傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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対峙する天使

 

 

 

 

「此方の要求は第三師団の動向です。全体は必要ありません。特定の条件に見合う異能者だけでいい」

 

「条件とは?」

 

「性別は女性。年齢は20から25歳。訓練、駆除、PLへの侵入、何処にいつ行くのかを知りたい。出来ますか?」

 

 遠藤は酷く怪訝に思った。考えていた以上に簡単な要件だ。天使が命を賭けて挑む"カテゴリⅢ"の危険とは全くイコールで結べない。

 

 狙撃手としてターゲットを探している?

 

 だが、異能者の情報はある程度オープンで時には宣伝すら行うのだから釣り合わない。遠藤でなくても一定の立場にいる者ならば情報を持っているだろう。しかも花畑に聞いた話が事実なら、暗殺どころか危険を遠去ける行動を取っている。殺す機会など幾らでもあったのは間違いなく、常識外れの能力なら疑うまでもない。

 

 つまり、意味がわからない。

 

「難しいですか?」

 

 悩んでいる様に見えたのだろう。渚はほんの少しだけ細い眉を歪めた。

 

「どうだろうか。少し意外でね」

 

 演技でないなら、本当に貴重な情報だと思っている? 遠藤は頭に擡げた疑問がピタリと嵌る音を聞いた。天使は一流の戦士だ。落ち着いた精神の有り様に過大なイメージを持ってしまっていたとしたら? 如何に強大な戦闘力を保持していても、それがそのまま知識や知能と直結する訳でない。第三師団の三葉が良い例だ。彼女は屈指の才女だが、こと戦闘力は低い。つまり、目の前の天使はある意味で三葉と正反対の存在と考えれば……

 

 情報を手に入れ、伝えるのは容易い。仮に暗殺目的だとしても、その予定とターゲットは自分の手の中。幾らでも妨害出来るし、そもそもの可能性は低いのだ。ならば、更なる天使の秘密を貰うのが正しい。遠藤は瞬時に考えを纏め、渚に返した。

 

「異能者の動向か……中々の難題だな。キミの雇い主は何の為にそれを?」

 

「答える必要がありません」

 

「だが、儂も一人の日本国民だ。異能者は国を守る英雄で、あの者達に深く感謝している。まさか害を及ぼすとは考えたくないが」

 

「……害を及ぼす?」

 

「天使には難しいか? 異能者は確かに英雄だが、同時にやっかみ、嫉妬、的外れな怨みを受ける者達でもある。だからこそ新人は身分を隠され、警備軍の庇護下に置かれているのだよ」

 

「よく分かりません」

 

「例えば、そうだな。家族がレヴリに殺された者がいて、警備軍の到着が遅れた所為だと考える。間違いなく逆恨みだが、その矛先は全ての異能者に向かってしまう事があるんだ。事実、過去には痛ましい事件も起きている。だから、異能者の動向を追う事は何故なのかと不安に思う訳だ」

 

 渚は成る程と納得し、暫く黙考する。其れを眺める遠藤は目の前のチョコレートを指で摘み、ポイと口に放り投げた。行儀が悪いが、同時に渚の隠している緊張感を和らげる効果があった。当然に計算した行動だが渚は気付かない。

 

「美味いぞ? 一つどうだ?」

 

 渚はフッと息を吐いた。それを見た遠藤は天使の緊張が多少なりとも消えたのを感じ内心ほくそ笑む。

 

「いえ。質問の答えですが」

 

「ああ」

 

「目的は害を及ぼす事でなく……」

 

「旦那様!」

 

 その時、秘書の大恵(おおえ)が入室の許可すら取らずに戸を開けて入って来た。遠藤すらも驚きに包まれており、明らかな非常事態と報せている。大恵は何故か渚を警戒しつつ、挨拶すらせずに遠藤の元へと歩み寄った。

 

「旦那様。至急で御座います」

 

「……済まないな。天使よ、暫し時間を頂きたい」

 

