ヤンデレ†無双 作:PGG
今日も蓮華の蒼い瞳が僕を見ていた。
講義の間も食事中も移動中も、蓮華は少し離れた場所からジッと僕のことを見つめていた。
最初は何か理由があるのかと思っていた。
僕に要件があるが伝えることが難しく、話しかける機会を窺っているんじゃないかと。
だが、どうもそういうわけでもないらしい。一度本人に直接確認してみたところ、彼女は僕の動向を観察するのが好きなようで、要件がある時はそう伝えるから心配しないでほしいとのこと。
「そ、そうなんだ……?」
「私は話の上手な方ではないと思うけど……」
「僕が懸念しているのはソコじゃないんだけど、なんだろう。どう言葉にすればいいのかな……」
それを聞いた当時の僕は困惑していた。
これまでの人生で出会ったことのない性質の人だったし、なんなら怖がっていたとも思う。
ただ、それを素直に言葉にすべきか悩んだ。なぜか相手も困惑しているようだったし、ひょっとすると彼女が住む地域では、そういう文化が根付いているのかもしれないとも考えていた。
学び舎では各地方から生徒を集めている。
地域性による習慣や認識の相違は、今後も生じてくると考えておくのが自然かもしれない。
僕はそう結論付けた。実際のところ僕も、自分の住む地域のことしか碌に知らなかったし、そんな自分が個人的な感情だけで否定してもいい問題なのか。それは難しいところだと思った。
「────あ、あの、もしかして…………」
僕が次に続く言葉に詰まって考えていると、その当時は名も知らぬ眼前の少女が口を開く。
「迷惑だった?」
「えっ?」
「迷惑だった、かしら。私の供をしてくれている子に話した時も反応は良くなかったし、もしかして私は貴方に迷惑をかけてしまっている、のかな。だとすれば、私はこれから先もう…………」
そして沈んだ口調で謝罪を口にする。
彼女の蒼い瞳は艶やかに潤んでいて、僕の言葉次第では今にも雫が地に落ちそうであった。
どうしよう、と僕は悩んだ。
幼少の頃から「女性には優しくしなさい」と教え込まれてきた僕には難しい場面だった。
これが同性相手であれば少しも悩まなかった。異性相手であっても好みとかけ離れた女性であれば、やんわりと真実を告げていただろう。だが、目の前の少女は美しく、僕の好みであった。
「────まあ、見られるぐらい別に」
結局、決め手はそこだった。
可愛い子の前で好い恰好がしたい。ベタではあったが、それが一番の理由であったと思う。
「構わないよ。別に減るもんじゃないし」
「ほ、ほんとうに良いの?」
「男に二言は無い。その代わり僕も君のことを見るけど、そこは大目に見てくれると嬉しいな」
そう言って僕は彼女の豊満な胸に目を向ける。
僕の視線に気づいた彼女は「もう」と恥ずかしげに視線を逸らして身体を半身にくねった。
その全てが煽情的で綺麗だった。笑って誤魔化す僕は、選択が間違いじゃないことを確信する。
その後、彼女の名を聞いた。
姓名を孫権。真名を蓮華。蓮華はとても生真面目な性格をしていて、華のように美しかった。
それが僕と蓮華との出会い。
厳密には出会ったのはもっと前だが、話をするようになったのはその時からだろう。
それから半年、今日も僕は蓮華に観察されていた。「そのうち飽きるだろう」とも思っていたが現状、そんな様子はない。なにが彼女をそこまで駆り立てるのかは一切謎のままである。
だが、見方を変えればそれだけであった。
蓮華は僕の周囲で乱痴気騒ぎが勃発している時も、悪戯にその輪に入ってはこなかった。
半年間、変わることなく僕をジッと見つめている。何か僕が落とし物をした時は必ず見つけてくれたり、本当に困っている時は手を貸してくれたりするので助かっている一面もあったりする。
「────観察するのが好き、か」
それは事実なんだろうと思う。
ただ、半年間も観察され続けていれば、観察対象の立場からでも見えてくることがある。
蓮華は僕の友人の中ではそれほど口数の多い方ではなかったが、その分「目」が合うことが多い。目は口ほどに物を言う。蓮華の、その蒼い瞳を介して、僕には見えていることがあった。
蓮華の瞳には強い意思が宿っている。
何かを成し遂げようという類の強い意思。そういう前向きな感情を僕は感じ取っていた。
これがきっかけになるかもしれないと僕は考える。蓮華の風変りな行動。その謎を解き明かすきっかけになるかもしれないと。
蓮華は僕を観察し続けているという一点を除けば、欠点の無い女性であった。蓮華は僕の癒しになってくれるかもしれない。そうと解れば話は早かった。早急に真因究明に乗り出そうと思う。
「────と、言うわけなんだ」
「よろしくお願いします。司馬懿殿!」
そういうわけで僕は今回、蓮華のお供をしている周泰殿に声をかけ尋ねてみることにした。
