繋がっていた蔓   作:紫 李鳥

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 木下のセーターの襟ぐりを編んでいる時だった。電話が鳴った。

 

「はい」

 

「霧島ミキコさんですか?」

 

 旧姓を知っているその男を、美希子は刑事かと思った。

 

「……はい、そうですが」

 

「御手洗と申します」

 

「!……」

 

「突然に申し訳ありません。……会っていただけませんか」

 

 会社のロビーで会った時とは別人のように穏やかな口振りだった。

 

「どんなご用件でしょ」

 

 美希子は強気だった。

 

「……写真を渡したくて」

 

「!……」

 

 例の写真のこと?美希子は頭がこんがらがった。

 

「碑文谷公園のボート場にいますので。お待ちしています」

 

 御手洗はそう言って、電話を切った。

 

 ……私が見付けられなかった写真を御手洗が発見したと言うことか。あんな男に恥ずかしい写真を見られたのかと思うと、悔しくて腹が立った。不愉快極まりなかった。と同時に新たな強請(ゆすり)を予感した。美希子は万が一のために、フルーツナイフをバッグに忍ばせた。

 

 

 ――そこには、ベンチに腰掛けてボートを目で追う御手洗の横顔があった。

 

「……あのぅ」

 

 美希子は少し離れた場所から声を掛けた。顔を向けた御手洗が腰を上げて、お辞儀をした。

 

「お呼び立てして申し訳ありません。……まさか、木下が佑利子さんの妹さんと結婚していたなんて」

 

 御手洗が意外な言葉を発していた。

 

「えっ?……どういうことですか?」

 

 御手洗の言葉の意味が理解できなかった。

 

「……どういうこととは?」

 

 美希子の質問に、御手洗のほうが訳の分からない顔をした。

 

「……木下は姉を知っていたんですか?」

 

「えっ!それで知り合ったんじゃないんですか?」

 

「……いいえ」

 

 美希子は瞬きもせず、知らなかった事実を漏らす御手洗を見詰めていた。

 

「僕とご主人は大学の同期です」

 

(!……だから、会社のロビーで会った時、木下を馴れ馴れしく呼び捨てにしたのか)

 

「あなたのお姉さんとは、サークルで高尾山に行った時、友達とハイキングに来ていて知り合ったんです。歳が近かった僕たちは意気投合して、付き合いが始まったんです」

 

(どうして木下はその事を話さなかったんだろう……)

 

「……あなたは姉と付き合っていたんでしょ?」

 

「ええ。最初のうちだけですけど」

 

「最初だけ?」

 

「ええ。木下に盗られました」

 

「!……姉は木下と付き合ってたんですか?」

 

「そうですよ」

 

「でも、姉はあなたに捨てられて……」

 

「とんでもない。捨てられたのは僕のほうですよ」

 

 御手洗が弱々しく言った。

 

(……どういうことだ?)

 

「でも姉は、あなたの写真を破り、あなたの電話番号も黒く塗りつぶしていたわ」

 

「そりゃそうでしょ。別れた男の写真や電話番号は必要ないでしょうからね」

 

(じゃ、どうして、姉は自殺したの?……まさか、木下に捨てられたから?……自殺した姉に同情して私と結婚したの?見合いの席で私が姉の話をした時、木下は神妙な面持ちで、思慮深そうに聞いていた。何もかも知っていたくせに、初めて聞くような顔をして。私を騙したのね?嘘つき!偽善者!)

 

「……もしそれが事実なら、私の勘違いでした。申し訳ありません」

 

 美希子は素直に詫びて、頭を下げた。

 

「……やはり、ヨウコさんはあなたでしたか。殺された井崎さんの机の引き出しの裏に貼ってあった写真を見た時、佑利子さんに似ているなって思いました。その時、木下の奥さんに面影があるなと気付いて」

 

「……それで、写真は」

 

 美希子は不安げに訊いた。

 

「あ、そうでしたね」

 

 御手洗はジャケットのポケットからハンカチに包んだ物を取り出すと、どうぞ、と言って手渡した。

 

 美希子は背を向けると、ドキドキしながらハンカチを捲った。――そこに写っていたのは、単なる寝顔だった。ホッとすると、ハンカチを畳んで返した。

 

「……あれから、どうされました?」

 

 美希子が心配そうに訊いた。

 

「……辞表を出して、女房とも離婚し、今はホテル住まいです」

 

「私の勘違いでご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」

 

 美希子は深く頭を下げた。

 

「勘違いされても仕方ないこともあったのかも知れません。だから、気にしないでください。ましてや、佑利子さんの妹さんなら致し方ないです」

 

 そこには、寛容な御手洗の姿があった。

 

「良かったら、今夜、ご一緒にお食事でもしませんか」

 

 美希子は、お詫びを兼ねてご馳走したかった。

 

「えっ?よろしいんですか」

 

「ぜひ、お願いします」

 

 

 

 美希子は木下に会いたくなかった。当座の着替えを鞄に詰めると、書き置きもせず、家を出た。それがどういう意味か、木下は(おの)ずと(わか)るはずだ。

 

 品川のビジネスホテルにチェックインすると、御手洗が宿泊しているホテルのロビーに向かった。――床屋にでも行ったのか、きちんとした身形(みなり)の御手洗が笑顔で迎えた。

 

 

 御手洗が勧めた割烹に入ると、日本酒を酌み交わした。

 

「――佑利子さんから、あなたの話は聞いてました。ミキコという妹が居るって。がんばり屋で、志望校を狙って猛勉強中だって」

 

 秋刀魚(さんま)の刺身に箸を付けながら、御手洗が語った。

 

「でも、“桜散る”でしたけど。……姉はあなたから見て、どんな女でしたか?」

 

 美希子は、太刀魚(たちうお)の煮付けを口に運んだ。

 

「……少し年上の佑利子さんは、僕ら学生から見たら、大人の女という感じで、魅力的でした。佑利子さんと付き合えた僕は、鼻高々で自惚(うぬぼ)れたもんです」

 

 手酌をしながら、御手洗は青春時代を思い出しているかのようだった。

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