傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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 (なぎさ)の目の前に如何にもな高級車が止まった。艶やかな闇色は手入れが行き届いている事を伺わせる。

 

 無音で歩道側の窓が開き、後部座席に座る細身の老人が顔を出した。つい最近会ったばかりだが、随分と馴れ馴れしい爺様だ。渚は辟易としながらも、しかし重要な情報を得る為だと耐えていた。

 

 陽咲と会ったときの服装はそのままに、一見は武器も所持していない。デニムのパンツに暗い色合いのパーカー、三葉達が指摘した通り美しい少女に合わない。しかも、これからPLに潜る訳だが、誰が見ても信じられないだろう。

 

「乗りなさい。目的地までに説明しよう」

 

 返事もせず、渚は遠藤征士郎(えんどうせいしろう)の隣りにお尻を落ち着かせた。

 

 遠藤はチラリと孫扱いしている渚を見て、大恵(おおえ)に合図を送った。緩やかに走り出した車からはエンジン音すら響かない。当然に外の喧騒は車内に届かず、慣れないのか渚が身動ぎするのが分かる。

 

「その格好でPLに?」

 

「そう」

 

 知らなければ鼻で笑うところだが、遠藤は真剣に返す。

 

(いくさ)を生業とする天使に言う事ではないが……大丈夫なのか?」

 

 此処でチラリと横を見た渚は、珍しく感情の見える顔色をした。具体的に言うなら涼やかな目尻に皺が寄ったのだ。

 

「天使はやめて。遊びが過ぎる」

 

 警備軍が付けたコードネームと知り、益々嫌になった様だ。鋭い視線に射抜かれた遠藤は、もちろん構わずニヤリと笑う。

 

「しかし名も知らぬ相手だ。仕方無い、孫娘(まごむすめ)ちゃんと呼ぼう」

 

「……渚」

 

「ん?」

 

「名前」

 

「ほう。渚か」

 

「もういい。態々合流した理由を」

 

「ああ、そうだな」

 

 再び真剣身を帯びた声色となり、渚は耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

「あの後にもう少しだけ集めたが、どうやら新種で間違いない様だ。かなり確度の高い情報だよ」

 

 其処には隠せない慄きがある。遊びの好きな遠藤にも未知なる恐ろしさがあるのだろう。しかし、それも渚の返答に掻き消されてしまう。

 

「それが?」

 

 だから何だと美しい少女は言う。

 

「それが、とは?」

 

「あんな化け物達、生態なんて知らなくて当たり前」

 

 遠藤の顔色に困惑が混じった。

 

「それは、そうだが……」

 

 新種の脅威と過去に起きた被害は誰もが知っている。警備軍や異能者でなくとも、一般の市民ですら例外ではない。既に情報を仕入れたマスコミはこぞって報道しているのだ。何度も起きた災害と言っていい新種との戦いを紐解き、専門家を嘯く輩が騒いでもいる。

 

 最強と謳われ、アイドルと化していた異能者も散っていった。義務教育の課題にも登場するのがレヴリであり、新種だ。その辺を歩く子供を捕まえても、皆が恐れているのは間違いない。

 

 しかし、左隣に座る天使はまるで何も知らないと瞳は揺れたりしなかった。

 

 遠藤は改めて天使、いや渚の異常性を見た。屋敷で撮影した写真、彼女の瞳はレヴリと同様に黒く塗り潰されていたのだ。

 

「……現在判明しているのは、視認性に乏しく水中から襲って来た事くらいだ。人体を溶かす何らかの攻撃を行う。一匹なのか、複数なのか、或いは両方か全て不明。此れが資料だ」

 

 手渡した紙は僅か2枚で、如何に情報が足りないか理解させられた。軍関係者が目にする文書だけに、難解な言い回しや言葉が並んでいる。美しくも幼い容姿の渚だが、まるで意に介さずに流し読みしたようだ。

 

