ヤンデレ†無双 作:PGG
僕の一族の男系は代々、癖のある女性から好かれやすいという特性を秘めているらしい。
両親や祖父母の代もそうだったようだ。
母さんや祖母さんは、いかに策を講じて伴侶を巡る争いに勝利したかと言う武勇伝を、幼い頃から僕に子守唄のように何度も話してくれた。
その当時の僕は、ほとんど話の内容を理解出来なかったが、弾けるような笑みを浮かべ話す二人の姿を見て、きっと好い話なんだと感じ入っては、無邪気にただ喜んでいたと思う。
そして僕がその特性を受け継いていることに対しては、次のような助言を受けた。
父さんや祖父さんからは「常在戦場」や「隙を見せるな」と武人の心構えのような助言を受け、母さんや祖母さんからは「女の子には優しくしなさい」といった穏やかな助言を受けた。
なんとも対照的ではあったが「隙を見せるな」とか言われても正直ピンとこなかった。
だから僕は「女の子には優しくしなさい」という助言を忘れずに覚えておき、それを実行しよううと決めた。人に対して優しくするには当然のことだし、女の子相手なら猶更のことだろうと。
この国では一定以上の年齢に達した若人を一定期間、都の学び舎に招聘する制度があった。
家柄や知識力、もしくは推挙などから選ばれた若人。端折って説明すると未来の官僚候補を教育するという制度である。横との結びつきや、帰属意識を高める狙いもあるのかもしれない。
その制度に今年、僕も参加することとなった。
僕の一族は立派な家柄で、父さんも祖父さんも僕と同じ年にはその制度を受けていた。
そしてその学び舎で母さんや祖母さんと出会ったというのだから、淡い期待を抱いてしまうというものだ。果たすべき本分は学問であるとは理解していても、どうしても意識をしてしまう。
「────常在戦場、とか言われてもな」
一族に受け継がれる特性のことも覚えていたが、正直なところ大袈裟な話だと思っていた。
おそらくは過去に痴情の縺れ的な失態を一族の者が起こしてしまい、それを教訓として戒めているとかそんな話だろうと。失敗から学ぶことは大切なことだが、些か誇張が過ぎるのではないか。
僕はそんな風に判断を下した。
だが、今になって当時のことを振り返ると、それは大きな誤りであったことに気づかされる。
僕はもっと先達の言葉に耳を傾け、来るべき時に向け十分に備えておくべきだった。出立前の僕は若く無知で、そしてあまりに無防備であった。
漢王朝の都は洛陽。
街には活気が溢れている。絶えず響き渡る市井の喧騒にも、もうすっかり慣れてきた。
僕が都にやってきて半年になる。
今日まで僕が無事に生きて来れたのは丈夫な身体に産んでくれた両親と、各勢力の力関係が均衡を保っていること。そして知恵を振り絞った根回しが機能していることに他ならない。
後半の部分がなんとも不穏であるが事実だ。
僕は今、予定もなければ行き先もないにも関わらず、回遊魚の如く街を歩き回っている。
一つの場所に長時間留まっていると良くないことが起こる。そんな気がしたからだ。これは都へやって来て半年間の間に培った直観力。おそらくは正しい。生きていればこんな日もある。
いつか読んだ書物にこんな言葉があった。
男は敷居を跨げば七人の敵あり。男は家を出ると外に七人の競争相手がいるという言葉だ。
だから油断せず行動せよ、という結びで締めていたと思う。まあ、僕の場合は敵というよりは交友関係の問題であった。それも女性関係。ある意味では敵よりずっと厄介かもしれない。
「────おーい、仲達っ!」
そんなことを考えていると声をかけられた。
僕を呼ぶ声に視線を向けると、馬の尻尾のような赤い髪が風に靡いているのが目に入る。
「ああ、白蓮か」
「よっ!こんなところで何してるんだ?」
声の主は学友の白蓮であった。
姓名を公孫賛。真名が白蓮。幽州から推薦組で都へやってきた二人の内、まだ話が通じる方。
