傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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カテゴリⅠ

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 精神力が尽きなければ異能に変化は無い。その筈なのに陽咲(ひさ)念動(サイコキネシス)は少しずつ威力を失っていた。肉体の疲労は必ず心に影響を与える。それでも耐える事が出来るのは、愛する人が傍に居ると感じるからだ。

 

 ほら今も、火球を吐き出そうと尖った口を開いた飛竜があっさりと死んだ。

 

(なぎさ)ちゃんに情け無いとこ見せたくないもん……もうあんな事言わせない」

 

 初めての出逢い。美しき氷の精霊は言ったのだ、貴女に戦士は不向きだと。

 

「あと少しで退却も終わる筈……あと少しで……」

 

 朦朧とする。それにも陽咲は気付いていない。足元は覚束ず、今にも倒れそうだ。

 

「あれ? 渚ちゃんが見える……不思議」

 

 ポニーテール、カエリースタトス、小柄で細い身体。綺麗に整った眉や鼻筋も、真っ白な肌は雪のよう。絶対キスすると勝手に決めた唇の色まで……

 

「やっぱり可愛いなぁ……あっ」

 

 何かに躓いて、視界はゆっくりと迫る地面に変わって行く。固い地面と痛みを待ったが、襲ったのは柔らかな香りと温かさだった。

 

「陽咲」

 

「……え?」

 

「もう飛竜達は空に退いたよ。残ってた一匹もさっきのが最後」

 

「声まで……ホントに渚ちゃんなの?」

 

 渚の力では抱き止める事が出来なくて、尻餅を付いている。膝枕の体勢でカエリーも手から離れていた。

 

「うん」

 

「皆は? 土谷さんも……」

 

「もう周りには誰もいない。さっきまで頑張ってた人達も先に退却を初めたから」

 

 陽咲は余り周りが見えていなかったが、実際には大勢の志願者により陽動が進んでいた。自分達より遥かに若い女性が必死に抗っているのだ。警備軍の兵士も誇りを胸に戦っていた。その女性が高位の異能者であろうとも関係などないのだろう。

 

「そっか……良かった。ねえ渚ちゃん」

 

「何?」

 

「私、格好良かった?」

 

「立派な戦士だよ。もう私なんかよりずっと強い人になった」

 

「ふふ、お世辞でも嬉しい」

 

 お世辞などでは無かった。渚は本心を話している。間違いなく自分よりずっと強い女性だ。勿論戦闘力の事では無い。誰かの為に戦う意思を宿す、気高き一人の戦士だからだ。

 

「陽咲」

 

「もう少しだけこのまま……渚ちゃんの膝枕なんて貴重だもん。そうだ、キスは帰ってからお願いしようかな……今は汗臭いし、場所もロマンチックじゃないからね」

 

 すると、包帯に包まれた右手を渚が強く握り締めるのが見えた。調子に乗り過ぎたかなと慌てる陽咲に言葉が降って来る。

 

「あ、えっと、渚ちゃん?」

 

「良く聞いて」

 

「は、はい!」

 

「もう直ぐ魔力渦が起こる。距離は約500m。もう逃げる時間は無いかもしれない。でも……ううん、体力が回復したら出来るだけ下がろう。いい?」

 

「え……そう、なんだ」

 

 傍に居て、膝枕なんてしてくれた理由が陽咲に分かった。何故か恐怖は感じない。感じるのは渚の体温と存在だけ。次いで強い後悔が襲った。理由は簡単で、愛する人を巻き込んでしまった事だ。自分が此処に居なければ、渚は間違いなく来なかっただろう。

 

「御免なさい。渚ちゃんのお姉ちゃんなのに、大切な人を巻き込んじゃった」

 

 ゆっくりと体を起こし、真っ直ぐに向き合う。身長が違うから、渚は上目遣いに変わった。陽咲は分かってしまったのだ。実際には逃げる時間も、助かる可能性も殆ど無い事が……渚の美しい瞳の色を見たとき、其処には千春への懺悔が在った。

 

「陽咲と逢えて良かった」

 

「その言葉だけでも最高に嬉しい……」

 

「始まった。ほら、見えるでしょう?」

 

 二人は同じタイミングで魔力渦の中心を眺める。

 

 それは、不思議な光景だ。

 

 何も無い筈の空間にヒビが入った。薄く光りながら、ヒビ割れが進んで行く。割れ目からは白い煙状の気体がフワフワと溢れている様だ。最初は数センチだったのに、瞬く間に数メートル、いや数十メートルに拡がる。

 

「ああ……」

 

 陽咲は思わず吐息を溢した。絶望の色を纏って。

 

 二人の視線は少しずつ上に向かい、まるで高層ビルを見上げる(さま)へと変わった。それは巨大で、たった一匹の生物とは思えない。いや、信じたくない……でも否定も不可能だった。その存在感の前では……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カテゴリⅠ……災厄の、絶望の」

 

 警備軍の誰かが呟いた。

 

 数キロ離れたのに、ソレははっきりと見える。

 

 三葉(みつば)は声を出す事も忘れて、暫しの間呆然と立ち竦む。だが、第三師団の司令は無理矢理冷静な心を呼び覚まし指示を出し始めた。

 

「間違いない……欧州一帯を不可侵の領域に堕としたレヴリと同種の"カテゴリⅠ"だ! 規定通り、対処方法は分かっているな‼︎ 現時間より我が第三師団の管轄エリアを放棄する! 花畑(はなばたけ)!」

 

「はっ!」

 

 兵装科の情報士官である花畑だが、凡ゆる情報網を持つ変わり者でもある。変則的な手段であろうと三葉に戸惑いは無かった。

 