「私が頼んだ警備軍の動向は? レヴリ何てどうでもいい」

 

 本心なのだろう。驕りも、恐怖もない。

 

「今向かっている。臨時の司令所で準備をしている筈だ。キミの言う対象、女性の異能者が含まれた事も確認した」

 

「そう」

 

(あかなし)陽咲(ひさ)か?」

 

「……質問は要らない」

 

「対象者を確定すれば、より提供しやすい。守護する理由や意味も」

 

 渚は無言で、流れる街の景色を眺めた。

 

 それは明らかな拒絶だった。

 

 

 

 

 

 

 

「旦那様、あの先を曲がり真っ直ぐです」

 

「ああ、分かった」

 

 異界汚染地(ポリューションランド)、通称PLに近付いた事で、人影は疎らになった。酔狂な連中か、世捨人、軍関係者やマスコミくらいだろう。街の風景も一変して、人の気配の消えたビルや店舗が目立つ。道路や歩道も所々が割れたり剥がれたりしている。街路樹だったであろう木々は枯れるか、野生に戻った様に乱雑な姿だ。

 

「カテゴリⅤも返上だろう。Ⅲ、いやⅡになるかもしれん」

 

 脅威度の上昇はそのまま生活に関わってくる。最悪は街を放棄する事になるのだ。人の生存圏はそうして削られていった。PLはまだ遠く、それでも見えない恐怖に人は抗えない。静かに佇む少女を除いて。

 

 あの会話以降は終始無言で、渚は街を眺めていた。それを聞き、遠藤に顔を向ける。

 

「時間がある時でいい。PLについての詳しい情報も欲しい。カテゴリ、分布、色々」

 

「いいだろう、帰るまでに用意しておく。必ず連絡してくれ」

 

 無事に帰って欲しいと願いを込めたが、当の本人は理解してないのか無表情に分かったと返した。遠藤の目には僅かな哀しみが見て取れるが、やはり渚は見てもいない。

 

「此処で降ろして」

 

「はい」

 

 大恵は緩やかにブレーキを踏み、人の姿の消えた路地に車を止めた。死んだ建物達が視線を遮り、渚を隠してくれるだろう。

 

「武運を」

 

 コクリと頷き、渚は路地の奥へと消えて行った。

 

「堕ちて来た天使、か。いつか笑顔を見てみたいものだ」

 

「旦那様、余り深入りは……」

 

「何だ、怖いのか」

 

「あの銃を構えた様子や真っ黒な眼を見れば当たり前です。姿形が少女なだけに、尚更」

 

「あの娘は文字通り子供だよ。見えない涙を流し、聞こえない泣き声で耐えている。そう思わないか?」

 

 悪い冗談だと大恵はミラー越しに遠藤を見たが、其処にはいつもの巫山戯た態度も遊びも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

『深入りはやめて下さい。マスターの名前を教える必要は無かった筈です』

 

 カエリースタトスの聴き慣れた音が渚の頭に響いて来た。いや、実際には車内にいた時から煩かった。早く降りろ、会話をやめろ、逃走しろ、場合によっては撃て、と。

 

 機械的合成音に近いカエリーの声は毎度の如く頭痛を促進させる。恒常的睡眠不足は頭痛を呼ぶが、それを重ねて来るのだ。そして、渚の心の中、機微、羞恥心などを全く理解しないので、天使呼びを嫌った渚の心中など察する事は不可能だ。

 

「煩い」

 

 未だ銃形態になっておらず、背中側のベルトに挿したままなので、独り言を呟いた様に感じる。薄いナイフ状のカエリーは見る者には存在すら分からない。だが、汚い路地を歩く渚以外に人影はなく、本人はそもそも気にもしていなかった。

 

『情報の奪取ならば直接会う必要がありません。そのスマホとやらを使えば良いでしょう。ましてや近接戦闘の距離に近づくなど……』

 

「黙って」

 