雑に説明すると白蓮はそんな印象であった。勿論、良き友人ではあるのだが、友人であると同時に僕が悩みを抱える女性関係の一人でもある。まあ、白蓮はその中では比較的まともな方だが。
「ちょっと散歩にね」
「はっはーん。さては麗羽絡みだろ。さっきもなんか向こうの通りで、わーわー騒いでたし」
こうして話をする分にはなんら問題ない。
「違うよ。ただの散歩。それに麗羽が騒がしいのは、今に始まったことでもないだろ?」
「それもそうか」
「迂闊に近づくと面倒かな。何が原因かは知らんが、日が暮れるまで巻き込まれそうな気がする」
というか至って普通だ。
おそらく第三者の視点で白蓮を覗けば、変わったところのない普通の少女に映るだろう。
それでも僕の視点で見れば白蓮には謎めいた部分がある。謎というか秘密というべきなのか。
女性には誰しも秘密の一つや二つはあるもの。そう言われたら反論は難しいが、なんだろう。確かに秘密のある女性は魅力的かもしれない。それは認める。それは僕も認めるところではある。
「────ああ、そうだそうだ仲達」
その後も他愛も無い話を続けていると、不意に何か思い出したのか白蓮が話を区切った。
「どうした?」
「昨日も食べてる時に少し話したけどさ。あの店で食べた回鍋肉の味つけ変じゃなかったか?」
そして前日に食べた食事の話をする。
この流れまでは別段、おかしなところはない。僕だってこういう切り口で話すこともある。
「味つけが変?」
「ほら、お前も言ってたじゃないか。前の調理から鍋を洗わずに次を作ったんじゃないかって」
「そう、だっけ……?」
「花椒が少し残ってたと思うんだ。あのピリッと舌にくる感じはきっとそうだ。うーん、せっかく楽しみにしてたのにさー。どうしてそんなとこで手を抜くのかな。客も別に多くなかったのに」
そして見事な考察から答えを導く。
おそらく近くを通っていく人々の耳には、僕らが昨日食べた食事についての話をしているように聞こえているはずだ。少し歩けば忘れ去る程度の、何処でも耳にする日常会話の一つだろう。
「ああ、うん。きっとそうだと思うよ」
「だよな!あースッキリした。なんか、あれからモヤモヤしてたんだよ。ホント困るよなー」
そう言いつつも白蓮の表情は明るい。
そして話が終わると白蓮は、僕を監視することも拘束することもなく自然に去っていった。
僕はその背を見送った。街で友人と出会い立ち話をし、話が終われば離れる。自然だった。あまりに自然すぎて僕は、一つの違和感を流してしまいそうになったが、やはり気になってしまう。
「白蓮は、ああ言ってたけど────」
白蓮には謎めいた部分がある。
それは解き明かすべき謎ではあるのだが、大至急どうという話でもないので放置している。
問題を先送りにする行為は多くの場合、良くない結果を生むと相場が決まっているのだが、少なくとも実害が発生しない内はこのままでもいいんじゃないか、と僕は逃げの姿勢を貫いている。
「────昨日、食事なんて行ってないよな」
白蓮の謎めいた部分とはつまりコレだ。
定期的に白蓮は、この手の身に覚えのない話を振ってくるが、一体どういうことなんだろう。
あるいは僕が幻術にかけられていて、そう誤認しているのかもしれないが、そうだとしたら打つ手はないし、白蓮が日時を勘違いしているとか、そういう次元の話でもない。本当に謎である。
「なんだか腹が空いてきたな…………」
僕が悩みを抱えている交友関係の数々。
その多くは色恋沙汰の延長という自覚はあるが、白蓮の場合はそれさえ謎に包まれている。
精神攻撃を仕掛けられているんだと言われたら、あるいはそれが一番近いような気もする。僕にとっての白蓮は良き友人の一人であるのだが、彼女にとっての僕はどういう存在なんだろうか。
僕は深まる謎と共に家路を目指す。
その道中、店に寄って回鍋肉を食べた。確かになんだか舌に辛味が残る複雑な味だった。