傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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愛のカタチ

 

 

 

 

 袖を捲り、白い肌が灯りに照らされる。元から細いから少し骨張って見えた。点滴を繰り返していた為に内出血の跡も残っていて痛々しく、マーザリグでの日々を思い起こさせるキズも多いことで悲哀を誘う。

 

 筋肉らしい肉付きも無く、稀代の狙撃手とは誰も信じられないだろう。

 

 アルコール消毒を行い、チラリと越野(こしの)は患者を見る。その手に有る注射器は大きく見えた。

 

(なぎさ)、触るぞ。かなり痛いからな」

 

「早くして」

 

 斜めから細い針をブスリと刺す。

 

「違和感や痺れはあるか?」

 

「ない」

 

 越野は慣れた手つきでフィンガーフランジに指を添え、押し子にゆっくりと力を入れた。バレル内にある透明な液体が渚の体内へと入っていく。処置が終わると、ガーゼを当ててテープで止めた。そして素早く手を離す。渚に触れる時間は短い方が良いからだ。

 

「完全に効くまで……十五分というところだ。三葉司令、準備は?」

 

「バッチリよ。既に待機させてる」

 

「まあ過保護な爺様だ。心配は要らんだろう」

 

 この越野の台詞に渚は腰を上げようとした。何故か唇は思う様に動かず、力を入れた両手も酷く重い。そして、意識すらも同じ様に……

 

「な、なに、を……三葉……」

 

「貴女は頭が良いから理解してるでしょう? 今の注射は痛み止めなんかじゃない。簡単に言うと強い睡眠導入剤ね。暫く眠ってしまうけど……御免なさいね」

 

 狭まっていく視界の中で哀しそうな三葉が見えた。

 

「この戦いに連れて行かない。此れは司令としての判断で、同時に陽咲も賛成したわ。貴女は十分に貢献してくれたし、本来こんな戦争に子供は必要ないの。その力を頼りにして、散々利用した私が言うと説得力はないけれど」

 

 三葉も勿論分かっている。渚が居れば戦いの幅は広がり、もしかしたら戦況に影響すら与えるかもしれない。しかし、()()()を覚えてしまったら大人は、そして警備軍は堕落するのだ。子供であろうと勝つためなら何をしても良いと。軍が一枚板では無い以上、第三師団以外が渚を強奪する可能性すらある。三葉の目の黒い内は良いが、全てに目配りなど出来ない。

 

 天使の情報は第三師団内に留めているが、今回は第一も加わる。何より、心も体も削りながら渚は戦ってきた。きっと、もう休んでいい頃だ。

 

「だ、だめ……や、めて」

 

「大丈夫。渚のお陰で準備は出来たし、必ず勝てる。帰ったら叱ってくれていいわ。頭を優しく叩いて、ね」

 

「カ、カエリ、リー……何処に、答え、なさ、い」

 

 それも予想済みの三葉は首を横に振る。

 

「此処には無いわ。カエリースタトスは遠藤(えんどう)征士郎(せいしろう)に預けたから、後で受け取ってね。中には陽咲からの手紙もあるから読んであげてよ? 流石の私も赤面する内容だけど」

 

「陽、咲……」

 

 そして、渚の意識は闇へと落ちていった。

 

 

 グタリと車椅子に寄り掛かった渚を担架に移すと、先程まで冷たかった越野すら愛おしそうに髪を撫でる。そして大人の罪深さを呪いながら呟いた。

 

「此れで良かったのか……本当に」

 

「皆で決めた事よ。隊の者も、土谷(つちや)や他の異能者も、吃驚することに花畑(はなばたけ)までね。この子がもっと大きくなって、自分の将来をしっかりと考える様になったら……遠藤の爺様なら、悪い様にしないでしょう」

 

「しかし、誰が渚を癒すんだ? 三葉も、杠陽咲まで消えたら、この子は……」

 

「ちょっと、不吉な事を言わないでくれる? 戦力も計算してるし、第三は脆弱な部隊じゃないわ。渚が目を覚ます頃には勝敗も決している筈よ。まあ見てなさい」

 

 子供の様に幼い容姿と、低い身長で背伸びを精一杯して曰う。それが益々子供染みて見えるのを三葉は理解してないのだろうか? これでもかと背中を反って胸を張る第三師団司令に笑いが込み上げる。

 

「分かった分かった。全く……」

 

「撫でるな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 眠った渚を見送った翌日、編成済みの警備軍へ合流した。誰もが適度な緊張と誇りを胸に時を待っているのだ。人と国を守る、気高い兵士達に気負いはない。

 

 幾つかの隊への訓示を終えて、三葉は異能者の集まりに近寄る。土谷を筆頭に、見事な整列を見せていた。揃って背筋を固め敬礼を行う。軽く返礼すると、そのまま皆へと語り掛けた。

 

「我が第三師団に挑まんとするレヴリが大勢いるらしい。今か今かと首を長く、いや首もないスライムも居るか」

 

 此処でクスリと笑いが起きた。そして直ぐに表情は戻る。

 

「奴等は不幸にも私達の前に現れた。可哀想だが、やる事は決まっているな。警備軍がレヴリを見たら、どうする?」

 

「「「駆除します‼︎」」」

 

「よし! 異能者の馬鹿どもよ、我が第三師団の力を見せてやれ!」

 

「「「おう!」」」

 

 細かい作戦は既に伝わっている。後は戦う迄に士気を高め、それぞれの役目を果たすだけだ。一人一人に目を合わせ、三葉はしっかりと頷いた。

 

