見渡しても
もうかなり長い付き合いとなっている杠姉妹。だから渚もある程度の性格を掴んでいて、特に陽咲が渚を暫く放っておくのは珍しい。
「渚お嬢様。あちらが席の様ですな」
付き従っていた
「あれはどう見ても主役の席」
「ですが、名札がございます」
当然にそんな事は分かっている。異常とも言える視覚能力を持つ渚にとって、僅か数メートルの距離など無に等しい。だから、折った紙の名札が立っているのもハッキリと見えるのだ。見事な筆致で"遠藤渚様"と書かれている。
納得出来ないのは、明らかなメインテーブルに置かれているからだろう。そして、ここまで来れば渚もさすがに理解していた。
「……大恵も知ってたんでしょ。騙すなんて」
「はて、これは人聞きの悪い。しかし、こうでもしないとお嬢様は逃げ出してしまいますから」
「でも、陽咲の誕生日なのに、無関係の私が」
「ごめん、渚。陽咲の誕生日、ホントは今日じゃないの。あと無関係なんて言ったら陽咲が泣くからね?」
振り返ると、杠姉妹の叔母にして、隊長の
「三葉隊長……ううん、それより誕生日じゃないの?」
「そう。まだ一カ月は先」
「プレゼント、買っちゃダメって煩かったのも?」
「だね」
「なんでそんな」
「その事については貴女のお祖父さんに聞いてくれるかしら?」
手に持っていたスマートフォンを三葉は操作し、そのまま渚に渡す。渋々な感じを隠しもせず、耳に当てた。
「……もしもし」
『おー、渚か。遠藤のお祖父ちゃんだよ』
「ふざけないで」
『ははは、我が孫娘は照れ屋さんだからな。しかし言っておこう。儂の様な老い先短い』
「優しくしろでしょ。大体さっき会ったばかりだよね」
若い者同士楽しんで来いと、送り出したのがついさっきのことだ。老人はこんなとき割り込んだりせず家で待つと宣っていた。更に言うならお小遣いとはとても言えない額の金を渡し、護身兼執事として大恵まで張り付けたのだ。恐らくだが、今着ている衣服もこの爺様の懐から出ているだろう。
『そうだったか? ふむ、言い忘れていたが、そのホテルは儂の経営する会社がオーナーだ。遠慮なんて要らん。それと其処に一室用意したから、ゆっくり休んで明日にでも帰って来なさい。良いな、渚』
間違いなく最上位のロイヤルスイートルームだ。「遠藤家唯一の孫娘が来ている」たったそれだけでこのホテルの支配人は極限まで緊張し、全力を尽くしているのは間違いない。エントランスで従業員共々列になり、深々とお辞儀をしていたのはその為だ。まあそれを見た渚は、可愛らしくビクリと震え吃驚していたが。
「それより、今日のコレ、なに。陽咲の誕生日じゃないって」
『もう分かっているのではないか? お前の姉達が用意し、儂がほんの少しだけ手伝ったんだよ。隊の皆も渚とたくさん話がしたいと聞いているが、何より感謝の気持ちを伝えたいそうだ。異界汚染地の解放も、姉達の幸せも、渚との絆が導いたのだからな』
違う。そう渚は答えたかった。今日があるのは全てが偶然で、結果的には千春の存在こそ大きい。もちろん陽咲の働きや三葉の力、隊の支援があるからだ。未だ過去から逃げられない自分に、何かを期待しないで、と。
否定の言葉を紡ごうと唇を震わせたとき、耳に当てたスマートフォンから老成し落ち着いた声が聞こえてくる。
『今、違うと答えるつもりだっただろう? そんな渚だから、今日の些細な嘘が必要なのだよ。もう一度言うぞ。皆と楽しみ、ゆっくり休んで明日にでも帰って来なさい。良いな?』
「もういい。分かったから」
『くくく、それでいい。ではな』
「じゃあ」
通話の切れたスマートフォンを返す。そして、ニヤニヤ顔を隠さない三葉が受け取った。ウンザリする渚だが、この隊長には何を言っても無駄だ。まだ短い付き合いであっても、非常に有能で同時に中々の性格をしていると理解していた。千春や陽咲の叔母なのだから当たり前かもしれない。
