※楽郎の言葉遣いがぶれてますがわざとです
とある日の昼下がり、俺はソファーに横になっていた…女子大生の膝枕耳かき付きで。
「陽務君…あまり動かないで下さいね」
「……果てしなく不安なんすけど」
なんでこうなった
事の発端は簡単、いつものようにクソゲーを遊んでいたら唐突にこの人がやってきて「耳垢がたまっていますね、こちらに来なさい」と無理矢理ソファーまで引っ張られて、今に至る。これ以上でも以下でも無い、本当にどうすればいいんだこの状況は。
この思考回路が魔訶不思議な人物が唐突に家に上がり込んでくるのはいつもの事だが今日は何処となく冴えない顔をしている、しかもいきなり耳かきをさせろと脅迫じみた雰囲気で迫ってきたのだ。
まったくもって訳が分からない。だいたいつい今さっきまで観戦モードで俺がオンライン対戦するのを眺めていたはずだが…?家の外でログインしていたのだろうか、それはそれで危ないし本当に公園のベンチ等でログインしていたら…いやさすがにそれはないか、でもこの人ならやりかねない危うさがあるのも事実。
「私も初めて行うのですが何も問題はありません、来る前に参考資料を閲覧してきました…耳かきの極意はズバリ、勢いだそうです」
「ソースは?」
「
「ゆっくり!できればゆっくりやって欲しいなぁって!」
「仕方がありませんね、アイス一個で手を打ちましょう」
本当に仕方がない、と言わんばかりに肩をすくめながら耳かき棒を手にするサイナ。知り合って1年ほど経つが未だにコイツの思考回路が理解できる気がしない。
「人を実験体にしておいて要求してくんのかよ…まぁいいや、くれぐれも変な事はしないで下さいね」
「問:この場における“変な事”の意味とは?」
「その明らかにやばそうな見た目のオイルで耳かき棒を濡らそうとしてるのとかっすね」
「……除菌作用もある優れものですが?」
「でかでかと『精密部品に!』って書かれた缶に入ってるんですけど」
「人間の頭部の精密さは機械などに劣るものではありません」
「サイナさんの頭を比較対象にしなければそうでしょうね」
「この私のインテリジェンス相手に機械風情が挑むなどと…片腿痛いです」
片腹じゃねーのかよと言い返しそうになって、己の頭がサイナさんの何処に乗っかっているのかを思い出す。
「…いったん頭上げましょうか?」
「おや、こんなスーパーインテリジェンス美少女の膝枕ですよ?感涙にむせび泣いて縋り付くべきでは?」
「自分で美少女名乗るのか…とりあえず一旦どきますね」
「……」
「……」
「………あの、この手は何ですか?」
「ひけ…陽務君を逃がさないようにする為の拘束ですが?」
左手に耳かき棒、右手を頭の重心部分に乗せたサイナさんは、周りから見ればそういう関係であると勘繰られそうなほど頬を朱に染め、慈愛に満ちた表情をしている。
彼女はやってみたい事や興味を持った物を前にすると今のような表情をとる、まったく、外見だけは一般人のそれとはかけ離れた美貌であると断言してやってもいいが…。
「今思いっきり被験者って言いかけただろコラ」
「ふふ…さぁ、観念するんですよ」
残念ながら内面も世間一般常識とはかけ離れたインテリジェンスである、謎の液体でヌラリと光る耳かき棒が迫って来る…!
