傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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空と地と

 

 

 

 

「何とか間に合ったか」

 

 三葉(みつば)の呟きが空へ溶ける。

 

 空から飛来する新種、レヴリにどこまで通用するのか分からない。

 

 それでも出来る事を突貫で塹壕を掘った。簡易的なものだが、何の準備も無く迎え撃つ訳にはいかないからだ。塹壕は本来砲弾や手榴弾の破片、飛び散る物から身を守る為に存在する。過去の世界大戦から運用が始まったが、現在は特定のレヴリを相手にする時に使う。

 

 当然だが、ただ掘っただけの穴など塹壕とは呼べない。鉄筋やコンクリート、煉瓦などで補強するのが一般的だ。砲弾なとが齎す振動で崩れては意味がないからだ。しかし、現在ではある意味で遥かに早く、そして強固に設営出来る。

 

 念動(サイコキネシス)は代表格で、発火能力(パイロキネシス)もそうだ。(あかなし)陽咲(ひさ)土谷(つちや)天馬(てんま)などの高位の異能者は例外だが、大半の者はこの様なタイミングで活躍する。更に言えば、訓練の一つとしての代表格でもある。念動で材料の運搬を補助、或いは調整。発火能力は鉄筋などを溶接。職人が行う様な繊細な精度など無いが、戦場での設営に求められない。速度こそが重要だ。

 

「ただ地面の上で待つ訳にはいきませんから。迷彩に効果が有れば良いですが……」

 

 兵士を潜ませ、飛竜の襲来に合わせて……いや、誘い込んででも攻撃する戦略となっている。遥か上空から降りて来るが、千里眼(クレヤボヤンス)三葉(みつば)花奏(かなで)がいる以上、見逃されない。

 

 出来るならもっと体制を整えたい。或いは撤退して、PL外から一斉射を行うのが正しい。しかし現在居る戦場は、つい最近までカテゴリⅤだった事が仇となっていた。安全性が担保されていたため人の住処まで距離が無かったのだ。犠牲を払おうとも、退くことなくこの戦場で駆除する……それが第三師団が出した答えだった。いや、それしか無いと言うのが結論だろう。

 

「矢張り何かあるのか? この短期間で新種が二度も現れるとは……通常ならば甚大な被害が出てもおかしくない」

 

 今やスライムは単体ならば脅威とは言えない。正体さえ掴めば手は浮かんだ。今回の暴走すらも快挙と言っていい勝利を得たのだ。それは天使が齎した救いだったが、皆で力を合わせた結果でもあるだろう。

 

「飛竜、か」

 

 新たなレヴリの名を暫定で決めた。いちいち空飛ぶ蜥蜴などと呼んではいられない。

 

「司令の見た姿から当然でしょう」

 

 側近の一人が聞き留めて返した。

 

「ふん。"カテゴリⅠ"でもあるまいし、竜などと大袈裟だな。飛蜥蜴でも良かっただろうに」

 

「飛蜥蜴は実在する生物ですから……東南アジア地域に生息し、胴の両側と肋骨に支えられた皮膜が……」

 

「ああ、分かった分かった。それより、避難先へ通達は?」

 

「はっ。夜間でもあり、更なる避難は今のところ困難と。次の受け入れ先も整っておらず、対応にも数日が必要です。残念ですが……」

 

「やはり足止めするしかないか。あんな新種に襲われたら、避難先は地獄と化すだろう。つまり、我等国家警備軍は退く事を許されない。分かっているな?」

 

「無論です。一匹でも撃ち落とせば、それだけで多くの命が救われる。それに、避難先には皆の家族がおりますから」

 

「そうだな……その通りだ」

 

 三葉は呟き、再び空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スライムに限らず、新種は知能が高いのかもしれない。

 

 飛竜の群れが少しずつ高度を下げ始め、千里眼で無かろうとも何とか肉眼で見える距離まで降りて来た。皆が緊張を高める中、たったの一匹だけが急降下をして来たのだ。滑空に近いソレは、予想を超えた速度だったが、三葉の視界から逃れる事は出来ない。しかし、驚いたのは速さでは無かった。

 

「斥候、か」

 

「司令! 間違いありません!」

 

「引きつけろ。逆手に取るんだ!」

 

 全員が上空を見上げる。飛竜は旋回を始めて地上を観察している様子だった。あと少し、あと少しで良いから下降すれば、銃弾も、何より異能の力が届く……願う様に呟いた時、三葉の目が見開いた。

 

 まるで不可視の腕に掴まれた様に、グイと下に引っ張られて姿勢が崩れる。見えない力、物理的影響、間違いない。アレ程の高度にすら届くのか……全員が無意識に唾を飲んだ。

 

「陽咲……!」

 

 飛竜を睨み付けているだろう姪の何と頼もしいことか、ものの数秒で斥候の飛竜は地を這う事になる。まるで足を掴まれ水中に引き込まれる、そんな風に地面に落ちた。

 

「みんな! 皮膜を撃って!」

 

 更に、陽咲は再び飛び立つ事を許さないと叫び声すら上げていた。もう新人の異能者などではない、一人の戦士が其処にいる。

 

 地面の上で踠き続ける飛竜だったが、這いつくばったまま立ち上がる事は不可能な様だ。

 

「早く! 長い間は無理!」

 

 念動に逆らう飛竜の力は想像を絶するのだろう。額に汗を浮かべ歯を食い縛る表情を見て、三葉も指示を出した。

 

「土谷! やれ!」

 

「はっ!」

 

