「司令。どうですか?」
《ああ、少し待て》
耳に入れていた超小型イヤホンから
《見つけたぞ》
「位置情報を。直ぐに捕まえます」
言いながらも土谷は小さく皆に指示を与える。移動の合図だ。遠くから見られている以上、悟られないよう動きは最小限にしている。ここに至って漸く陽咲も分かった様だ。そして自身が撒き餌にされていた事も。
《いや、やめておこう。と言うか無理だ》
「何故です? 捕まえる口実なら充分でしょう」
《距離があり過ぎる。此れはとんでもないな……下手な事をして敵対したくないし、
「それに?」
《いや、気にするな。お前達は撃ち漏らしが無いか周囲を調査しろ。今はレヴリだ》
「了解しました。ところで司令」
《なんだ?》
「距離ってどれくらいですか?」
《約1.5キロだな》
「はい?」
《何度も言わせるな。其処から東南方向へ約1.5キロ、立体駐車場の屋上だ。おい陽咲、見るんじゃない。それとお前は喋るなよ。読唇される可能性もある》
「……無茶苦茶ですね」
《ああ。どうやら距離だけでなく暗闇も関係ないらしい。恐らく私と似た様な異能だろうが、其れだけでは説明出来ないな》
「もう一つ質問良いですか?」
《ああ、言ってみろ。今日の働きには満足しているからな。私は機嫌がいい》
土谷はキリリと表情を引き締めた。頑張って東南方向を見ない様にしていた陽咲にもそれが分かり、聞き逃すまいと耳を済ませる。
「可愛いですか?」
《なんだと?》
「ですから、
《陽咲》
「はい」
《
「命令承りました」
「じょ、冗談ですって! 陽、陽咲ちゃん、洒落にならないから‼︎」
両手を掲げながらジリジリと交代する。イヤイヤと顔を振っているが、陽咲は止まらない。自らの異能を行使すべく集中を高めていった。最近頑張っている成果を見せる時だ、きっと。
第三師団屈指の異能者であり、国内でも有名な土谷の……情け無い悲鳴が響き渡った。
ブリーフィングルームに僅かな人数が集まっていた。
本来なら師団からの参加者に合わせて異能者、警備軍、情報官、時には政府からも列席する事もあるのだが、
第三師団司令官の三葉花奏、特務からは花畑多九郎と三人の情報官、異能者は
「証言、そして仮定の話も証明されたな。間違いなく
「三葉司令。
お前は天使でなく銃に興味があったのだろうと、三葉は胡乱な表情を隠さない。しかし、花畑は気付いてないのか鼻息荒く頬まで赤くなっていた。ついでに言えば土谷も興味津々だ。
「……知っていると思うが私の異能はカメラのように見る訳ではない。例えるなら」
「記憶を見る様に、ですよね?」
「まあ実際には微妙に違うが、概ね陽咲の言う通りだ。メリットもあるが万能ではない。それを踏まえて聞いてくれ」
全員が聞く態勢となった。
三葉は何時ものように手を組み顎を乗せる。両肘は机について真剣な瞳がライトを反射した。
うん、子供が大人の真似してるみたいで可愛い。陽咲は毎度の如く内心で呟くが、絶対に口にはしない。口にしたら最後、レヴリに出逢うより大変な事になるのは明らかだから。
「まず、年齢は確かに10代。陽咲の証言通り高めに見ても高校生だな。身長も低いからより幼く見える。陽咲より10cmは下だ。声は分からないが、見た目は間違いなく日本人。付近に仲間らしき姿は無かった。視線や動きからも単独行動と見ていいだろう」
情報官の一人はサラサラと筆記し、残り2名はノートPCをカタカタと叩いている。声も発しない為、プレスルームの記事担当記者の様だ。
「まあ容姿は陽咲の言う通りだからもう」
「待って下さい!」
「……何だ、お花畑」
組んだ手は既にギリギリと握りしめている。三葉の分かり易い感情表現だが、花畑は当然に構わない。
「しっかりと確認する必要があります! 杠さんだけの証言では残念ながら薄い」
「何が聞きたいんだ」
ウンザリして声音も低くなったが、花畑は真逆だ。
「雪の精、ですよね? 精霊の様に美しい女の子だと。司令から見てどうでしたか? 勿論興味半分ではないです。特徴は多いほど良いですから、ええ」
「似顔絵を作っただろうが。あのままだ」
「司令もご存知の筈です。似顔絵の情報を補完するのは目撃者の印象やイメージがポイントとなる場合がある事を」
真面目な顔して言ってるが、鼻の下が伸びている。怒りを溜める三葉に言葉を重ねる花畑。その花畑を尊敬の目で眺める土谷。そして呆れ顔の陽咲。もし