蓮華本人に直接という選択肢も確かにあったが、この手の問題は本人よりも近い人を頼る方が良い結果に繋がることが多いような気がする。そういう考えから僕は周泰殿に声をかけてみた。
「なるほどなるほど、強い意思ですか」
「抽象的ではあるけど、そんな気がしてね」
周泰殿は蓮華のお供兼護衛担当だ。
蓮華の一族である孫家に仕えていて、主君は周泰殿が「大殿」と呼んでいる孫堅殿なのかな。直接御会いしたしたことはないが、大陸の南東は揚州で郡太守の任を拝命されていると聞く。
「良き着眼点です!」
「だろう?」
「ですが、私がお答えして良いのかわかりません。口止めはされていませんが、むむむ……」
周泰殿にとって蓮華は主筋にあたる血統だ。
忠誠心も厚そうだし本来であれば、そうホイホイと主筋の情報を漏らすことはないだろう。
周泰殿は素直で真っ直ぐな性格をしている。そこに目をつけ変則的な、誘導型の訊き方をすれば必要としている情報を聞き出せるかもしれないが、そんなことをするのはどうかと思った。
「無理にとは言わないよ。僕の心労が減って、何か蓮華の助けになれればと思っただけだから」
「そう言われると非常に心苦しいです…………」
あくまで自主的に話してもらえる形が好ましい。というより、そうであるべきだろう。
周泰殿は僕の言葉に項垂れながら頭を抱える。その反応だけで「やっぱり何かあるのかな」と察する。それだけでも成果としては十分だった。進展があるだけでも気持ちはぜんぜん違う。
「────よし、わかりました!」
「おおっ?」
そろそろ話しを切り上げようか。
僕がそう考え始めた最中、周泰殿が元気の良い声と共に顔を上げる。
これは良い話が聞けるかもしれない。周泰殿の声色はそんな淡い期待を抱かせる…………が。
「気になりますもんね!」
「うん」
「どうしても気になりますもんね!」
「う、うん」
「何があっても後悔しないと誓えますよね!」
ぜんぜん、そんなことはなかった。
この手の念押しから入る話が良い話であると期待を寄せるのは、あまりに無謀だろうと思う。
元気良く笑顔で、きっちり言質を取りにくる周泰殿。危険な予感しかしなかった。迂闊に踏み込めば最後、二度と引き返せなくなるかもしれない。そんな話の流れじゃなかったんだけど。
「いや、まだ時間が必要かもしれないね……」
結局、僕は撤退の道を選んだ。
「私もそれが賢明だと思います!」
「うん。話しかけておいてアレなんだけど、なんだか疲れたよ。ホント付き合わせてごめんね」
世の中は複雑怪奇に満ちている。
僕は地元では優秀な若者であると称えられてもいたが、所詮は井の中の蛙に過ぎないのだろう。
こうして広い世界に出てみると、そのことを痛感する。この世の中には僕の能力では理解、対応しきれないことに溢れている。慢心していてわけではないが、鼻っぱしをへし折られた心境だ。
まあ、それはそれで良かったかもしれない。
若いうちに自分の身の丈を知れるというのは、この先の人生に大いに活かせられるだろう。
僕はそう前向きに捉えることにした。真相は闇の中。これも毎度のことである。明かされるべき時が来れば明かされるのだろう。それでいい。可愛い子に見られて困ることなんてないし。
「これは話すべきか迷いましたが…………」
「どうしたの?」
そして話も終盤。
僕が自分を納得させるための回想に浸っていると、不意に周泰殿がこんなことを口にした。
「蓮華様についてです」
「うん」
「特別な条件が揃った際、蓮華様の額に模様が浮かび上がるんことは、既にご存知でしょうか?」
「ご存知じゃないです。そうなんだ?」
「はい。おそらく孫家の血が騒いでいるんでしょう。もしも万が一、満月の日にその模様が浮かび上がり、その時に蓮華様のお近くにいらっしゃる事がありましたら────お逃げ下さい」
その話は案の定、僕には難解であった。
特別な条件とは。模様が浮かび上がるとは。孫家の血が騒ぐとは。満月の日との関係性とは。
色々と説明を求めたいところではあったが、何かに気づいたのか周泰殿が「あっ」と呟いたのを僕は聞き逃さなかった。必要以上に話し過ぎたのかもしれない。そんな気配を僅かに感じた。
質問の余地はあと一つ。
そんな気がした。だから僕は最も気になった部分について、最後に尋ねてみることにした。
「逃げ遅れたらどうなるの……?」
「司馬懿殿を孫家の縄張りにお連れすることになるかと!わたし的には大歓迎ですよ!!」
胸の前で手を合わせた周泰殿はそう言っては、実に晴れやかな表情を浮かべている。
僕は深まり続ける疑問を一旦忘れ「そっか!」と晴れやかに合わせてみる。そして感謝の言葉を告げては周泰殿との話を終えた。満月の日の蓮華は危険。そのことは忘れないでいようと思う。
学び舎は登場人物を集める舞台装置
扱いとしては考廉に近いですが、そうすると桃香が義勇軍にならないので表記は避けました