ヤンデレ†無双 作:PGG
彼女の本質は王である。
僕が華琳に抱いた第一印象は特殊なもので、理由を説明しろと求められたら難しいと思う。
ただ、そう強く感じた。そして第一印象というものは、それ以降の付き合いにおいて重要な要素を占める。相手が自分と合うと感じれば近づこうともするし、逆なら関わらない方向に考える。
学び舎という場において、華琳の放つ雰囲気は他者を寄せ付けない独特のモノがあった。
少なくとも、まだ名も知らぬ間柄の若人が、なんとなしに話しかけられるような簡単なモノではなく、みな自分と波長の合う相手を感じ取っては交友を深め合っていっていた。
とどのつまりは、なんだろう。
ズバり述べると出会った頃の華琳は少し、いやガッツリ周囲から浮いているように映った。
そして当時の華琳自身は、そんな環境を積極的に動かそうとは考えていなさそうだった。王とは孤独なものなのかもしれない。僕はそんなことを考えながら遠巻きに華琳の姿を眺めていた。
「────曹操殿、少しいいかな?」
それから少し経った後、華琳を取り巻く周囲の関係を動かそうとしたのは僕だった。
理由は大層なものはなく、僕自身が彼女と話をしてみたかったから。それに尽きる。話しかけて迷惑そうならすぐに身を引こう。そんな気持ちで僕は華琳に声をかけることにした。
「なにかしら?」
「ええっと、まずは僕の名前から…………」
「司馬仲達。知っているわよ。それで要件は?」
華琳は話しかけてきた僕をチラッと見ると、また視線を元の方向へとすぐに戻した。
こめかみに手を当て、そう言い放つものだから機嫌が悪そうにも感じるが、普段から目にする姿であったため特別悪い印象ということもないはずだ。僕は臆さずに前へと進むことにした。
「特にないよ。強いていうなら雑談?」
「ふうん?」
「雑談ってね、適当そうな響きだけど奥が深いんだ。世には雑談力って言葉もあるぐらいでさ」
「聞いたことないわね」
「造語なのかな?例えば初対面の人と話す際、共通の話題なんて無いものと仮定すると…………なんだろう。共通の話題がないと何を話すんだろう。趣味の話とか修学の話……になるのかな?」
ただ問題があるとすれば、僕自身あまり話の引き出しが多い方ではないということだ。
こうして話しかけてみたはいいものの、ものの数十秒で言葉に詰まる始末。事前に話題の一つや二つぐらい用意しておくべきだったが、話をする内容を考えるよりも先に声をかけていた。
「それって今必要なこと?」
「そう言われると辛いところかも」
「大方、私が孤立していると見て話かけたんでしょうけど、余計なお世話よ。これでいいの」
そして僕と初対面であった華琳も自ら進んで話を広げようとはしてくれなかった。
必然の八方塞がり。ここから粘り込みを図る術も持ち合わせていなければ、それを彼女が望んでいるとも思えなかった。望まれていない以上は、彼女の時間を奪うことになってしまう。
ここは一先ず出直すべきだろう。だが、その前に一つだけ訂正しておきたいことがある。
「孤立しているとは思ってないよ」
「あら、そう?」
「孤立というより孤高かな。君は群れるより、その群れを率いる方が合ってそうな気がする」
ふうん、と華琳が興味深そうな目を向けては値踏みをするように僕を見定める。
その瞳には有無を言わさぬ圧力を感じる反面、この状況を楽しんでいるようにも感じた。実際どうなのかは当人しかわからない。答えを知りたければ彼女のことを知るほかにはないと思う。
「────まあ、いいでしょう」
「うん?」
「丁度暇してたのよ。貴方も知っての通り。だから、そうね。話し相手になってあげるわ」
こうして僕は華琳と知り合った。
姓名を曹操。真名を華琳。こうして思い返してみると我ながら雑な話しかけ方だったと思う。
「そうこなくっちゃ」
「変な男。でも、なんだか退屈しなさそう。要件もないなら貴方のことを話してくれるかしら」
「ああ、そうだね。それじゃ趣味の話でも──」
第一印象というのは特別なものだ。
自覚こそなかったが、僕はきっと彼女の王気に魅せられ、惹きつけられていたんだろう。
「華琳は何か将来的の目標とかある?」
「ずいぶんと急ね」
「さっき、そういう話をしているのを人達を見かけてね。だから君もどうなのかなって」
華琳と友人関係となり、真名を預けられるまでに多くの時間を必要とはしなかった。
馬が合ったという表現が一番しっくりくると思う。他者と近い観点で話をし、意見を交わしあうという経験は新鮮で、華琳はこれまでの人生にはない新しい刺激を僕に与えてくれた。
「うーん、そうねえ」
「その声色だとありそうだね」
「それは当然。将来の構想や展望の一つ二つはあるわ。ただ貴方に話すには時期尚早かしら」
「ほお、そうきたか」
「良い女は自分の内面を簡単に打ち明けたりはしないものよ。そういう貴方はどうなの?」
そして華琳が学び舎の中で打ち解けるのもまた、そう多くの時間を必要とはしなかった。
麗羽を筆頭に互いを真名で呼び合い、話をする相手も増えたようだ。華琳の放つ近寄りがたい雰囲気というのも威厳があるという様に置換させては、早くも一目置かれる存在になっている。
「こちらも時期尚早で応戦…………」
「良い男は女のわがままを笑って聞くものよ」
「良い男はつらいね。まあ、話を振ったのは僕の方だから素直に答えるよ。僕は────」
