傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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結ばれた糸

 

 

 

「天使よ、最初から仕切直しだな。それと詫びを……儂の悪い癖だが、遊びが過ぎたよ。茶化す様な態度を申し訳なく思う。済まなかった」

 

 もう一度頷く(なぎさ)はカエリースタトスから手を離す。

 

「ありがとう。さっきの話の続きだ。先ずは聞かせて欲しい、異能者への攻撃の意思はないのだな?」

 

「ない。ある人を……危険から遠去けたい。其れが目的だから」

 

 遠藤(えんどう)大恵(おおえ)も渚の言葉が真実として聞こえた。そもそも花畑(はなばたけ)から事前に聞いていた情報と合致する上に、漏れ聞いた天使の動向からも十分に察せられるのだ。

 

 遠慮なく顔色を探っても特別な懸念は湧いて来ない。変わらず美しく、確かに雪の精霊を思わせて妙に納得してしまう程だ。先程まで怖気を感じていた氷の様な空気すら今は消えている。

 

「そうか。残る疑問は一つ……この写真について、思う事が有れば教えて欲しい。儂は当然にキミがレヴリだなどと思ってはいない。だが、気にはなる」

 

 再び畳に落ちている渚の写真を見て、遠藤は直ぐに視線を上げた。

 

 渚は少しだけ沈黙し、遠藤と大恵を観察する。異能を使って僅かな違和感も逃しはしない。心から信用などしないが、多少の説明は必要だろうと考えた。

 

「心当たりはある。今初めて知ったから確証はないけど……私の」

 

「天使の異能だな? 詳しい話は必要ない。レヴリではないなら」

 

「……レヴリなんかじゃない」

 

 遮ったのは邪魔をしたのでは無く、異能を他人に明かす事はないと知らせる為だ。遠藤の天使への信頼を形にし、渚も其れを察して簡単に済ませた。

 

「よし! 大恵、よいな?」

 

「はい」

 

「では取引だ。此方の条件は変えるぞ? レヴリの肉片など必要はない。危険なPLに態々潜らず、偶に儂の話し相手をしてくれ。勿論だが下世話な仕事などない。キミが普段感じたり、知った事を教えてくれたらよい」

 

「……それだけ?」

 

「ああ。さっき言った通り、儂はキミを気に入ったのだよ。護りたい対象者の情報も直ぐに提供しよう。欲しいものが他にあるなら、幾らでも言うがいい」

 

 渚がずっと観察しているのを承知で、視線を逸らさずに遠藤は答えていった。今は誤魔化しなどしない方が良いのは誰にでも分かること。天使を懐に収めたい欲求は変わらず強いが、其れは言葉にしないだけだ。

 

「欲しいのは情報だけ。条件に見合う警備軍の動向が分かればいい」

 

「遠慮など必要ないぞ? 儂は爺いだから詳しくないが、可愛らしい衣装や装飾品、甘い物だって用意しよう」

 

「要らない」

 

 端的で素っ気無い回答が茶室に響く。ずっと表情を追っていたから遠藤には事実だと分かった。そして其れは酷く哀しい事だ。まだ幼い少女、普通なら街中で遊び回っていてもおかしくない。レヴリや世界の苦悩など知らぬと若い時を謳歌している年齢なのに、今更に化粧も髪の手入れすらしていない事に気付いたのだ。それでも美しい少女は世界を否定しているのか……

 

「そうか……何か有れば言うのだぞ?」

 

 孫を想う様な不思議な気持ちになり、遠藤の声は優しい空気を纏う。

 

 

 

 だが……返答は返って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「……信じられん」

 

 第3師団の最高責任者で司令である三葉(みつば)花奏(かなで)の言葉に、今会話していた陽咲(ひさ)花畑(はなばたけ)も驚く。

 

 コードネーム"天使"にどう接触して懐に入るか話し合っていた時だ。

 

 言葉にすると如何にも軍事作戦臭いが、実のところ3人は楽しんでいた。

 

 

 

 買い物に誘うのは?

 

 人気のケーキ屋はどうだろう?

