傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

66 / 66
最終話です。


ハッピーバースデー 3

 

 

 

 大勢の隊員達に話しかけられて、(なきざ)は少しだけ疲れを感じた。元々体力がある方でないし、コミュニケーション能力に長けている訳でもない。だが、そんな精神的負担も、疲労でさえも不思議と心地良いのだ。

 

 今も、陽咲(ひさ)千春(ちはる)以外に触れられたなら悪夢が甦ってしまう。それを誰もが知っている為に、不用意に近付いたりはしていない。それでも、何人かとは記念撮影だって行った。お姫様のサービス満点な対応に、皆が喜びを感じていたりする。

 

 そんな人の流れが止まり、渚は改めて席に戻った。目の前には冷えたアップルジュースが再び注がれており、直ぐ隣にはブラックコーヒーも用意されていた。主役の好みをホテル側も把握していて、さり気ない心遣いは凄いと思う。

 

 僅かな時間だけ悩むと、コーヒーを選んだようだ。丁度良い熱さ、芳しく香ばしい香り。一口飲んでみれば、期待通りの味だ。

 

「美味し……」

 

 そして二口目を喉に流し込んだとき、会場内の灯りが力を失う。つまり、明度が落ち、何かが始まることを知らせているのだ。

 

 パッとスポットライトが照らした先には三葉(みつば)と千春の姿。手にはマイクを持っていて、分かり易い司会者の立ち位置だろう。

 

宴も酣(えんもたけなわ)だけど、みんな付き合ってちょうだい。渚、此処に来てくれる?」

 

「三葉叔母さん、宴も何とかって古くない?」

 

 千春のツッコミも華麗に無視して、渚を誘導する。一方の渚だが、既に嫌な予感を感じ取っており、明らかな及び腰だ。彼女は愚鈍でもないし、間抜けでもない。未来予知などの異能は持ってないけれど、陽咲の姿が無いのが確信を強めていた。

 

 そして其の渚の不安に気付かない姉、つまり千春でもない。だから、そんな姉が続ける言葉に耳を傾け、渚は動けなくなった。千春の存在は今も、渚にとって最も大切なのだから。

 

「渚。今日のパーティーは陽咲が頑張って準備したんだよ? 確か二、三ヶ月前からかな。貴女に喜んで貰えるよう、少しでも隊に溶け込めたならって。こんな言い方なんて恩着せがましいのは分かってる。でも、ちょっとだけ話を聞いてあげて」

 

「……うん」

 

「ありがとう。じゃあ始めよっか。陽咲、いいよ」

 

 再び扉が開き、カチコチに固まった陽咲がゆっくりと歩いて来る。誰が見ても緊張の極度にいて、同時に強い決意を固めた瞳だ。

 

 そして、立ったままの渚の前で直立不動になるもう一人の主役。

 

「渚ちゃん……」

 

「陽咲」

 

 真っ赤な顔、震える両手と脚。フラフラと彷徨っていた視線は漸く渚に固定される。そうして片膝をつくと、今日の主役を見上げた。

 

「……あのとき、カテゴリⅢの赤鬼と戦って、私は死を覚悟したの。でも、気付いたらレヴリは倒れてて、初めて渚ちゃんに出会った。それから何度も何度も助けてくれて、ううん、それどころか異界汚染地の謎を解明して、魔力の存在も。だから、貴女は私達にとって、返し切れない恩のある女の子だね」

 

「そんなこと……私なんかより千春が先に還って来てたら」

 

「うん、渚ちゃんの気持ちは分かってるつもり。確かに、もしかしたらそうかもしれない。でも、そうだったら私は渚ちゃんと会う事も無かった訳でしょ? そんなの、考えるだけでも泣いちゃうよ」

 

 陽咲の心からの声に、渚は二の句を告げる事が出来なかった。何より自分も、陽咲と出会わなかった世界など想像したくもない。

 

「そして私は、もう知ってるだろうけど、渚ちゃんに恋をした。誰よりも大好きだし、誰よりも幸せでいて欲しい。愛してるの、キミを」

 

 足先から頭の天辺に向け、不思議な痺れが走る。こんな感覚、渚は今まで味わった事がなかった。そしてとにかく恥ずかしい。全員がこっちに注目していて、一言一句に耳を傾けているのだ。だけど、陽咲を止めることもやはり出来ない。

 

 陽咲は手の中にあった()()念動(サイコキネシス)を発動した。フワフワと浮かんで、クルクルと回っている。それは非常に小さくて、でもキラキラとライトの明かりを反射した。

