傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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夢の続き

 

 

 千春との思い出に身を任せていた時、ふと闇夜でさえ消えない漆黒の物体が視界に入った。

 

 ベッド代わりにしていたフェイクレザーのソファ。横たわる渚の側に置いてあるのだ。勝手に触ったりしたら怒られちゃう……そう自制するも目が離せなくなっていく。

 

 三葉に見せられたイラストや最初の出会いでも目にした。しかし、ここまで近く、しかもじっくりと確認するのは初めてだ。

 

「やっぱり変わった銃だな……弾って何処にあるんだろ? それにあの緑色した線が消えてる」

 

 渚の眠りを邪魔しない様に随分と小声だ。しかし目線は外れない。

 

 陽咲の言う通り、弾倉が全く見えないのだ。いや特殊な形状であれば分からないが……どちらにしても、あの凄まじい威力の狙撃はどの様に行われているのか。しかも連射すら可能なのだから理屈が通らない。

 

「まるで()()みたい。本当に氷の国から逃げて来たお姫様だったりして」

 

 無意識で手が伸びる。勿論盗む気などないし、感触を確かめたかったのだ。しかし罪悪感が溢れて緊張してしまう。

 

「……や、めて」

 

 か細い声が聞こえた。

 

「ご、ごめん! 盗る気なんて無い……」

 

 慌てて下を見るが、渚は変わらず眠っていた。身動ぎしながら目尻に皺が寄っている。

 

「吃驚した……寝言かぁ」

 

 結局罪悪感が勝り、元の姿勢に帰る。渚の声が続いて聞こえて来た。

 

「……お願い、や、やめ」

「もうイヤ……だ」

「無理……助け……」

 

 悪夢だ。

 

 見たくも無い夢に魘されている。

 

「もう……」

 

 そして渚は歯を食いしばり、何かを遠ざける様に両手を動かした。

 

 

「……殺して。早く……私を……」

 

 

 陽咲の胸の奥がドキリと鳴った。そして締め付けられる。手を握って大丈夫だよと伝えたい。でも触れたら悪夢への誘い(いざない)を助けてしまうかも……そう考えて動けなかった。

 

 そして、聴き慣れた、何度も焦がれた名を呟く。

 

千春(ちはる)、許し、て……」

 

「ごめ、んなさい」

 

「ごめ……」

 

 閉じた瞳から涙が一雫だけ落ちる。もう耐えられなかった。

 

「渚ちゃん。起きて」

 

 優しく体を揺らした。せめて一度目覚めて、再び眠りにつけばいい。悪夢なんて消え去れと陽咲は強く願う。

 

「誰も責めたりなんてしないよ。きっと千春お姉ちゃんだって」

 

 千春……その名前が届いたのだろう、瞼がゆっくりと開いた。

 

 閉じ込めていた瞳の光と一緒に、涙がポロポロと流れ落ちていく。焦点が合わないのか、渚は動かない。

 

「渚ちゃん」

 

 陽咲の声、直ぐそばにある人の気配、手の中に存在しないカエリースタトス。それを理解した渚は一気に上半身を起こし、ズリズリと離れた。ソファのギリギリまで身体を避けると、慌てた様に自分の衣服を確認する。そして警戒感を増した視線が捉えたとき、それを知った陽咲は酷く哀しくなってしまう。

 

「……大丈夫、何もしてないよ。()()()()()()魘されてたから起こしたの。それと渚ちゃんの銃なら其処に」

 

 内心の悲哀を頑張って隠しながら、黒い銃を指差した。

 

 無言のままにカエリースタトスを抱き寄せる渚。やはり動けなくなった陽咲。軽く周囲を確認すると、ようやく言葉を唇に乗せた。

 

「……お願い。私に触れないで」

 

「分かった」

 

 陽咲の目にも涙が滲む。その拒絶と心の傷が見えた気がしたから……

 

「看病してくれたのは感謝してる」

 

「うん、分かってるよ」

 

 そして、陽咲は三度(みたび)決意した。

 

 自身が恋してしまった儚き少女。いつか絶望の底から助け出してみせると。

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「体調はどう? 抗生物質ならあるけど」

 

 陽咲の声を聞きながら、渚は周囲の状況を確認している。場所、逃走経路、レヴリや他の者の気配。かなり暗いが全てを明確に捉える異能には関係ない。

 

 危険性は少ないと判断したのか、漸く陽咲に視線を合わせた。

 

「……大丈夫」

 

「でもまだ熱もあるみたいだし、顔色だって悪いよ」

 

「私が眠ってどれくらい時間が経った?」

 

 不安や気遣いすら無視して問う。会話のチグハグは以前からあったが、今は理由が何となく理解出来る様になってしまった。其れが嬉しい訳ではないと、陽咲は心の中で呟くくらいしか出来ない。

 

「二時間くらいかな。とにかく今は休んで……」

 

「移動しよう。もう一人の男は?」

 

「さっき周りの確認に行ったから直ぐ戻るけど、移動は止めない?」

 

「レヴリの行動が読めない。護り切れるか確証がないから」

 

 それを聞くと、やはり普通の状態ではないと陽咲は確信する。渚が"護る"とはっきり口にしたからだ。行動から明らかな事であっても、自身の心内(こころうち)を明かすなど彼女らしくない。残念ながら事実だ。

 

 何としても休ませようと頭を捻る。

 

「情け無いけど、すごく疲れてて……其れに夜間の行軍訓練を受けてないの。渚ちゃんは大丈夫だと思うけど、私は自信がない。其れに雨だって降ってるんだよ?」

 

 嘘だ。

 

 夜間訓練など国家警備軍ならば当たり前だし、疲労などの負荷を掛けた状態で数々の模擬戦闘すら経験がある。だが、陽咲や三葉が想像する通りならば、返答は決まっているのだ。

