほらぁ、時間がもったいないよー!」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってよぉー!」
そんなマイペースな彼女に振り回されながらも、どこか
艶やかな踊りを交えた足取りで、気ままに街を行く彼女を追い、ミレイナは慌てて走り出すのだった――。
◇
テルトル広場にある優雅なカフェには見目麗しい美男美女が集まり、華麗にして穏やかなひと時を過ごしている。長い歴史を持つ老舗の内装は、豪華絢爛という言葉に尽きる華やかさに満ちていた。
「あら? あそこにいるの、ミレイナとサフィーニャじゃない。ちょっと珍しい組み合わせね。あの子、いつもはリゼットにべったりなのに」
「大方、サフィーニャの奴に引っ掻き回されたのだろう。あの3人はいつもああだ」
「へぇ、詳しいじゃない。全く他人を寄せ付けなかった、昔のあなたとは別人みたいね」
「……私は元々、お喋りさ。それを思い出させたのが、あいつらだったというだけのことだ」
ジャネット・ダルシアク。ユリン・フロント。共にカフェで
その佇まいは正しく、気品のある淑女そのものであった。
「なぁウズメ、やっぱりこんなのオレにはちょっと……」
「何を仰るのですか、アンネ。友として、せっかくの美貌をいつまでも台無しにはしておけませんわ。さ、次はこちらなど如何でしょう?」
「お、おいウズメ、目が怖えんだけど……」
かのヴィヴィアンヌ・ル・ベーグをはじめとする「パリ防衛隊」のメンバーも愛用しているという、フォーブール・サン=トノレ通りのファッションブランド店。そこではウズメ・トリシャとアンネリーゼ・フランソワが、衣服を見繕っている。
男勝りなアンネリーゼに秘められた女性としての美しさを引き出そうと、ウズメは普段の嫋やかさからは想像もつかない気迫を放っていた。そんな彼女が次々と選ぶ可憐なデザインに、アンネリーゼ本人が赤面していることなど意に介さず。
「オォーッホッホッホォーッ! 優雅にして華麗! そして美しきわたくし達にはやはり、この頂こそが相応しいのですわ! さぁ御覧なさいパール、パリが誇る地上最高の絶景をッ!」
「……う、うん……あの、シエル。もうちょっとだけ、ボリューム下げて……?」
パリの名所として名を馳せる、全長300m以上にも及ぶエッフェル塔。そこから見える絶景を親友にプレゼントするべく、シエル・ヴァンクリーフはこの場に足を運んでいた――の、だが。
当のパール・L・レムリアンは、シエルの高笑いに困惑している周りの観光客達からの視線に恥じらい、消え入りそうな声で制止している。彼女の袖を、指先で摘みながら。
「眠〜い……アナぁ、着いたら起こしてぇ……」
「ちょっとエレイン、あなたが色々回りたいって言い出したんでしょう!?」
「くぅ……」
「……もぉっ、世話の焼ける同期ばっかりなんだから」
美しきセーヌ川に架かる、ポンデザールの橋。その道を渡るバスの中では、エレイン・ヴァルプリスがアナイス・ルヴェリエに身を預け、微睡みに沈もうとしていた。
席に座って僅か10秒で寝息を立て始めた彼女の体重を、肩に感じながら。アナイスはやれやれとため息をつき、指先でエレインの頬をつく。
「この森を見ていると、故郷を思い出すのです。のどかで、穏やかで……」
「……いつか、私も行きたいな。アーニャの、故郷……」
「ふふっ……では、リリアの卒業旅行に取っておきましょう。楽しみですね」
「……うんっ」
艶やかな緑に囲まれた、ブローニュの森。その自然に溢れた景色を静かに眺めているアーニャ・ザカエフとリリア・ラチェーミロは、2人だけの卒業旅行の計画を立て始めていた。
2人を乗せたボートはサン=ジャム池を優雅に漂い、少女達を静かに運び続けている。口下手故に普段はカンペに頼りがちなリリアも、この時はリラックスした様子でアーニャと言葉を交わしていた。
「あ、これすっごく可愛い! リオ、ほらこれ!」
「ほんとだ、いいなぁー! ナタリアさん、こっちも似合うんじゃない?」
「……ん、んー、リオって結構攻めてるやつ選ぶよね……」
