ヤンデレ†無双   作:PGG

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 親世代の関係が、子世代の交友関係に影響を与えるというのは、よくある話だと思う。

 例えば親同士が上司と部下の関係である場合、その子供達の関係はどうなるか。中には親の関係は別問題として捉える人もいるだろうが、程度の差こそあれ意識する方が多数派だろう。

 

 未来の官僚候補を教育するという学び舎の制度上、どうしても家柄が重視される面がある。

 例外こそあるが、学び舎に通う多くの生徒達は親世代、もしくは一族の中に官僚を輩出している名士の集まりだ。家柄の良い若人がより高い教育を受け、次世代の国政を担うという制度。

 

 実際、優れた制度だと思うし機能している。

 問題があるとすれば、一括りに名士と言ってもピンからキリほど差があるということか。

 前述したように、上司と部下の差であれば意識する程度で済むかもしれないが、上司の上司の上司と部下ぐらいかけ離れていると、どうだろう。僕としてはいっそ開き直るのも一つの手段である気もするが、その差が大きければ大きいほど、人は対応に迷うものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「────名門、汝南袁氏か」

 

 三公と呼ばれる官名がある。

 三公とは大尉・司徒・司空。天子様を補佐する国の最高位を指す官名の総称。

 一族の中で一人でもその地位に就任する者を輩出すれば、末代まで語り継がれるほどの地位。

 

 麗羽は名門、汝南袁氏の一門であった。

 直近四代に渡り三公位を輩出している、この国でも並ぶものの居ない名門、袁一族の出自。

 現在、袁一族の権勢は陰ることを知らず官位を極めている。その一族である麗羽が学び舎にいるのだから、他の生徒達は気が気ではない。それは生徒だけでなく講師陣も同じなのだろう。

 

「おーほっほっほっほっほ。皆さん、今日は神輿を担いでお祭りわっしょいですわよっ!」

 

 姓名を袁紹。字を本初。真名を麗羽。

 麗羽はその派手な見た目そのままの性格をしていて、自分が目立つことを最も重視していた。

 お嬢様気質で自信家。きっと麗羽は袁一族の出自でなくとも振る舞いを変えなかったとは思うが、麗羽が袁一族であるということで、周囲が強く振り回されているという状況があった。

 

「わっしょい!わっしょーい!!」

「わ、わっしょい。わっしょい……」

 

 授業が始まる時間でも構わず大騒ぎ。

 毎度のようにお供を勝手に中へ引き入れ、今日は神輿を持って来ては何やら騒いでいた。

 こういう時は講師が止めるべきなのだが、素知らぬ顔で止める素振りはない。生徒の多くは麗羽の不興を買うことを恐れてか、苦笑いを浮かべながらも便乗して乱痴気騒ぎに興じている。

 

 僕らが学び舎へ招聘されまだ日も浅い頃、最も目立っていたのは間違いなく麗羽だった。

 それでも、その目立ち方はあまり好ましくは映らなかった。麗羽の周囲にはいつも多くの人が集まっていたが、みんな距離感を測りかねているような、よそよそしい雰囲気が気になった。

 

「放っておいてもいいけど────」

 

 僕は祭りに参加することなく、その様子を眺めていた。毎度のことで、おそらく麗羽が飽きれば騒ぎは終息するという予測もあったが、そろそろ誰かが止めるべき時期だとも思っていた。

 

「────はいはい、そこまでにしようか」

 

 僕が止めていなかったら華琳。華琳が止めてなければきっと白蓮が口を挟んでいただろう。

 それは早いか遅いかの差でしかなかったと思う。きっと華琳や白蓮であったらまた違った話になっていたのだろうが、男である僕が止めたということが麗羽にとって意味があったらしい。

 

「賑やかなのもいいけど授業の時間だ。神輿は下ろして、お供の人は外で待つ。違うかい?」

「まあ、そうですの?」

「そーですよね!ほら、文ちゃん行こっ。ここ騒いでいい場所じゃないから。は・や・く行こ!」

「斗詩はせっかちだなー!」

 

 この一件以降、僕は麗羽の暴走を止める役割を任せられるようになった。それは誰かに任命されたわけでもなかったが、何時の間にか周囲がそういう目で僕のことを見るようになっていた。

 

 

 

 

 

 麗羽は人の話を聞かないという噂もあったが、僕の言うことにはよく耳を貸してくれた。

 そのことを麗羽の側近である斗詩と猪々子は驚いていたが、理由を知ってしまえば驚くようなことではなかった。僕は次第に麗羽だけでなく、斗詩や猪々子とも話すことが増えていった。

 

「なーなー司馬懿ぃ。斗詩をあたいの嫁にするにはさあ。どうすればいいと思う??」

「知らんがな」

「そう言わず協力しろよ。って、もしかしてお前も斗詩のこと狙ってんのか!ああん!?」

「え、ええ…………」

 

 猪々子はなんでもアリではっちゃけた性格をしていたが、少なくとも悪いヤツではなかった。

 

「わかったわかった、協力しよう」

「よーし、そうこなくっちゃなっ!」

「しかし嫁かあ。そうだなあ。僕の実家って女系家族でね。姉がいて、妹なんて六人もいるし。やっぱ男兄弟には憧れたな。もし結婚したら女の子も良いけど、男兄弟ってのを…………」

「お前のことなんて聞いてねえよ!!」

 

 麗羽とも主従というより友達のような近い関係で、そんな関係を少し羨ましく思うこともあった。同性愛の是非についてはなんとも言えないが、無事に実れば盛大に祝福しようと思う。

 

 

 

 

 

「司馬懿さんはどうやって、あの髪も頭もクルクルパーな麗羽様を躾たんですか!?」

「躾たって顔良殿。君の主人だろう?」

 

