遥か昔、多くの悲劇を生み出した大きな戦争があった。
天から地上に降臨した三柱の神々。『鬼神』、『魔神』、『女神』が互いに争った――戦争。
その戦いの中で、『三闘神』と呼ばれた三柱の神々は、地上の生き物を『幻獣』という力ある存在に変えて従え、さらに幻獣の力で『魔法』が使えるようになった人間――『魔導士』をそれぞれの勢力に加えた。
神同士による三つ巴の戦いは、永きに渡って繰り広げられた。世界を破壊し尽くし、過ちに気付いた三闘神が『眠り』につくまで。
私が『生まれた』のは大戦の最中だった。きっかけがあれば、別の形で『産まれて』いたかもしれないが……。
とある城で育まれていた、幻獣と呼ばれる存在と、人間の互いを想い合う心。環境と立場がお互いを阻み、状況が二人を永久に引き裂いた。
私はその時を、誰にも聞こえない絶叫を上げて見つめる事しか出来なかった。
戦いの中で散っていった多くの幻獣達。その力が集い、『父様』と『母様』の想いが力を……身体を作るまでの、無力な時間。
後少し……、数秒でも早ければ、母様だけでも救えたかもしれないのに。
母様が永劫の石と化し、両親を私から奪った魔導士が踵を返そうとした時に……
「――ぅゎぁああああーーっ!」
「――ッ!?」
雄叫びと共に、私は生まれた。右手に持った、二人の想いで出来た剣と共に。
誰かに祈りを捧げるかの様な姿で石化した母様。そこから光に包まれながら飛び出した私の斬撃を、敵の魔導士はぎりぎりの所で避けた。
剣を振るった先に有った水瓶と、石床数枚に一直線の筋が入る。
右手の剣を一振りして、上に繋がる階段に立つ魔導士へと向き直る。
「何だ? 娘、どこから現れた? それに、それは幻獣の力か?」
突然現れた私を見ても、魔導士は慌てる事なく誰何してくる。
「貴方が知る必要はない。貴方が未来を見る必要もない」
私が剣を腰だめに構えると、魔導士も魔力を集束し始める。――石化の力。
「なるほど、では誰でも良い。お前も石となって永劫の時を過ごすがいい」
「――貴方が知るのはただ一つ」
この時、先程の水瓶が左右に分かれて倒れると同時に石床数枚も割れる。
それを合図に、数メートルの距離を一気にお互いが詰めて交錯する。
「私の剣の軌跡のみ。脳裏に刻んで、冥界に逝きなさい――ただし」
魔導士の首が胴から離れるよりも早く、その体が燃え上がる。
「骨も魂も遺さず、焼かれた身で逝けるなら――ね」
私の纏った黒いドレスとマントを、炎が赤く照らす。この部屋を、これ以上汚すわけにはいかない。
私は母様の前まで歩み寄ると、その場でひざまずいた。頭を下げた拍子に、暗赤色の前髪が垂れる。
「……母様、一人でも多く、民を救って参ります。戦の犠牲者を一人でも減らすために」
立ち上がり、階段の方へと踵を返す。腰まで伸びた髪が歩く度に揺れる。
最後にもう一度、母様の方を見て階段を上り、隠し部屋だった筈のその場所を魔力を使って閉ざす。
幻獣達の力の結晶である私の封印ならば、そうそうは解かれない筈。
「な、何者だ!?」
「まだ敵の生き残りがいるぞ!」
部屋を出ると、あちらこちらから敵兵が現れる。私の道を阻む様に立ち、こちらに武器を構える兵士達に、私も剣を突き付ける。
「言っても無駄でしょうが、一度だけ言いましょう。逃げるか、冥界か、選びなさい」
私の言葉に、一人だけ意匠の違う鎧を身に付けた兵がせせら笑う。
「小娘が何を言っ……」
「私も言っただけ。この城を襲った者達は、皆冥界に逝ってもらいます」
私は既に彼等の背後。私の道を阻む事は――出来ない、させない。
「そして……」
遠方から飛んできた二発の火球――〈ファイガ〉の魔法を切り捨てる。
