傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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群れ蠢くもの

 

 

 

 土谷(つちや)発火能力(パイロキネシス)が届くギリギリまで距離を取った。

 

 暫く探したが他の個体が見つからないのだ。しかし、だからこそ三葉(みつば)は警戒した。勘が働いたのもあるが、そもそもが不自然だからだ。たった一匹、しかも警戒すらしていない。一心に()()を続けている。

 

 土谷曰く、"スライム"が此方に気付いた様子は無い。奇襲を仕掛ければ駆除出来る可能性は高いだろう。

 

「誘い込む罠か? 油断を誘って」

 

 だが……目を皿にしても他の個体はいない。変わらず佇むモール跡地と駐車場だったもの、泥水の水面は風に波打っているだけだ。

 

「あと少し下がりましょう。その上で一度狙撃を。動きがあるかもしれません。駄目なら……最悪は焼き尽くします」

 

「分かっている。だが、何か違和感を感じるんだ」

 

 そう返した三葉だったが、実際に出来る事は少ない。PLで安全だと言い切れる手段などそもそも無いのだから。

 

「司令は陽咲(ひさ)ちゃんのところまで後退を。対象が見えた以上接近する理由は無い筈です」

 

「……やるしかないか」

 

 一瞬だけ土谷を見てコクリと肯定した。そして三葉は音を立てない様に後退して行く。とは言え、僅か20m程度の距離だから、直ぐに陽咲の近くに到着した。先程から心配そうな素振りを隠さなかった姪が、矢張り隠さず安堵の溜息をつく。

 

「叔母さ……三葉司令」

 

「ああ、とりあえず仕掛けてみる。万が一に備えて念動(サイコキネシス)の発動準備を。最悪はそこら中の瓦礫を纏めて壁にするんだ。何としても時間を稼ぐ必要があるからな」

 

「分かりました」

 

 昨日の涙の跡は当然無いが、千春(ちはる)に起きた事実は今も心を苛んでいる筈だ。しかし陽咲は強い意志を激らせ、同時に仲間を守ると決意している。更に強くなった可愛い姪を眩しく見た後、狙撃のタイミングを指示した。

 

「土谷の合図で狙撃しろ。一発だけだ」

 

「はっ。狙いは?」

 

 既に膝を落とし、長い銃身を支えた隊員が問う。三葉はフムと顎に指を当て"スライム"を見た。ウゾウゾと蠢く粘液の塊は変わらず食事中。子鹿はもう残り少ない。

 

「貴様の勘に任せる。殺せなくてもいい」

 

 大した距離では無い。

 

 積み重なった車輌達の上に登って狙撃銃を構えると、土谷の合図を待った。サイレンサーは既に装着済みだ。土谷達も距離を取り終え、射線上からも避けている。そして軽く振り返り頷いた。

 

「やれ」

 

「はっ」

 

 狙撃手からすれば大して離れていない。ましてや相手のどの箇所に命中してもよいのだ。軽く息を吐いて止める。そして優しくトリガーを引き絞った。肩などに反動が来て弾丸は真っ直ぐに進む。

 

 注視していた全員、三葉や陽咲、土谷も息を呑んだ。

 

「予想通り、か」

 

 誰が呟いたか、其れは全員の代弁だったのだろう。

 

 スライムの身体、半透明の体表に穴が空いたと思うと、そのまま抵抗も無く向こう側に抜ける。土埃が上がった事からも間違いないだろう。肝心のレヴリはほんの少しだけブルリと揺れて動き、そして食事を止めた。だがフルフルと震えた後、まるで何も無かったかの様に再び子鹿を溶かし始めたのだ。

 

「全く効いてないな……」

 

「狙撃銃では貫通力が強過ぎなのでしょう。強度は低い様ですから、やりようはあります。それこそ手榴弾一発で」

 

「……奴一匹ならば、な。殺しきれなければ姿を見失うかもしれん。まだ近距離からショットガンで仕留める方がマシだ」

 

