傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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ハッピーバースデー 2

 

 

 

 

 

 見渡しても(あかなし)陽咲(ひさ)は居ないようだった。まだパーティーも始まっていないし、特に不自然な事ではない。ないが、(なぎさ)はほんの少しだけ違和感を覚えた。この真新しい衣服を纏った渚を見学にも来ない上に、姉である千春(ちはる)の姿もないからだ。

 

 もうかなり長い付き合いとなっている杠姉妹。だから渚もある程度の性格を掴んでいて、特に陽咲が渚を暫く放っておくのは珍しい。

 

「渚お嬢様。あちらが席の様ですな」

 

 付き従っていた大恵(おおえ)から声が掛かり、その方向に目を向ける。綺麗に整えられた眉が歪み、明らかに不審気な色合いが強まった。

 

「あれはどう見ても主役の席」

 

「ですが、名札がございます」

 

 当然にそんな事は分かっている。異常とも言える視覚能力を持つ渚にとって、僅か数メートルの距離など無に等しい。だから、折った紙の名札が立っているのもハッキリと見えるのだ。見事な筆致で"遠藤渚様"と書かれている。

 

 納得出来ないのは、明らかなメインテーブルに置かれているからだろう。そして、ここまで来れば渚もさすがに理解していた。

 

「……大恵も知ってたんでしょ。騙すなんて」

 

「はて、これは人聞きの悪い。しかし、こうでもしないとお嬢様は逃げ出してしまいますから」

 

「でも、陽咲の誕生日なのに、無関係の私が」

 

「ごめん、渚。陽咲の誕生日、ホントは今日じゃないの。あと無関係なんて言ったら陽咲が泣くからね?」

 

 振り返ると、杠姉妹の叔母にして、隊長の三葉(みつば)花奏(かなで)がフワリとした笑顔を浮かべていた。まだ少女然とした渚と同じくらいに小柄で、ショート髪も相まって随分若く見える。実際には四十を超えるのだが、誰も信じられないだろう。

 

「三葉隊長……ううん、それより誕生日じゃないの?」

 

「そう。まだ一カ月は先」

 

「プレゼント、買っちゃダメって煩かったのも?」

 

「だね」

 

「なんでそんな」

 

「その事については貴女のお祖父さんに聞いてくれるかしら?」

 

 手に持っていたスマートフォンを三葉は操作し、そのまま渚に渡す。渋々な感じを隠しもせず、耳に当てた。

 

「……もしもし」

 

『おー、渚か。遠藤のお祖父ちゃんだよ』

 

「ふざけないで」

 

『ははは、我が孫娘は照れ屋さんだからな。しかし言っておこう。儂の様な老い先短い』

 

「優しくしろでしょ。大体さっき会ったばかりだよね」

 

 若い者同士楽しんで来いと、送り出したのがついさっきのことだ。老人はこんなとき割り込んだりせず家で待つと宣っていた。更に言うならお小遣いとはとても言えない額の金を渡し、護身兼執事として大恵まで張り付けたのだ。恐らくだが、今着ている衣服もこの爺様の懐から出ているだろう。

 

『そうだったか? ふむ、言い忘れていたが、そのホテルは儂の経営する会社がオーナーだ。遠慮なんて要らん。それと其処に一室用意したから、ゆっくり休んで明日にでも帰って来なさい。良いな、渚』

 

 間違いなく最上位のロイヤルスイートルームだ。「遠藤家唯一の孫娘が来ている」たったそれだけでこのホテルの支配人は極限まで緊張し、全力を尽くしているのは間違いない。エントランスで従業員共々列になり、深々とお辞儀をしていたのはその為だ。まあそれを見た渚は、可愛らしくビクリと震え吃驚していたが。

 

「それより、今日のコレ、なに。陽咲の誕生日じゃないって」

 

『もう分かっているのではないか? お前の姉達が用意し、儂がほんの少しだけ手伝ったんだよ。隊の皆も渚とたくさん話がしたいと聞いているが、何より感謝の気持ちを伝えたいそうだ。異界汚染地の解放も、姉達の幸せも、渚との絆が導いたのだからな』

 

 違う。そう渚は答えたかった。今日があるのは全てが偶然で、結果的には千春の存在こそ大きい。もちろん陽咲の働きや三葉の力、隊の支援があるからだ。未だ過去から逃げられない自分に、何かを期待しないで、と。

 

 否定の言葉を紡ごうと唇を震わせたとき、耳に当てたスマートフォンから老成し落ち着いた声が聞こえてくる。

 

『今、違うと答えるつもりだっただろう? そんな渚だから、今日の些細な嘘が必要なのだよ。もう一度言うぞ。皆と楽しみ、ゆっくり休んで明日にでも帰って来なさい。良いな?』

 

「もういい。分かったから」

 

『くくく、それでいい。ではな』

 

「じゃあ」

 

 通話の切れたスマートフォンを返す。そして、ニヤニヤ顔を隠さない三葉が受け取った。ウンザリする渚だが、この隊長には何を言っても無駄だ。まだ短い付き合いであっても、非常に有能で同時に中々の性格をしていると理解していた。千春や陽咲の叔母なのだから当たり前かもしれない。

