傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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少しでも近くに

 

 

 

 

 

「分からん」

 

 異能を問う声に、あっさりと回答がなされる。

 

 用意されていたペットボトルのお茶に軽く口を付け、三葉(みつば)は短い言葉を返した。花畑(はなばたけ)も驚く事なく冷静な態度を崩さない。

 

「予想で構いません。三葉司令の意見を伺いたいです」

 

 天使(エンジェル)は間違いなく異能者だと考えられる。そうでなければ説明出来ない事が多過ぎるのだ。

 

「誰でも思い付くのは"千里眼(クレヤボヤンス)"だ。強力な奴なら、空間、事象、時間すら飛び越えて対象を見る。天使は距離を埋め、暗視能力も備わっているのは間違いない。だが、()()ことがそのまま力とイコールになる訳じゃないからな。精神感応(テレパス)予知(プレコグニション)もそうだが、見るタイプは総じて戦闘能力が低い」

 

「集中する時間と場所が必要だったり、特定の条件が付帯する事も多いですね」

 

「そうだ。睡眠、水の中、何らかのアイテム、光、音など、とにかく戦闘に不向きな物ばかりだ。ところが天使は当たり前の様に活動して、あの不可解な武器を操る。複数の異能持ちだとしても、現在発現している中には存在しないな」

 

「あの……」

 

「陽咲、どうした?」

 

 多少知ってはいても他のメンバー程の知識がなかった陽咲が珍しく発言した。その為に全員の視線が集中する。落ち着かなくなった陽咲だったが、疑問を解消したくて話を続けた。

 

「異能が最初から強力なんて有り得ないですよね? だったらあの子は何処かで訓練を受けたか、過去の事例に何らかの痕跡があったりするのではないでしょうか? 異能発現のテストを受けた可能性も」

 

「花畑」

 

「はい。(あかなし)さんの視点は正しいです。ただ、過去二十年以上の記録を当たりましたが、残念ながら……因みに同盟国の情報にも存在しません。まあ、そっちは全部にアクセス出来ませんから絶対ではないですね」

 

 当たり前だが、陽咲が思いつく様な考えは既に調べられていた。恥ずかしくなった陽咲は俯いてしまう。

 

「す、すいません」

 

「いえいえ、気にせずにどんどん意見を言って下さいね。今は凡ゆる視点で考える事が重要ですから。ですよね、三葉司令」

 

「ああ。花畑の言う通り気にするな。そもそも陽咲は天使に関して最も重要な起点となっているんだ。間近で直に見て、話したのはお前だけなんだぞ?」

 

 分かりました……そう返して背筋を伸ばす。

 

「まあついこの前まで何にも分かっていなかったんです。そう考えれば随分な進歩ですよ。僕は感謝の気持ちで一杯です」

 

「花畑さん……ありがとうございます」

 

 笑顔を浮かべる花畑を見て、陽咲も肩の力が抜けるのを感じた。

 

「では、今後の方針を伝えるぞ」

 

 第三師団最高責任者、司令官である三葉花奏の声に全員が表情を引き締める。巫山戯た態度の多い花畑すら例外ではない。

 

「天使の情報はこの第三師団内だけで扱うものとする。政府サイドにも伝える必要はない。いいな、花畑」

 

「は!」

 

「今回の作戦では多くの成果があった。確証も取れたし、彼女の情報もかなり集まったからな。だが何よりもマーキングが出来た事が大きい。私が異能行使中に近くに来れば場所は掴める。おまけに行動範囲は想定し易いから近いうちに見つかるだろう」

 

 想定し易い。陽咲の周辺を地球に寄り添う月の様に活動しているのだから当たり前だ。本人もそこまで秘密主義でもない。その考えを視線に乗せて三葉は陽咲を見た。陽咲自身も理解して頷く。

 

「以上の事から、近々天使に接触する。陽咲が偶然を装って話し掛けるのが最善だ。タイミングは私が指示する。花畑は引き続き彼女の身元を洗え。分かったな?」

 

 はっ!

 

 全員が、終始無言だった情報官すら声を張り上げた。

 

 陽咲もまた、彼女に会えると興奮を隠せない。

 

 沢山話をして名前だって直接聞かなければ。きっと容姿の通りの可愛らしい名前に違いない。三葉は言ったのだ。手でも握って身近に感じなさいと。それが念動(サイコキネシス)を強化する近道だと。命を救われたお礼もまともに出来ていないのだから。

 

 絶対にお友達になろう!

