流れ行く時のなかで
「成る程ねぇ」
「それから渚が白く消えて行って、無事に還る事を祈ったのは憶えてる。そのあと意識を失ったから」
「それで一緒に戻ったってこと?」
「実は私もよく分かってなくて。気付いたら近くにでっかいドラゴンが居るし、壊れたビルも見えたから……混乱から抜け出すのに時間が掛かった」
「まあ異世界からいきなりドラゴンじゃ、別世界だと思うわね、普通は」
「うん、怪我も治ってないから痛くてさ。アレは間違いなく致命傷だったんだけどな。不思議」
「……簡単に言わないでくれる?
「そっか……叔母さんも心配してくれた?」
「当たり前でしょう!」
「ゴメンゴメン。でも大きな声出さないでよ。渚が起きちゃうから」
「……渚ってこんなだった? 凄い違和感があるんだけど」
三葉から見た渚は、氷の様に無感情で異常な能力を持つ狙撃手だ。異能も助けて超一流の兵士だと知っている。しかし目の前で眠るのは、姉が大好きな可愛らしい少女でしかなかった。
「マーザリグ帝国以外では"死の精霊"として恐れられてたらしいけど……私達はいつもこんな感じだった。ねえ、叔母さんは知ってるんだよね?」
「そうね。渚の三年間はカエリースタトスから聞いた。身体の傷や心も……もしマーザリグの奴等が居たらぶっ殺したいわね、今すぐ」
「……でもアイツらは長くないよ。異世界から異能者を集められなくなるし、私と同じで逆召喚される筈だから。それに、渚に酷いことした連中には罰を与えたよ」
眩しい光を見る様に、三葉は思わず目を細めた。慈しむ様に渚の髪を撫で続ける指は綺麗なままだ。
陽咲と違い、昔から利口で強い人間だった。将来は医者になると勉学に努め、奨学金すら手が届くほど。三葉は金の心配など必要ないと伝えていたが、それに甘える様な千春ではなかったのだ。今も変わらぬ美しき女性だが、更に強くなって帰って来た。
「貴女を診た医師だけど」
「
「そう。あんなだけど優秀な奴だから」
「分かってる。それで?」
全てを理解している。千春の瞳はそう言っていた。だから三葉の口は勝手に話し始める。
「後で詳細は説明があるでしょうけど、千春の身体のこと。さっき聞いた召喚の間で受けた傷、完全には治らないわ。歩く事もスムーズには難しいって。脇腹も肩も100%には……残念だけど……」
「そっか……仕方無いね」
やはり分かっていたのだろう。あっさりと認めた。
「千春……」
「後悔なんてしてないから安心してよ。あの時はアレしか思い浮かばなかったし、この子は自分の事なんて気にもしない娘だから……でも、今こうして渚がそばに居る。三葉叔母さんにもまた会えたし、陽咲の泣き顔を眺める時間も、ね」
やはり少し痩せただろうか。艶が見事な長い黒髪も、知性の宿る瞳も変わってはいないが、千春も戦場で足掻いた一人の兵士なのだ。愛する姪を、可愛らしい渚を誘拐したマーザリグ帝国に、三葉は変わらぬ憎悪を覚えた。
「済まない……情け無い叔母だ、私は」
「んー、私からしたら三葉叔母さんも陽咲も変わってるから、そっちの方が吃驚だよ」
暗い空気を感じて、千春は直ぐに話を切り替えた。三葉もそれを知り、顔を上げて答える。
「年齢のこと?」
「まあ陽咲が二十歳になってるのも驚いた。私と一つしか変わらないなんて」
そうなのだ。千春は異世界で一年しか過ごしていない。しかし元の世界では五年が経過していた。何よりレヴリやPLなど存在していなかったし、国家警備軍など聞いた事もない。
「他にもあるの?」
今や
「陽咲は変わらず可愛いけど、叔母さんね、一番は」
「はぁ? 私が?」