「確かに。しかし予想より遥かに簡単です。奴等をどう見付けるかが重要なポイントとなるでしょう」

 

 脚で踏み潰す事すら可能に思える、其れ程の柔らかさだ。カテゴリⅢを超える懸念があったが、全員が安堵の溜息を吐いた。

 

 とりあえず近付いて駆除するかと土谷は三葉がいる背後に振り返った。だが、喜んでいる筈の第三師団司令は変わらず緊張したままだ。そして更に、何人かの隊員に指示を出し始める。どうやら一斉射を行う様だが、結果は明らかだろう。バラバラになるか、風船の様に弾けてしまう筈。

 

 指示を終えると、三葉は再び土谷の居るところまで歩いて来た。

 

「司令?」

 

「万が一仕留め損ねたら、私の指示であの周辺を焼き尽くせ。集中しろ」

 

「はい。しかし、何故? マーキングはどうしますか?」

 

 ほんの数秒、三葉は沈黙する。そして土谷を見ないまま独り言の様に呟いた。

 

「先ず、()()()()()()()()確認したい。マーキングは次だ」

 

「分かりました」

 

 念押しだろうが土谷の緊張は再び高まっていった。司令は変わらず緊張し、警戒を怠らない。つまり、まだ単純な答えが出たわけでは無いと言う事だ。周囲の皆にも伝わり、僅かに弛緩していた空気は張り詰めていく。

 

 其れを確認すると、片腕を上げ振り下ろした。

 

 晴れ渡った空の下、くぐもった銃声が鳴り響く。三秒近い時間、其れは続いた。そして、中隊の皆、全員が理解する事になる。三葉司令の懸念を。

 

「馬鹿な……」

「何だよ、アレ」

「くそっ……」

 

 絶句した者も多い。

 

「なんて事だ……」

 

 スライムに予想通り沢山の穴が空いた。端の方は子鹿ごと弾けて身体が千切れる。最初見えていた形は失われ、そのうち震えも止まった様だった。駆除が済んだと考えた瞬間、一番大きく残ったスライムの断片が蠢き、周辺に飛び散った破片がズリズリと集まり始める。瞬きを何度か行った頃には、一匹のレヴリへと戻ってしまったのだ。幸いと言っていいのか、明らかに体積は減少している。完全に復活は出来ないのだろう。

 

 先程誰かが手榴弾一発でと言葉にしたが、其れすらも完全とは言い難い。其れ程の衝撃だった。

 

「再生、か……」

 

 その呟きは全員の不安を表している。三葉は先程"確実に殺せるか確認したい"そう言ったのだ。

 

 餌を奪われて憤慨したのか、あちこちに手?を伸ばし始めた様だ。索敵か、暴れているのか。

 

「我等が見えてない? 距離の問題か、別の理由でしょうか?」

 

「分からん。少し距離を取るか」

 

 約15m程度離れて、三葉の指示が土谷に届いた。

 

「よし、焼き尽くせ。これだけ煩くしても他の個体が現れないならば構わないだろう」

 

「はっ」

 

 これだけの距離がありながら、土谷はあっさりと異能を行使する。それを眺めていた陽咲は驚いて両手を口に当てた様だ。間をおかず、スライムが蠢く場所ごと炎が立ち上がった。風に揺れるが消えたりはせず、真っ赤な焔は暫く燃焼を続ける。そして其れが消えると、残ったのは焼け焦げた地面だけだった。暫く様子を見たが、再生はしない。つまり、駆除完了だ。

 

「土谷、どうだ?」

 

「……正直に言うと、かなり厄介です。三葉司令の懸念も、カテゴリⅡを超える可能性にも納得しました。先程の()()からですが、焼き尽くすまで数秒を要します。銃弾の効果も薄く、火炎も最適とは言えません。もし大量に現れたら……」

 

「ああ」

 

 最悪だ、その言葉を飲み込んだ土谷。それを理解した三葉は次の命令を発した。

 