「くっ…せ、せめてこっちの細い綿棒を使ってください、あとそのオイルはなしで」
「しかし「アイス二個奢りますんで」…承知しました」
普段は唯我独尊とばかりに俺を振り回すこの人は、食べ物で釣るとあっさりこちらの意見を聞いてくれる。
「………」
「………」
しばし無言、アイスの言葉が効いたのか丁寧に、慎重にやってくれているみたいだ…時折走るチリっとした痛みは無視する事にした。これくらいはしょうがないだろう。
「おぉ…多量の耳垢を摂取、こんなに細くて大丈夫なのかと不安でしたが、期待以上です」
「あんままじまじと見つめられんのも恥ずかしいっすね…で、もう起き上がっていいですか?」
「却下:反対側がまだです」
「へいへい、じゃそっち側向きますよ…っと」
ゆっくりと頭を動かして反対側の耳を見せる、そうすると自然と顔がサイナ側に向くわけで…夏らしい薄手のワンピースの生地が鼻先を擦る。同時にふわりと嗅ぎ慣れない良い匂い、柑橘系やハーブとは異なる、純粋な心地良さに包まれる香り。
まぁリラックス効果は皆無だけどな、主に耳に伝わる異物感のおかげで。
しかし頭を動かしている途中にサイナと目が合ったが…先ほどまでの愉悦はどこへやら、少し陰のある面差しを見せていた。一体何を悩んでいる?思ったよりつまらないとかなら早めにこの空間から離脱したいのだが……。
「………」
「………少しは、落ち着きましたか?」
「はい?」
最初は意味が分からなかったが、続く言葉で合点が行った。
「あんなに頑張ったのに、最後の最後で横槍を入れられて、挙句の果てには罵倒を叩きつけられる始末、私があの場でクラスX武装を使えればどんなに良かったか…」
どうもサイナは先程までやっていたゲームの、それもラスト1セットの内容が気に入らなかったようだ
「あー…というかさっきまでやってたのシャンフロじゃないって」
「それだけ非合理性を持った敵の行いに腹を立てているのです、察しなさい」
「サイナさんに言われちゃあおしまいだな」
「……」
いつものように言い返してくると思ったら、うつむき気味に目をそらされる…あー、ちょっとまずったか。
「…まぁ、確かに腹は立ったけどさ、結局の所あそこでやられたのは俺自身のミスが原因だし、それまで散々敵として悪略を叩きつけてきた相手だ、煽られてもしゃーないしゃーない」
仕方がないので本心を言語化してみる、確かに後僅かの所で乱数の女神は俺をあざ笑ったし、それを盛大に罵声として浴びせて来た対戦相手君は10回程ボコボコにしないと気が済まないくらいにはムカついている。
しかし、元よりアウトロー的な戦法を初めに使ったのはこちらであって相手ではない。「オンゲーに治安を求めてはいけない」といった武田氏からのありがたいお言葉もある。
何より、「ムカつく」という点においてはかの
「ですが…」
「まぁ気にすんなって、サイナさんが煽られたわけでもあるまいし」
「……同じようなものですよ」
「え?」
少しだけ、ほんの少しだけ、泣きそうな声でサイナは告げる。
「貴方に降りかかる悪意全てに対して、私は苛立ちを感じますしインテリジェンスの限りを尽くして復讐を果たしたくなります」
「そ、そっすか」
やべぇ、これが言ったのが鉛筆辺りなら「鉄砲玉のメンテは大切だもんな、で作戦は?」で終わったのに…煽り合う仲とはいえリアルでもそれなりに親しい人にそんな風に言われるのはちょっとどころでは無く照れる。
「なので…気にしないのは無理です」
「そう言われてもな…」
「ですので、この後一緒にシャンフロをやりませんか?」
はたして、サイナが告げたのは「憂さ晴らし」をどうするかの相談であった。
「…成程、確かに溜まった鬱憤をぶつけるのに丁度いい相手がいたな…よし、乗った!」
サイナと攻略中に新規で発生させたユニークシナリオ―そのボスがやたらと固く、学校の時間になっても倒れず泣く泣く中断した相手。そのまましばらく忙しかったので放置していたが…そろそろ奴に雪辱を晴らしに行くか!