 グニャグニャと路地を折れ、殺風景な大通りに出る。かなり先だが、ドームの形をした白い構造物が見えた。半球体が幾つか並び、簡単なタープの通路で繋がっている様だ。アレが遠藤から聞いた臨時の司令所で間違いないだろう。流石に、陽咲の姿は視界に無かった。

 

 軍車両、巨大なトラック、一般的な車も停車している。アンテナが車上に載っているのはマスコミだろうか。渚にとって歓迎したい相手ではない。カメラや人の視線を掻い潜るのは可能だが、面倒である事に変わりはないからだ。

 

 グルリと周囲を見渡し、PLへの経路を決める。遠回りになるが、先程の薄暗くて汚い裏路地が適している……普通の女の子ならば頭の片隅にも浮かばない道を選んだが、渚は当然に普通ではない。

 

『マスター、一体どうしてしまったのですか? マーザリグにいた頃とは似ても似つかない。危険も、僅かな可能性すら許さなかった貴女が』

 

「カエリー。口を閉じて」

 

『私に口はありません』

 

 まるで皮肉だが、カエリーは至極真面目に答えたに過ぎない。馬鹿らしくなった渚の方が口を閉じた。

 

『あの女の妹ですか? 感情に左右されては戦闘に支障が出ます。以前のマスターならばその様な愚を犯さなかった』

 

 立ち止まり、ギリリと歯が鳴った。

 

 危険? 感情? 戦闘だと?

 

 マーザリグの奴等が無理矢理に命令していただけだ。出来るなら武器など放り出して戦場に駆け出したかった。魔法を全身に受けて、カエリーの言う感情ごと消え去る事が出来たなら幸福に包まれただろう。

 

 千春(ちはる)と出逢わなければ、此処に生きて立っている事も無かった。もう前に進む理由は"杠陽咲"の存在だけ。あの告白にどんな意味があったのか今も分からない。でも、千春が愛し、千春の面影を残す人をレヴリに殺されるなど許せるはずがない……

 

「カエリー、私は黙れと言った」

 

『それならば』

 

「やあ、嬢ちゃん。久しぶりだな」

 

 視線を上げると、以前出会った薄汚い男達がいた。遠藤征士郎の蒔いた似顔絵を元に渚を連れて行こうとした奴等だ。他にも数人、仲間を連れて来たのだろう。それが理由か隠れもせず堂々と立っている。普段の渚ならば接近すら許さない。

 

 だが、カエリーとのくだらない会話が邪魔をしたのだろう。まさに感情に左右されたのだ。

 

「嬢ちゃんの情報を流したのに、金が手に入らなくてな。タダ働きなんて酷いと思わないか? そんな時、可愛らしい女の子が目に入った。オマケにあの真っ黒な銃も持たず、こんな襲って下さいと言わんばかりの場所に居る。幼い顔して誘ってるのか? おじさん達に任せてくれたら、気持ちよくしてやるよ。くくく……」

 

 余裕の現れか、ベラベラと喋る。茶色に染まった歯は何本も抜けていて、見えた爪は真っ黒だ。手入れの甘いナイフまでチラつかせて悦に浸っている。

 

「……馬鹿な奴ら」

 

 ボソリと呟いた声に珍しい感情が篭っていた。

 

「あん? 何だって? 怖くて声まで小さくなっちまったか、ははは!」

 

 相棒の魔工銃が言った通り感情に左右されている。渚は自覚して、それに身を任せた。マーザリグも、この世界も含め最も愛する(ひと)をカエリーは再び言葉にしたのだ。

 

 そう、此れは怒りだ。

 

歪め(ディストー)

 

 気付けば、伸ばした白くて小さな手に真っ黒なハンドガンがあった。まるで血管の様に緑色した線が這い、そして明滅している。

 

 

 

 銃声すら聞こえない。

 

 そして、薄汚い男達の聞くに耐えない悲鳴。

 

 一人歩み去る渚の姿だけが、影を作った。

 

 

 

 

 

 

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