おかしな審神者と刀剣男士《ライドウ×刀剣乱舞》 作:アズマケイ
「なりませぬ、審神者様。この時代に座標を合わせてはならぬと聞いていないのですか」
この本丸において、初めて顕現したばかりの山姥切国広の初陣である。初めから決めていたという年号を聞いて、足下にまとわりついている狐は、考え直してくださいませ、とたしなめ続けている。しかし、審神者と呼ばれた男は全く聞く耳を持たない。着々と戦場に向かう準備を進めている。戦慣れした男だ、と山姥切国広は思う。わざわざ人間としての器を得たばかりの初陣として、政府が指定している時代を無視して指定するくらいだ。この男が生きていた時代に近いのかもしれない。顕現したときに流入してきた知識によれば、長らく戦争になっていない平和な時代なはずだが、海の向こうの国では戦争が絶えなかったという。もしかしたらこの男はそういったところで生きていたのかもしれない。そう思った。
「まずは敵を知ることが第一だ、違うか」
「たしかに一理あります。ですが、我々の目的は歴史改変者を討伐すること。この時代は歴史の分岐点があまりにも多すぎます。我々が歴史を改変してしまう危険性をはらんでいるからこそ、我々は立ち入ってはいけない。どうかおわかりください」
「俺が言いたいのは、敵を知りもしないで戦う方が危険だといってるんだ。相手は己が消滅するかもしれないリスクを背負ってまで戦ってるんだ。その原動力がなにか。おまえは知りたいとは思わないか、山姥切国広」
「俺、は、」
「ああ」
「あんたについて行く」
男は口元をつり上げた。
「いい返事だ」
こんのすけは大きくため息をついた。この男が審神者に着任するときいた時点で、いやな予感しかしなかったのだ。かつて政府にたてつくために江戸時代の先祖に呪詛を植え付け、子供が生まれるたびに歴史改変の事件を代行させ、そしていつしかその家は犬憑き狐憑きと恐れられるようになった。そして最大の特異点である、現在では審神者が派遣されることすら禁忌とされている時代に特大の歴史改変を起こした。その被害はさいわいその時代の先人たちのおかげで最小限にとどまったが、魂が砕けなければ体を転々として生きながらえる特異な一族の出の男である。毒をもって毒を制す。手元におき、かつて歴史改変をしでかした大犯罪人の思考をもって同じ犯罪に手を染める者たちの思考を読ませ、討伐に当たらせる、というのが政府の判断だった。よりによって、どうして私にお鉢が回ってきたんだろうか、とこんのすけはこれから待ち受ける困難の数々に頭痛がやまないのである。
山姥切国広の初陣は、20XX年の東京だった。
「ここは本当にとーきょーなのか?」
「そうだが?」
戸惑いを隠せない初期刀に、男は笑う。
「そんなにおかしいか」
「ああ、俺の中に入ってきた知識と違う。この時代は信仰が薄れて俺たちは力を発揮できないんじゃないのか」
「付喪神としてか」
「ああ」
「なるほど、政府はそういったところも管理しているようだな。こい、山姥切国広。おまえにいいものを見せてやる」
山姥切国広の中に入ってきた知識とは、あまりにかけ離れた環境が広がっている。彼らが転移したのは、大きなクレーターの真ん中だった。吐く息が白い。奇妙なほど粉塵の混じった黒い雪に埋もれた東京は、ただただ広がる廃墟だけの世界となっていた。
「なにがあった」
「それが知りたくて、時代を飛んだ奴らもいた」
「そうなのか」
「ああ」
「あんたもか」
「俺はもっとあとの生まれだ。でも、ここが俺の原点だ。覚えておくといい、山姥切国広。おまえがこれから切る相手は、どんな手を使ってでもこの光景を回避しようとしているやつらのあがきだと」
「なにがいいたい」
「何も知らないよりは、知った方が対策はたやすいだろう。それともなにか?その程度でおまえの切れ味は鈍るのか?」
審神者の問いに、侵害だとばかりに眉を寄せる。
「相手がなんだろうが知ったことか。斬ればいいんだろ。その程度で俺は揺るがない」
「そうか、ならいい」
満足げに笑う審神者の真意がわからず、しばらく見つめていたものの、彼はなにもいわない。ずっとここにいるわけにもいかないから、本陣に帰るぞ、と審神者はこんのすけが待ちわびる本拠地に戻ろうと提案した。納得いかないものの、うなずくしかない。ここちよい沈黙のまま、二人は真っ黒な雪が降る東京を歩いた。出迎えられた家臣たちを率いて準備を整え、山姥切国広は部隊長として遠征を開始した。男から提供される霊力の関係か、遠くに離れているというのに声が明確に聞こえてくる。