 整った表情のまま集中する。直ぐに両翼辺りが赤く染まり、一気に輝くと爆発的に燃焼を始めた。空飛ぶ新種のレヴリはギーギーと喚き散らし、痛みに抗っている様だ。

 

「半円状、包囲!」

 

 同士討ちにならない様に位置取りを行うと、全員がライフルを構える。一糸乱れぬ動きに怖れは感じない。

 

「撃て!」

 

 至近距離から無数の銃弾に晒されて、飛竜は更に呻き声を上げた。しかしその声も銃声と火炎の起こす音に打ち消されて遠くには届かない。

 

 幾つもの弾丸が弾かれるのが見えた。しかし全てでは無い。柔らかい腹部や皮膜、そして眼球。赤い液体が飛び散るのが分かり、警備軍の意気は上がった。

 

「よし、近距離ならば効くぞ! 射線の角度を調整しろ! 斜めでは弱い!」

 

 ゆっくりと接近しつつ、発砲を繰り返す。薬莢が地面に落ち、硝煙で周囲が煙った。

 

「撃ち方やめ!」

 

 やはり見事に射撃が止まり、飛竜の姿が浮かび上がる。ピクリとも動かず、縦に割れた瞳孔にも光は無かった。駆除完了だ。

 

「地面に繋ぎつければ倒せるな……陽咲を中心に……」

 

 言いながら上空を見上げた三葉は一瞬言葉が詰まった。

 

「まさか……」

 

 千里眼が飛竜の新たな挙動を捉えたのだ。更に一匹降りて来ていた。そして……

 

 鱗に覆われた胸辺りがグニョリと盛り上がり、そのまま喉を迫り上がって行く。まるで、何かを吐き出すが如き動き。更には、口元がチラチラと赤く輝き始めた。まるで、ライターの様に火花が飛ぶ。

 

 その全てを見た時、三葉は残った塹壕に潜む警備軍へと叫んだ。この駆除の方法は既に破綻していたと知ったから……

 

「全員退避しろぉ‼︎ 其処から離れるんだ‼︎」

 

 戦場に司令の声が響き渡る。混乱の中でも、各隊は迅速に動き出した。

 

「退避!」

「構わず走れ‼︎」

「出ろ出ろぉ!」

 

 あちこちから中小隊長の命令が飛ぶ。だが、間に合わない。

 

「くそっ! 急げぇ!」

 

 その懇願に近い三葉の叫びは、飛竜の尖った口から吐き出された物体によって証明された。願う様な、祈る様な叫びの意味を。

 

 火球。

 

 メラメラと燃えながら、想像よりゆっくりと地面に落ちて来る。真っ赤な炎を纏った球体は、未だ退避行動中の警備軍の中心へと落下した。飛竜が落とした球は粘性の高い液体だったのだろう、飛び散った火は周囲を地獄へと変えてしまう。

 

 一瞬で火の海と化した大地で、皆の悲鳴が響き渡る。燃焼する液体の所為で、消火もままならない。

 

「装備を外せぇ!」

 

 火に巻かれた装備類を見て叫ぶ者。ゴロゴロと転がって消火を試みる若き兵士。火炎の所為で呼吸が不可能となり崩れ落ちる男。塹壕に取り残され間に合わなかった警備軍の皆は、紅い揺めきの中で動いていない。

 

 三葉は必死の形相で指示を出すが、轟々と唸る風と炎に打ち消されて混乱は消えなかった。

 

 飛竜は惨状を見て喜悦でも覚えたのか、耳障りの悪い鳴き声を上げる。そして再び可燃性の液体を吐き出す仕草を見せて、絶望感を誘った。

 

「急いで散開を! 散開するんだ‼︎」

 

「三葉司令! 下がって下さい‼︎」

 

 一人でも助かればと叫ぶ三葉を抑え付け、側近達は小さな身体を引き摺った。

 

「間に合わない……!」

 

 余りの情け無さと無力感に、拳を握る。真下には負傷者を助けようと念動を駆使する三葉の姪が居た。何とか火炎の中から兵士達を引き出そうと……そして、如何な念動と言えど、あのような攻撃を受け止める事は出来ないだろう。防壁を構築出来れば可能性はあったが……

 

「陽咲! 上だ! 退避を……!」

 

 その叫び声が聞こえたのか、視線が上を向く。もう吐き出す寸前だと誰が見ても明らかだった。もう退避が間に合わないと理解したのか、せめて無事な者達を瓦礫で覆う行動に移る。自らを後回しにして……

 

 ああ……あの子はもう立派な一人の戦士なのだ。仲間を助けるため、自身を戦場の只中に置いてでも。例え死ぬ事になろうとも、他の誇り高い警備軍兵士と同じ様に。そんな風に三葉は思い、同時に絶望した。

 

 だから願う。救いの御子へ、傷付いた天使の力を。

 

「渚……」

 

 そして、その声はきっと届いたのだろう。

 

 あと少し、吐き出そうとしていた飛竜の横っ面が殴られた様に傾いた。そしてそのまま意識を戻す事も無く、ユラリと落下を始める。三葉の千里眼は、その全てを視界に捉えていた。

 

 側頭部に穴が空き、向こう側に何かが抜けた。間違いなく脳は破壊され一瞬に絶命しただろう。たった一発、正確な狙撃。見えない姿、見えない弾丸。マーザリグ帝国以外の者からは"死の精霊"と恐れられた狙撃手の一撃だ。

 

 また一匹、また一匹と空から落ちて来る。巨体をダラリとしたまま、次から次へと……

 

 PLの外を眺めても、あの美しい精霊の姿は無かった。それでも、救いは齎されたのだ。

 

 

 

 

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