伝統的な景観が主のパリ市内においては、異彩を放っている現代的建築物が立ち並ぶ都市区、ラ・デファンス。ナタリア・ランパートとリオ・ランドール・ウエシロの2人は、そこでショッピングを楽しんでいた。
水着選びに興じる彼女達は、互いに似合うデザインを選び合っていたのだが……どうやらリオのセンスは、かなり攻めているらしく。ナタリアは彼女が満面の笑みで持ってきた1着に、頬を痙攣らせていた。
「……や、やめろ、そんなものっ……!」
「ダメですよぉ、リンさんだって女の子なんですから。きちんとお洒落しませんと……ね?」
「そーそー、コーディネートはウチらに任せな? もう今までの地味なカッコじゃ我慢できなくしてやるよ!」
「や、やぁっ……やめ、やめてぇー!」
ムフタール通りの街角でも、
小柄なリンにはよく似合うであろう、そのデザインに当人は顔を真っ赤にして拒絶の意を示している。だが、ミエ達は敢えてそれを無視しながら――彼女を引き摺るように、試着室へと連行してしまうのだった。
「……ここを見ていると、改めて思い知らされるな。我々がいかに、小さく幼い存在なのか」
「幼いからこそ、成長の余地もある。そう信じたいものだ」
「ふっ……ならば次は、足元を掬われんようにせねばな?」
「……うるさいな、もう」
そして。先のジオン独立戦争での悲劇にも触れている軍事博物館では、マリア・チヨメ・モチヅキとアシューカ・クトゥルナ・ジャンファールの2人が、肩を並べて館内を闊歩していた。
これまで人類が経験してきた、戦争の記憶。その全てを鮮明に残すこの場に、想いを馳せる彼女達は――さらに強くならねばと、決意を新たにしている。
こうして、MS戦技会の場で競い合ってきた戦乙女達の休日は、過ぎていき。士官学校へと戻らねばならない、夕暮れ時に差し掛かる頃。
「ミレちゃーん、サフィちゃあーんっ!」
「あ、リゼちゃん! こっちこっち! バス出ちゃうよ、早くっ!」
「にゃははっ、さっすがチャンピオン! 発車時刻ギリギリとは大物ですなぁ!」
士官学校への直通バスで、ミレイナはようやくリゼットとの再会を果たすのだった。
夕陽を背に駆けて来る親友の姿に破顔するミレイナは、満面の笑顔で彼女を受け入れる。それまで彼女と行動を共にしていたサフィーニャも、大らかに笑っていた。
「全く、リゼットったら。士官候補生なら時間厳守は鉄則よ」
「ふっ……案外、ああいう奴が後のエースパイロットなのかもな」
同じバスに同乗していたアナイスが難色を示し、ジャネットが不敵に笑う。それもまた、彼女達にとっては日常の一部であり。明日からは訓練という、もう一つの日常がやって来る。
「ミレちゃん、来週こそは一緒に回ろうね! サン=ルイ島のカフェ、新メニュー出来たって聞いたし!」
「……うんっ! 行こっ、絶対!」
「おぉーっと、新メニューとは聞き捨てなりませんなぁー!? じゅるり! このサフィーニャ様も混ぜなさーいっ!」
それでも、かつては臆病だったミレイナが、恐れることなく笑顔でいられるのは。そんな彼女を絶えず支える、親友達の温もりが側にあったから。なのかも、知れない――。
◇
「そういえばリゼちゃん、祝勝会はどうだったの?」
「もうサイコーだったよ! 街の皆も喜んでくれたし、美味しいものもたくさん食べられたし。それに、現職の軍人さん達もお祝いに来てくれたし!」
「ほう、現役の方々までいらっしゃったのか……随分と期待されるようになったのだな。誇らしいことだぞ、リゼット」
「はいっ! ジャブローから来たっていうリュータ・バーニング少尉と、ケンジロー・カブト少尉と……それから、ラファエル小隊のデューク・ラングレイ准尉も来てくれたんですよ! 今日のために現職の先輩達まで集まってくれるなんて、嬉しかったなぁ……てへへ」
「……なに? リュータ・バーニングにケンジロー・カブト!? ど、どちらも先の戦争で華々しい戦果を挙げていたという、名の知れたエースパイロットではないか! 私も兄上達も会ったことがないというのに……まさか、このパリに来ていたとは!」
「しかもその2人とデューク准尉って言ったら、映画俳優並みの
「へ……? そ、そっかぁ、そんなに凄い人達だったんだぁ。ますます嬉しくなっちゃいますね……えへへ」
「……つくづく大物だな、お前は……」