「うん。だって、私が知ってる三葉叔母さんは、結構有名なアパレル関連の企業で、かなり偉い人だったし」
「……」
「それが第三師団?だっけ? 軍の偉い人になってる。髪も随分短い。背は変わらなくて小さいままだけど」
「アンタね……!」
「シッ、渚が寝てる」
「くっ」
気にしている身長の事を指摘され、イラっと来た。勿論雰囲気を明るくするための気遣いだと分かっているが、だからと言って許せるものでは無いのだ。千春は理想的な身長とスタイルを誇る。脚など冗談みたいに長くて細い。自由に動けなくなった姪を見て、つい悲しくなった。
「あのレヴリ? 化け物は世界中にいるの?」
「そうね」
「ふーん、じゃあ……」
その時、軍病院の一室、千春が入院した部屋の扉が開いた。ノックも、許可もしていない。
「千春お姉ちゃん! まさかと思うけど、渚ちゃんが……あ、あぁーーー‼︎」
シーツから少しだけ頭を出している渚を発見し、病室という事も忘れて大声で叫ぶ。バタバタとベッドに近寄り、ぐぬぬと唇を噛んだ様だ。
「お姉ちゃん、まさか変な事してないよね?」
「陽咲じゃないし、してないけど?」
する訳ない。つまり、下心満載なのはどちらか明らかだった。シスコンだった陽咲だが、向かう愛情は姉から妹へと移った訳だ。まあ妹に向ける感情とは思えないが。
「じゃあ何でベッドで抱き着いてる……」
「ちょっと、陽咲」
「ひっ……!」
世界で一二を争う恐怖の対象、叔母である三葉の声が背後から届いた。
「此処は病院よ。しかもノックもしないで……子供に戻って教育をし直す?」
ブンブンと頭を振り、真っ青な顔色に変化した様だ。何やら昔を思い出しているのかもしれない。
「ごごごめんなさい……気を付けます……」
「ふん。自称だろうが渚の姉を自負するなら、アンタが大人になりなさいな。キスも当分はお預けね、きっと」
「ええ……⁉︎」
「ふふっ……二人の関係だけは変わってないわね。少し安心した」
千春の笑顔と声が伝わったのか、静かだった渚がもぞもぞと起き出して来た。ポニーテールも解かれているから、いつも以上に儚い雰囲気を醸し出している。左手で目を擦る仕草も可愛らしい。
「……千春?」
「おはよ、渚」
「おはよ」
短く返すと、渚は再びシーツの中へ帰って行く。三葉や陽咲の存在は意識の外なのか、異能や経験から気付かないのは不自然だろう。
「ちょ、ちょっと渚ちゃん! 私が、私がいるんですけど!」
「私もね」
「渚、もう起きなさい。それに余りくっつかれると暑いよ」
「……うん」
短い返事と共に身体を起こすと、ググッと背伸びする。チラリと見えたお腹と下着に、陽咲の視線は釘付けとなった。その様子を呆れた風に見る三葉。益々ヤバい奴になってるなと思う。仕方無く気持ち悪い姪から視線を外し、肌けたパジャマを千春に整えられている渚に問うた。
「昨日から此処にいるの?」
「朝から」
「部屋の前とか廊下にウチの兵士が見張ってたでしょ? 報告がないんだけど」
「見つかってないから」
「……そう」
一流どころを配置した筈だが、精霊には意味が無かったようだ。
「あのさ、お姉ちゃんも怪我してるし、渚ちゃんだって治療の途中なんだよ? 勝手に病室から居なくなったら駄目じゃない。越野先生なんて、また怒ってたからね?」
「……分かった」
特に反論もなく、渚は素直に従う。
「そ、それに浮気は駄目だよ?」
「浮気?」
姉と叔母である自分が居る場所で、この姪は何を言い出すんだと三葉は更に呆れた。
「渚ちゃんと私は姉妹以上、恋人以上なんだから。この間、話をしたでしょう? 手紙の返事も未だなんだからね」
