目を開いて、VR機器から身体を起こす。たったそれだけの動作をするのに必要なエネルギーなぞたかが知れてる。
だから、今この身体が動かせないのは…その理由は
「………ちくしょう」
どうしようもないほどの敗北を、してしまったからだろう。
ー始めて会った時は、敵だった。しかしあの人形がいた為に、彼が彼である故に、彼女が彼女であるが故に、敵対関係は共闘関係へと変化した。
信用に足るのか、見極める事を最初は考えていた気がするー
ノロノロと、先程までの立ち周りとは比べようも無い程無様な動きでリビングへと向かう。瑠美はバイトで遅くなっており、母さんと父さんは…ここ数日家に居ない、遠出するとか言ってたから次の日曜までは帰って来ないだろう。
ソファーにゆっくりと腰を下ろして、再びの脱力。
「……」
何も考えたくないし何もしたくない、そんな想いに沈みながらゆっくりと目を閉じる。浮かんだ光景は割れた精緻な細工の瓶と、輝くポリゴン粒子、簡易ステータスに表示されたリキャスト中のスキル項目。
そして…咄嗟に仕舞い込んだサミーちゃんさんのドロップアイテム。
「……」
何が悪かった?どうすれば良かった?どうしてああなった?そんな思考がグルグルと巡っては消えて、再び浮かぶ。それを何度も何度も何度も何度も何度も…何度やっても、答えは出ない。
「……」
どのくらいそうしていただろうか、携帯端末にメッセージが入っている事に気がつく。内容は…『ご飯作っておいたから』
瑠美がいつの間にか帰って来ていたらしい、今の自分が妹からはどう見えていたのかを一瞬考えて…すぐにやめる。
「……」
身体は空腹を訴えている筈なのに、食事を取る気力が起きない。そんな自分の状態がまずい事ぐらいは鈍い思考でも理解出来た。
「…鍵、閉めとくか」
少しでも気分を切り替える為に、外に出る事にした。
ー彼はとても有能だった、彼女を守る為に協力してくれる。幾度も共に戦って、頼もしい仲間として信頼出来るようになった。
安心出来る存在であり、頼れる存在。彼女を守る者として彼ほど相応しい者はいないだろうと、そう思った事も一度や二度では無いー
「…寒い」
部屋着のまま出たので当然だが、襲い来る冷気が身体を蝕み、だがその冷気こそが思考のもやを取り除いてくれる。
「…」
考えが纏まれば纏まるほどに、後悔の念が湧き出して来る。敗北は、必然では無かった。アルカナムが正位置なら、他のプレイヤーとの共闘を持ちかけなければ、あの時の誘いに乗らなければ、いや乗るにしてもウィンプ達を置いていけば…。
「ちくしょう…!」
後悔しない為に生きる、何故かそんな言葉も同時に思い出す。誰の言葉だ…?俺、かな。
ははは…。
「ちくしょう…」
陽が沈んで暗くなり、手が悴む寒空の下で、冷める事の無い激情を抱えて公園のベンチで、蹲る。
こうすれば何かが得られる訳ではない、でも…今はそれ以外出来そうになかった。
ー彼は彼女…主に信頼されている、それは
そう、彼は強い開拓者であり、主を守る存在だー
「……はぁ」
だいぶ時間も経って、ようやく落ち着いて来た。誰だよ冷めない激情とかほざいてた奴。
まぁ、違うんだけどな…これはいわば業火が燻りに変わっただけであり、その熱量は今この瞬間も増し続けている。
取り敢えずあのPKの面は覚えたから今度遭遇したら天誅するとして…ウィンプをどうするか、だ。
まず前提として、間違いなく前線拠点中にゴルドゥニーネ達の存在が知れ渡っている。サイナが余程上手くやったとしても、ボスドゥニーネがあのクソみたいな質量兵器をけしかける以上これは確定だろう。
携帯端末より手に入れた情報によれば、どうにかこうにか持ち堪えており撃退は成功しそうであるとの事。となればここからの展開は…いや、もうどうでもいいな。
「…クソゲー…いや」
過去数年を遡っても、ここまで俺のメンタルを抉ったゲームは珍しい。そうだ、この痛みはピザよりも桃よりも、あのフェアクソよりも…キツい。
「流石は神ゲーだよ」
皮肉混じりにぽつりと、のめり込んでいるゲームを酷評する。どうしようもなく素晴らしく、どうしようもなく残酷な、そんなクソゲーの対極となる存在に、精一杯の抵抗。
陽の沈んだ暗闇は、未だ先が見えない
ー彼は頼りになる、彼は強い、彼は信頼できる…任せられる。だから、こうして、彼を守る。
この命に、代えてもー
「…あれ?」
気がついたら「蛇の林檎」新大陸亭に居た、装備はいつも通りの半裸。
「あ、ようやくおきた」
「推測:寝不足、頭部への強力な打撃を推奨します、よく眠れますよ」
「おうまずてめーのオツムで試せやポンコツ」
「どうでもいいからてつだってよ…」
ウィンプと、サイナが声を掛けてくる。どうやら寝てしまっていた様だが…?
