ヤンデレ†無双   作:PGG

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 親子関係における血縁の重要性については、掘り下げて説明するまでもないと思う。

 とりわけ一族の跡継ぎともなれば必須。それ以外でも、初対面の相手に血縁上の繋がりがあると知れば、たとえ遠い繋がりであったとしても、気を許してしまうきっかけとなることが多い。

 

 ただ、それだけが全てじゃないとも思う。

 養子という制度にも現れているように、親と子とは後天的に培われる関係でもある。

 優秀だから養子に迎える。気に入ったから養子に迎えるというものから、政治的な思惑が絡むものまで様式は様々。最終的にそれが血よりも濃い繋がりとなることだってあるのだろう。

 

 僕は司馬一族に生を受け、生まれてこの方、自分の出生に疑問をもったことはない。

 自分と似通った容姿の姉や妹、両親と共に過ごす中で、疑問をもつ方がおかしい。一族や周囲の人を始め、誰もがそう思っているし、僕もそう思っている。そして実際、その通りなんだと思う。

 

「────え、今なんて……?」

 

 そんなことは疑う余地が無いと信じていた。

 と言うか、今だって微塵も疑ってはいないのだが、そんな僕に一石を投じた人物がいた。

 

「急にこんなこと聞かされて、きっと戸惑うとは思うけどけど、もう一度言うね。私は────」

 

 その人物こそが桃香であった。

 万人を惹きつける、人懐っこい笑みから放たれる桃香の言葉は、僕を深い混乱へと誘った。

 

「────私は、あなたのお母さんだよ!」

 

 僕の母親を名乗る少女との邂逅。

 これが僕と桃香との出会いであった。そして今後、永い付き合いになっていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桃香と初めて話したのは、僕の記憶が正しければ学び舎へやって来た初日のことだ。

 話した場所や当時の状況などは、会話の印象が強すぎてよく思い出せないが、確かそう。名前を呼ばれて一言二言、会話を重ねた後にすぐ、自分の母親であると名乗られたような気がする。

 

「私は、あなたのお母さん……?」

「うん、そうだよ!」

 

 ふわふわな桃色の髪。おっとりした瞳。

 むっちりした太もも。なめらかな肌。最低でも二度は見る必要がある大きく実った胸。

 おそらく自分と同年代。離れていても指で数える程度であろう少女から、母親であると名乗られた当時の僕は状況を理解出来ずにいたと思う。

 

「いや、そうだよって言われても…………うん?」

 

 僕には血の繋がった母親が存在する。

 だから目の前の少女が実の母親でないことは明らかではあるのだが、こうも自信満々に宣言されると、なんだろう。ひょっとすると僕に何か見落としがあるのかと考えてしまう。

 知らぬ間に養子に出されたのか。それとも父が離縁し再婚したのか。咄嗟に浮かんだ二つの可能性はどちらも急すぎるし、離縁が認められるような家庭ではない。確実に血の雨が降る。

 

「難しく考えなくてもいいんだよ」

「へっ?」

「あなたは私に、お母さんに甘えてくれたらいいの。戸惑う気持ちもわかるけど、いつかわかるから。少し早いけど、私のことをお母さんって呼んで甘えてくれても、いいんだよ…………?」

 

 急な事態に僕があれこれと考え込んでいると、目の前の少女が優しく声をかけてくれた。

 そしてスッと僕に向かって両手を広げる。歩みよれば優しく抱きしめてくれそうな、そんな慈愛にも満ちた姿に映ったが、歩み寄ると最後、二度と引き戻れない甘美な誘惑にも感じた。

 

 なんとも形容しがたい魅力を感じる。

 ただ、そこに飛び込むかは、また別の問題。僕は怖かったので当然のように後ずさりをする。

 

「いやいや、何一つよくないです…………」

「ええっ!?おかしいなあ。私の完璧なお母さん計画じゃこれでバッチリなはずなのに?」

 

 初対面の名前も知らない相手に母親面される経験なんて、後にも先にもこの一度だろう。

 今思えばこれは衛兵案件な気もするが、お上りさん全開であった当時の僕に、そんな発想はなかった。考えてみれば桃香も同じ境遇であったはずだけど、そんな中で話しかけてきたのか。