全てはなるべくして成った結果だと思う。
「────史に名を残す為政者になりたいんだ。これから百年、千年の後。この時代の話がされる度に司馬仲達の名が挙がるような、そんな立派な為政者になると言ったら、君は笑うかな?」
こうして華琳と話をする機会に恵まれていることを僕は幸運に思うべきなんだろう。
華琳はきっと大物になる。そんな予感を僕は早い段階から感じていた。だからこそ負けたくはなかった。華琳とこうやって切磋琢磨し合える環境にある幸運を僕は喜ぶべきだろう。
「…………笑わないわよ」
「本当かい?」
「ええ、本当よ。美しい目標じゃない。他の誰でもない、貴方は必ずそれを叶えてみせるわ」
ありがとう、と僕は素直に答え微笑んだ。
「────私はね、仲達。都へ来て一つ、果たすべき大きな目標が出来たのよ」
「そうなんだ。確かに都は人脈や見聞も広がるし、新しい目標を建てるには丁度いいかもね」
「ええ、そうね。本当にそう…………ねえ」
華琳とは良い関係を築けていると感じていた。
そして華琳もきっと同じことを思ってくれているんじゃないかと感じていた。時折、なんだか凄い覇気の籠った目で見てくる時もあるけど、きっとそうなんじゃないかと思っていた。
「────仲達、貴方は隙が多いわ」
何時だったか、そう言われたことがある。
「隙?」
「そう、隙。ほんと隙だらけ」
「そりゃ華琳に比べれば隙だらけかもしれないけど、人並みには体も動かせるつもりだけど」
僕がそう答えると華琳は深く息を吐いては首を二度三度左右に振ってみせた。
「その隙じゃないわ。脇が甘いのよ。がら空き」
「敢えてそう立ち振る舞ってるんだよ」
「へえ、そうなの。敢えて近い将来、ほぼ確実に面倒事になりそうな女を、敢えて引き寄せているんだと言うのなら仲達、貴方は本物ね」
そう言われてしまう程には既にこの頃、僕を取り巻く周囲にある兆しがあったのだろう。
僕もそのことに薄々ながら気づいていた。そして僕が気づいていると言うことは華琳が気づいていても不思議ではない。時期的には都へやってきて二、三カ月目ぐらいのことだったろうか。
「具体的には誰かな……?」
「まず麗羽でしょ。それに蓮華。この二人は行動で示している分、わかりやすいわね」
「麗羽は…………まあ、ね。蓮華はどうなんだろう。謎ではあるけど僕の許可は得てるし」
「どうして許可したのか知らないけど続けるわ。あとは幽州から来た二人組。まずは白蓮。あの子は貴方が関わらないと至って普通の子なのに、一体どういうことなのかしらね……?」
さあ、と僕は首を傾げた。
「それと最後に桃香。理解不能」
「悪い子でないことだけは確かだけど……」
「あの世界観だけは、この私でも真似出来ないわ。ただ周囲に溶け込む能力と人を惹きつける才は驚嘆に値するわね。誰も桃香のことを理解出来ていないのに、誰も桃香を排そうとはしない」
桃香は一言で表すと不思議ちゃん系。
それも外側だけの紛い物ではなく、中まできっちり詰まった混じりっけ無しの本格派。
桃香の詳しい生態については、また別の機会に語ることになるだろう。ともあれ名が挙がった上記の四名は、華琳の言葉を借りるなら将来的に面倒事になりそうな女性であるようだ。
「桃香は天然で済まされてるね」
「私は異端だと考えているわ。だからこそ麗羽より桃香の方がずっと厄介になりそうなのよね」
華琳の目つきが鋭くなる。
「厄介になりそう?」
「こっちの話よ。こっちの話」
「よくわからないけど、そうなんだ。なんにしても華琳、君にはいつも世話をかけて悪いね」
「貴方が悪いわけじゃないわ。ただ隙が多いのよ。素直で真面目で、面倒見が良いから……」
僕は自分が箱入りという自覚があった。
都へ来るまでは親族以外と関りをもつ機会がほとんどなかったこともあってか、人の機微というものに疎いという自覚もあった。
これは時間が経つにつれて徐々に改善されつつあるが、聡い人に比べれば差は歴然だろう。だからこうして聡い華琳の助言を得ては、来るべき難局へ向け備えるための情報収集を行っている。
「いつもすまないね」
「そのうち見返りでも要求しようかしら」
「友情とは見返りを求めないものでは……?」
「ええ、そうね。その姿が美しいと思うわ。ああ、そうそう。言い忘れていたけど────」
その来るべき難局がどういう類のものかさえ、この時の僕はあまり理解していなかった。
華琳を頼っておけば、きっとなんとかなるだろう。そう安易に考えていたのかもしれない。
「────貴方のご両親や祖父母君が学び舎で出会った話、あまり公にしない方がいいわよ」
このまま華琳が頼りになる相棒枠で至らぬ僕の背中を押し続けてくれるのなら、それが最良の選択であるのかもしれないが、話はそう僕の都合よく進んでばかりはくれなかった。
「その話って華琳に言ったっけ?」
「私が知っているってことは、どうかしら?」
「まあ、そういうことになるね。いつ話したっけな。少し恥ずかしいから隠していたんだけど」
仕方ないわね、と華琳は呟くと戸惑っている僕に優しく声をかけては満面の笑みを浮かべる。
「誰にも言わないわよ」
「そうしてくれると助かるよ……」
「ええ、勿論。知っているのは私だけでいいわ。だから貴方は、もっともっと私を頼りなさい」
華琳は演じることに長けていた。
いずれ僕が全てを見破ることを想定して演じていたのだから、華琳は底が知れなかった。