傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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第三章
粘体


 

 

 

 

 

 人気の無い街中、異界汚染地に散発的な発砲音が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 (あかなし)陽咲(ひさ)が一人生き残った"カテゴリV"に該当する異界汚染地(ポリューションランド)、通称PL(ピーエル)だ。

 

 例外的と考えられた赤いレヴリの発生に関して、調査に訪れた部隊は1小隊。あくまでも調査目的のために、機動性に優れ偵察を主とした兵士達。異能者も同行していないのも、決して珍しくはない。凡ゆる作戦の全てに異能者が共に歩める程に数はないのだ。

 

 そんな彼らが陽咲の証言したショッピングモール跡まで辿り着いた。万が一に備えて、ひび割れた壁際を背にしながら前進して行く。元は駐車場だったらしい白い壁には大量の植物が這っていて、もう半分以上が深い緑に染まっているのが分かる。

 

 濁った水溜りをバシャバシャと進む先頭の隊員がズブリと何かに右足を取られた。汚泥でもあったかと、めり込んだ片足に手を添えた瞬間……

 

「う……うあぁぁ! な、なん……ギャーーー‼︎」

 

 それなりに場数を踏んだ兵士が有り得ない悲鳴を上げた。

 

 必死に足を引き抜こうと足掻くが、寧ろ更にゆっくり埋まって行く。形相は恐怖と激痛に染まり、明らかな異常事態だと知らせてきた。

 

 しかし、周囲の仲間も何が起こったのか分からない。濁った水とは言え、特に変化など無いのだ。しかも深さなど大した事も無く、周りの者達に影響すら感じない。

 

「水野! どうした⁉︎」

「声を抑えろ! レヴリを呼ぶぞ!」

 

「た、助け……あ、脚が、脚がーーー⁉︎」

 

「発砲許可! 水野の足回りだ!」

 

 ベテランの隊長は正体不明の敵と判断。見えなくとも何かいる筈と命令を発した。即座に反応した隊員達はライフルを下方に構え発砲を繰り返した。静かだったモール跡地にパパパパと乾いた音が木霊していく。

 

「水野を引っ張れ! 撃つのは止めなくていい!」

 

 引き金を引きながらも叫ぶ。

 

 ズルリと水面に抜き出した右足を見て、全員が絶句した。鳴り響いていた銃撃すら一瞬だが止まってしまう。

 

「……何だこれは」

 

 水野と呼ばれた隊員の右足、膝から下が迷彩服ごと消失している。切断ではない、その証拠に出血していなかった。残った皮膚はドロドロに溶けて、ダラリと垂れ下がっている。赤く染まるのは血ではなく、火傷だろうか?

 

「溶かされた……? 強い化学薬品に浸した様な……」

 

「何で姿が見えないんだ⁉︎」

「くそ! 何処だ⁉︎」

 

「全員水溜りから出ろ‼︎ 水中に警戒!」

 

 

 

 漸く慌てて脱出するが、既に遅かった。

 

 まるで図ったように、全員の足は止まる。そして……悲鳴と叫び、乱射音。

 

 ギリギリ水溜り前で止まっていた最後尾の者以外、息絶えるまで大した時間は必要無かった。

 

 人のカタチを失っていく地獄絵図を見て、生き残った隊員はただ無心で走り出す。涙と鼻水を垂らしながら、振り向く事など出来はしない。背後からはズルズルと追って来る音が響くのだ。

 

 

 

 

 後に、集団なら"カテゴリⅡ"に該当する事になる英語名「dissolve mucus(溶かす粘液)」、日本名「人喰いスライム(略称スライム)」が初めて発見された瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 陽咲は自身が酷く粘っこい視線になっているのを理解していた。

 

 内心ダメダメと声にしながら、結局視線に変化はない。自動照準の如く、フラフラと目標を追った。

 

「……やっぱり綺麗」

 

 ボソリと呟いたが半分無意識で、ポカンとだらしなく口も開いている。僅か20m程度先に見つけた小柄な女の子をネットリと眺めているのだ。これでは変態の"花畑さん"や"土谷さん"と違わないと焦る。でもやっぱり無理みたい。