 

「お母さん計画ってなんだよ」

「気になる??」

「気になるような。そんなことよりこの場から避難したいような。そもそも君は────」

 

 どちら様、と僕は真っ当な疑問を投げかけた。

 この状況を想像するに、過去に僕は目の前の少女と出会ったことがあったが、そのことを僕が忘れていたために少女が意地悪な冗談を言っては今、僕を困らせているのではないか。

 背丈や容姿は成長と共に変化していくが、名前は変わらない。名前を聞いては過去の記憶を呼び戻し、今のよくわからん状況から脱却し、お互いの再会を笑顔で喜び合うような局面となる。

 

「お母さんだよ?」

「もう帰ってもいいですか?」

「ああ!待って待って。お母さんのことが聞きたいんだね。仕方ないなあ。私は…………」

 

 理想はそんな感じであった。

 そうならずとも、まず話を聞かないことにはどうしようもない。聞けば何かが変わるはずだ。

 

「私は劉備。字は玄徳。ずっと風鈴先生の下で勉強してたんだけど、都へ行ってきなさいって言われて幽州からパイパイちゃんと一緒に来たんだ。真名は桃香。桃香って呼んでね!」

「へえ、幽州から来たんだ」

「あ、お母さんのことを真名で呼ぶのって、なんだかイケナイ関係みたいだね。でも桃香って呼んで欲しい気持ちもあるし、使い分けてくれるのが嬉しい…………かな。うん、えへへ」

 

 そう言って照れた表情を浮かべる姿は純粋に可愛いけど、僕の理想通りとはならなかった。

 案の定、初対面であった。ただ言葉が通じるというのは収穫だ。一方的に母親と名乗られていた状況からは前進した気がする。だが、なんだろう。意地悪な冗談という話じゃなさそうだ。

 

「僕のことは知ってるのかな?」

「仲達くん!司馬の仲達くんだよね!」

「ああ、うん。なんで知ってんだろう。まあ、いいや。それじゃあ次に河内郡って────」

 

 それから僕はいくつか少女に質問をしてみた。

 わかったことは目の前の少女は僕のことには詳しいが、僕の一族のことには疎いということ。

 劉氏の出自であることから少し考えたが、政治的な働きによって新しい母親になるとか、そういう話では一切無いようだ。少女の中でだけ僕の母親という構図が出来上がっているらしい。

 

 それはそれで意味不明、というか怖いんだけど周囲を巻き込んでどうという話ではない。

 断片的な少女の話を要約すると「僕が大陸を平和に導く鍵」であること。そのために心身の、主に心の部分を犠牲に消耗していく僕を見続けることは、どちらかと言うと大反対であること。

 だから自分が「お母さん」として僕を癒すことで、その負担を軽減させようと思い立ったこと。これは自分の思いつきだから「みんなが揃った時」に詳しいことを相談するつもりとのこと。

 

「みんなって誰かな…………」

「それは私の頼りになる妹達っ!」

「君は一人っ子って話じゃなかった?」

「あ、ええっと…………うーん。なんて言えばいいかな。あんまり変な子だと思われたくないし」

 

 既に変な子という評価が不動のものになりつつあるが、少女の中でその認識はないらしい。

 僕は少女の話を自分にとって必要な話とそれ以外とで分けて聞いていた。少女の話は漠然とした内容も多く、一つ一つを正しく整理するには時間がかかり、困難に思えたからだ。

 

 だが後になって桃香との出会いを思い返してみると、僕が必要ないと聞き流していた話の方がずっと重要であったことに気づかされる。この時にもっと桃香の話に踏み込んでおけば、これ以降の多くの場面で先手を打てていたと思うと悔やまれるが、こればかりは仕方がないだろう。

 

 

 

 

 

「まあ、なんだろう。色々と言いたいことはあるが、お母さんってのは流石にちょっとね」

「そっかあ。今はそうだよね……」

「今は、と言うか今後も覆らないだろうけど、うん。君は一度落ち着いて、自分の胸に手を当て、よく考えてみてはどうかな。そうすればきっと、何か違和感に気づくはずなんだ」

