傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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土谷という男

 

 

 

 

 

 

 

 街中ではあるが、人通りは無い。

 

 つい2時間前にレヴリが現れ、悲しい事に仕事帰りの50歳代男性が襲われたのだ。目撃者もあった事で素早い通報がなされて警備軍に出動要請が掛かった。

 

 怪鳥と言えば良いのか、姿はダチョウに近かったと証言が伝わっている。ダチョウと言っても成人男性の身体を噛み砕く牙を持ち、羽は無くて筋肉質の短い腕を備えていたそうだ。体高の半分以上を占める長くて太い脚とツルツルした皮膚を持つ。

 

 どちらかと言えば小型肉食恐竜に近い。ただ全体像はダチョウそのものだったらしい。実際に警備軍では"ダチョウ擬き"と呼ばれる、比較的知られた存在だ。PL(ポリューションランド)ではよく見掛ける化け物で、脚が速い為か街中まで現れる事もある。薄闇の中での目撃証言だが間違いないと判断出来た。

 

 PLから溢れたレヴリの被害は無くならず、毎年の様に起きている。しかし、実際に身に降りかかるまでは誰もが何処か他人事だった。被害に遭った男性もまさか自分にと思っただろう。

 

 警察が避難誘導し、半径2キロ圏内を封鎖している。迅速な対応が功を成したのか被害は拡がっていない。

 

 緑色した軍用輸送トラックからバラバラと武装した部隊が降り、続いて二人の若い男女が現れる。通報から二時間も掛からないたうちに、警備軍が到着する事となったのだ。

 

「陽咲ちゃん、行こうか」

 

「はい、土谷さん」

 

擬き(もどき)と戦った事はあるかい?」

 

「いえ、教本にある情報は頭に入れてありますが」

 

 先行した隊員達に続き、陽咲と土谷は少し早足で続いた。陽咲は緊張気味だが土谷は肩の力を抜き、同時に周囲に視線を配っている。普段は軟派で軽薄な雰囲気を隠さないが実戦ではやはり違う。土谷から学べと言われていた陽咲は、その意味を噛み締めていた。

 

「気を付けないといけないのは足の速さと奇襲だね。物陰から一気に襲い掛かるのが定番で、気配を感じさせない面倒な連中さ。発見は皆に任せた方がいいよ。今日は他の異能者がいないし、隊員達はその道のプロだからね。痕跡を辿り、必ず連れて行ってくれる」

 

 こと戦闘なら異能者に軍配が上がるだろう。しかし戦いとは単純ではなく、何より警備軍は組織だ。土谷には異能者特有の傲りは無く、仲間への信頼が見える。陽咲はこんな土谷を見るのが初めてで、自身の視野の狭さを反省していた。

 

「はい。あの、私の役回りは」

 

「中で話した通り、自分の守りに注意を払ってくれたらいいよ。それと見学と質問かな」

 

「何か手伝える事はありませんか?」

 

 可愛らしい声とまん丸な瞳を見ながら土谷は笑う。美人と言うよりは可愛さが勝る陽咲に思わず優しい声になった。三葉司令が過保護なのも仕方ないのかな……内心そう思いながらも冷静に回答する。

 

「いきなり連携に入るのは難しいよ。学ぶのも任務だし、陽咲ちゃんは将来が大事だ。いつか俺や皆を助けてくれたらいい。それにまだ防壁は張れないだろう?」

 

 分かり易くシュンとなった陽咲は矢張り幼く見える。自分の子供じみた言葉に情け無くなったのが分かった。だが直ぐに切り替えて、全てを学んで帰ると視線を上げるのだ。

 

「やっぱり変わったね。陽咲ちゃん、ん?」

 

 数メートル先の隊員がハンドサインを送って来ていた。何かを見つけたのだろう。此処はPLでない為に無線や機器類も使用出来る。しかし普段からあまり使わない様にしているのだ。とは言えドローンは飛んでいるし、本部との通信回線は開かれている。皆のバイタルもチェックして、何台かの小型カメラも追随しているのだ。

 

「見つけたんですか?」

 

「いや、痕跡の発見だね。ただ周りの変化には気を付けて。物陰や暗くなっているところは特に」

 

「分かりました」

 

 三人の隊員達が足元を指差し、更に方角も示している。空き地に残る土の上に一対の足跡があり、一定方向に進んでいる様だ。そして血に濡れた衣服の破片が捨てられている。グッショリと濡れているのは血だけでなく"擬き"の唾液だろう。

 

 ライフルの先に取り付けてあるライトに照らされ、夜の暗闇でもはっきりと分かった。

 

「近いね。警戒を」

 

「はい」

 

 だが50mも進まないうちに、ダチョウ擬きは簡単に見つかった。腹を満たしたのか、公園の草むらに蹲って休憩している様だ。流石に気付いたのか、折り畳まれた両脚を伸ばして、牙を鳴らしながら立ち上がる。全高は180cmある土谷より僅かに高いだろう。

 

 独特の威嚇方法であるガチガチと鳴る牙は外灯に照らされて白く光った。

 

