傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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第一章
異界汚染地


 

 

 

 自衛隊、警察、一部消防などから人員を集め、ある意味で急造に組織されたのが国家警備軍だ。アメリカなどからも協力者を求め、軍事的な知見を集めたりして訓練を行った。国内治安に対する経験など日本の組織にとって無に等しかったのだ。

 

 その存在理由はただ一つ。

 

 異界汚染地(ポリューションランド)、通称PL(ピーエル)への対応だ。

 

 第一にPLの拡大防止。第二にPLから溢れ出たレヴリの駆除。第三に周辺の治安維持。第四……いや、何より最大の目的はPLの奪還。

 

 異界汚染地には必ずレヴリと呼ばれる化け物が現れる。形態は様々だが、大半が空想上の生き物に酷似していた。

 

 恐竜擬き、怪鳥、大蛇、大鬼、餓鬼。

 

 熊や狼などの獣もいるが、体格や獰猛性に大きな差がある。また、人型をした怪異も一部目撃されており、悪魔や天狗などと呼称されたりしている。

 

 彼等は例外なく人間に敵意を持ち、放っておけば人の領域に足を延ばして来るのだ。被害も多く毎年の様にニュースにもなっていた。

 

 そのPLは便宜的にランク分けされている。

 

 危険度が最低とされる"カテゴリV"から最高の"カテゴリI"の5段階になっており、日々増減を繰り返している。比較的安全な方から"Ⅴ→Ⅳ→Ⅲ→Ⅱ→Ⅰ"と表す。警備軍の活躍により開放されたエリアもあるし、未だ手を出せない危険な地域も。特に"カテゴリⅢ"以上の汚染地は危険度が非常に高くなり、装備を整えた軍であろうと油断すれば全滅する。

 

 そのレベルになると重火器の殆どに効果は無くなって、街を焼き尽くすつもりで何発もミサイルを撃ち込むしかないだろう。しかし、その効果も限定的と判明しており、結局は人海戦術に立ち戻ったのがここ数年の事だ。

 

 ならば人に希望はないのか?

 

 いや、絶望と希望は紙一枚程度の薄い壁しかないのだろう。人々には間違いなく未来はある。

 

 "異能者"

 

 後にそう呼ばれる戦士達の出現だ。

 

 現代日本人に分かり易く説明するなら超能力者となる。酷く胡散臭いが、それが最も端的に表すのだから仕方が無い。

 

 精神感応(テレパス)

 

 予知(プレコグニション)

 

 透視、千里眼(クレヤボヤンス)

 

 発火能力(パイロキネシス)

 

 そして、現在最もレヴリに有効と考えられているのが、

 

 念動(サイコキネシス)となる。

 

 有名な瞬間移動(テレポート)は出現していない。

 

 最初期に出現したのは精神感応者だった。

 

 やはり後に救済の人(メシア)と呼ばれた彼女は、世界中に異能者が存在している事を証明した。しかし、当時の各国政府機関は保有している軍事力で対応出来ると彼女の言葉を無視してしまう。その結果、世界の30%に及ぶ土地が汚染地に変貌。多くの犠牲者を出す事になる。そして、最初の"カテゴリⅠ"が発見された時は全てが遅かった。

 

 その後になって漸く彼女の言葉を信じ、異能者の発見へと舵を切ったのだ。

 

 能力の種類はそこまで多くは無いが、その影響力には差があり、例えば発火能力でもマッチの先程度の火や火炎放射器を超える炎を発する者まで様々だ。しかし時が流れるにつれ、その力も成長させる事が出来ると判明している。

 

 日本政府もアメリカなどと同調し、国内の異能者を拾い出して徴用し始めた。現在の日本は半徴兵制を採用しているが、その訓練時に異能者を探し出すのが一般的だ。いや、寧ろそれが目的の半徴兵制と言っていい。今も個人主義は幅をきかせているので何処までも強制は出来ない。しかし、異能は一般社会に危険すぎる為に監視が付く。その事から大半は英雄となる為に警備軍に志願する事になるのだ。

