傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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第五章です


第五章
討議


 

 

 

 

 

 

 ピッピッと規則正しい電子音がHCU、つまり高度治療室に響いている。

 

 第三師団内に存在する軍病院だ。レヴリとの戦いは数十年を数え、軍指揮下の医療態勢は国内最高峰と言っていい。喜ばしい事ではないが、日々重篤の兵士が送られて来るのだ。医師を始め、看護師や薬剤師、セラピスト、時には臨床工学技士までも配置され、その医療経験は他の追随を許さない。

 

 真っ白な部屋、人工呼吸器、心電図、他にも何に使うか分からない機械が並んでいる。

 

 しかし(あかなし)陽咲(ひさ)の視線はそんな物に向かっていない。ただ一点、ベッドに眠る少女だけを見詰めていた。

 

 透明の強化ガラス越し、すぐ近くなのに手も声も届かない。

 

(なぎさ)ちゃん……」

 

 酸素マスクが渚の美貌を隠している。細い腕には点滴が挿さり、他にも沢山の医療機器に繋がれていた。

 

 右腕と頭部には包帯、病衣(びょうい)に隠された小振りな胸が上下に揺れて、渚が生きていると教えてくれる。そして両手両足が皮ベルトで固定されていて、陽咲の胸は締め付けられた。女の子に行うのは余りに酷い行いだが、どれだけ抗議しても聞き入れて貰えないのだ。危険性は無いと証明されるまで、と。

 

 眠っているのは幸いと言えるのかもしれない。逃げ出さない様に縛り付けられていると知ったら、誰でも恐怖するだろう。

 

 あの日から既に四日。

 

 未だ渚の意識は戻らない。ただ眠っているだけだ。いや、強制的に眠らせている。強い薬があの点滴から注がれているのだろう。

 

「やっぱり此処にいたのね」

 

 振り返ると、背の低い方の陽咲より更に小さな女性が入って来たようだ。声で分かっていたから陽咲も驚いたりしていない。

 

三葉(みつば)叔母さん」

 

「命に別状は無いのよ? 気持ちは分かるけど毎日来てもしょうがないでしょうに」

 

「……うん」

 

「そろそろ時間だけど……やめておく?」

 

「ううん。ちゃんと知りたいの、渚ちゃんのこと」

 

 

 

 

 四日前、あの丘に駆け付けた陽咲は必死で渚を探した。

 

 周囲には気色悪いネットリした粘液の水溜りが大量に見つかる。新たなレヴリを呼ぶ可能性すら無視して、何度も何度も名を叫んだ。

 

 枯れ果てた用水路、見付けたのは其処だ。

 

 梯子も見えたが陽咲は躊躇せずに飛び降りる。意識は無く、コンクリートの壁面に寄り掛かるようにしていたからだ。傍には一際大きいスライムの死骸があった。

 

 念動(サイコキネシス)で渚を包み、壊れ物を扱う様に連れ帰ったのが二日前。そして詳細な検査の結果、渚を知る者に激震が走る事になる。

 

 身元はやはり不明。容姿が判明したのに、どんな情報にも引っ掛からない。あの銃は何故か消えており、見つかったのは黒いナイフだけ。渚が握り締めていた。

 

 そしてこれから、判明した事実を元に渚の扱いを決定する事になる。その為の報告と協議が行われるのだ。

 

「ごめんね……弱いままの私で」

 

 ()()()()()が出てしまったら軍を抜けてでも助ける。そう決めたから……

 

 陽咲の声は渚に届かない。それが酷く哀しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 立ち上がり、一糸乱れる事なく背筋を伸ばし敬礼する。

 

 それは全員の筈だが、たった一人だけはパイプ椅子に座したまま動かない。誰一人指摘しない以上、其れが許されているのだろう。

 

 国家警備軍第三方面統括司令本部のトップ、三葉花奏が入室した。三葉は立ち上がらなかった者、その年配の女性を一瞥して所定の場所へ座る。

 

「ご苦労。楽にしていい」

 

「着席!」

 

 やはり殆ど同時に着席が行われ、椅子がギシリと鳴いた。

 

花畑(はなばたけ)。予定より人数が少ないな」

 

 総勢は三十名。花畑の兵装科は本人以外女性だ。警備軍から土谷達こそ参加しているが男女比率が偏っている。他の各科から参席者も同じ事が言えた。

 

「はっ! 本件の性質、及び対象者の性別と考えられる年齢から限定致しました」

 

「ふん」

 

 先程の年配の女性が鼻で笑う。ヨレヨレの白衣、白髪混じりのベリーショート、痩けた頬。三葉に反して女性としては背が高い。眼光だけはギラギラしていて強い精神力が察せられた。生涯を研究に捧げた女科学者、そんな風体だ。年齢は五十代というところか。

 

「何だ、越野(こしの)

 

 越野(こしの)多恵子(たえこ)。医系技官として入省し僅か一年で退職。キャリア組だったが、腐敗の激しい官僚連中に嫌気がさしたらしい。その足で現場に飛び込み、外科医として世界有数の腕を持つに至った異色の人間だ。残念ながら医療界にも下らない派閥争いがあり、その腕を見込んだ三葉が引き抜いたのだ。

 

 警備軍に参加する際の条件は報酬の大小ではなく、独立性。それが越野を自由にさせている理由だ。しかし、兵士の生命への執着とレヴリに対する憎悪は常軌を逸していて、何人もの人を救って来た。家族をレヴリに殺された者は、誰もが憎しみを抱くものだ。それでも……不器用で人付き合いなど苦手な女だが、三葉は気に入ってもいる。