「構いません。どうぞ」

 

「詫びは戻ってからさせて貰うよ」

 

 遠藤はそう言うと、大恵と二人で退室して行く。

 

 驚きも怒りも、困惑すら見えなかった天使の表情だけは印象に強く残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大恵、どういうつもりだ」

 

 其処には明確な怒りがあった。もう少しで天使の本音が聞けるところだったのだから当然だろう。怒りの矛先である大恵はしかし、謝罪を後に写真を差し出した。

 

「旦那様。お叱りは如何様にでも。先ずはこれをご覧下さい」

 

 遠藤としても大恵には全幅の信頼を置いている。アレ程の礼を欠いた行動が無意味とは思っていなかった。そして、渡された写真に目を落とす。

 

「……何だこれは?」

 

「カメラの異常ではありません。他の数枚は正常に写っています」

 

 赤いオーバーニット、デニム。そして乱雑に纏めた黒髪。間違いなく先程まで会話遊びをしていた天使が写っている。しかし、眼球どころかその周囲までもが真っ暗な闇に落ちているのだ。ある意味パンダの特徴に似ているが、あんな可愛らしいものではない。明らかな暗黒が其処にあった。

 

「あの娘がレヴリだと?」

 

「そこまでは……しかし警戒しなくてはならないでしょう。あの異常な能力にも説明がつきますから」

 

 遠藤から見たら感情は乏しくとも無い訳ではない。多少揺さぶればどうにでも出来る感触すらあった。人ではないレヴリとは思えないが、同時に手に在る写真はそれを裏切るのだ。ならば成す事は一つだろう。

 

「人を集めたのか?」

 

「はい。私の独断です」

 

「直ぐに止めろ。天使に気取られては全てが終わるぞ」

 

「しかし旦那様……」

 

「私の勘を信じろ。今から話して来る」

 

「き、危険です! 何かあったら……」

 

「大丈夫だ」

 

 言葉に一瞬詰まった大恵だが、何とか二の句を告げる。

 

「ならば同席させて下さい。理由は先程の詫びとしましょう」

 

 否定は許さないと睨み、断ってもついて来るだろう。遠藤は思わず笑みを零し、大恵の忠誠を改めて感じた。

 

「好きにしろ。但し、余計な口出しは無しだ。警戒感も表に出すな。良いな?」

 

「分かりました」

 

 この間僅か五分くらい。席を外す時間としては許容範囲だろうと遠藤は気を引き締める。そして茶室に繋がる襖を開いた。

 

「待たして済まなかった。天使よ」

 

 渚は首肯する。姿勢も変わらず綺麗な正座のままだ。遠藤から見ても目を惹く眺めだった。

 

「お客様、先程は大変失礼致しました。可及の要件とは言え礼儀を失した態度、深くお詫び致します」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 ふと見ればチョコレートが一つ消えていて、天使の腹におさまったのが分かる。遠藤は相手に分からない様に笑みを我慢した。

 

 畳に腰を下ろした遠藤は、懐から写真を取り出した。それに気付いた大恵はギョッとして思わず身を乗り出してしまう。それを遠藤は知りながら、あっさりと其れを渚に渡した。

 

「天使の意見が聞きたい。どう思う?」

 

 やはり無断撮影だが、今は互いとも其れには触れなかった。

 

「……分かりません」

 

「レヴリはデジタル化された機器に映らないんだ。キミは知っていたか?」

 

「ある程度は」

 

「以前購入したレヴリの牙をカメラで見てみたよ。どの様に映ると思うかね?」

 

「真っ黒になると? この勝手に撮影された私の目の様に」

 

「その通りだ」

 

「それで?」

 

「この美しき天使だが、全てがそうなる訳ではない。何枚かは儂の目の前に佇むままに写っていた。だから困惑していてね。ならば直接聞けば良いと思ったのだよ。キミはレヴリなのか?」

 

「さあ? 分かりません」

 