 斗詩は常識人であるが故に苦労人だった。

 何時からの付き合いなのかは知らないが、普段から麗羽や猪々子に振り回されているようで、麗羽が素直に僕の話を聞いていることに、驚きと困惑と毒舌をもって訊ねてきた。

 

「はい、遺憾ながら」

「遺憾なのか…………」

「冗談ですよ冗談。ですが麗羽様が人の話をちゃんとお聞きになるなんて、本当に驚きです!」

「そうなの?」

「私が何回、何十回、何百回と言っても右から左で。たまに聞いて下さったかと思えば三歩も歩けば忘れられて。でも、それでも麗羽様にも良いところが沢山あるんですよ!たぶん…………」

 

 斗詩の言葉には言い表せない重みがあった。

 斗詩と同じく麗羽のお供をしている猪々子の方はお気楽な性格をしていて、麗羽と一緒になっては楽しく騒がしく過ごしている。そのあたりのしわ寄せも斗詩に及んでいるんだと思う。

 

「まあ、なんとなく理由はわかるよ」

「────えっ?」

「袁紹殿にとって君は身内なんだろう。同年代の身内の言うことって素直に聞きづらいもんさ」

 

 苦労人はどの集まりにも一人はいるものだ。

 生真面目な苦労人ほど割を食うのは、なんとも不憫だ。なんとなくだが親近感がわく。

 

「いい…………」

「うん?」

「そう、そうですよ。私でダメなら司馬懿さん!貴方にお願いすればいいんですよ!!」

 

 だから僕は斗詩には優しく接することに決めた。愚痴ぐらいは笑って聞いてやろうと。

 

「司馬懿さぁん。ここだけの話、麗羽様ってどうですか!口さえ開かなければ魅力的だとは思いませんか!思います!?思いますよねぇ!胸だって大きいですし!形も!色も!なんと今なら!!」

「ちょ、落ち着いて落ち着いて…………」

 

 斗詩は時々わけのわからないことを口走ったりもしたけど、これも心労なんだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麗羽は人の話を聞かないという噂もあったが、僕の言うことにはよく耳を貸してくれた。

 

「右を見ても左を見ても、同じ顔ですの」

 

 ある時、麗羽はその理由を話してくれた。

 ポツポツと紡ぐ麗羽の言葉に僕は耳を傾けては、風に靡く鮮やかな金糸を目で追う。

 

「同じ顔?」

「わたくしを見る皆さんのお顔はいつもそう。示し合わせたかのように同じ顔ですのよ」

 

 僕は麗羽が話す言葉の意味を理解する。

 名族の出自である麗羽は、どうしても周囲から個人ではなくその背景を見られてしまう。

 みんなそうだし、きっと僕もそうだった。名門、汝南袁氏の肩書きは伊達ではない。築き上げた実績も人脈も、およそ他家の追従を許さぬほど圧倒的で、だからこそみんな畏怖の念を抱く。

 

 麗羽は一族のことをいつも誇っていた。

 それでもこうして言葉を零すということは、不満に感じる何かがあったのかもしれない。

 

「まあ、そうだねえ────」

 

 僕は気の利いたことを言おうと考えた。

 それでも頭に浮かんだ言葉はどれも無難で陳腐で、薄っぺらく感じて口にはしなかった。

 

「────そんなもんだよ。そんなもん」

「そんなもん、ですの?」

「良家の若者は大抵そうさ。個人名より一族の名が先に出る。きっと僕らの親の世代も、さらにその上の世代も若い頃はそうだったんだと思うよ。だから、そう。最初はそんなもんだよ」

 

 僕は思ったことをそのまま口にした。

 一族の名が大きければ大きいほど、周囲からは好奇な目で見られるのかもしれない。

 

「そういう宿命だ。でもいつかは必ずそれを覆したい。一族の名に恥じぬほど立派になってね」

「そうですわね!」

 

 人は出自を選べないが、生き方は選べる。

 良家に生まれながら愚痴を零すのもと思った。どうせなら前向きに考えていきたい。

 僕の言葉に満足したのか、麗羽は晴れやかに声を弾ませては真っ直ぐに同意してくれた。

 

 

 

「昔からお母様に言い聞かされてましたの」

 

 話の最後に麗羽はこう切り出した。

 

「袁家の名に怯まず、わたくしのまずい振る舞いを咎めるような人物に出会ったのなら」

「なら?」

「その相手が殿方であれば、よく話を聞き振る舞いを改め、相手が女であれば戦いなさい、と」

「それはまた随分と極端だね…………」

 

 それは袁家の家訓なのか。それとも麗羽に限定されたことなのかは今でもわからない。

 ただ麗羽が僕の言うことに素直に耳を傾けてくれたのは、そういう教えがあってのことだったらしい。いくらか極端ではあるが納得した。親の教えというのは固く守らなければならない。

 

「それともう一つ────」

「まだあるの?」

「────いえ、これはナイショでした!試練についてはまだ話す時ではありませんわ!!」

 

 そんなこんなの理由もあり、麗羽は僕の言うことにはよく耳を貸してくれた。

 だからといって毎度毎度、麗羽の暴走を止められたかと言えばそうでもなかった。時に巻き込まれることも多くあったが、そういう経験も新鮮で得難いものであったと思う。

 




ヒロイン候補のタイプ別
ヤンデレ化する各話の仮タイトル(予定)

白蓮 妄想タイプ→逃げるなら北
蓮華 監視タイプ→開かれた眼
華琳 誘導タイプ→落とされた日誌
麗羽 独占タイプ→三つの試練
桃香 崇拝タイプ→夢の中の貴方
美羽 依存タイプ→蜜の味
月  無害タイプ→立ち塞がる総て

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