傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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ふと書きたくなって、後日談を投稿します。三話構成。


後日談
ハッピーバースデー 1


 

 

 

 

 

「んー、これと、これかな。先ずは試着ね」

 

「……」

 

 南米のとある国にあったカテゴリⅡの異界汚染地(ポリューションランド)を解放し、国家警備軍PL奪還特務部隊は束の間の休息を得ていた。そして、つい二日前に日本へ帰国してから間も置かず、隊長の三葉(みつば)花奏(かなで)が命令を下したのだ。

 

 隊員である遠藤(えんどう)(なぎさ)へ、バースデーパーティーへの参加を。

 

 因みに、誰のと聞いたら二十一歳を迎える自称姉兼恋人?と答えが返って来たらしい。それだけならば未だ良かったが、祖父となった遠藤(えんどう)征士郎(せいしろう)が何故か張り切り、超高級ホテルのレストランを貸し切った。

 

 何より渚にとって憂鬱なのは"ドレスコード"が存在することだろう。

 

 お洒落どころか着る物や下着にも全く拘らない。髪も肌も、化粧なんて以ての外。周りが何度勧めても首を縦に振らなかった。今や日本どころか世界的に有名な"杠姉妹(あかなししまい)"さえ上回る美貌を誇ることもなく、はっきり言えばその辺にいる男の子と変わらない。いや、まだ最近の男子の方がマシだろう。

 

 それを憂う連中により画策されたのが、今回のパーティーだ。

 

 主役である筈の陽咲(ひさ)を差し置き、それで良いのかと渚も思った。しかし、その陽咲本人が最も楽しみにしているのだからどうしようもない。

 

 着飾った超可愛い渚ちゃんをお願い! 

 

 これが主役からのご注文なのだ。

 

 その願いを受け、渚を連れ回しているのは千春(ちはる)だ。杠姉妹の姉であり、世界最強の異能者。同時に依存し、ある意味で誰よりも大きな存在。渚が断り難いだろう相手なことも計算済みで、事実苦い顔をしながらも素直について来た。

 

 渚に介助される車椅子に乗ったまま、気になった服を見繕っていく。表情はとにかく対象的で、千春は凄く楽しそうだ。

 

「ほら早く。まだ行きたい店がたくさんあるんだから」

 

「……別に隊服でも良いはず。ドレスコードにも引っ掛からない」

 

 さっきからあの手この手で反論を繰り返す渚だが、勝ち目が薄いのは自覚している。だが、素直に試着を繰り返す気もない様だ。

 

「もう諦めなさい。今回の主役からのお願いなんだから。それとも渚だけ不参加にする? きっと悲しむだろうな、陽咲は。貴女が誕生日さえ知らずにいたのも、結構寂しかったらしいけど」

 

「分かってる。もちろん参加は、する、けど」

 

「だったら試着。急いで」

 

「……せめて私の」

 

「当然肌の露出は抑えるし、別にヒラヒラしたドレスなんて選ばないよ。ユニセックス中心にするから、ね?」

 

 渚の、マーザリグ帝国での日々は今も日常を蝕んでいた。眠りは変わらず浅く、千春か陽咲が抱き締めないと悪夢に魘されてしまう。特有の異能は場面を記録しており、トラウマすら上回る最悪の記憶だ。しかも、他の誰かが触れたならば、そんな悪夢が甦る。なのに、渚は誰かに助けを求める事もしない。

 

 そう、全てを忘れることなど出来ないのに。せめて薄まれば良いが、それさえも望めないのだ。

 

 だからせめて、杠姉妹は()()()()()を沢山刻むと決めていた。眩しくて、暖かくて、優しい日々を。二人の姉は、悲しい過去を背負った妹を少しでも救いたいだけ。思い切り甘えなさいと言葉にしたところで、儚き少女は首を縦に振らないのだから。

 

 悲しい事に、渚の肌には戦争の傷跡がまだ幾らか残っている。あのマーザリグの屑どもに刻まれた異世界の文字は消されたが、全てを消し去るなど不可能だったのだ。

 

 だから、千春が選ぶ服も露出の少ない比較的地味なモノになる。それでも色合いに拘り、下着くらいは可愛いデザインを選ぶ心算だ。

 

「じゃあ、待ってて」

 

「はいはい。行ってらっしゃい」

 

 困惑の表情を浮かべたまま、渚は試着室の中に消えていった。ポニーテールも解かれ、今や背中まで届く黒髪が揺れたのが可愛らしい。短くしたいらしいが、陽咲が絶対に許さないのだ。因みに千春も賛成だから、味方はいない。

 

「まあショートも似合うだろうけど」

 

 それほどに可愛らしい。自身が人目を惹く容貌だと千春は自覚していた。それでも、渚には敵わないと思っている。成長すれば誰もが振り返る美貌をきっと手にするだろう。まあ本人は望んでいなくとも、幸い陽咲が隣にいる。つまり、余計な虫も寄り付かせない。勿論千春も許しはしないが。

 

「そもそも渚の異能を誤魔化す力なんて誰もない、か」

 

 仮に、不埒で邪な輩が接近しても、渚の目から逃げる事なぞ不可能だ。陽咲や千春が側にいない場合でさえ、あの黒い銃がそれを認める訳もない。きっと無感情に伝えるだろう「マスター、敵が接近しています。殺しますか?」と。

 

 今日はその小煩いカエリースタトスを連れて来ていないから静かなものだ。

 

 すると、試着室のカーテンが開かれた。やっぱり不本意そうな顔色だが、諦めているようにも見える。

 

「着た」

 