 

 そんな越野は皮肉気に口を開いた。

 

「気にするな三葉司令。初っ端からの茶番、ご苦労な事だ」

 

 重要な協議において、三葉の許可なく人員を変更するなど有り得ない。情報士官はある種独立しており、花畑の独断という形にしたのだ。事前に示し合わしたのは間違いなく、この場を申請した自分への牽制の意味もあるのだろう……そんな風に思い、越野はもう一度小さく鼻で笑う。

 

「意味が分からんな。まあいい、始めるぞ。花畑」

 

 そして三葉もニヤリと笑って返すのだ。

 

「はっ。ではまず、新種についての調査結果を報告致します」

 

 兵装科特務技術情報士官の花畑が説明する様だ。何処か嬉々としており、三葉はイラっとする。薄く染めたソフトモヒカンと黒縁眼鏡が似合っていて益々腹立たしい。

 

「PLに残されていた残骸を採取。資料の通り、特に珍しい成分や細胞は見つかりませんでした。はっきり言うと、ただのゼリーです。合わせて情報の寄せられた[核]も発見には至っておりません。これがサンプルですね」

 

 コトリと置かれた試験管数本に淀んだ粘液が入っていた。茶、灰、赤、僅かな緑。グチャグチャと混ざっていて、生理的嫌悪感を覚えさせる。

 

「交戦した警備軍によると、銃撃の大半は効果が薄かった。土谷(つちや)さん達の火炎や(あかなし)さんの念動(サイコキネシス)は一定のダメージを与えた様です。また、擬態による待ち伏せを行う知能を持ち、人体すら短時間で融解する攻撃力を持ちます。ただ遠距離からの攻撃手段が無いのが幸いですね。あ、サンプル見ます?」

 

「続けろ」

 

「はい。大半のレヴリには我等や獣と似通った骨格や筋肉を持ちます。弱点……つまり頭部や心臓などを破壊すれば駆除が出来るのはこの為ですが、しかし新種であるスライムには其れが無い。脳も心臓も、それどころか生物としての器官も存在しない。此れはかなり拙いでしょう」

 

 シンと静けさが室内を覆った。新種には必ず悩まされるが、今回は更にタチが悪い。

 

「つまり、何も分からないと?」

 

 越野が、針の様に鋭い声で問う。

 

「はい、その通りです」

 

「貴様、ふざけているのか? あれ程の犠牲者と大量のサンプルを手にしながら、何も答えを用意出来ないのか」

 

「ですね」

 

 ガンと机を叩き、越野は花畑を睨んだ。しかし花畑は変わらず飄々としているのだ。

 

「情報士官が聞いて呆れる。情報を出せないなら存在意義もない。遺族と遺体の前でもその態度ならば褒めてやる。遺体のカケラすら見つからないのが大半だがな!」

 

「越野、もういい。花畑、勿論それだけではないだろう。教えてやれ」

 

「分かりました。先程越野さんが言われた通り、大量のサンプルを入手しました。此れ等は全てスライムの死骸からです。総数は約五十で、殆どが短時間で駆除された。しかも其れを成したのはたった一人の()()です。つまり、手はある」

 

 詳しく知らない者達に僅かな歓喜が混じった。それも当たり前だろう。だが、越野だけは鋭い視線を変えたりしない。

 

「空想世界を描く作品ならばよくある描写ですね。スライムの体内に[核]があり、それを正確に破壊出来れば瞬時に絶命します。更に人体を溶かす力も消える。つまり、あとは方法論だけです。ついでに言えば不可視との情報は否定されました。結論は()()()()()、です」

 

「調査結果による当時の戦闘状況は?」

 

「こちらをご覧下さい」

 

 前方のスクリーンに地図が示された。残念ながら衛星写真ではない。PL内を撮影など不可能だ。

 

 ポインターが説明に合わせて動く。

 

「四角いのはバスで、東側にある線は用水路です。スライム共は北から接近し、バスから約二百メートル先で交戦が始まったと思われます、ここですね。更に半分の百メートル付近で東に蛇行。恐らく誘導しつつ駆除したのでしょう。道なりに死骸が並んでいた……まるでスライムの葬列の様だったと聞いています」

 

 杠陽咲がギュッと拳を握ったのが見えた花畑だが、直ぐに意識から外した。

 

「用水路に誘い込むのは悪手と思われますが……恐らく射線の確保が狙いかと。当然一列に並びますからね。その分逃げ道も限定されるので、ある意味背水の陣でしょうか。何にしても相当な覚悟が必要です」

 

 陽咲は俯く。きっと想像しているのだろう。

 

「三葉司令より教えて頂いたスライムのボス、多分ですが。その一際巨大な粘液の死骸があったのがココ。そして駆除せしめた戦士が倒れていたのが、その傍です。この事から、逃走などせず最後の一匹まで戦う意思を持つのも分かりますね。何も嬉しくないですけど」

 

「ふん、戦士だと」

 

 越野の呟きは花畑に届いたが、聞こえないフリをした。この男の得意技だ。

 

「その弱点、つまり核ですが……これに関しては土谷さんからお願い出来ますか?」

 

「はい」

 

 立ち上がった発火能力(パイロキネシス)の土谷に注目が集まった。若き異能者だが、国内有数の実力を誇る。その彼が話す内容には一定の説得力があるだろう。それを知る花畑の一手だ。

 

「スライムの体内……」

「あくまで中央を……」

「他にも細切れにすれば……」

 

 淡々と続く土谷の声が響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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