「いやな空気だな、囲まれていないか確認しろ」
「ああ、おまえのせっかくの初陣だ。泥を塗らないよう策は練るから、しっかり聞けよ」
「いいだろう。山姥退治なんて俺の仕事じゃないが、あんたの命令だ。斬るのが俺の仕事だ」
「いい返事だ」
口元がつり上がることに気づかないまま、彼は得たばかりの人の器に慣れるべく、鞘に手をかけたのである。
山姥切は血の気がひいた。
「おい、おい!なにがあった!」
「おかえりなさいませ!部隊長様がお帰りだ!審神者様のところにご案内しろ!」
「かしこまりました!山姥切様、どうぞこちらへ!」
「ああ、頼む。しかし、なんだこれは」
「審神者様からお話はなかったのですか?」
「あるにはあったが問題ないとしか聞いてない」
「さようでございますか。これは審神者様の使役する妖魔だそうでございます。部隊長様の遠征中に本陣に敵襲がありまして。我々の力が及ばないばかりに、審神者様が見張りにたたせると」
「あいつらは敵では、ないのか」
「はい、審神者様はあのような妖魔を使役する家系だそうでございます。まさかこんのすけ様の結界を突破する敵が幾人もいるとは、よほどの場所なのですね。お恥ずかしながら、平成の世は太平だとばかり」
山姥切は息を吐いた。初陣を勝利で飾り、戦利品を滑車で運んでいるなか、はるか上空に禍々しい妖魔がいるのだ。本陣の真上である。血の気がひくのも無理はなかった。
山姥切は案内役に礼をいうと、審神者のまつ野営をくぐる。
通信の最中、明らかな戦闘と思しき雑音が混じるのに、男は淡々と策を講じた。急に途切れることもある通信に嫌な予感がしていたのだ。聞けば敵襲があったというではないか、うっかり周囲の音まで送ってしまっていたかと男は不本意そうだ。淡々と状況をつたえてくる。おかげで初陣の勝利を喜ぶより早く戻らねばという焦燥がまさり、余計な負傷をしてしまった。
遠征をおえて帰還するとみな顔に明かりが宿る。怪我人であふれた本陣は騒がしい。せめて複数顕現させてからにした方がいい、とこんのすけがいったことが頭をよぎる。家臣に案内されては向かうと、そこには男がいた。怪我人の治療だろうか、湯をかかえて往来している家臣たちとすれ違う。腕まくりをして止血していた男は、治療の手筈をととのえていた。
「ずいぶんと早いな、山姥切。核の冬はお気に召さなかったか」
「なにをいってる!こんのすけの結界を突破するような輩がいるとなぜ言わなかった!」
「その程度で呼び戻す大将がどこにいる。なんだ、霊力に滞りがあったか?」
「そういう問題じゃない!」
「問題ないからいわなかっただけだ。あの程度梅雨払いにもならん。大将が深手を負っては示しがつかんだろう。ふむ、お前に与えられている知識には偏りがあるらしいな。俺に関する知識はないのか」
「ない。審神者や契約に関することはわかるが、あんたのことはなにもわからない」
「そうか、余計な徒労をさせたな、わるい。この程度で俺は死なん。安心しろ」
「やせ我慢はするもんじゃない」
「我慢じゃない事実だ。俺はそういう一族の出だ」
「なに?」
「詳しくはこんのすけにでも聞け。この体になる前、どういう扱いだったか知らないからな」
山姥切は唇を噛む。思わず掴んだ手に男は苦笑いする。
「せっかくの初陣なのにすまんな、さあ帰ろう。酒盛りと行こうじゃないか」
「いい」
「おいおいどうした?」
「そういう気分じゃない」
「そういう問題じゃないだろう、部隊長がそんなんじゃ示しがつかん。ああ、そうか。その前に手入れが必要だな。はは」
「写しの俺に手入れなんて必要なのか」
「くだらんこといってないで、さっさと鍛冶場にいってこい。こっちは宴の準備でもしておく」
「だからそういう気分じゃないといってる」
「それだけ話せるなら、手入れすれば大丈夫そうだな。ほら、いってこい」
こんのすけが本丸に転移する準備にとりかかっているらしい。怪我人の輸送が先だ。宴と聞いて本陣はにわかに浮き足立っているように見える。審神者に背中を押され、山姥切はしぶしぶこんのすけのところにむかったのだった。