「うん。あー、ちょっとこっちに来なさい。腰の位置が違う」

 

 車椅子に近づいた渚に手を添え、あちらこちらを整えた。

 

「はい、少し離れて」

 

 二本ほど後退り、可愛らしい少女が無表情のまま立っている。

 

「うーん、可愛い、かな。でも色がちょっと違うか。それに、ワンサイズ落としても良いかも。渚、これを羽織ってみて。そのあとこっちね」

 

 次々と現れる衣装達に、渚は大きな溜息を溢した。

 

 もう好きにして。

 

 それが、渚の心の叫びだろう。

 

 その日、合計四つの店を回り、稀代の狙撃手はヘトヘトになったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 ホテルの17階に位置するラウンジを兼ねたレストラン。

 

 そこがパーティ会場だった。

 

 気軽に楽しみたいと言う主賓の要望で、半ブッフェスタイルとなっている様だ。ただ、並ぶ料理やデザート、そしてドリンク類も厳選されたもので間違いない。随所に飾り付けもされているが、下品な感じもなく、落ち着いた雰囲気を残していた。

 

 バーラウンジも格式高い造りだし、テーブルやチェアもアンティーク風。いや、本当に歴史あるものだろう。緩やかな音色はピアノの生演奏で、各所のランプなどを眺めれば幻想的と言っていい。

 

「うそでしょ」

 

 なんと受付まで設置されている。巨大な扉の向こうに見えた会場に、渚は呆然と呟いた。見たこともない豪奢な場所だから、ドレスコードを求めるのを嫌でも理解させられる。これが一個人の誕生日会なのか。それが渚の「うそでしょ」に込められていた。

 

「渚ちゃん? ほら、署名を」

 

 何度か顔合わせをしていた男が馴れ馴れしく話し掛けてきた。ソフトモヒカンは変わらず、今日は珍しくスーツで決めているようだ。

 

「お花畑。何してるの?」

 

「それ三葉隊長の口癖……はぁ、僕の名前は花畑ですよ。何をって参列者の受付を仰せつかりまして?」

 

 情報士官が受付。もう意味が分からなくなった渚は無言でペンを手に取る。"遠藤渚"とサインすると、何やら手土産まで渡された。誕生日会と言うより結婚披露宴に近いが、渚は詳しくないために気付いていない。

 

「いやぁ、しかし可愛いらしい。こんな格好なんて普段しないから新鮮だ。さすが渚ちゃん」

 

「……ほっといて」

 

 花畑(はなばたけ)多九郎(たくろう)は本心から声にしたのだが、当人はグニャリと眉を歪ませる。千春から数えるのも馬鹿らしいほど言われたので、辟易していたのが正しい。何度も可愛い可愛いと言葉にするものだから、渚も慣れるしかないのだ。

 

「無理無理。誰でも構いたくなる可愛らしさですから。ね、大恵(おおえ)さん」

 

「ええ、ええ。花畑さんのおっしゃる通り、渚お嬢様の愛らしい姿、この大恵も寿命が伸びる気がしますな」

 

 渚の一歩分うしろ、影の様に控えていた大恵が返す。今は主人から離れ、大切な遠藤家の孫娘に付き従って来たのだ。このホテルまで送迎したのも大恵だし、手土産もさりげなく渚から回収している。レディースのハンドバッグ以外、荷物など遠藤家御令嬢に持たせる訳にはいかないのだ。見事な執事然とした立ち姿、穏やかでバリトンの効いた声。渚の胡乱な視線も軽く流していた。

 

「もういい。入って良いの?」

 

「それは勿論。主役ですから」

 

「主役は陽咲でしょ」

 

「おっと、そうでした」

 

 タハハと笑った花畑がどうぞと促す。大恵も「参りましょう、お嬢様」と誘導を始めた。

 

 信じられないほどフカフカのカーペットを踏み締め、奥に進んで行く。何人か警備軍の仲間の姿があり、渚はますます恥ずかしくなった。()()()()()()()()()()なんて着た事などないからだ。

 

「何がユニセックスを選ぶ、だ。千春に騙された」

 

「お嬢様、何か?」

 

「何でもない」

 

 淡い花柄のボウタイパフスリーブブラウス。文句をつけたら「白が基調で大人しいのを選んだけど、もっと派手にする?」と返され却下。黒っぽいフレアスカートは膝下まで隠すロングで、肌を晒したくない事情も考慮済み。ローヒールなのも慣れない妹を気遣ったからだ。渚としても、あれやこれやと戦ってみたが姉は手強い。

 

 幾人かの女性隊員、つまり顔見知りが唖然とした表情と視線で渚を追う。誰もが想いを口にするが、さすがに本人には届かない小声だった。

 

「うん可愛い」

「分かってたけど、着飾ると破壊力凄いね」

「我が部隊のお姫様だもの」

「あー、渚ちゃん、ギュッてしたい」

「ちょっと、馴れ馴れしく触れたり"ちゃん"呼びしたら殺されるよ?」

「え⁉︎ だ、誰に?」

「そんなの杠姉妹に決まってるでしょ。あと三葉隊長も何気に溺愛してるし」

「うそぉ」

 

 渚がごく普通の少女ならば皆が集まり囲うようにするだろう。しかし、彼女の特殊性や精神的な負担を考慮し、全員が一定の距離を取っているのだ。いわゆるマスコット的な立ち位置なのだが、御本人にはバレていない。そんな風に隊から愛でられているのが現在の渚だ。

 

 あの異世界では"死の精霊"。こっちでは"お姫様"。そのギャップも彼女の自覚なき可愛らしさが生み出している。

 

 

 

 

 

 

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