傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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誓いの枷

 

 

 

 

 

「そろそろ出発しよう」

 

 薄っすらと陽の光が世界を照らし始めたとき、(なぎさ)は二人に声を掛けた。

 

 体調は変わらず酷いが、(あかなし)陽咲(ひさ)が差し出してくれた生理用品や下着のおかげで、昨日よりはマシだと思っている。

 

 土谷(つちや)天馬(てんま)とは朝の挨拶をした程度で殆ど会話していない。距離を取っているのは理解していたし、渚としても有難い事だから言及などしなかった。

 

「渚ちゃん、私達は……」

 

「ついて来てくれたらいい。レヴリは私が見つけて避けるし、今のところ危険はないから」

 

「……そう」

 

「済まない。一つだけ聞かせて欲しい事がある」

 

 土谷の投げ掛けにコクリと頷いて次を促した。渚には質問の内容も想像がつくし、本当は昨夜にも聞きたかったのだろう。

 

「あの新種。俺達はスライムと呼んでいるけど……どうやって殺しているのか教えて欲しい。今後の戦闘に役立てたいんだ」

 

 ほんの少しだけ沈黙すると、渚はポツリポツリと答えを返した。

 

「身体の中に核らしきモノがある。その中央を撃ち抜けば死ぬ」

 

「核?」

 

「そう」

 

 土谷も陽咲も困惑するしかない。間近で何度も視認したし、最初の一匹に至っては向こう側すら透けて見えたのだ。逆に、昨日の戦闘時では泥水の様に澱んでいて、内部など全く確認出来なかった。核など見当たらなかったと断言出来る。ましてや千里眼(クレヤボヤンス)三葉(みつば)花奏(かなで)すらも気付かなかったのだ。

 

「……あれだけ銃撃すれば、偶然に当たりそうな気がするけど」

 

 陽咲の疑問は当然だろう。

 

「さっき言った通り、核の中央を抜く必要がある。掠った程度だと意味がない。それに奴等も自身の弱点を理解して動いているから」

 

 思わず唾を飲み込む土谷だったが、警備軍の誰が聞いても似た反応をするしかないだろう。陽咲に至っては理解を放棄しているように見える。

 

「……どうやって核を、弱点を理解したんだ? あのレヴリは間違いなく新種で、世界を見渡しても初めて発見された存在なんだぞ? キミはスライムを知っていたのか? その黒い銃、何故そこまで簡単にレヴリを殺せる?」

 

 踏み込むつもりなど無かったが、我慢が出来なかった。事前に知っていたならあれ程の戦死者を出す事も無かったし、渚への不信感が迫り上がって来る。

 

「答えても理解出来ない。其れに、言う必要もない」

 

 いつもの拒否感が渚から漏れ伝わる。陽咲に対する様な僅かな優しさもないため、酷く冷たい印象を残した。土谷は渚の心の傷を知っているつもりだったが、それでも耐える事が難しい。その氷を思わせる瞳を睨み付けて、思わず声を荒げてしまった。

 

「何を……! あれだけの人間が死んだんだぞ! キミは平気なのか⁉︎」

 

「土谷さん! 止めて下さい!」

 

 怒りを向ける土谷の前に回り込み、陽咲は頑張って引き留める。彼の想いを理解するが、仲間を殺したのは渚では無いのだから。

 

「……話は終わり。行こう」

 

 クルリと小さな体を翻し、渚は歩き出す。

 

 その背中を見た時、悲しそうだと、泣いているみたいだと、陽咲は思った。

 

 

 

 

 

 

 感情が揺れ動く。

 

 コントロール出来ない。

 

 昨晩の事だ。護ると誓った千春の妹、(あかなし)陽咲(ひさ)と少しだけ語り合った。姉の仇である筈の自分を憎んでいない、それどころか体調ですら気遣う。

 

 第三師団の司令、三葉花奏が陽咲の叔母に当たる人、つまり千春の血縁者だと知った。警備軍がスライムと呼称するレヴリとの戦闘時に、危機を救う形になったのは幸いと言える。あの時は其処まで深く考えていた訳じゃないからだ。

 

 出来るだけの事をしようと思ったし、陽咲の柔らかい笑顔が心の奥底に温かさすら与えた。

 

 同時に相反する感情を覚える。

 

 イラつき、悲嘆、千春を犠牲にする意味などあったのか分からないこの身体。今からでも皮を剥ぎ、焼き尽くす炎に放り投げたくなる。それこそあのスライムに捧げれば、この世界から消し去ってくれるだろう。

 

 PLに潜る前、黒い高級車の中で遠藤(えんどう)征士郎(せいしろう)は言った。「武運を」「無事に帰ったら」と。あの言葉に不安や心配が含まれているのを理解していたのに、結局応えることもしなかった。あの浮浪者どもだって、対処の方法は幾らでもあっただろう。

 

 そして今、歩み行く小さな身体に埋もれる心が波打つのだ。

 

 土谷から指摘された事……人の死に何も感じないのか、と。

 

 感じない。

 

 もうずっと前、マーザリグ帝国の言うがままに戦う日々の中で消え去った感情だ。醜悪な人の欲望と心、極限の世界で喜怒哀楽などに意味があるとでも? 全てが戦闘の邪魔にしかならない。人など一皮剥けば同じ肉の塊……そうやって渚は土谷の言葉を否定する。気付けば必死になって怒りを抑えていた。

 

 分かっている。愛する人を喪った自分の感情、其処には矛盾しかないと。

 

 いま歩むのが千春だったら……陽咲に笑顔が咲き、土谷はただ感嘆しただろう。そして世界は救済される。

 

「……くそっ」

 