「擬きはとにかく脚を潰すのが定石だ。陽咲ちゃんなら鍛えた念動で脚を折ってしまえばいいと思うけど、まだ距離があるかな?」

 

「はい、すいません」

 

「謝る事じゃないさ。見ていてね」

 

 すると直ぐに薄暗かった公園が紅く照らされる。関節部分に火が灯り、一瞬で焼き切られたのだ。現象を起こした土谷は普通に立っているだけだし、異能を行使した様子すら見せなかった。発火能力(パイロキネシス)は能力差が激しい異能だが、陽咲は驚くしかない。此れが高位の異能者かと思う。

 

 いきなり両脚をやられたレヴリからしたら堪ったものじゃないだろう。キーキーと泣き喚き、ゴロゴロと転がって暴れていた。同時に隊が包囲を始め、距離を縮める。勿論同士撃ちなど起きない様に位置取りもなされていた。

 

 暫く暴れていたが、合図の元一斉射が行われてレヴリの頭が吹き飛ぶ。近距離でなら銃でも充分に駆除出来る事が証明された。

 

「擬きはあまり硬くないんだ。動きさえ止めてしまえば駆除は簡単。逆に脚をやれないと、ベテランも危うい。見た目ほど楽じゃないから勘違いしては駄目だよ?」

 

「は、はい」

 

 余りにあっさりと終わり、陽咲は思わず土谷を見た。

 

「小さな行使を連続で起こせるよう訓練すると良いよ。念動は凄い結果を出せるけど、その分集中する時間がいる。その訓練も大事だけど戦い方は何通りもあって、継戦能力も求められるからね」

 

 理屈では理解していたつもりだったが、どちらかと言えば大きな力を求めていた。それを知る三葉、そして土谷が体現してくれたのだ。まだまだ未熟だと陽咲は痛感する。

 

「勉強になります。同行出来て良かった……」

 

「ははは。ついでに言うと念動の防壁も小さく強く行使するのも有りかなぁ。面防御より難しいけど一点の力は馬鹿に出来ないからね。まあ時と場合によるけど」

 

 隊員達がレヴリを運び出す為に動いているのを見ながら、二人は話を続けている。サボっている訳で無く役割が違うのだ。警備軍最高戦力である異能者は必要な場合以外に余計なエネルギーを使わないのが通例だった。

 

「土谷さん、本当にありがとうございます。明日からの訓練に生かしていきますね。特に小さく小刻みになんて、凄く大事だと分かりました」

 

 先程の遠距離からの"擬き(もどき)"への対処などは、そのまま念動に使える。そもそも其の為に選んでくれた方法なのだろう。丸焼きだって出来る土谷が態々選んだ戦法なのだ。

 

「この後もっと詳しく教えようか? 美味しい店を知ってるからどう?」

 

 スススと距離を縮め、肩まで組もうとする土谷に陽咲はドン引きする。折角尊敬仕掛けていたのに台無しだった。しっかりと距離を取り、冷ややかな視線が戻る。

 

「この後は司令に報告がありますので。直接来るよう命令されました」

 

「ああ……そう言えばそうだったね。やっぱり過保護だよなぁ」

 

「何か言いました?」

 

「いーや、何でも。またの機会を楽しみにしようってね」

 

「はあ」

 

 またの機会など無いけど。そう思う陽咲だが何も言わなかった。

 

「そうだ」

 

「はい?」

 

 まだ何かあるのかと陽咲は呆れかけた。しかし、土谷の真剣な瞳は先程の緩い空気を打ち消している。

 

「ダチョウ擬きの特徴だけど、もう一つあるんだ。忘れてないかい?」

 

「えっと……脚の速さと奇襲、それと」

 

番い(つがい)、だね。単独行動は少なくて、二匹以上で狩りをする。例外もあるけど大半は番いで動いているんだ。しかもレヴリの癖に仲が良い。怒り狂って襲ってくるのも珍しくないかな」

 

「……では」

 

「目の前に一匹しかいないね」

 

 その時、真後ろからパリンと鈍い音がした。

 

 慌てて振り向いた陽咲の目には新たなレヴリの姿があった。何故か同じく振り向いた土谷は慌てていない。

 

 公園の公衆トイレ。その直ぐ横の影に今にも飛び掛からんとする"ダチョウ擬き"がいる。倒したレヴリより僅かに小さいが、持つ怒りは比べ物にならないだろう。

 

「もう一匹! 土谷さん‼︎」

 

 だが土谷は視線を違う方向に向けていた。トイレの上部に設けられた曇りガラスがひび割れ、その真ん中に小さな穴が開いている。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 陽咲は気付いていない。

 

「土谷さん!」

 

「大丈夫だよ。この隊は優秀だから」

 

 その言葉通り、まるで全てを予知していた様に隊員達が動いた。跳ね上がったレヴリに暴徒鎮圧用を強化した網を発射し直ぐに動けなくなる。そして即座に全員がライフルを構えパパパパと連射した。寸分の狙い違わず銃弾は擬きを捉え、暫くすればパタリと動かなくなった。

 

 矢張りあっさりと終わり、陽咲はまたもや呆然するしかなかった。

 

 

 

 

 

 


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