 

 最近オープンした輸入雑貨店はかなり人気らしいよ?

 

 そう言えば、近場の遊園地に新しいアトラクションが出来たらしいね?

 

 

 

 などなど、もはや作戦ではなくデートプランを話し合う如くだ。陽咲こそ二十歳だが、残る二人は良い歳なのに……まあ、当事者である陽咲自身が最も興奮しているのだから、間違ってはいないのだろう。いや、間違っているかも。

 

 名士である遠藤征士郎の持つ会社、彼が経営している遊園地の話題となった時だった。いきなり三葉が呟いたのだ。顔色も変わり、緩んでいた視線も一瞬で厳しくなった。

 

「三葉司令、どうしました?」

 

 花畑も直ぐに気付き、真剣に質問する。陽咲はよく分からず、目には疑問が浮かんでいた。

 

「花畑」

 

「はい」

 

「念のため確認するが、遠藤氏の屋敷には監視をつけている筈だな?」

 

「勿論です。御指示通り、秘書である大恵氏の動向も調査中です」

 

「何人だ?」

 

「警戒されてもアレなので最小限です。24時間体制、3箇所、交代要員を含んで20名。常時は6人で監視しています」

 

 陽咲は益々分からなくて、三葉と花畑を交互に見ている。少し不安そうだ。

 

「報告はないな?」

 

「当然です。何が……」

 

 遠藤の話が出た時、何かを感じた三葉は無意識同然に異能"千里眼(クレヤボヤンス)"を行使した。殆ど偶然で、狙ってもいない。だから、酷く驚いたのだ。

 

「アイツだ。何故……」

 

 視界に彼女の姿が映った。警備軍は未だ名を知らないが、其処に張り詰めた空気を纏う渚の姿が。そしてあの真っ黒な銃を遠藤に向けている。今にも弾丸が飛び出しそうで、三葉は声を荒げた。

 

「居るやつだけでいい! 東側の茶室だろう、突入させろ!」

 

「はっ!」

 

 擡げた疑問を無視して、花畑は懐から携帯を取り出した。

 

「……ああ、至急だ! 三葉司令、目標は……」

 

「決まっている! 天使だ‼︎ 武装して遠藤氏を……」

 

「発砲許可は⁉︎」

 

「許可する! 但し殺さずに……いや、待て」

 

 もう陽咲は泣きそうになっていた。手を上げた三葉を見て、花畑も慌てて止める。

 

「待機! 待機だ!」

 

「……完全武装して待機させておけ。どうやら落ち着いたらしい。全く、人騒がせな」

 

 勝手に遠見した三葉だが、思わず愚痴ってしまう。先程の空気は霧散して、天使は黒い銃すらそばに置いた様だ。敵対する雰囲気も感じない。

 

「三葉司令、説明をお願い出来ますか? (あかなし)さんも混乱しています。勿論自分も」

 

「ああ、だがその前に監視要員を増やせ。暫くしたら天使が屋敷から出てくる筈だ。一体何故、どうやって屋敷に来たんだ……後で話をする必要があるな……」

 

「了解です。暫く席を外しますね、直ぐに戻りますから」

 

「頼む」

 

 言いながら、三葉は姪であり部下でもある陽咲を見る。立ち去った花畑を視界の隅に確認すると、もう一度口を開いた。

 

「本当に偶然よ? マーキング済みで指向性も指定出来たから……距離を殺せた。普通はあんな遠いところは見えないからね」

 

「あの子が見えたんですね?」

 

「そう。吃驚したわ、本当に」

 

 ハァと溜息すらついて、三葉は肩の力を抜く。今も()()()()のだろうが、緊張感は無くなったようだ。

 

「教えて下さい」

 

「分かってる。お花畑が戻ったらね」

 

 直ぐにでも聞きたいが、陽咲は何とか我慢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天使が遠藤氏に銃口を向けたの。あの変わった黒色の銃をね」

 

「そんな……」

 