 聞こえない様に、渚は唾棄するしかない。

 

『マスター、落ち着いて下さい。冷静な判断が戦場では必要なのですから』

 

 アト粒子接続を行なっていたカエリーが、陽咲達に聞こえない声を渚に届けてきた。

 

 ーー煩い

 

『どうしたのですか? 貴女は冷徹なる戦士。その様に鍛えられ、変化を強いられた異人。マーザリグでは、非力な戦闘力をその精神で補って来たのです。このままでは支障が……』

 

 ーーカエリー、お願いだから黙って

 

 渚は珍しい懇願を返す。カエリーは静かになったが、同時に自身の主人が普段の力を出せないと判断した。システマチックに思考するカエリーでは、渚の嘆きも揺れ動く感情も理解出来ないのに。

 

 一人先導する渚、追従する二人。ずっと無言のまま、ただ脚を動かす。そして午後に差し掛かろうとした時、一気に視界が開けた。

 

 登坂していた先、登り切った事でかなり遠方まで見える。恐らく点在する小山だったのだろう、滅んでしまった街並みが一望出来る場所だ。高い建物が少なくなった事も其れを助けてくれていた。

 

「ここで待ってて」

 

 陽咲を軽く一瞥し、渚は真横に倒れたバスに片手を掛けた。そして軽やかに上に上がると進行方向を観察する。異能を使い、レヴリや他の危険を見逃さないようにと。一筋の傷すらも負わせない為だけに……

 

 心配そうに、どこか哀しげに見守る陽咲に気付いたが、反応は出来なかった。

 

『マスター、後方を』

 

 ーーアレは……

 

『貴女なら見えるでしょう。此方を追跡しているのでは?』

 

 ーー多分。

 

『速度から考えて、逃走は困難かと思われます。手を打ちませんと』

 

 ーーどうやって此方を捕捉してるか、それによる。

 

『視野は狭いと想定出来ます。痕跡を追うだけの知能も、技術も無いでしょう。マスター並みの力が有れば別ですが』

 

 ーーやっぱり、魔力?

 

『はい。鼻の効く連中ですね』

 

 鼻の効く……その言葉を聞いた渚にもう一つ思い当たる事があった。五感のうち、視界が閉ざされたならば触感や聴覚が発達する。そして嗅覚なども。

 

 ーー血、か。

 

『なるほど、興味深い考察です。昨晩の休息地を嗅ぎ付けたならば捕捉も容易でしょう』

 

 陽咲に教えられながら昨晩処置した。汚れた下着や当て布にしたパーカーの切れ端、其れらは渚にとって忌避する存在だったから、そのまま捨て置いたのだ。工場跡地で其れ等を見つけ追って来る。

 

 ーーどちらでも同じ。奴等は私を追跡してる。

 

 マーザリグ帝国で異能を得た渚とカエリースタトス、そしてレヴリしか宿していないのが[魔力]だ。この日本に存在するのは全く別種の異能で、陽咲達から僅かたりとも感じない。そして、血臭を振り撒いているのはやはり渚だけだろう。

 

 スライム……あの粘体のレヴリが此方を目指していた。

 

『しかし此れは良い機会ですね。奴等が向かう場所が明らかならば、マスターにとって容易な相手。殺す事も簡単です』

 

 ーー弾数が足りない。

 

 スライムどもは五十匹以上いるのだ。一際大きな奴を中心に展開している。まるで警備軍の様に組織だった行軍に見えた。今も殺せるが半分に減ったところでガス欠になる。一撃で複数を同時に倒すならば、近距離まで誘い込む必要があるだろう。

 

『それは一人の場合です。幸い()()()()も兵士がいる。両者とも特異な能力を持ち、ましてや其れが目的の存在なのですから』

 

 つまり、陽咲達を前線に立たせて狙撃すれば良いと言っている。或いは囮にだって出来るだろう。

 

『マーザリグ帝国の者達には敵いませんが、あの程度の相手ならば勝てるでしょう』

 

 勝てる……カエリーの言う勝利とは、あくまでも渚の生存だ。存在そのものが主人の為だけに有るのだから。つまり残り二人の事など使い捨ての駒でしかない。それを何処までも理解する渚に、答えなど決まっているのに……

 

 ーーねえ。

 

『何でしょう?』

 

 ーー私の目的は理解してるはずなのに、何故そんな事を?

 

『意味が理解出来ません。正しい質問を』

 

 ーー陽咲を護るのが私の目的。その対象者を前に出すなんて矛盾してると考えないの?

 

『対象者があの女ならば、マスターは判断を狂わせるでしょう。しかし杠陽咲は千春ではありません。ましてや、死亡する確率は半分程度でしょう。其れは杠陽咲の兵士としての限界です』

 

 ーーそう、分かった。

 

 やはり何も理解していない。人の想いも、渚の覚悟も。

 

 陽咲は千春の現し身(うつしみ)だ。同時に、自らの生命など重要では無い。

 

 そして、今の渚には冷静な判断など出来ないのだ。

 

 波打つ心、コントロールを失った感情、怒りが全てを塗り潰していく。

 

 陽咲に、そして千春に誓った。

 

 必ず護る、と。

 

 その誓いは枷となり、渚を強く縛り付ける。

 

 陽咲から向けられる恋心も、千春から与えられた慈愛も、全てを振り切ってレヴリを睨み付けた。

 

 それは、美しき献身?

 

 それとも、儚き自己犠牲?

 

 違う。

 

 もし千春が居たら、強く叱り付け抱き締めただろう。

 

 陽咲は涙を流して両手で顔を覆う筈だ。

 

 なのに……渚は最悪の答えを導き出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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