 

「そう……分かった。夜明けと同時に此処を出るから」

 

「うん、ごめん」

 

 やっぱり優しいと内心で頷く。

 

「直ぐ謝るのよくないと思う。誰も悪くない」

 

 まるで千春お姉ちゃんみたいと、陽咲の顔に笑みが浮かぶ。それを見た渚は怪訝な表情に変わったりもした。

 

「ふふ、そうだね。ね、体調は大丈夫だって言ったけど何か心当たりはある? ほら、風邪とか持病とかあるじゃない?」

 

 精神的なものとは指摘出来ないが、どうしても心配なのだ。顔色は気を失う前より良いが、元々健康的な空気はない。

 

「色々重なっただけ。大丈夫」

 

「そっか。水は飲めるかな? 水分は摂っておかないと」

 

 差し出した水筒をチラリと見ると、渚は素直に受け取った。たかが水だけど、何かを渡せたと陽咲は嬉しくなる。少しずつ、少しずつでいい。いつか抱き締めて優しく包むのだ。

 

「聞かないの?」

 

「ん?」

 

「さっきの戦闘や、何故付け回すのかとか。千春の事、私が憎いはず」

 

「沢山聞きたいよ。でもそれは、渚ちゃんが話したい時でいい。千春お姉ちゃんがよく言ってたの……相談相手になりたいなら、自分がそれだけの人にならないとって。相談してって願うのは傲慢かもしれないから」

 

 俯く渚の頭を撫でたくなったが、陽咲は必死に我慢する。

 

「それと……」

 

「それと?」

 

「不思議なんだけど、渚ちゃんのこと憎めない。私の中で違うって叫んでるから……だから今は考えないようにしてる。そうだ、一つだけ聞かせて」

 

「……うん」

 

「千春お姉ちゃんが好き? 私はずっと昔から大好き」

 

「私は……」

 

「それだけ聞かせてくれたら、私は大丈夫だよ」

 

「……心から、千春だけが私の全部」

 

「そっか……」

 

 嬉しいはずなのに、少しだけ胸が痛い。

 

 きっとヤキモチだ。渚ちゃんを捉えて離さないお姉ちゃんも、そんなお姉ちゃんを好きになった渚ちゃんにも。私に出来るのだろうか、目の前の少女を救うことが……陽咲は見えない様に拳を握り、そんな風に思ってしまう。

 

「陽咲、あの……」

 

 ドキドキする。氷の様に綺麗で冷静だった渚の雰囲気が変わったからだ。

 

 何やら控えめで、不安そうな、気弱な少女に見える。自分より遥かに強くて経験だって叶わない狙撃手が、まるで救いを求める様に此方を見た。

 

 可愛いーーー

 

 決して口にしないが、内心では大騒ぎだ。

 

 恋した少女が、儚げな空気を纏う。

 

 だから必死に落ち着いた大人として振る舞った。それが正しいと直感が言っている。

 

「大丈夫、心配事があるなら言ってみて」

 

「……せ、せい」

 

「ん?」

 

「えっと……生理、の」

 

「整理?」

 

「何も持ってなくて……」

 

 一瞬クエスチョンマークが頭を舞ったが、直ぐに気付いて小声で返す。心無しか顔も近づけて。

 

「もしかして忘れた? 持って来るの」

 

「……そ、そう。ううん、そうじゃなくて、は、初めて、で」

 

「……そ、そっか」

 

 正直酷く狼狽した。

 

 だが同時に納得もする。痩せ細った身体を見れば栄養は足りず、まともな生活だって送ってきた訳がない。かなり遅いと感じるが、個人差もあるだろう。

 

 どちらにしても、余り細かく聞かない方がよい。誰だって不安だろうし、そういった事を教えて貰ってないかもしれないのだ。

 

「じゃあ下着も?」

 

 もう目を合わさず、下を向いたままコクリと頷く。そんな渚を見て、陽咲は姉の様な心持ちに変わった。

 

「ちょっと待ってて」

 

 そう言うと自身の背嚢の紐を緩め、同時に先輩である土谷の気配も探る。まさかこんな場面に出くわせる訳にいかないし、土谷も困るだろう。

 

「良かった……」

 

 気弱で心配性を自認する陽咲は、幾つかの物資を忍ばせていた。実際には事前の対策により使った事などないが、過去の自分を褒めてあげる。安物だが新品の下着、そして渚が求める物も。

 

 振り返ると未だ俯く渚がいた。もはや母性愛に近い感情が胸に込み上げ、ゆっくりと歩み寄る。

 

「新品の下着と、コレ。使って」

 

「……ありがとう」

 

「あとベビー用のお尻拭きも。肌に優しいからよく使ってるの。色々と便利なんだよ?」

 

 複雑な心境が手にとるように分かる。それ程の感情を表に出す渚は酷く珍しい。

 

「あっちなら見えないし、さっきの男の人が間違って行かないように見張ってるから安心して」

 

 多分社長室とかなのだろう個室を指差して優しく伝えた。まだ何とか原形を留めているし、死角もある。

 

 だが、肝心の渚が未だに動かない。

 

「渚ちゃん?」

 

 俯く顔を上げ、重い口を開いた。

 

「使い方が分からない」

 

「……えっと」

 

 まさか使用方法まで知らないとは、流石の陽咲も面食らってしまう。普通ならば何らかの方法で知る事になるし、家によっては家族などから教わるはずだからだ。

 

 同時に、そんな存在すら身近に無かった少女を知って、陽咲の心は大きく揺れ動いた。

 

「貸してみて。教えて上げる」

 

 努めて冷静に、そして優しく言葉にする。

 

 不思議なことだが、陽咲の渚への恋慕は益々強くなっていった。

 

 

 

 

 

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