切り捨てられた〈ファイガ〉が霧散した時には、私は剣を振りかぶって魔導士二人の正面に立っていた。
「は、はや……!?」
「いつの間に……!?」
「私の前に、魔導士は立たないことです」
迷う事なく剣を振り抜き――少し離れた場所からは、凍り付いた後に砕け散る複数の音が響き渡り、二つの炎が少女の近くから燃え上がる。
邪魔な敵兵を切り捨てながら少女は進む。
やがて、少女は目的場所の一つに辿り着く。
城内の大広間。そこにも大勢の敵兵がいた。味方の兵は、全員が地に伏している。中には、死んでからも武器を突き立てられた者もいる。
「…………」
力尽きたこの城の兵達に、目だけで黙祷を捧げ……。死した戦士の魂を傷付けた者達。
「女が居るぞ!」
「かなり可愛いじゃねぇか」
「ほら、お嬢ちゃんこっち来いよ」
下卑た声を上げた兵士達を私は見渡し、言われた通り一人の兵士の近くにゆっくりと近寄っていく。
「へへ、じゃ、早速お楽しみと……」
手を伸ばしてくる兵士を素通りして、私はその兵士の向こうに立つ――八本足の馬に跨がったまま石化した大形な戦士の元へ。
背後の兵士の首が、四肢が斬り離されて胴体が崩れ落ちる。
この場所で、そういう発言をした者も――。
「ひ、ヒィッ!?」
「ば、化け……!?」
「冥界へ旅立ちなさい。私の雷が、この地で倒れた者達に代わり貴方達へ下す裁きです」
無数の雷球が大広間に浮かび上がり……逃げようとした、逃げ惑う兵士達を打ち倒していく。
中央の大形な戦士と、床に倒れた味方の兵を避けて、大広間を雷が荒れ狂う。
「ただし、この雷は魂も砕きますが」
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私以外、動く者が居なくなった大広間で、戦士に――父様に剣を掲げる。
「父様の分まで、私は虐げられた民を守り、戦士の誇りを傷付けられた者達の無念を晴らします」
何かを成すために、戦いを挑む事は良い。
犠牲が出ることも、やむを得ない事もあるだろう。
私がしたことも、見方や立場を変えれば唯の虐殺に過ぎない。
「しかし、越えてはいけない一線はあります」
私はその日、城に攻めいってきた敵兵のほぼ全てを倒した。
亡くなった者達を弔い、僅かばかりの生き残った者達を連れて、彼等が過ごせる地を探して旅に出る。
私は必ずこの地に戻る事を、母様と父様に誓って城を出た――。
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時が流れる。
あれから、生き残った者達がドマと呼ばれている国で迎え入れられ新たな生活の場を手に入れてからも、私は立ち塞がる魔物を、敵を倒し続けた。
悲劇を生み出す戦を終わらせる為に。
戦い続ける中で、幻獣との交流の果てに魔導士になるものが居れば、我欲の為に他者を強制的に魔導士にするものが居ることを知った。
戦を生み出した根源の三闘神には、私でも勝てない。私に宿る力の大半は、三闘神が作り出した幻獣達の遺した力なのだから。
戦を終わらせたいのに、出来ない無力感に私は苛まれた。
諦めてあの城に戻ろうと思った時、私の中の幻獣達に導かれる様に、戦に疲れた幻獣達が身を寄せる場所に辿り着いた。
私は彼等に請われ、この地を守ることにした。少しずつ人数が増えていくこの地を守れば、魔導士の数も減らせると思った。
戦を終えられなくても、少しでも縮小出来ることを願って、私は剣を、力を振るい続けた。
そして、その日がやってくる。
「この戦争が終わる……? それは本当ですか?」
「ああ、間違いない。既に、全ての幻獣達にこの地に集まる様に指示が出てる」