 

「さあ渚、座りなさいな。でないとパーティーが始まらないわ」

 

 もう観念したのだろう。特に反論もせず、お尻を椅子に下ろした。それを確認した三葉は何処かに合図を送り、直ぐにピアノの生演奏が再開する。緩やかな音色が会場を包むと、奥の扉が開き、参列者に飲み物が配られていった。

 

 そして、

 

 メインテーブルから見て側面のカーテンが左右に分かれれば、渚の目に二人組の女性達が映る。まあ特に意外でも何でもない、杠姉妹の二人だ。

 

 片方は車椅子に座り、それでもスラリとした美を誇っていた。変わらぬ長い黒髪は見事に編まれ、より美しさを際立たせる。大人びた女性の空気を纏っているのは錯覚ではないだろう。

 

 その車椅子を押すもう一人は、オリーブベージュに染めたショート髪も助け、何処か幼さを残している。満面の笑顔は大輪の花を想わせて、名前をそのまま体現していた。

 

「はい、陽咲」

 

「え⁉︎ 私? お姉ちゃんじゃないの?」

 

 マイクを渡された陽咲から笑顔が消え、分かり易く動揺している。

 

「え、えー……ほ、本日はお日柄も良く」

 

「固い」

 

「う」

 

「仲間ばかりなんだから、普通にしなさいよ。渚なんて呆れてるし」

 

 ()()()()()()緊張して渚を見ていなかった陽咲は、大好きな少女を視界に入れた。するとピシリと固まり、そのあとジットリと眺め始める。遠慮もなく、寧ろ少しキモい。着飾った渚がちょこんと座っているから仕方ないのだろうか。

 

「もう可愛過ぎて見てられない。そうだ、撮影を」

 

「いや、見過ぎだから。それより早く喋りなさい、陽咲」

 

 我に帰り見渡せば、誰もが生温かい視線を送っている。

 

「あ、えへへ。じゃあ、改めて……今日は何の日か渚ちゃんは知ってるかな?」

 

 知るわけないでしょうと冷たい視線が返って来た。そもそも喋っている陽咲の誕生日だと言われて参加しているのだ。何やら異能で見詰められている気がして陽咲も引き攣った。ちなみに、怒った顔も可愛いと内心悶絶しているのは内緒だ。

 

「お、怒らないでって、ね? 直ぐに分かるから。えー、それでは、みなさん分かってますねー? いい? 三、二、一」

 

「「「ハッピーバースデー、渚ちゃん!!」」」

 

 バックミュージックでは知られた誕生日向けの曲が流れ始めた。ばっちり段取りも出来ていて、準備されているのが分かる。だが、対する主役のお嬢様は困惑の表情に変わった。まあそれも想定内なので、慌てず陽咲はマイクを握り直したようだ。

 

「うーん、やっぱりね。自分のことだと本当に鈍感なんだから。あのさ、渚ちゃん。以前に遠藤さんから見せられた戸籍謄本覚えてる?」

 

 渚は見たものを忘れない。が、強い印象に無かったものは意識しないと浮かんで来ないようだ。

 

 年齢不詳、身分も不明。それでいながらカエリースタトスと呼ばれる凶悪な武器を所持していた渚。見た目から非常に若い事もあり、当時の第三師団司令であった三葉が画策し、遠藤征士郎が実行したのだ。それは彼女の身柄を確保し、同時に守るためだった。

 

 つまり、戸籍の偽造だ。

 

 祖父に遠藤征士郎、父は遠藤久信(ひさのぶ)。久信はあのマーザリグ帝国があった世界で、別の国の国王となっている。渚自身は会ったことも話した事もないが、帰還の技術を千春に伝えたのが彼だ。ある意味で一番の功労者かもしれない。

 

 そして、異能により記憶を見直した渚は溜息をつき、続いて呟いた。

 

「出生日、今日と同じ」

 

「うん、さすが渚ちゃん! つまりぃ、今日は、渚ちゃんの誕生日なのです!」

 

 示し合わせたかのように、皆から祝福の声が掛かった。口々におめでとうと言い、中には"お姫様"と喋ってしまって周りに口を覆われた人もいた。

 

 無表情を貫いているが、僅かに染まる頬を見れば渚の心境は分かり易い。そんなところも可愛いと、陽咲だけでなく隊の全員が笑顔になった。

 

「プレゼントのお披露目は後で行うとして、まず乾杯しよっか。はい、渚ちゃんはアップルジュースね」

 

 果汁100%の濃縮還元でもない搾りたてだ。

 

「乾杯の音頭はお姉ちゃん、お願い」

 

「はいはい。じゃあ準備は……良さそうね。最高の狙撃手にして、異界解放の旗手。そして何より、我が隊全員の妹であり娘。そんな渚の誕生日を祝って、乾杯!」

 

 千春の掛け声に合わせ、皆が杯を掲げた。何気に渚も小さくだが合わせたようだ。

 

 ただ、"妹であり娘"と言うワードでは少し固まっていたが。

 

 お姫様と言う愛称まであるのを知らないのは、やはり幸せなことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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