 

 何処か緊張感に欠ける誓いを秘めて、あの氷の様な澄んだ美貌に笑顔が浮かぶのを想像する。そして何より……千春お姉ちゃんの事が聞きたい。間違いなく天使は姉を知っているのだから。

 

 つらつらと考える陽咲は、目蓋を閉じて……そして強く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 暫く寝泊りをしていた倒壊寸前のマンションを引き払うべく、渚は片付けをしていた。

 

 片付けと言っても、テントを畳みリュックに括り付けただけだ。ランプも既に引っ掛けてあるし、着替えと残り少なくなった金も先程突っ込んだ。以前なら痕跡を完全に消すべく工夫したものだが、此処ではその必要もない。ゴミもそのままだし、着古したシャツや下着すら放り投げたまま。渚にとって、全てがどうでもいい事だった。

 

『マスター。何故その様なものを?』

 

 手提げのスポーツバックを右手に持つと、カエリーが疑問をぶつけてきた。

 

 バックの中にはカエリーが不審に思うのも仕方が無い物質が収まっている。ビニール袋に小分けしたレヴリの一部だ。骨、爪、目玉、舌、耳、そういった部位を切り分けて固く縛った。見る人が見れば顔をしかめ、吐き気すら覚えるだろう。しかし渚は顔色一つ変えずにレヴリを解体したのだ。

 

「気にしないで」

 

『そうはいきません。マスターの乏しい筋力では重量物は邪魔にしかなりません。動きは阻害され、体力も奪われるでしょう。ただでさえ足りない睡眠も仇になります。私の存在理由はマスターの』

 

 ベラベラと頭の中に合成音が流れ出し、渚はウンザリする。寝不足は絶えず頭痛を届けているのに、輪をかけて来るのだ。何度も伝えてくるカエリーの存在理由が聞きたくなくて、仕方なく返事を返すしかない。その為に会話を重ねて来るのかと疑いたくなる。

 

「金にする」

 

『成る程、資金調達は確かに重要です。しかしその様なゴミを誰が買うのですか?』

 

 カエリーからしたら只の動物の死骸で、しかもその一部だ。実際に渚すら価値など気にもしていない。

 

「レヴリを欲する好事家がいるらしい。以前に街で調べた」

 

『その様な情報があるのですね。マスター、やはり"アト粒子接続"の時間を延長して下さい。貴女の思考と視覚をトレースし整理する時間が足りません。補佐を行う意味でも必須と判断します』

 

「考えておく」

 

 渚は絶対にやらないが、面倒くさくて適当に返事をする。カエリーに何時も繋がるなど考えるのも嫌な渚だった。

 

『お願いします。これからの作戦行動は?』

 

 ナイフ形態に変形したカエリーを背中側のベルトに押し込みながら、渚はマンションを後にする。

 

 時間は19時くらいで僅かに赤い空も闇に包まれていった。月明かりも無く、電力など通ってないPL(ポリューションランド)では正に真っ暗な夜となる。しかし渚の異能は暗闇など関係ないし、大っぴらに活動出来ない以上は好都合だ。変形させているから銃の不法所持には問われないが、不審に思われるのは避けたいだろう。

 

「街中に拠点を用意する。後は変わらない」

 

『では引き続き対象者の護衛ですね。性別は女、年齢は二十歳、身長は』

 

「煩い」

 

 所々崩れたり、横倒しになった車を避けながら、遠くに見える街明かりを目指す。死んだ街は独特の雰囲気を持って根源的な恐怖を煽ってくる。しかし渚の歩みに変化は無く、その顔は変わらずの無表情のままだ。

 

 凡ゆる感情が抜け落ちたと思わせて、一瞬人なのかと疑いを持たれるかもしれない。陽咲は雪や氷に例えたが、見方を変えれば虚無と表すだろう。

 

 陽咲達から精霊に例えられた美貌だって本人は誇る事もしない。女性らしくない無頓着さで、髪も肌も汚れた衣服すらどうでもよいのだ。水洗いしかしていない黒髪からは艶が薄れて枝毛も目立つ。ストレートポニーテールはお洒落でなく、邪魔だから括っているだけ。街の女性なら顔を顰める土埃や泥汚れ、錆や付近から臭う腐敗臭も全く意識しない。

 

 睡眠不足は恒常的で、少しキツめの瞳の下から隈が消える事はないだろう。化粧で誤魔化す気などないし、そんな方法も知らないのが渚だ。肌が綺麗な白だから余計に目立つ。

 

 着込んだブラも邪魔な胸部を抑え込むだけに利用しているし、デザインだって気にしてない。大量生産品のティーンズ向けを買い物カゴにバサバサと放り込んで買っただけだ。色は黒っぽい方が汚れが目立たないと適当に選んだ。

 

 ふと、こんな自分を千春が見たら叱るだろうかと思う。何時も気に掛けてくれた彼女なら呆れた後にポカリと頭を叩くかもしれない。仕方がないなと言いながら、それでも嬉しそうに買い物について来るだろう。

 

 千春は何処までも優しくて、誰よりも美しい。

 

 あの長い黒髪は何時も艶やかに風に踊っていた。自身の髪なんてどうでもいいが、千春の髪は大好きだ。

 

 四方に気を配りながらも、渚は記録した千春を()()()()。頭に浮かぶのは過ぎし日の記憶。渚の異能は見たものを忘れさせない。もし消去出来るなら記憶など無くなって構わないが、千春だけは失いたくない。

 

『マスター、アト粒子接続をお願いします。先程から何かを思考しているでしょう? 補助する為には』

 

「煩い」

 

 だから、渚はカエリーと繋がりたくないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第一章終わりです。感想や評価など頂ければ幸いです。

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