集落から離れた場所で見張りをしている私の元に、巨人族の彼が伝えに来たのは、にわかには信じられない話だった。
いつから始まったのか覚えてもいない、この永き戦いが終わるなど……。
「既に神々は、強大な力を持った怪物達を封じて、俺達に自分達が復活しないように言いつけて封魔壁の奥に移動している」
「封魔壁? 内部の魔力を押さえ付けるという?」
「そうだ。互いの力を中和しながら石と化し、その破壊の力が外に漏れ出さないようにな」
互いの力を……中和……。
「おっと、変な考えはしないでくれよ。ようやく、この戦争が終わるのだからな」
失敗すれば、いくところまで戦争は続いてしまうだろう。死の世界に変わるまで……。
「……分かっています。それで、貴方達はどうするのですか?」
終わりの見えなかった戦が終わるのだ。素直に喜ぶべきなのだろう。
「俺達は全員、封魔壁の奥に移住する。神々を見守ると同時に、魔法の……人間達に使われる魔導の力で二度と悲劇が起きないように」
「そう……ですか。確かにそれで、この戦争は終わりを迎えますね」
「お前はどうする? お前は俺達とほぼ同じだ。永劫の時を変わらぬ姿で過ごすのは、人の世界では辛いことだぞ? 長達から、共に行こうと言伝を預かっているが……」
長達だけではなく、知人や友人からも同じ事を言われそうだが……、私の答えは決まっている。
あの日、あの時からずっと――。
私はもたれていた木から背中を離し、巨人族の彼を見上げて微笑を浮かべる。
「ありがとう。でも、私は行けません。父様と母様の元に戻ると決めているのです」
「……そうか。分かった、皆には俺から伝えておこう。涙を流して、感謝していたとな」
以前チラッと言った私の話を覚えていたのか、間はあったが頷いてくれた。……それにしても……
「巨人族というのは目が悪いのですね。移住したら目を鍛えた方が良いですよ。あそこまで攻めこむ者は居ないでしょうが、私が居ない分、何かの時に発見が遅れたら一大事です」
黒いドレスとマントをひるがえしながら彼に背を向ける。
「ああ、そうだな。無二の友人の最後の忠告だから聞いておく。山向こうの人の軍勢が見えなくなる程度の視力が、これ以上落ちたら大変だ」
「貴方の取り柄の一つですしね」
何故か滲み、霞む視界をそのままに、私は腰を落とし左腰の愛剣に右手を添え、震えていたかもしれない声で宣言する。
「貴方が知るのはただ一つ。私の剣の軌跡のみ」
烈迫の気合いと共に抜き放った剣閃は、遥か遠くの敵の頭上の空間を斬り裂いた。
斬り裂かれた空間からは、無数の隕石が降り注いでいる。
「残念だろうが、俺はもう一つ知っている」
〈メテオ〉の結果を見ていた彼も背中を向けて、集落の――封魔壁の方へと歩き始める。
「封魔壁の完全封印が終わるまで、誰も通しません。……友よ、皆に感謝を。もう、会うことは無いでしょう」
「分かっている。サラバだ、我が永久なる友。『幻獣の守剣』ライディナ・ターシャス」
お互いに振り返る事なく、進むべき方向に飛ぶ。
「魔法が、幻獣達の力を利用した魔導の力が失われる事を恐れてでしょうが、その様な目的の者達を進ませるわけにはいきません」
私が降り立った地には、先程の〈メテオ〉で倒れた者達以上の数の敵が待ち受けていた。
数で圧倒しようとする敵に対し、私と、私を支援するためにドマから時が流れても派遣されて来ていた戦士達は、各自の武器を構える。
「これが大戦の最後になることを願います」
「以前ドマが受けた恩を返す時がきました!」
「ドマの誇りを、魂を見せ付ける時!」
「命は無駄にしないで下さいね。ドマの為にすることが、皆さんには残っているのですから」