「さあ渚、座りなさいな。でないとパーティーが始まらないわ」
もう観念したのだろう。特に反論もせず、お尻を椅子に下ろした。それを確認した三葉は何処かに合図を送り、直ぐにピアノの生演奏が再開する。緩やかな音色が会場を包むと、奥の扉が開き、参列者に飲み物が配られていった。
そして、
メインテーブルから見て側面のカーテンが左右に分かれれば、渚の目に二人組の女性達が映る。まあ特に意外でも何でもない、杠姉妹の二人だ。
片方は車椅子に座り、それでもスラリとした美を誇っていた。変わらぬ長い黒髪は見事に編まれ、より美しさを際立たせる。大人びた女性の空気を纏っているのは錯覚ではないだろう。
その車椅子を押すもう一人は、オリーブベージュに染めたショート髪も助け、何処か幼さを残している。満面の笑顔は大輪の花を想わせて、名前をそのまま体現していた。
「はい、陽咲」
「え⁉︎ 私? お姉ちゃんじゃないの?」
マイクを渡された陽咲から笑顔が消え、分かり易く動揺している。
「え、えー……ほ、本日はお日柄も良く」
「固い」
「う」
「仲間ばかりなんだから、普通にしなさいよ。渚なんて呆れてるし」
「もう可愛過ぎて見てられない。そうだ、撮影を」
「いや、見過ぎだから。それより早く喋りなさい、陽咲」
我に帰り見渡せば、誰もが生温かい視線を送っている。
「あ、えへへ。じゃあ、改めて……今日は何の日か渚ちゃんは知ってるかな?」
知るわけないでしょうと冷たい視線が返って来た。そもそも喋っている陽咲の誕生日だと言われて参加しているのだ。何やら異能で見詰められている気がして陽咲も引き攣った。ちなみに、怒った顔も可愛いと内心悶絶しているのは内緒だ。
「お、怒らないでって、ね? 直ぐに分かるから。えー、それでは、みなさん分かってますねー? いい? 三、二、一」
「「「ハッピーバースデー、渚ちゃん!!」」」
バックミュージックでは知られた誕生日向けの曲が流れ始めた。ばっちり段取りも出来ていて、準備されているのが分かる。だが、対する主役のお嬢様は困惑の表情に変わった。まあそれも想定内なので、慌てず陽咲はマイクを握り直したようだ。
「うーん、やっぱりね。自分のことだと本当に鈍感なんだから。あのさ、渚ちゃん。以前に遠藤さんから見せられた戸籍謄本覚えてる?」
渚は見たものを忘れない。が、強い印象に無かったものは意識しないと浮かんで来ないようだ。
年齢不詳、身分も不明。それでいながらカエリースタトスと呼ばれる凶悪な武器を所持していた渚。見た目から非常に若い事もあり、当時の第三師団司令であった三葉が画策し、遠藤征士郎が実行したのだ。それは彼女の身柄を確保し、同時に守るためだった。
つまり、戸籍の偽造だ。
祖父に遠藤征士郎、父は遠藤
そして、異能により記憶を見直した渚は溜息をつき、続いて呟いた。
「出生日、今日と同じ」
「うん、さすが渚ちゃん! つまりぃ、今日は、渚ちゃんの誕生日なのです!」
示し合わせたかのように、皆から祝福の声が掛かった。口々におめでとうと言い、中には"お姫様"と喋ってしまって周りに口を覆われた人もいた。
無表情を貫いているが、僅かに染まる頬を見れば渚の心境は分かり易い。そんなところも可愛いと、陽咲だけでなく隊の全員が笑顔になった。
「プレゼントのお披露目は後で行うとして、まず乾杯しよっか。はい、渚ちゃんはアップルジュースね」
果汁100%の濃縮還元でもない搾りたてだ。
「乾杯の音頭はお姉ちゃん、お願い」
「はいはい。じゃあ準備は……良さそうね。最高の狙撃手にして、異界解放の旗手。そして何より、我が隊全員の妹であり娘。そんな渚の誕生日を祝って、乾杯!」
千春の掛け声に合わせ、皆が杯を掲げた。何気に渚も小さくだが合わせたようだ。
ただ、"妹であり娘"と言うワードでは少し固まっていたが。
お姫様と言う愛称まであるのを知らないのは、やはり幸せなことなのだろう。