「ちっ、お花畑め」
「僕の名前は花畑です」
「……精霊はともかく、冷たい印象を受けるのは分からなくない。表情は乏しく、動きも最小限。狙撃手としては理解出来るが年齢にそぐわないと感じる。まあ直接会ってみないと何ともな」
「それで?」
「まあ確かに美しいな。あまり見掛けないレベルだよ」
グッと拳を突き上げる花畑。何故か情報官の三人までも嬉しそうだ。
「花畑、お遊びは終わりだ」
「お遊びとは心外……あ、はい」
全員にペーパーが配られる。僅か数枚程度だが、其処には花畑達が最も知りたい情報が記されれていた。
「現在想定出来る能力、そして」
ペーパーには絵、いや最早図面と言っていいレベルの見事なイラスト。
黒と緑の配色。
警備軍は未だ名前すら知らない、しかし間違いなく……渚の愛銃だ。
其処には、"魔工銃カエリースタトス"が描かれていた。
「信じられません。何ですかコレは」
暫く無言だった花畑が漸く絞り出した。その声には期待を裏切られ、同時に新しい発見を見た喜悦が混じる。
「見たままだ。此れが天使が持つ狙撃銃だよ」
ほぼ念写に近い三葉の描いた其れは、全ての常識を覆す形状をしている。
「私が見た銃そのものです。色も」
「直接見た陽咲もこう言ってるぞ」
玩具の、出来損ないのスナイパーライフル。或いはゴテゴテと部品が付いたハンドガン。陽咲の表現は的を射ていたのだろう。
「俺でもおかしいのが分かりますね。ツッコミどころ満載じゃないですか」
花畑と同じ性癖を疑われる土谷も我慢出来なかったのか、視線を落としながらも声を上げた。
「土谷さんの言う通りです。凡ゆる箇所が我等が装備するモノと違い過ぎる。スコープが無いのは何らかの異能が助けていると仮定するとしても……しかし、先ず銃身が短い。コレではライフリングを刻むスペースすらありません。更に全体的に細身だ。あれ程の威力を齎す弾丸を撃ち出す銃としては強度が足りないでしょう。衝撃も吸収出来ず、あの命中率を叩き出すなど不可能な筈」
「ああ、他には?」
「銃床も無いに等しいじゃないですか。天使が年齢通りのか弱い肉体なら、肩が砕けてライフルを支える事も不可能です。それに意味の分からない模様も。何の意味があるんだか」
「ヒーロー物のキャラクターが使う武器、か。確かに玩具メーカーが売り出しそうなデザインですね」
土谷ですら眉間にシワを寄せている。散々な言われ様だ。
「しかし花畑。見た目はともかく、あの威力と精度をどう説明する? 約2キロ先から命中させ、カテゴリⅢに該当するレヴリすら撃ち抜く。それに銃声が殆どしないらしいじゃないか」
花畑は頭を振り、肩まで竦めて見せた。三葉の疑問はそのまま花畑達を悩ませる原因そのものだ。
「分かりません。サイレンサーを使えば当然に威力も精度も低下しますし。もう魔法としか思えませんね。デザインからも空想上のヒーロー、いやヒロインでいいんじゃないですかね。ただ何よりも不可解なのは……」
「続けろ」
「どう見てもボルトアクションではありません。ならば弾倉は? 排莢は? 連射も可能な以上、当然備わっていなければいけないものです」
あっと気付いた陽咲は今更に異常性を認識する。
「赤いレヴリに何発も撃ち込んでました。反動もある様には見えなかったですし、硝煙も薬莢も」
「はい。杠さんの証言を裏付け出来ましたが、寧ろ不明な点が増える一方です」
「深追いしたく無かったのも此れが理由だ。どう考えても普通じゃない。入手ルートの先を突けば何が出るやら」
ブリーフィングルームに再び沈黙が舞い降りた。
可愛らしい筈の天使、小さな女の子が何か別の生き物に感じられる。しかし沈黙を破ったのも其れを齎した三葉の言葉だ。
「しかもだ、常識を覆すのは銃だけではない。操る彼女、天使は何らかの異能を持つ高度な訓練を受けた戦士だ。軍属で無い以上、本来なら拘束して尋問が必要であるが……」
ビクリと肩を揺らす陽咲も流石に反論は出来なかった。身分不詳の武装した異能者が街を闊歩しているのだから当たり前だ。しかも未成年ならば違法に銃を所持している事になる。
そんな陽咲を見た花畑は、まるで話を逸らす様に会話を促した。それもまた聞きたい情報だったのだ。
「三葉司令から見て、天使の異能とはどんなものですか?」