 

 陽咲は自身の恋愛対象が()()()()少数派に属するかもと気付いていた。姉であり、大好きな人である"千春お姉ちゃん"が少なからず影響を与えたのだろう。しかしまさか再び逢えた少女こそが自分の()()だとは認めていなかったのだ。妹の様に想っていて勘違いしてるだけと……

 

『……()、陽咲、聞いてるの?』

 

 マイクロイヤホンから声が流れるが、何処か遠くに感じる。

 

「名前教えて貰おう……手を繋いで……」

 

 ボソボソと独り言が溢れて、高性能のマイクが音を拾った。

 

『陽咲‼︎ いい加減にしなさい!』

 

「ひゃっ……は、はい!」

 

 何人かは振り返ったり、訝しげに陽咲を見る。だが、直ぐに興味を失って歩き去って行った。

 

『アンタ、遊びじゃないのよ!』

 

「す、すいません」

 

 見れば対象者はSPA、つまり衣料品製造小売業の全国展開している店に入る様だ。大量に製造し市場価格より安く提供する目の前の店は、陽咲自身も利用した事がある。と言っても部屋使いのタオルやら寝間着代わりのシャツ程度だ。日常に着る服はお気に入りのショップに行くし、専門店巡りが当たり前。

 

 見た目14,5歳のあの子なら、もっと可愛いお店に行けばいいのに……量販店を敵に回す台詞を心に唱えながら、同時に今度大好きなショップに連れて行こうと夢想する。アレもコレも似合うに決まっているのだから。

 

『天使は目の前よ、偶然を装って話しかけなさい。それと他の仲間に視線は送っちゃダメ。直ぐにバレる』

 

 千里眼(クレヤボヤンス)を再び使い、対象者である天使のところまで陽咲を誘導したのだ。三葉(みつば)は無理だろうなと内心不安になりながら、頑張って指示を出す。

 

「い、行きます」

 

 前と同じポニーテールを揺らし、天使は自動ドアの前まで歩く。当たり前に透明のガラス戸はウインと開き、彼女が幻ではないと教えてくれていた。小柄だが、細身の身体は完成間近の女性らしい線を表している。そして店内にスタスタの消えて行った。

 

『しかし地味な服ね。今どき普通のデニムパンツとパーカーなんて……上なんてグレー単色だし。まるで精通前の餓鬼みたい』

 

「せっ……! 司令、変なこと言わないで下さい!」

 

 器用に五月蝿くしないように叫ぶ陽咲だが、当然に三葉には効かない。

 

『だって事実じゃない。陽咲、アンタはアレで良いと思うの?』

 

「そ、それは……」

 

『折角だし、何か着替えさせたら? あんなだから下着もきっと酷い筈よ。陽咲がサイズを測って、見繕うのも有りかもね』

 

 分かり易く赤面し、同時に何処か気持ち悪い目線になった陽咲だが、緊張を解きほぐす為に三葉が吐いた冗談だと気付かない。頭の中はブラを外す天使の姿と、あの美しい相貌で一杯だ。

 

「頑張りま……」

 

『冗談だからね? 犯罪は駄目よ?』

 

「……分かってます」

 

 嘘つけ!と三葉は思ったが指摘は我慢する。もう目標は店の中だ。

 

 天使が店に入ったのを再度確認し、離れた場所から追尾している仲間に合図を送った。それぞれが街に溶け込み、スマホで話すフリや恋人同士を装っている。

 

『よし、作戦開始だ。気取られないよう注意しろ。ドローンはもう帰せ。確認するが命令の無い限り、決して敵対的な行動は取るなよ? それとあの馬鹿みたいな銃は持っていない様だが、不可思議な現象の報告もある。武装していると想定しろ。民間人を避難させる可能性も僅かにあるからな』

 

 遠藤征士郎(えんどうせいしろう)と会った三葉が仕入れた情報だ。無い筈だった黒い銃がいきなり目の前に現れたと……肝心の部分はボカされて腹立たしい会談だったが。

 

「店に入ります」

 

『ああ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう! 何やってるの!