 

 その様な異能者と武装した兵士の混成軍が国家警備軍の基本となり、各PLに派兵されて治安維持を行なっている。現在では対PLに特化した師団で構成されており、西部、中央、東部で分割。それぞれに司令がいて監督している。総数は約40,000人だが、戦闘従事者はずっと少ない。異能者に至っては言わずもがなだ。

 

 各隊は溢れたレヴリの駆除、汚染地に侵入しての調査、奪還可能なら人員を選抜して侵攻する。其れが主な任務だ。

 

 因みに、異能者は政府より国民に宣伝される事が多い。全員ではないが強力な異能持ちは戦意高揚やパニックの防止などに利用されていたりする。テレビ番組、ラジオ、ネットを通じて一種のタレント扱いをされ……中には英雄に等しい偶像化が行われた過去すらあるくらいだ。

 

 有り体に言えば"プロパガンダ"だが、政府も国民も知りながら納得しているのが現状だ。

 

 また、そもそもの元凶である異界汚染地(ポリューションランド)には幾つかの特徴がある。レヴリは正に象徴だが、それ以外にも存在するのだ。

 

 最新鋭の光学機器、衛星による観測、無線も使用出来ないか或いは制限されるのだ。進化した軍備の大半は電子的制御がされていて、例外を除き無効化してしまう。原理も方法も判明していない。その結果原始的な武器、つまりナイフや斧、炎や銃弾、そう言った物理的接近戦を挑むのが最も効果的となり、更には念動が有効と判断する理由ともなった。

 

 (あかなし)陽咲(ひさ)が将来有望な戦士なのは其れが理由だ。念動は鍛えれば、凡ゆる武器を強化出来るし弾丸すらレヴリに効く。レヴリ自体も物理的攻撃が大多数を占める為、念動の防壁を構築すれば有効な盾ともなる。

 

 陽咲は汎用性が高い上に上限も見えない程の成長を見せていた。だから警備軍は陽咲を育成する為に慎重に配属先を決めているのだ。

 

 

 そして……PLが出現して既に30年を重ね、現在では人類とレヴリは拮抗している。

 

 

 

 だが、是等の今は大きな矛盾を内包していた。今の世界に生きる誰一人として気付かない。余りに不自然で、少し考えれば分かる事実に触れることも無かった。

 

 数十年前からPLがあったなら、なぜ光学機器や人工衛星が発達したのか。それだけの時間が有れば、対レヴリの兵器こそ進化する筈なのに。対人に有効な重火器はあってもレヴリに対し決定的な武器は少ない。

 

 異能者が現れた理由も、そのタイミングにも疑問は挟むことはなく、異世界の化け物としか思えないレヴリはどうしてPLでしか発生しないのか。

 

 実際には歴史や記憶に断絶があるのに誰も気付かない。

 

 そんな狂った世界で人類は足掻き、戦う。

 

 いつの日か、世界はより良い方向に改変されるのか……それが陽咲達が生きる今だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 陽咲はPLで起きた事を報告する為に所属する警備軍の司令本部に来ていた。通常なら面倒臭い書類を何枚も書くところだが、エリアの最高責任者から呼び出された以上は馳せ参じるしかない。

 

 陽咲が向かうのは国家警備軍第三方面統括司令本部……と、長ったらしい名称を冠しているが単に第三師団、本部、或いは悪魔城と皆は呼ぶ。

 

「うぅ……嫌だ」

 

 司令はともかくとして、同席するだろう軍の偉いさんが苦手な陽咲は一人だけのエレベーターの中で呟いた。

 

 脂ぎったおっさん達は重箱の隅を突く様に質問してくるし、セクハラこそないが、視線が気持ち悪い。司令は女性だから少しは救われるが、あの人は別の意味で油断出来ないのだ。