「政府に再度通達。"カテゴリⅠ"の発生と防衛線の構築だ。それと第二師団に私の全ての権限を移譲する。我等は……」

 

「三葉司令……」

 

 そして、花畑も三葉が何を決意したかを理解している。

 

「防衛線の構築まで時間を稼ぐ。想定されるのはどれくらいだ?」

 

「はっ、短く見て三日かと」

 

「分かった」

 

 "カテゴリⅠ"に対し、師団一つなど意味があるのか三葉にも分からない。はっきりしているのは、この戦場が死地と決まった事くらいだ。

 

「あの体色から水か氷、その辺りのヤツでしょう。火炎が少しは効くかもしれません。ヨーロッパ のレヴリは真っ赤な身体で、口から焔を吐いたそうですから」

 

「ああ、そうだな。さっきまで居た飛竜が逃げ出したのもアレの所為だろう」

 

「……はい。個体名"(ドラゴン)"、カテゴリⅠのレヴリ。恐らく水竜か氷竜などと呼ばれる事になるでしょう」

 

 まるで昔見た怪獣映画の一場面だった。数十メートルに及ぶだろう体高、青色の鱗で覆われた体色は美しいが其れが恐怖を煽る。爬虫類に似た瞳と、測るのも馬鹿らしくなるサイズの牙と爪。背中に有る二対の翼は折り畳まれていて尚巨大だった。まだ動き出してはいないが、渚の言う通り、まともな兵器など効果が無いのは明らかだ。

 

「名前など、どうでもいい。花畑、行け」

 

「はっ」

 

 花畑の立ち去る姿を見送り、退避して来た警備軍に向き直る。渚は逃げる様に言ったが、それは叶わないだろう。この地域に"竜"を出来る限り留めなくてはならない。

 

「渚の言う通りならばPLの影響下から脱した筈だ。確認を」

 

「通信も回復! 第一、第二師団とも繋がりました!」

 

「よし。第三師団の全戦力を此処に集中する。出し惜しみは無しだ。目的はカテゴリⅠをあの場所に出来る限り足止めする事だ。稼ぐのは64時間、いいな?」

 

「「「はっ‼︎」」」

 

 逃げ出す者は居なかった。三葉は一人残らず死兵となれ、そう言ったに等しい。しかし、誰一人として決意に揺らぎは感じない。三葉は思わず溢すしか無かった。

 

「皆、済まない……」

 

「何を仰る。貴女は我等の司令。そうだろう!皆!」

 

「その通りです。デカいだけの蜥蜴など三日と言わず、一週間は足止めしましょう!」

 

 倒すとは言わない。カテゴリⅠのレヴリには通常兵器どころか核兵器すら効かない事が知られている。欧州を覆った絶望は、人が立ち入れない広大なエリアを産み出したのだ。

 

「……私は第三師団を誇りに思う。よし! 航空支援を受けつつ、戦車隊を前へ! エリア外に気が向かない様にイラつかせてやれ! 発火能力(パイロキネシス)が唯一の希望だ。奴の弱点の可能性がある。竜は持つ能力を体色に表し易いらしいからな。いいか、土谷」

 

「はっ!」

 

 異能を体現した様な赤髪を揺らし、土谷は三葉に視線を合わせる。

 

「剣となれ。師団は貴様を守りつつ接近を試みる。他の誰が死のうと、前へ向かい奴に炎を叩き付ける事だけを考えるんだ。いいな? 例え私であろうとも、だ」

 

「……わかりました」

 

 陽咲が竜の傍にいる。渚が共に居るが慰めにもならなかった。例えカエリースタトスであろうとも、数十メートルもあるレヴリに対抗出来るとは思えない。戦場に向かった渚ですら、倒すと言わなかったのだから。

 

「全ては"カテゴリⅠ"への変容、その前兆だったのか……」

 

 呟くと同時に、竜が青色の体を起こすのが見えた。暫くは動かなかった様だが、周囲を見渡し確認を行っている。軍車両より巨大な頭を左右に振って顎門が開いて行く。ビッシリと並ぶ長大な牙は真っ白で鋭い。そして、咆哮。

 

 グアァァァァーーー!!!

 

 その声だけで衝撃波が生まれたのか、白い霧状の波紋が周囲へと拡がって行った。直ぐに隊列を整え終えた警備軍は頭を抱えて地面に伏せるしか無い。更には長い尻尾を大きく振り全てを薙ぎ払う。此方を睨み付け、ズラリと並ぶ牙を鳴らしている様だ。

 

 当たり前だが平和的な話し合いなど不可能だろう。凡ゆるレヴリは人類に敵対的な行動を取るのだから。そこに例外は無い。

 

「……怯むな! 動き出す前に接近するぞ‼︎ 発火能力者は我が身を守れ!」

 

 千里眼に、少しずつ後退している陽咲と渚が映った。竜を刺激しない為か、かなりゆっくりとした歩みだ。とても間に合うとは思えなかった。

 

「戦車隊と航空隊が気を逸らす。二面作戦だ! その後、我等は奴の側面に向かう。いいな‼︎」

 

「「「はっ‼︎」」」

 

 

 

 ただ、時間を稼ぐ。

 

 命を賭けて、恐怖も苦痛も内包したままに。

 

 カテゴリⅠ。

 

 誰も辿り着く事が出来ない、圧倒的な存在。

 

「我等一人一人の命が、無辜の人々を救うのだ! 皆、誇りを胸に前へ……」

 

 頭上を戦闘攻撃機が、地上では戦車隊がエンジンを唸らせながら前進を始めた。

 

「行けえぇぇーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 




ラストはもうすぐ。お付き合いお願いします。
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