 渚が答えたその時の感情を見た遠藤は、鳥肌が立つのを止められなかった。先程までは斜に構えた若き女性だったのだ。隠した心すら朧げに見えたし、可愛らしさすら覚えていた。だが、目の前に居るのは……

 

「……どういう意味だね?」

 

「私が人か化け物か、男なのか女なのか。そして……生きているのか違うのか。分からない」

 

「何を……」

 

歪め(ディストー)

 

 渚は呟くと右腕を遠藤に向ける。目蓋を閉じ、そして開いた時……その美しくも小さな手に真っ黒な銃が握られていた。緑色した線が血管の様にうねり、明滅している。歪で何処か冗談染みたカタチ。だが間違いなく凶悪な殺傷力を持つハンドガン。当然に、現れたのはカエリースタトスだった。

 

「なっ!」

 

 盾になるつもりだった大恵すら現実を理解出来ない。あの様な物体なんて何処にも存在しなかったのに!

 

「敵対するならはっきりと言えばいい。貴方はさっきから周りくどい。それとも、私が非武装だと思って遊んでいるの?」

 

「だ、旦那様……」

 

 遠藤は見た事がある。薬物中毒(ジャンキー)、末期癌の患者、世捨て人、戦場帰還者、傷付き立ち上がる事を諦めた者達だ。しかし、似た瞳を持つが目の前に佇むのは未だ幼き少女。だから混乱してしまう。突き付けられた銃口も助けて現実感すら消えて行く。

 

「最初から分かっていたのでしょう? 私が代理人などでないと」

 

「……ああ」

 

「そう」

 

 氷、雪、拒否感……花畑が言っていた杠陽咲の証言とはコレだったかと遠藤は思い知った。間違いなくあっさりと引き金を引き、無表情のままに人を撃つだろう。それは確信だった。先程まで会話していた可愛らしき天使は、もういない。

 

 だからこそ遠藤は、笑った。

 

 この娘こそ、レヴリを駆逐せしめるピースなのだと。目には目を、歯には歯を。そして化け物には化け物をぶつける、それは道理と決まっているのだ。

 

「くくく……素晴らしい! キミこそが儂の求めていた者か……まさに天からの御遣いだ」

 

 流石の渚もほんの少しだけ眉を歪める。

 

「天使よ、儂の元へ来い。探している情報も、この世界で手に入る全てを買ってやる。なに、自由は約束するぞ? 今迄通り日々を好きに過ごし、時にこの老人の相手をしてくれたらそれでいい。どうだ?」

 

「何を言ってる」

 

「気に入らなくなったら何時でも引き金を引け。儂はキミを気に入った、そう言う事だ」

 

「意味が分からない」

 

「そうか? 先程の続きだよ。天使は警備軍の情報が欲しい。儂はそんな天使を手に入れたい。つまり、取引だよ」

 

「体を売れと? 女を欲しいなら他を……」

 

 渚の言葉を聞いた遠藤はこの日で最も大きな笑い声を上げた。

 

「はっはっは‼︎ これは傑作だ! 儂をロリコンで買春する変態爺いと評するとは! 大恵よ、こんな愉快な事があるか?」

 

「だ、旦那様……余り刺激しては」

 

 渚は未だにカエリーを構えたままだ。

 

「天使よ、座れ。儂に敵対する意思はない。勿論変態の爺いでもない。老い先短い老人の夢はレヴリを日本から消し去る事。その為に使えるモノは使う。笑うなよ? 儂の夢は世界平和だ」

 

 真摯で、真っ直ぐに、遠藤は言葉を紡ぐ。

 

 暫く渚は動かず、そして遠藤を観察していた。異能を駆使して発汗や皮膚の脈動、些細な仕草も見逃さない。そして、再び座る。

 

「天使よ、感謝する。もう一度、最初から話をしよう」

 

 コクリと頷き、渚はカエリーを畳に置いた。

 

 

 

 

 


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