「よし、全員奴等の危険性を理解したな? 当初の予定通り、作戦を続行するぞ。倒す事より発見と撤退を主とする。私がマーキングを終えたら即座にPLから出る。モール跡を東側から迂回し周囲を捜索しろ」

 

「「「はっ」」」

 

 

 そして、中隊が纏まりモール跡へと近づいた時だった。

 

 

 先頭を警戒しながら進む隊員の背嚢袋の底が突然破れ、中身がバサバサと落ちたのだ。かなりの音が響き、全員の足が止まる。非難の視線が彼を射抜くが、後方から眺めていた三葉の反応は違った。まるで透明のナイフが底を切り裂いた様に、右から左へとスパリと開いたのを目撃したからだ。

 

 その動揺が消え去る前に、次の異変が隊を襲った。

 

 進行方向に散らばる石やアスファルトの残骸が弾け飛ぶ。其れは等間隔で、小さな爆発が起きたと錯覚する。

 

「狙撃されているぞ! 警戒!」

 

 中隊長が即座に気付き、小さくとも良く通る声を発した。

 

「三葉司令! 退避を!」

 

 だが三葉は伏せる事も、遮蔽物に隠れる事もせずに背後を振り返った。そして動かない。

 

「司令! 何をして……」

 

「渚か? しかし何故?」

 

 そう呟きながら、異変が起きた場所を再び観察する。砕けた石やアスファルトの先には泥に汚れた例の水溜りがあるだけ……

 

「……まさか……全員後退しろ‼︎ 急げ!」

 

 意味不明な命令だったが、訓練された部隊は忠実に行動を開始する。進行方向だったモール跡に警戒しながら、しかし中隊規模では限界があった。

 

「分からんのか‼︎ 罠だ‼︎ あの水溜りを……」

 

 続く三葉の叫び声で、皆が遅まきながら気付いた。

 

「あの中で待ち伏せか?」

 

「違う……」

「あれが……」

「嘘だろ……」

 

「あの水溜り全部が、いや……アレは水溜りなんかじゃない‼︎ 全てが大量のスライムなんだ! 撤退を急げ!」

 

 泥水に見えていた液体がウゾウゾと蠢き、弾ける様に隊員達に飛び掛かった。対処の間に合わなかった何人もがスライムに包まれ、聞こえない悲鳴を上げる。口や鼻も粘液に包まれては発声など不可能だろう。

 

 世界は一瞬で地獄と化し、人体が融解する耐えられない悪臭が漂い始める。先程の子鹿とは比較にならない速度で溶けていくのだ。

 

「撃て撃てえーー‼︎」

「高橋! 今行く、待ってろ‼︎」

「もう助からん! 下がれ‼︎」

「ほ、炎を撒け! 時間を稼ぐんだ‼︎」

 

 鍛え上げた軍人であろうとも、混乱は避けられなかった。余りに突然で、しかも経験したことのない戦闘だからだ。

 

「陽咲! 前方の地面を陥没させろ!」

「でも、みんなが‼︎」

「私の責任だ! やれ!」

 

 一瞬だけ逡巡した陽咲だったが、即座に命令を実行した。ミシミシと鳴き始めた地面に幾筋ものヒビが入り、その後破裂音ごと崩落する。スライムに巻き付かれた仲間達ごと下に落ちていった。

 

「続いて壁を立てろ! 隆起でも瓦礫を集めてもいい‼︎ 土谷! 分かるな! 五分だ、時間を作れ! あの奥の奴だ!」

 

「はっ!」

 

 三葉の視線の先、其処に全く動かない一際大きなスライムが居た。冠を被ってもいないし玉座もない。しかし分かるのだ、アレこそがターゲットだと。間違いなく群れのリーダーだった。

 

「後方! 各隊離脱しろ!」

 

 各個の撤退を許可して、三葉は集中する。マーキングを終えるその時まで、残った部下達ならば耐えてくれると確信していたからだ。

 

 僅か五分、決死の戦いが始まった。

 

 

 

 

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