「なぁ、ウィンプ?」
「なに?」
「あー…サミーちゃんさんは?」
「提言:個体名“サミーちゃん”が北西の大木の下にいる確率、80%」
「いつもの場所だな、そうか…悪い、ちょっと手伝うのは無理だ」
「そう、さみーちゃんにようじでもあるの?」
「そんなとこだ」
「契約者:
「はやくもどってきなさいよー」
「おーう」
ーそう、主を守ってもらうのだからー
「よぅ…サミーちゃんさん」
ーせめて、これくらいはしてあげようー
「あー…その、なんだ」
ー彼は、きっと自分を責めるだろうー
「いやな…なんかサミーちゃんの顔が見たくて、な?」
ー如何に強くとも、何者をも討滅し得る存在であろうともー
「それと、今までなんだかんだやって来れたのも、あのヘタレを隠し通せてるのもサミーちゃんさんのお陰だからなぁ…一度きちんとお礼をしようかなと…おわっ!?」
ー彼は、開拓者だー
「ちょ、サミーちゃんさん…サミーちゃんさん?」
ー開拓者は、精神力、気力こそが生命の源。それが弱まれば、彼は消える…主を守る者がいなくなってしまうー
ーだから…今、私の心を、言葉を貴方に伝えましょうー
「……あぁ」
ー貴方のせいでは無いー
「…………」
ー貴方のお陰で、主は生きたー
「…………」
ー私がいなくなったら、主は塞ぎ込むだろうー
「……あぁ、そうだな」
ー主を頼むー
ー大丈夫、次は負けないー
「………………」
ー貴方は、主の保護者で、開拓者で…ー
「………………」
ー私の、友なのだからー
「…分かった」
ーありがとうー
「それは、こっちのセリフだよ…」
「ごめんな…サミーちゃんさん…ありがとう」
「……んぁ?」
目を覚ました時には、自室のベッドの上にいた。おかしいな…確か俺は公園で…?
洗面所に行くと、瑠美が化粧台と真剣勝負もかくやという気迫で睨めっこをしている。いつものことだ、こうなってしまうと声を掛けても反応しないのもいつもの「あ、おはようお兄ちゃん」馬鹿な!?
「熱でもあるのか?」
「それはこっちのセリフなんですけど…取り敢えず顔洗いなよ」
「馬鹿な…我が妹が場所を譲っただと!?」
「そんな酷い顔で後ろに立たれたら手元が狂うっての」
顔?と思いつつ取り敢えず鏡を見てみると…目元が真っ赤に腫れ上がり、肌がカサカサ、唇が割れた酷く醜い顔が…俺の顔だ!?
「え、なにこれ」
「ほら、とっとと洗う!」
「ちょまぶぼぁ!」
「いや、まさか帰ってきた俺を介抱してくれたとは…迷惑かけたな」
「まったく…迷惑どころじゃなく完全にルール違反だよこれは!」
「ホントにすまん…今度何か買ってくるわ」
「じゃあフェルフランの新作」
「…せめて10k以内でお願いしますマイシスター」
「お洒落に妥協は無いと言ったはずだよマイブラザー、それともお父さん達に報告しよっか?」
「…ごめん」
「ん、許す。…それで大丈夫なの?昨日よりはマシに見えるけど」
「あー…なんというか、夢を見たら大分楽になった」
「なにそれ…ちなみにどんな夢?」
「内容忘れたわ」
「変なの」
結局の所、沈んでいた俺を救った謎の夢の甲斐も無くクソアプデの内容を見て荒れた俺はテストに惨敗した。
しかしあの夢がなければ立ち直る為にはまだ時間が必要だっただろう、それだけは確信を持って言い切れる。
内容も覚えてないけど、叶うならもう一度見てみたいな。
「あ、おかえりおにーちゃ…うわ顔色悪っ!ちょ!お風呂ー!」
「ほら!取り敢えずあったまって…目の前で脱ぐなっ!」
「ほらご飯食べて!オートパイロット状態?みたいだけど喉つまらせないかな…?」
「布団入って!あったかくして!…私を引き摺り込むなっ!!!ちょっ力強い!ごめんって何よ誤った程度で許すと思うな!絶対に許さないから!!!」
「はぁ…ようやく寝た…全く酷い顔、元はいいんだからもう少し気を使えばいいのに…」
「…いい夢、みなよ」
蛇足なので入れませんでした。