 

 つまり、何一つ楽しくない。

 

 それに、あの雪の精みたいな少女の事は内緒のままだ。そもそも信じて貰えるか分からないし、銃器の不法所持で訴えたくもない。言葉少なだったが彼女は目立つのもコミュニケーションを取るのも嫌だろう事は明らかで……

 

「でも軍紀に反するし、どうしたら……」

 

 このまま永遠に到着してくれるなと願ったが、エレベーターは無情にも司令が居る階に着いたと知らせて来た。真っ直ぐ進んだ先にある会議室に来る様に言われている。

 

 扉の前に立ち、服装を確認。

 

 白を基調にした制服の皺を伸ばし、ベレー帽を整える。普段履かないスカートはバッチリとアイロンしてきて何故かホッとした。陽咲達異能者は軍属だが、扱い上は外部団体所属だ。この扉の中にいるだろう司令と司令本部に雇われた傭兵に近い。まああくまで手続き上の話で、今日の立場に変化はない。

 

 深呼吸してノックする。

 

「杠です」

 

「入れ」

 

 中から渋い男性の声がして、1秒おいて扉を開ける。後ろ手では閉めず、一度背中を見せて静かに行う。その後真っ直ぐに背筋を伸ばして、指定の場所まで歩を進めた。向かい側の机では司令が真ん中、左右に合計四人の男性達が座っている。

 

 面接みたい……陽咲の心は益々沈んだ。

 

 頑張って敬礼し、司令の額を見ながら声を荒げる。

 

「第三特殊作戦群、第二……」

 

「陽咲、そういうのいいから座って?」

 

 頑張って覚えて来た自己紹介?をあっさりと止められた陽咲は、暫く何を言われたか分からずに固まった。それに下の名前を呼び捨てだし……司令は確かに自分の血縁だが、こういった場所では公私混同は駄目なのでは……思わず司令、つまり叔母に当たる女性を眺めた。

 

「えっと……」

 

 周囲のオジサマ方も特に反応はない。なら良いのだろうか?

 

 濃い藍色の制服をピチリと着こなした司令、三葉(みつば)花奏(かなで)は何時もの胡散臭い微笑を貼り付けて動かない。美人なのだが、独特の圧迫感を感じる。髪は短いベリーショート、背は低い。子供みたいと馬鹿にした人間は死ぬ程後悔する事になる。花奏と言う名もキラキラネームだと思っていて、下の名前は言わない方がいい。何で花が付いているんだ、カカナデじゃないかと。

 

 陽咲は可愛い名前だと思うのだが、本人がそう言うなら仕方がないのだろう。

 

「……失礼します」

 

 パイプ椅子がギシリと鳴り、机に隠れていても両手は膝の上に綺麗に並べた。油断は出来ない。

 

「この周りに並んでいるオジサマ達は気にしないでいいわ。まあ質問があったら答えてくれたらいいの。狸の信楽焼が並んでると思ってね?」

 

 いやいや、無理だからね? やっぱり三葉叔母さんは油断ならない、反応に困るのだ……陽咲はヒクツク唇を必死に抑える。しかし確かにオジサマ達は動かず、怒ってもない様だった。

 

「逆に怖いし……」

 

「陽咲?」

 

「い、いえ‼︎ 何でもありません!」

 

「そう? じゃあ色々と聞きたい事があるからじゃんじゃん答えてね? 遠慮なくズケズケと話してくれていいから」

 

 だから無理だって……油断して甘く対応したら酷い目に遭うのは経験済みだ。こんなだが伊達に司令におさまっていない。有能で凄まじく強い女性なのだ。陽咲が頭の上がらない人は何人かいるが、三葉はその筆頭で間違いない。

 

「は、はい!」

 

 帰りたい……始まってもないのに、陽咲は思った。

 

 

 

 

 

 

 




第一章は水曜日と土曜日に投稿予定です。

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