幻想郷にもやってきた真夏の猛暑。それに加え雲一つない快晴、ギラギラと眩しい太陽が肌を刺激する。
私は今太陽の畑に向かっている。そう、まだ見ぬグルメを求めて。
「それにしてもこの暑さはまさに異変レベルじゃないですかね、全身から汗が止まらないですよ・・・」
日ごろの門番業務で暑さには慣れてはいるものの、夏の暑さは全くの別物。私のような妖怪でも堪えます。あぁ、チルノさんを抱き枕にして寝ていたい。
紅魔館を出発して一時間が経とうとしている頃、ようやく目的の太陽の畑が見えてきた。しかし、よく見ると畑のすぐそばで、幽香さんが屋台のような小さな出店を出している。
「幽香さんのお店から、ただならぬ未開グルメの気を感じます。これは行くしかないですね」
昂る高揚感を抑えつつ、私は目的のお店に到着した。
遠くから見た通り、お店はお祭りにある屋台ぐらいで、近くには白いテーブルと椅子が一脚、そして備え付けのパラソルがあるイートスペース以外は何も見当たらない。しかも肝心の店の名前がないため何を扱っているのも分からない。
私は店内にいる幽香さんに、疑問を全て聞いてみることにした。
「あのー幽香さん」
「あら美鈴いらっしゃい。あなたが来るなんて珍しいわね、どうしたのかしら?」
「いやぁ今日は休日でして、散歩をしていたところなんですよ。そしたらここにお店があったので寄ってみたんです」
「なるほどね。ここは私が不定期でやってる、自家製パンケーキを振舞うお店なの」
色々聞いてみたところ、幽香さんは畑で育てた果物を、人間に食べてもらいたく今日から始めたそうで、メニューはその日採れた果物の盛り合わせパンケーキの1種類だけ。ちなみにオープン初日のメニューは、「苺とブルーベリーのパンケーキ」らしい。しかも私が初めてのお客さんとのこと。
早速パンケーキを注文した。
「出来上がるのに時間がかかるから、椅子に腰掛けて待っててちょうだい」
そう促され、パラソルの日陰になっている椅子に座り帽子を脱ぐ。微量ではあるが、少し涼しく心地いい風が吹いてくる。
「ふわぁ~。疲れたからか眠くなってき・・・まし・・・た・・・」
~数十分後~
「・・・ん。・・・りん。起きて美鈴」
「むにゃむにゃ、はっ。幽香さん、私としたことがいつの間にか寝てしまいました」
「まぁいいわ、いつもの美鈴らしいくて怒る気にもなれないわ」
まぁ確かに私の居眠り癖は紅魔館だけじゃなく、幻想郷中に知れ渡っているけども、せっかく作ってもらってるのに眠るなんて、早くこの癖治したい。
考えていると幽香さんは、一度店の中に行き、再度こちらに戻ってきた。しかも左手には出来立てのパンケーキを持って。
「居眠りした自分を責める前に、私自慢のパンケーキ食べなさい。丁度出来たところだし」
「ありがとうございます!」
目の前に運ばれて姿を現したのは、私の手のひらぐらいの大きさのパンケーキが二枚、上には少量の生クリーム、そして周りには苺とブルーベリーが程よく散りばめられている。
出来立てとあって、いい匂いが広がる。
そして私は手を合わせ合掌し、ナイフとフォークを手に取り食べ進めていく。
パンケーキを切ろうとナイフを入れると、「これ柔らかすぎませんか!?まるで吸い込まれていくように入っていきます」あまりのふんわり感に思わず声がでてしまった。
「そうでしょう、柔らかくするための材料の配合と、最適な火加減を見つけるのに苦労したのよ」
幽香さんの苦労を聞きつつも、一口サイズにカットし、少しのクリームと果物を乗せ、フォークで刺して口の中に運ぶ。
ゆっくりと味わっていくと、口の中に広がる幸せを感じる美味しさ、意外と想像以上に酸味の強い苺とブルーベリーだけど、生クリームに包まれることにより酸味が抑えられていますね。この暑い中でもこんなに美味しさを感じることに深く感動、美味しすぎて涙が出そうになります。
「美味しいです!これ咲夜さんの作るよりも、あっ、お世辞じゃないですからね」
「あら嬉しいわね、近々レミリア達に作って差し入れしに行こうかしら?」
他愛のない世間話などをしながらも、二口目はパンケーキ単体だけ食べる。これにも驚いた。ほんのり苺とブルーベリー酸味が舌に伝わる。どうやら生地に練りこんでますね。しかも強い酸味が生地の甘味を殺さず、上手いこと調和されている。これだと万が一生クリームと果物が無くなったとしても、単体だけでも美味しく食べれるように工夫されているとは驚きました。
「そうだ、とても新鮮なフレッシュジュースもあるの、よかったらお供にいかがかしら?」
「丁度乾いた喉を潤したかったんですよ~。お願いします」
なんとジュースまであるとは、しかも幽香さん自家製の。前に頂いたメロン、とても甘さが凝縮してた記憶がありますね。
ジュースを待ちながら食べ進めていたらいつの間にかパンケーキを平らげた。それを見計らったかのようなタイミングで、幽香さんがジュースを運んできた。グラスに注がれているジュースは、少し薄い赤色をしている。ご丁寧にストローもさしてある。何の果物かを予想しながら一口飲んでみる。
「うーん、すっきりとした甘さと爽やかな後味。それにこの甘さ、砂糖のような強い甘味じゃないですね」
「その通り砂糖は一切使ってないわ」
「となるとこんな甘味があって赤い果物・・・。さくらんぼや苺じゃない、なんだろう」
砂糖を使わずにこんな甘さが出せる果物が考えてもみつからない。せっかく涼まった頭がオーバーヒートしそうになります。そんな私をみかねて幽香さんは口を開いた。
「正解はスイカよ。今の時期にピッタリでしょ。夏がヒントだったのに見破れないなんて、まだまだね美鈴」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか~、酷いですよ」
幽香さんの冗談混じりの回答に少々拗ねてしまったものの、この暑さもあり、残りのスイカジュースを一気に飲み干して思わず「ぷはぁ~」と声が出てしまいました。そして私は脱いでいた帽子を被り、お会計をして帰る事ことにした。
「お会計お願いします」
「今日のパンケーキとスイカジュースのセットで、合計は500円になります」
人里のパンケーキ屋さんでもセットで800ぐらいはするのに。友情価格と聞いてみたものの違うとのらしい。この安さの秘密は何だろう?
