繋がっていた蔓   作:紫 李鳥

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「嘘よ!姉はそんな女じゃないわっ」

 

 美希子はムキになった。

 

「そう言うと思ったよ。だから、佑利子のことは伏せていたんだ。どうせ信じちゃもらえないと思って。君の知らない佑利子の実態を俺は知ってる。そのことを言えば君を傷付けると思って、真実を話さなかったんだ。君が抱く、優しい姉のままにしてやりたかった……」

 

 ……木下の話は本当なのかしら?もし、それが事実なら、私の知らないもう一人の姉が、本来の姿だと言うことになる。でも、姉は私には優しかった。だから、子供だった私は、その優しさが姉の本質だと思い込んでいたのかも知れない。

 

「……だが今でも、どうしても納得がいかない。俺の知っている限り、佑利子は自殺なんかするようなタイプじゃなかった……」

 

 木下は横を向くと、考える顔をした。

 

「……どういう意味?誰かに殺されたって言うの?」

 

 美希子は不安な表情をした。

 

「そんなことは言ってないよ。佑利子に対する自分の見解を述べたまでだ。コーヒーが冷めるぞ」

 

 木下が見た。

 

「もう、とっくに冷めてるわよ」

 

 美希子は横を向いた。

 

「……俺とどうしたいんだ」

 

 カップを手にした。

 

「こんな気持ちで一緒に暮らせるわけないじゃない」

 

「……愛してると言ってもか」

 

 美希子の顔を見ずに言った。

 

「信じられるわけないでしょ?これまで騙してきたくせに」

 

「騙したわけじゃない。打ち明けなかっただけだ」

 

「同じことよ」

 

「……信じてくれなくてもいいが、セーラー服の君に一目惚れだったのは本当だ。……どっちにしても、今夜は泊まっていけ。俺は客間で寝るから」

 

 木下が腰を上げた。

 

「あなたっ」

 

「ん?」

 

「あなたが見たセーラー服の時、私の髪型はどんなだった?」

 

 木下を見上げた。

 

「……確か、ポニーテールだった」

 

 その回答に、美希子はニコッとすると、木下に抱き付いた。

 

 

 

 ――結城郁代を逮捕したものの、ヨウコという、もう一人の女の影が細木は気になっていた。……宣子と関わりがあり、()つ御手洗に恨みを持つ人間。

 

 細木は、宣子が長年勤めていた横浜の総合病院時代に(さかのぼ)ってみることにした。

 

 

 

「――親しくしてた人ですか?……あ、霧島さんなら井崎さんの下で働いていたから、何か知ってるかも知れませんね」

 

 勤続二十年の婦長が心当たりの名前を言った。

 

「住所は分かりますか」

 

「ええ。昨年、年賀状を貰いました。結婚されて名字は変わってますが」

 

 婦長はバッグを開けると、住所を書き留めたアドレス帳を取り出した。

 

 !……目黒区?

 

 その、宣子の住まいと同じ区の木下美希子に、今回の事件との接点を直感した。――

 

 

 

 ドアを開けたそこには、刑事の訪問を予測した美希子の覚悟した顔があった。

 

「――姉を自殺に追いやったのは御手洗さんだと思い込んでいた私は、御手洗さんを失脚させるために芝居をして、同じ会社に勤めるヨウコだと名乗り、井崎さんの部屋に誘いました。

 

『好きな人が居るけど、恥ずかしくて告白できない。睡眠薬で眠らせて自分のものにしたい』と、井崎さんに嘘を()き、『主人には内緒よ』と言って、謝礼を渡しました。そして、ビールに睡眠薬を入れるように井崎さんに頼むと、御手洗さんが眠った頃を見計らって井崎さんの部屋へ行き、御手洗さんの全裸写真を撮るつもりでした。

 

 その写真を強請(ゆすり)の材料にし、会社や自宅にばらまかれたくなかったら、辞表を提出するように脅迫する予定でした。

 

 ところが、その夜に限って、主人が遅くまで起きていて、結局、井崎さんのアパートに行くことができませんでした――」

 

 美希子の供述には、事実と虚構が入り交じっていた。

 

 ……宣子との忌まわしい関係をわざわざ正直に話す必要などない。それと、宣子が同性愛者だと言うことも知らなかったことにすればいい。“死人に口なし”だ。いくらでも誤魔化せる。例の写真も御手洗が先に見付けているし。もし、他にも写真があって、それを警察が押収していたとしたら、「いつの間にこんな写真を撮ったのかしら?井崎さんの部屋で酔って眠ってしまった時かしら?悪趣味ね」と(とぼ)ければいい。美希子は頭の中で完璧なシナリオを書き上げていた。

 

「……お姉さんは手首を切って自殺したんですか」

 

「ええ……」

 

「じゃ、ためらい傷があったでしょ?」

 

「……ためらい傷?」

 

 美希子が顔を上げた。

 

「ええ。最初から深く切って死ねる人なんていません。いくつかのためらい傷を付けるものです」

 

「……思い出せません」

 

 美希子は静かに目を伏せた。

 

 

 

 美希子を帰した後、細木は新米刑事の時に担当した、自殺に見せ掛けた殺人事件を思い出した。

 

 〈恋人から突然別れ話を告げられた男は、その恋人が自分の親友と付き合っていることを知り、嫉妬心から殺意を抱いた。恋人の自宅に忍び込み、入浴中の恋人の口にタオルを押し込むと、持参した剃刀(かみそり)で恋人の手首を切った〉

 

 逮捕したその男は、大柄な体型に似合わず小心者だった。……ん?このタイプの男に最近会っている。アッ!細木は思い当たると、名刺にあった珍しい名字を頭の中で反復した。

 

 

 ――美希子は、姉が死んでいた浴室の光景をはっきりと覚えていた。

 

 ……手首には、一本の深い直線しかなかった。つまり、姉は自殺ではなく、殺されたのだ。誰に?殺したいほど姉を愛していた男に。……アッ!

 

 

 

 

 

 その男の顔が浮かんだ瞬間、

 

「痛っ」

 

 弾みで人差し指の爪の間をかぎ針で(えぐ)ってしまった。

 

 その血の色は、姉が手首を浸けていた浴槽の赤い海を思い起こさせた。――

 

 

 

 

 

 完

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