「…ええ、それでこそです」
「っていつも使ってるVR機器メンテナンス中だったわ」
「問:
「しょーがねーだろいきなり送ってきた会社からメールが来て謝り倒されたんだから」
何でもあのチェアー型の、特定の型番に致命的なバグが発見されたらしい、幸いウチのは違ったが、念の為と全てのチェアーフルダイブマシンを無料点検するそうなので送っておいた。99パーセント大丈夫だとわかっていても、残りの一パーセントが乱数に怯える俺の心に影を落とすのだ…。
「やれやれ…しかし問題はありません、こんなこともあろうかと私が家で使っているVR機器を持ってきてあります」
「おぉー、あれ?いつも持ってきてたっけ?それも二つ?」
「かさばるので普段は持ち歩きません」
「成程?」
なんか引っかかる気がしたが…まぁ気のせいだろう。
「うっし…じゃあ行きますか!」
「制止:貴方の点検が終了していません」
「あー、後でよくない?」
それはそれ、とサイナさんは俺の頭を放さない。
「逃走する気ですね」
「そんなわけないじゃないですか」
「目を見て話せば正直であるとは限りませんよ?」
「…なんかそれ前にも言われた気がする」
「デジャブというやつですね、早く耳から手をどけてください」
「…もうほとんど残って無くないですか?」
「いえ、奥の方にまだあります」
「そこまで徹底しなくても…」
「鼓膜に接触する箇所でもありませんし、一気に行きますよ」
「えっちょ、ま、あ゙あ゙ーーー!!」
どうにかこうにか「取りすぎも良くないので」とサイナさんを説得し、懐かしのヘッドギア型を借り受ける、前に使っていたのは貸し出し中なので今は使えないのだ。
「んで、サイナさん?」
「疑問:どうしたんだい」
「何故俺のベッドに腰かけてるんですか?」
「驚愕:まさか陽務君はか弱い女性を床に転がすつもりで?」
心底驚いた、といった表情を見せるポンコツを見て俺も心底驚いたよ。まさか…ベッドで二人して横になると?狭くね?いやそれ以前にまずいだろう。
「さっきのソファーとか」
「この部屋が一番通信が安定しており、高速です」
確かにそうだ、中学時代に溜めていた小遣いやお年玉を引き出して、1級…は無理だから1,5級品の通信環境を整えたのだ。武田氏曰く「通信環境がゴミな奴は人格もゴミ、ビジネス用の靴を手入れするがごとく最大限の努力をつぎ込むべし」だそうだ…血走ったように恨み言を連ねる姿はまさにラグに親を殺されたかのような…。
いかんいかん、ポンコツになった武田氏の思い出ではなく、目の前のポンコツをどうにかしなければ。
「それはそうなんだが…じゃあ瑠美の部屋から毛布かなんか取ってきて…」
「部屋の主が不在の時に押し入るとは…陽務君には強盗犯の才能が有りますね」
「いやてめーが取って来るんだよ」
「しかしそれでは結局床に転がることになるのでは?」
「俺が床に…」
「固い場所に部屋主を転がしておくなどできるはずがありません」
ああ言えばこう言う、八方塞がりだ
「……どうしろと」
「簡単な話です、二人でベッドに横になれば良い」
「マジで言ってます?」
いや、別にサイナさんに自分のベッドを使わせる事に異議があるわけではない(というか何度も貸しているし突発的に貸すことになるので毎日綺麗にしてある)。これでも人並み以上に身の回りの清潔感には気を使っている方だと自負している、一度そのことを外道共に話した時には「クソの香りを常に纏っておいて????」とゲラゲラ笑われたので密室に誘導して爆殺しておいた。
しかし俺が気にしているのはそんな事ではない、青春をクソゲーの薪にしている身ではあるが、それでも若い異性同士が自室でベッドに入るのが倫理的にまずい事は重々承知している。例えそれがなんの意味も情緒も無い「場所が無かったから」という理由だったからと言って安易に行っていい事ではないだろう。
まず世間体、バイトから帰ってきた瑠美に発見された場合、俺の呼び名は半年以上は「ケダモノ」で固定されるだろう。次にあいつは父と母にチクる、普段親子として最低限の接触しかしない両親だが流石に息子がやらかしたとしたら家族会議は免れない。
それでいてサイナさん…こいつは阿呆だ、何のためらいも無く「休日は年下の男の子の家にゲームをしに行っています」等と口走る。幸いにもその場にいた人物の良心によってサイナの通う大学中に広まる~なんて事にはならなかった。
「推測:ヘタレ」
「おうそれならもうちょいそっちつめろや」
はーっ上等じゃねーかそっちがその気ならこっちから詰め寄ってやるわ!
「………はい」
肩と肩が触れ合う、ふ……正直舐めてたわ、これはとっととログインするべきだな?
「……一人用だからやっぱ狭いな」
「…フルダイブすれば気にならなくなりますよ」
「だな、そんじゃとっとと行きますか」
「ええ、この私の華麗なるインテリジェンス・アシストをご覧あれ」
「タクティクスなら外道戦術で間に合ってるかなぁ…」
フルダイブをスタートして意識が理想郷に旅立つ直前、左手に温かいものが触れた気がした。
今は亡きgratin氏に捧げる…
この概念、設定割と盛り込んでみたので俺のワールドではまだ続くかもね