 

 一通り話を聞き終えた僕は、やんわりと否定の意を示した。

 でも、こうして向き合って話をした印象として、目の前の少女は決して悪い子ではなかった。

 おそらく郷土から離れ、見知らぬ地でやっていく不安。環境に馴染めないかもしれないという焦燥から一時的に錯乱し、風変りした人物を演じているだけではないかと僕は判断をした。

 

 その証拠でもなんでもないが、僕が提案すると少女は両手を胸に当て一つ深呼吸をした。

 素直な子なんだろう。環境に馴染めば仲良くなれそうな気がする。その時は今日のことなんて忘れて、たまに笑い話にするぐらいでいい。そう僕は思った。そう思っていたのだが────。

 

「やわらかい!」

「そっかあ。それは良かったね…………」

 

 ────やっぱり変わった子かもしれない。

 これが僕と桃香との出会いであった。この出会いが初日の出来事であったことから、都には変わった人が集まるんだなと思いもしたが、現在まで桃香を超える人とは出会ったいない。

 

 その後も桃香は、たびたび僕の母親のように振る舞い、時に変わったことを口にした。

 それだけに留まらず、定期的に華琳や麗羽を刺激するような発言をしては、僕の周囲を騒がす大きな要因となっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このように桃香は僕に混乱をもたらしたが、僕は受け身であり続けていたわけではない。

 当人に聞いても理解が出来ないのなら、第三者に助けを求めるのはどうか。そう考えた僕は桃香と同郷出身である白蓮から何か手掛かりはないものかと質問をしてみたことがあった。

 

「ああ、うん。桃香。アイツな~」

 

 僕が質問すると白蓮はすぐに察しがついたのか、うんうんと頷いては質問に答えてくれた。

 

「風鈴先生の門下にいた頃から事あるごとに仲達くん仲達くんって言ってたんだよな」

「え、ええ…………」

「みんな桃香の空想上の人物とばかり思ってたんだけど、現にお前は実在してるわけだし」

 

 なんだろうな、と白蓮は首を傾げる。

 

「何か心当たりとか、ないですかね?」

「うう~ん、そうだなあ。桃香の話は正直、話半分に聞いてたところが多かったんだよな」

 

 そうだろうな、と僕は思う。

 実際のところ自分が関係していなかったら、僕も桃香の話を真に受けていなかったと思う。

 だから白蓮の反応は自然なもので、がっかりしたりするのは筋違いだ。桃香と付き合いが長い分、有益な情報が得られるかと期待していたが、現実は厳しい。謎は深まる一方である。

 

「でもさ、お前も感心しないぞ」

「ん?」

「女のことを嗅ぎまわるってのも、な?」

「まあ、そうかもしれないけど、この状況で鷹揚に構えられるほど懐が広くなくてね…………」

 

 気にしないってほうが難しい話じゃないか。

 なんともばつが悪そうに僕がそう答えると、白蓮が手を一回叩いてはこう言った。

 

「よし、なら私も協力しよう!」

「いいの?」

「桃香のお守は、私の役目みたいなもんだしな。お前も貸し一つってことにしてやるよ」

「お、おお……!助かるよ。一人だと手詰まりだったからさ。白蓮って良いヤツなんだな!」

 

 僕は大概チョロいと言われてきたが、人に優しくされるとすぐに気を許してしまう。

 白蓮はそう言って呑気に喜んでいる僕を興味深そうにジッと見ていた。白蓮の髪が風に靡き、その甘い香りが届く。ほんの少し間が空いた後、白蓮はその白い歯を見せてはこう言った。

 

「困った時はお互い様ってやつだ。なんか桃香のことで思い出したりしたら教えてやるよ!」

「ホントありがとう」

「ああ、あと貸しのことも忘れるなよ!」

「もちろん!」

 

 こうして桃香のことを白蓮に相談するようになり、僕は白蓮に対する信頼を深めていった。

 


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