 

 買い物をしている(なぎさ)……陽咲から見た"天使"の行動に、陽咲は腹が立っていた。

 

 視線の先、渚は靴下とTシャツを籠に放り込んでいる。

 

 サイズや色、デザインを確認している様子は無い。無造作にガサリと数枚を引っ張って、バサバサと買い物籠に落とす。靴下はまだしも、シャツまで同様だった。

 

 無地の雑巾を買っているのでは無いのだ。肌に直接触れる物をあそこまで無頓着に選ぶ女の子がいるだろうか。三葉ではないが、成長前の男の子でもあんなに酷く無い筈だ。

 

 棚の裏側に回り込むと、最悪な事に下着まで同じように……

 

 もう陽咲は我慢出来なくなって、ツカツカと歩み寄る。馬鹿らしいが緊張も何処かに飛んで行った。

 

「ちょっと! 駄目でしょ!」

 

 黒髪のポニーテールを揺らし、渚はゆっくりと振り返った。其処には驚きも見えず、初めて会った日と同じ無表情が貼り付いている。それも綺麗だったりするから、陽咲の怒りは治ったりしない。

 

 こんなに綺麗なのに! つまり、そう言う事だ。

 

「なに?」

 

「何って決まってるでしょ⁉︎ その選び方はなんなの⁉︎」

 

「……それが最初の言葉?」

 

 陽咲が付けているマイクから拾った声で、三葉は全部バレていると察した。だが、責めている声音では無い事で指示はやめる。開きかけた口を閉じて耳を澄ました。考えてみたら、変に振り切った陽咲の方が都合が良いと判断したのだ。

 

 当然に其の言葉が意味する事は理解せず、陽咲は買い物籠を見てゲンナリした。かなり粘っこく観察していたから当然だが、どう見ても可愛い女の子が選ぶとは思えない商品ばかりだ。まあ、着こなし次第ではあるかもしれないが……

 

 何より色合いが酷い。黒や藍、灰色だ。全部が暗くて、こっちまで暗澹たる気持ちにさせられた。勝手な事だと分かってはいるが、惚れた女の子だからこそ腹立たしいのだ。

 

「貸しなさい」

 

「何故?」

 

「一度戻します。その後ちゃんと選び直しね。サイズは合ってるの?」

 

「さあ?」

 

「さあって……」

 

 もう我慢ならず、陽咲はコードネーム"天使"の手に触れ様とした。無理矢理に取り上げるつもりで。

 

 だが……渚はスイと手を引き、決して陽咲に触れさせない。

 

「ちょっと……」

 

「余計なお世話。それと触らないで」

 

 余りにあからさまな拒絶に陽咲は一瞬二の句が告げられない。表情が変わらなくて、益々拒絶感が強まる。あの日と同じだ。

 

「……強引過ぎたのは謝る。でも下着くらいちゃんと選ばないと」

 

「それが私を付け回した理由?」

 

「えっ⁉︎ え、えっと……」

 

 今更に陽咲はバレバレだった事に気付いて吃る。マイクロイヤホンの向こうでは三葉の溜息が響いた。

 

「……杠 陽咲。逃げたりしないから待ってて。話があるんでしょう?」

 

「う、うん」

 

「話はしてもいい。但し、付けてあるマイクやイヤホンは外して。其れが条件。周りに居る警備軍の人達は近付かないならそのままで構わない」

 

「それは……」

 

 陽咲一人で判断出来ることではない。不安そうに揺れる瞳を見て、渚は更に言葉を紡いだ。

 

()()()()、聞いているのでしょう? ()()()を害するつもりは無い。嫌ならコレで終わり」

 

 淡々と話す少女に全員が息を飲んだ。

 

『陽咲、許可するわ。二人で話しなさい』

 

「……分かりました」

 

 自分より遥かに若い天使に"この子"呼ばわりされた事も忘れて、陽咲はジッと目の前の綺麗な女の子を見詰めた。

 

 ちょっとだけドキドキしながら。

 

 

 

 

 


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