 事実なら警備軍、そして警察も彼女を別の意味で追うこととなる。一般人と違い軍属、更に言うなら異能者に法律上の縛りは多い。個人で圧倒的な戦闘力を持っていたり、三葉の様な者ならばプライバシーすら侵害するのだ。厳しい制約があるのは当然だった。

 

 つまり、逮捕する必要に迫られる。陽咲が望んでいなくとも。

 

「杠さん、考えていることは理解します。しかし、事は簡単ではありませんよ?」

 

「……特別扱いをするんですか?」

 

 望んではいなくとも、真面目な人柄は不正を許せなかった。今もある意味特別扱いだが、それにも限界がある。護るべき人に銃を向けるなら、誰であろうとも犯罪者に堕ちるのだ。それが陽咲の絶望感を誘っていた。

 

「落ち着いて下さい、そう言う意味ではありません。千里眼などで判明した事実は、事実として認める事を単純に許しません。ご存知でしょう?」

 

「……あっ」

 

「見た事実は私にしか分からないからね。気に入らない奴とかを虚偽で罠に嵌めることすら出来る。つまり、この場合なら逆に証明する必要が此方に発生するわ。一番は遠藤氏が訴える事だけど……まあ無いわね。今なんて、可愛い孫を相手にする祖父さんみたいだし」

 

 今も見ながら話しているのだろう、声に呆れが混ざっている。

 

「多分、あの方の悪い癖が出たのでは? 人で遊ぶのが好きな御仁ですから……まあ、だからと言って銃を向けては駄目ですけど」

 

 花畑にも三葉の呆れは伝染したようだ。溜息を隠していない。

 

「じゃあ……」

 

「後で遠藤氏に話を聞くわ。まともに話すとは思えないけれど、流石に天使の事だからね。まあ任せなさい」

 

「しかし、何故あの方のところへ? 接点などある訳が……」

 

「意外と答えは直ぐ傍だったかしら。あの力、そして銃を開発するなら膨大な資金が必要になるし、それを成す人物なんて限られる。如何にも黒幕っぽいじゃない?」

 

「三葉司令……」

 

「冗談よ、無いのは分かってる。遠藤氏はアレだけど同時に国士だから、あんなモノを創り出したら国に提供するでしょう。恐らく、レヴリ絡みね。それしか接点は考えられないわ。花畑、最近の調査であったでしょ?」

 

「なるほど……レヴリの情報に飽き足らず、実物を欲した訳ですね。天使なら奴等のサンプルすら手に入れてしまいますから」

 

「困った連中ね……未知のレヴリだったら大変な事になるわ。病原体が見つかった事はないけど、例外なんて幾らでもあるでしょうに」

 

 仲の悪い筈にの二人はピッタリの息を合わせて深い溜息を吐いた。タイミングはバッチリだ。

 

「あの……」

 

「なあに?」

 

「今なら会いに行けますか?」

 

「うーん……ちょっとタイミングじゃないわね。監視していたと教える様なものだし、一応暗黙の了解ってやつだから刺激したくない。あくまでも偶然を装わないとね。今回は情報を遠藤氏から集める事で我慢しましょう。そう言えば、花畑」

 

「はい」

 

「武装は解除して。もうそんな空気じゃないから」

 

「分かりました。今は何をしてるんですか?」

 

「二人仲良く、とは言えないけど……食事を楽しんでるみたいね。天使に愛想は全くないけど」

 

「食事ですか……もうお昼ですからね。何だかお腹が空いてきました」

 

「我慢しなさい。この後出て来るのよ?」

 

「はは、分かってますよ。盗撮……いえ、撮影の段取りを……」

 

 女性二人の不穏な視線に気付かないのか、花畑は気持ち悪い笑みを浮かべている。三葉は小さな拳をギリリと握る。だが、ふと陽咲が口を開いたので、其方に気を取られた。

 

「もう一つ質問が」

 

「ん?」

 

「あの方……遠藤氏って」

 

「うん」

 

「……誰ですか?」

 

 

 三葉と花畑、二人が呆れ顔に戻るのは簡単だった。

 

 

 

 

 

 

 


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