繋がっていた蔓   作:紫 李鳥

6 / 7


 

「……姉はどうして自殺なんか」

 

 美希子は独り言のように呟いた。

 

「……さあ」

 

 御手洗のその返事は何かを知っているかのように聞こえた。が、訊いても答えてくれそうもないと、美希子は判断した。

 

「……これからどうするつもりですか?仕事とか生活とか」

 

 美希子は気になった。

 

「……そうですね、友人のコネがない訳ではないんですが、他人(ひと)を頼らないで、求人誌でも見てみます。この歳で再出発は難しいでしょうけど、贅沢(ぜいたく)を言わないで頑張ってみます。ミキちゃんとも話ができたし、明日の活力になりそうだ」

 

 御手洗が柔らかな笑顔を向けた。

 

「良かった」

 

 御手洗の前向きな言葉が、美希子は嬉しかった。

 

 

 タクシーに乗った御手洗を見送ると、ホテルに戻り、自分の身の振り方を考えた。

 

 ……木下と別れるべきか。騙されたと分かった今、一緒にやって行く自信はなかった。別れるには、騙したことを確実にする証拠が必要だ。……紹介者の安達夫人に訊いてみることにした。

 

「――つかぬことをお伺いしますが、木下とはどちらで知り合ったんでしょうか」

 

 お礼の挨拶を終えると、単刀直入に訊いた。

 

「あら、どうなさったの?今頃になって」

 

 夫人が(いぶか)しげな言い方をした。

 

「実は、私が訊いても勿体ぶって教えてくれないものですから、奥様にお尋ねしようと思って」

 

「あら、そうなの?主人からの紹介なのよ。うちの人、釣り好きでしょ?横須賀で知り合って意気投合したみたい。『いい男が居たよ』なんて、自分が好きになったみたいな言い方をするんだもの――」

 

 長々と続きそうだったが、話の腰を折る訳にはいかない。美希子は相槌(あいづち)を打ちながら聞いていた。

 

「――で、ミキちゃんにどうかなって」

 

「そうですか。釣りでご主人と。今度、ぜひ、釣りに誘ってくださるようご主人にお伝えくださいませ」

 

 ……そうか。身辺を探り、父と昵懇(じっこん)だった安達氏を利用して私に近付いたのか。私が目的でなければ、見ず知らずの安達氏に接触する必要はない。だがなぜ、私と結婚したのだろう。姉への罪滅ぼし?……ということは、姉を自殺に追いやったのは木下と言うことか?どうやったら偽善者の木下を失墜(しっつい)させることができる?

 

 あんたのために、こっちは四苦八苦しながら部長昇進の画策を練ったり、忌まわしい宣子とのことも打ち明けず、一人で耐えてきたのに。すべてが馬鹿馬鹿しいよ。ったく。あんたは自分の手を汚すことなく、“果報は寝て待て”で、安穏(あんのん)と私の苦悩を見て見ぬふりをしていたの?(ひど)い人!あー、腹が立ってきた。早計かも知れないが、やっぱり木下と離婚しよう。美希子は、そう決断した。

 

 

 ――門灯は消えていたが、窓からの明かりは煌々と輝いていた。それはまるで、「お前なんか居なくても、何ら影響ないさ」と言われているように思えた。

 

 美希子は、自分が否定されたみたいに思え、自分の家なのに鍵を使って入ってはいけないような気がして、チャイムを押した。

 

 やがて、無言で鍵が開けられた。そこには、眼鏡のレンズに遮られて判断できない、不明瞭な木下の眼光があった。

 

「……寒いから入れ」

 

 抑揚のない言い方だった。

 

 ……誰が寒いの?私?それともあなた?

 

 他人の家に来たような居心地の悪さの中で、美希子は居間のソファに腰を下ろした。

 

「……御手洗から聞いたのか」

 

 木下がレギュラーコーヒーを淹れながら、一瞥(いちべつ)した。

 

「何を?」

 

 美希子は(とぼ)けた。

 

「……姉さんとのことを」

 

 木下は小声だった。

 

「ええ、聞いたわ」

 

 美希子は木下を見なかった。

 

「……すまなかった」

 

 木下はテーブルを挟むと、煙草に火を付けた。

 

「何がすまないの?」

 

 木下を睨み付けた。

 

「……君に言わなくて」

 

「私を騙していたの?」

 

「だったら、佑利子と付き合っていたことを話しても俺と結婚したか?」

 

「するわけないじゃない!」

 

 美希子は物凄い形相で怒鳴った。

 

「……だろ?だから言わなかったんだ」

 

 木下は腰を上げると、カップにコーヒーを注いだ。

 

「そもそも、どうして私と結婚したのよ。姉への罪滅ぼし?」

 

 カップを二つ置いた木下を見た。

 

「バカ言え。そんなんで結婚なんかしないさ」

 

「じゃ、どうして」

 

「……君のことが好きだったからだよ」

 

 木下は横を向いて答えた。

 

「よく言うわよ、私の顔も知らなかったくせに」

 

「いや、知ってた」

 

「どこで?」

 

「佑利子の告別式で。……セーラー服の凛々(りり)しい君が佑利子の遺影を抱いていた」

 

「……」

 

「……君の姉さんのことを悪く言いたくないが、君に不審を抱かれている以上、真実を話す(ほか)ない。……俺は佑利子と別れたかった。

 

 佑利子は服やら食事やら、俺に貢いでくれた。尽くしてくれる年上の佑利子は、俺にとってぬるま湯に浸かってるみたいで心地よかった。……ところが、最後には結婚をせがんできた。就職を目前にした学生の身で、結婚なんてとんでもない。俺が断ると、これまで貢いだ金を返せと言い出した――」

 

 木下の持っていた煙草が灰になって絨毯(じゅうたん)に落ちた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。