「司令の御命令だ! 全員走れ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 散り散りに兵は去って行く。残ったのは陽咲だけだった。彼女だけ配置が通達されて無かったからだ。しかし誰もが疑問を持たず、目配せすらして走って行った。

 

 この瞬間だけ、二人は叔母と姪に戻る。

 

「どうだった?」

 

「陽咲の言う通り、一緒に来たかったみたい。カエリーを返してって」

 

「そっか……じゃあ」

 

「眠らせたわ。越野の話だと二日は目が覚めないらしい」

 

「三葉叔母さん、ありがとう」

 

「みんなで決めた事よ。でも、分かってる?」

 

 言葉足りなくとも、二人には関係ない。ずっと長いあいだ過ごして来たのだから。

 

「帰ったら怒ってるだろうなぁ……一緒に謝ろうね?」

 

「アンタの名前をしっかりと出してあげたから、安心しなさい」

 

「ちょっ! 何してるの叔母さん!」

 

「あの恥ずかしい手紙、渚が読むのを想像すると笑える」

 

「は? え? よ、読んだの? うそでしょ」

 

「司令としての権限よ。情報漏洩なんて許せないから、戦時は凡ゆる書類に目を通すの」

 

「最低! いくら何でも酷いよ!」

 

「無事に帰ったら……抱き締めてぇ、キスしてぇ、それからそれから」

 

「や、やめてよ‼︎」

 

 真っ赤になった姪を眺める至福を味わいながら、同時に千春を想った。貴女の妹は随分強くなったわ、と。

 

 遂には両手で顔を覆い、ブツブツと意味不明な何かを喋り出したので、決めていた言葉を伝える。

 

「渚が目を覚ますまでに帰りましょう。手紙じゃなく言葉で伝えなさい。あの子は陽咲に心を許してる、保証するわ。だから、きっと願いは叶う。手紙は火にでも焚べて(くべて)しまいなさいな」

 

 指の隙間から三葉を見ながら、ボソリと聞く。

 

「ホント?」

 

「ええ。キスくらいきっと大丈夫よ」

 

 多分。まあ言わないけれど。

 

「……よし」

 

「犯罪はダメよ」

 

「……分かってる」

 

 嘘つけ。此れも言わない。きっとタイミングじゃないから。

 

「さて、念動(サイコキネシス)の杠陽咲」

 

「は、はい!」

 

「お前は第二陣に組み込む。しかし同時に第一陣への物資の搬入、及び負傷者の搬送は随時行え。そして、レヴリどもの概要が掴めたら出番だ。鍛え上げた力、奴等に見せつけろ」

 

「はい!」

 

「死ぬなよ?」

 

「勿論です!」

 

「行け」

 

「はっ!」

 

 去って行った愛する姪に、聞こえなくとも、もう一度呟いた。

 

「頼む、生きて帰って来てくれ」

 

 離れて待機してくれていた補佐達に振り返ると、三葉は司令の顔に変わる。その時、警備軍直下の近接航空支援攻撃機が頭上を通り過ぎて行った。暫くすると空対地ミサイルが発射され、彼方ながらも爆裂が見える。

 

 PLの拡大速度は急激に増加し、此れが最後の支援となるだろう。現在ですら命中率も大きく下がり、殆ど当てずっぽうに近い。それでも、一匹でも駆除出来たならそれでいい。そもそも近づき過ぎれば墜落するだけだ。誘導型の武装は無用の長物へと成り下がる。

 

「どうだ?」

 

「僥倖です。約二割は削れたかと」

 

「ほう、それは望外の成果だ。よくやったと伝えてくれ」

 

「はっ」

 

 パイロット達も、世界有数の異能者である三葉からの労いを受ければ嬉しいだろう。

 

「誘い込みも順調だな」

 

「いよいよ我等の出番ですな。原始的で、荒々しい戦いこそがレヴリを屠るに相応しい」

 

「ああ。よし、避難状況を再度確認してくれ。一般市民はたったの一人も残す訳にいかん。此処は間も無く戦場になる」

 

「はい。おい、最終確認だ」

 

 伝令が走る。そう、伝令だ。無線も衛星電話も、勿論スマートフォンも、凡ゆる通信機器は断絶する。其れがレヴリどもの生きる世界、PLだ。

 

 PLの存在は戦争のカタチを変えてしまった。分かり易く言えば、古代の戦いと同じだ。剣や盾、弓矢は流石に使わないが……銃、ナイフ、爆薬、異能などが人の武器となる。

 

「確認が終えたら戦車隊を少し下げろ。拡大速度に合わせないと動けなくなるぞ」

 

「しかし、ただでさえ低い命中率が……まだ一斉射だけでもした方が良くは無いですか?」

 

「ダメだ。脚の速い連中が混ざってる。退避が間に合わなくては次が無い。暴走が、魔力渦(まりょくか)が一度とは限らんと言った筈だ」

 

「はっ。確かにそうでした」

 

 国家警備軍が現在採用している90式PL戦車改は、かなり簡易な構造となっている。出来るだけ電子制御を廃してPL用に換装したものだ。しかしそれでも異界、いや魔力に包まれたなら完全に止まってしまう。だが幾つかが判明した事で、次世代には更なる純化が図られるだろう。しかし、今回の戦いには間に合わない。

 

 渚自身は気にもしていないだろうが、ある意味で世界に革命を齎したことになる。魔力を解明し、レヴリの全てを駆逐した時、渚は英雄の一人として名を連ねるかもしれない。

 

「渚の……千春への愛と誓いが世界を救う。いや、救ってみせないと」

 

 三葉の独り言は誰にも聞こえなかったが、それは紛れも無い本心だった。

 

 

 

 

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