「安さの秘密は特にないわ。ただ私はこの畑で育てたものを皆に食べて貰いたいから、ただそれだけ」
理由を聞いていくと、人間に恐れられていると誤解を解き、少しでも人間と交友を築いていきたいと願い、このお店を季節限定で開くことを決心したとのこと。その後会計とちょっとした会話を終え、来た道を帰る。
相変わらずの暑さが付きまとう帰り道、幽香さんのあの言葉が私の中でずっと引っかかっている。人間から距離を置かれている花の大妖怪、でもとても交友的な一面もあるし、危害なんて加えない。
「なにか幽香さんの手伝いが出来れば、あの味を皆に知ってもらいたい。でもどうすれば・・・。あっそうだ、あの人に頼んでみましょう」
~一週間後~
やけに蒸し暑い朝方、まだ眠たい私は、目をこすりながらも、いつものように紅魔館の門番をしていると、前方から白い日傘を差した幽香さんが歩いてきた。幽香さんが紅魔館に来ること自体あまりないのに一体どうしたのだろうか。
そして私の目の前にくると開口一番こう聞いてきた。
「もしかしてあなたのおかげなの?」
私はこの言葉の意味を理解していながらも、遠回しに「えっ、何のことですか?」と白々しく答えた。
「あなたが店に来た翌日、多くの人間がお店に来てくれたの。私は宣伝も何もしてないから不思議に思ってお客さんに聞いてみたら」
「えっ、この文々。新聞で新しく出来たパンケーキ屋があるって特集されていて来たの」
これを聞いてすぐさま新聞を確認した幽香さん。そこには「あの紅魔のМさんが度肝を抜かれた優しき大妖怪のパンケーキ」と書いてあり、そのМが私だと見抜き、思わず涙を流したとのこと。
その日からお店は大繁盛し、昨日までお客が絶えなかったらしい。そしてお店がお休みの今日にお礼を言いに来たらしい。
「あなたには感謝しきれない。おかげでリピーターも増えて、しかも私の育てた野菜や果物を使いたいと、甘味処の方と契約されたの。本当にありがとう美鈴」
「私はただ幽香さんのあの言葉を叶えてあげたくて、行動に起こしただけですよ」
その後私に深々と頭を下げて、太陽の畑に向かっていった。その後ろ姿感じた「気」に、もう寂しさは微塵も無くなっており、代わりに幸せな「気」が感じ取れた。
「幽香さん、頑張ってくださいね。おっと、そろそろ朝食の時間ですね~。咲夜さん、今日は何を作っているのかな~」
朝食のメニューを想像していると耳元から「あら、そんなに楽しみなのかしら美鈴」とツンとした声が聞こえてきた。
「ひゃっ、咲夜さんいつの間に!?」
不意を突かれた私は、覇気のない声が出てしまった。
「幽香と話していた頃からよ」
「もしかして全部聞かれてましたか」
「えぇそうよ、でもあなたの選択は間違っていないわ」
珍しく咲夜さんに褒められて、少しではあるが、嬉しくて口角が上がってしまった。しかも目の前で。
お仕置きされると思いましたが、返答は違いました。
「今日だけはあなたの頑張りに免じて許してあげる。さぁ、朝食が冷めないうちに行くわよ、お嬢様達がお待ちよ」
「分かりました。ちなみに今日のメニューは?」
「あなたが好きな私特製のパンケーキよ。勿論食べるわよね?」
「勿論です!食べないという選択肢はあり得ません」
ただ私は、あの時食べた幽香さんの思いが詰まったパンケーキとジュースの味は、一生忘れません。
だって、私が認めた幻想郷1美味しいパンケーキセットなのですから!