恋人未満じゃないのか……呆れがどんどん強化されて三葉は天を仰ぐ。と言うか、返事してないなら妹未満で恋人でも無いだろう。
「手紙……帰ったらキスしたいって」
「約束!」
間違いなく約束などしていない。遂に三葉は拳を握り、頭をブン殴りたくなって来た。このまま行けば
お尻をベッドの上で滑らせて、ゆっくりと床に脚を下ろす。そのまま立ち上がり、自称姉兼恋人の前に渚は立った。まさか怒られるのかと陽咲は固まる。
「陽咲」
「な、なにかな?」
「かがんで」
「あ、はい」
「目を閉じて」
「うん」
そして、柔らかな感触が陽咲の頬を撫でた。ほんの少しだけ冷たくて濡れている。
「……渚ちゃん。唇は?」
「調子に乗らないで」
「だって私達付き合ってるよね⁉︎」
「付き合ってない」
「嘘だ!」
「お前等……此処は病院だと言っただろうが……」
地獄から響く様な三葉の声。
震え出す陽咲。
知らん顔の渚。
花が咲く様に笑う千春。
世界は未だレヴリとPLに脅かされていても……過ぎ去った時間は取り戻す事が出来るだろう。
陽咲の頬を思い切り引っ張りながら、三葉はこの時を噛み締めていた。
○ ○ ○
第三師団は''竜"との戦いで約半数の兵力を失い、三葉は責任を取って司令と軍を辞するつもりだった。
しかし、他でも無い師団の皆が嘆願を提出して結果は翻る事になる。驚くべき事に第一、第二師団からも届いたのだ。
これにより、戦力が減じた第三は形を変える。
一度解体されると、新たな部隊へと再編成された。
「PL奪還特務部隊」
PL解放に特化した特殊な部門だ。その力は日本国内に留まらず、世界の凡ゆるPLが対象となっていった。
その象徴は、部隊長である三葉花奏ではない。
代名詞と言える隊員は三名。その三人を支える為に、残る兵力は存在すると言っていいだろう。
長女の
彼女は本部隊の最高戦力にして、同時に世界最強の異能者だ。その殲滅力は"カテゴリⅠ"すら関係なく、
次女の
三女の
苗字の通り、長女や次女と血の繋がりはない。しかし、姉である二人が揃って話すのだ。渚が居ないなら私達は存在すらしていない。姉妹を強く結び付けてくれたのは彼女なのだ、と。真っ黒な銃を操り、特異な異能で世界を深く見詰める事が出来る。名高い三葉部隊長の"
杠姉妹はメディアへの露出もそれなりにある事で、今や世界中の注目の的だ。理知的な姉と小動物の様な妹。彼女等はまさにアイドルと化し、美しい容姿も相まって凄まじい人気となっている。
では、三女はそうでもないかと言うと全く逆だろう。
頑なにメディアへ顔を出さない。パパラッチからも巧みに逃走し、とにかく謎多き少女だ。しかしそれが皆の興味を惹き、加熱して行く。数の力とは凄いもので、何枚かは静止画が出回っているようだ。二人の姉と同等、いやそれ以上の美貌が明かされると、もはや止まらない波へと変わった。
だが、ある日から、それもパタリと止まる。
世界最強の異能者、二人の姉の怒りが爆発したからだ。不埒を働く奴は一人残らず駆逐する。レヴリと同様に。そう宣言したのだ。慌てたのは各国の首脳だった。今やレヴリに対抗する最高戦力、その部隊がボイコットするかも……そうして、三女は不可侵の存在へと変貌したのだ。
因みに、祖父であり日本有数の資産家である
一つだけはっきりしているのは……
時に喧嘩をしながらも、日々を幸せに暮らしている事だろう。誰が見ても仲睦まじい姉と妹……そんな三姉妹なのだから。
fin
此処までお付き合い頂いた読者の皆様、ありがとうございました。読み終えての感想など頂けたら嬉しいです。あと、もし良ければ評価も……それではまた何処かで。