士気は高いですが、話を聞いているのかは不明ですね。命の捨て場所にはしないでほしいのですが……。 私は指揮官がいると思われる敵陣を見定め、数百メートルの距離を駆け抜ける。阻もうとした敵は、容赦なく斬り捨てていく。
慌てふためいている陣が間近に見えてきた……そんな頃合いで足を止めた私は、斬りかかってきた兵士達を薙ぎ払って、大きく後退する。
瞬間、大地が無数の兵士達を乗せたまま数ヶ所隆起し、大空高くはね飛ばしながら下から巨大な四足獣が複数現れた。
「人造魔獣……まだ残っていましたか」
神々が産み出した獣を人の手で改良した魔獣と違い、目の前で唸り声を上げている数匹は人間達の力だけで作り出した、魔獣を模した人工生命体。
「想いで生まれた私と、技術で生まれたあなた達。近くて遠い存在……ですね」
人造魔獣の背中、人の手の名残がある部分が唸りを上げて動き出す。
「我は力。弱き生命よ……我が力で、消え去れ!!」
大地を震わせるような大音量の声で口々に言い放ち、こちらに迫ってくる魔獣達を前に、私は真っ直ぐに剣を突き付ける。
「貴方達が知るのはただ一つ。私の……私達の生きた証の、軌跡のみ」
私の身体から幾種類もの光が放たれ、それは右手に構えた剣へと伝わっていく。
数十メートルの距離を、その巨体に似合わぬスピードで一気に詰めてきた一匹の首元に斬りつけながら、私は空へと舞い上がる。
上空にいる私を狙い、下から炎や雷が放たれ、竜巻が巻き起こる。
もちろん、人造魔獣達だけではなく付近の兵士達からも矢や魔法が飛んでくる。
一部の魔法や矢はそのまま弾き、避け、竜巻は迂回し……光の尾を引きながら私は空を、戦場を駆け巡る。
「ただし、この戦争ごと……霊界への列車に乗ってもらいますが」
振るわれた爪の攻撃を掻い潜り、人造魔獣の腕を斬り飛ばしながら私は思う。
「いつか、その時が来たら……私やあなた達もどこかに逝くのでしょうか?」
※ ※ ※
世界を破壊し尽くし各地に大きな傷跡を残した、この『魔大戦』と呼ばれた永き戦いは、戦をもたらした三闘神が互いに力を中和しあって自分達を石化させた事で終わりを告げた。
幻獣達も、三闘神が封印された地に移住し、人との交流を絶った事で新たに魔法を、魔導の力を持つものは現れなくなった。
しかし、それ以前に使えた者達の力は残っていた。やがて、魔大戦の悲惨さから魔導士の力は恐れられ、不当な裁判を用いてまでの魔導士狩りが行われた。
その際、黒衣の少女が魔導士の一部を逃がしたとされるが、詳しい資料は残っていない。
魔大戦以前から存在する王国であるドマには、当時の記録が――伝承に度々現れる魔大戦時に活躍したという黒衣の少女の記録があったそうだが、遥か昔に紛失したとされている。原因は分かっていない。
そのドマの口伝には、魔大戦終戦時に少女と共に派遣されていた部隊が帰国した後に、再び少女と共に旅立ったらしい話がある。ぼやかされて伝わっているため、やはり肝心な所は分かっていない。
どこから現れ、どこに行ったのか、最早知る手がかりは残っていない。
とあるお城の最深部。祈りを捧げる様な姿勢の、身なりの良い女性の石の前に、黒いドレスの少女は腰を下ろしていた。膝掛けの様にマントをかけ、鞘に納められた剣が隙間から見えている。
「この城は地中に在り、地上と繋がっていた洞窟の入り口は崩しました。隠し部屋であるここを知る者も、もういません。大戦も終わり、ようやく帰ってくる事が出来ました。……後は、夢の世界で」
魔力を解き放つと、私を取り囲むように正四面体のクリスタルの様なものが現れ、私の意識がゆっくりと無くなっていく。
「母様、父様。私は……想いに応えら……れました……か?」