 

 一方の渚は身体を軽く、優しく抱き締められる感覚に。そう、世界最高峰の念動が包んだのだ。渚の異能であろうともその力は視界に捉えられない。

 

「だから、結婚してください!」

 

 目の前の宙空に浮き、クルクルキラキラしていたのは"指輪"だ。だからある意味で、陽咲のお願いはバッチリ合っている。合っているが、渚は眩暈しかしない。こんな大勢の前で、姉や叔母が見守る場所で何を言ってるんだと思った。

 

「……此処で返事をしろと?」

 

「結婚して! 私は本気だから!」

 

 話が通じない。もう返事を貰えるまで動かない気だ。そもそも念動に包まれた渚も脱出不可能だけれど。渚は諦観に襲われ、なぜか笑いが込み上げてきた。もうなる様になれと思う。

 

「分かった。じゃあしっかり聞いて」

 

「はい!」

 

「いや、無理だから結婚なんて」

 

「何で? 無理な理由は?」

 

 その返答に、陽咲は悲しみを浮かべたりしなかった。寧ろ予想通りだったのだろう。

 

「そんなの……私の過去を知ってるでしょ。今更忘れたりなんて出来ない」

 

「勿論知ってる、キミの異能も。だから、それごと渚ちゃんが欲しい」

 

「……私は見ての通り女だけど。陽咲も女性だよね?」

 

「前にも言った。関係ないよ」

 

「で、でも」

 

「ねえ、私のこと好き、嫌い?」

 

「そんなズルい質問に答えたくない」

 

「千春お姉ちゃんが好きなの? でも、お姉ちゃんだって女性だよ?」

 

 言葉に詰まる。自分でも分からない感情だった。間違いなく千春を愛しているが、それがどんなカタチをしているのか本人でさえ不明瞭なのだ。ずっと昔、自分が男だった記憶と事実は誰にも話していない。それどころか、生涯明かす気も無かった。

 

「私の目をしっかり見て、もう一度、聞かせて。渚ちゃん、私と結婚しよう?」

 

 余りに真摯に、隠す事ない愛情を向けられて、普段冷静な渚でさえ動揺している。心の中と心臓は激しく踊り続けた。こんな大勢に凝視されること自体に慣れないのもあるだろう。視界には千春や三葉もいるのだ。

 

「……無理だよ。私の身体……ううん、()()子供で」

 

「うん」

 

()()()結婚なんて」

 

「うん」

 

「大体こういうのは()()()()()にするもの」

 

「それが答え? 渚ちゃんの本心なんだね?」

 

「……そう。だから、ごめんなさい」

 

 まだ動揺から抜け出せない渚の、だからこそ感情そのままの言葉達。渚もやはり傷付いていたが、それでも紛れもない()()だ。

 

 だから、もしかしたら泣き出すかもしれない陽咲に視線を合わせる。だが、目の前にいる彼女は爛々と瞳を輝かせ、これ以上ない笑みを浮かべていた。まるで陽の光の下に咲く満開の花のようだ。

 

「……?」

 

 どうして嬉しそうなのか、渚は分かっていない。つい先ほど溢した"答え"が何を意味していたのかを、彼女自身が理解していないのだ。

 

 それを知った陽咲は、解答を教えてあげることにする。もう渚が可愛すぎて我慢出来ないのもあった。

 

「渚ちゃんは未だ子供で、直ぐには難しくて、本当は二人きりで話すことだったね。うんうん、確かにその通り、さすが渚ちゃん」

 

「……あ」

 

 バラバラだった断り文句達を並べたとき、渚は全く別の意味になる事に気付く。陽咲の笑顔も、「それで良いのよ、渚」と頷く千春も、ニヤニヤ顔を隠す気もない三葉も、全部が見えた。

 

「あ、あの、さっきのは」

 

 何より、自分の熱くなった頬が否定を許してくれない。

 

「大丈夫、私に任せてね。だって、私達は今日、()()したんだから!」

 

「婚約?」

 

 稀代の狙撃手は茫然と呟いた。そう、頬を真っ赤に染めたままに。すると、千春の乗る車椅子を押しながら三葉が二人に近づいて来た。そして、渚と陽咲の間で止まると、厳かな声で宣言を求め始める。周りの参列者も静かにその瞬間を待ったままだ。

 

(あかなし)陽咲(ひさ)。指輪を」

 

「はい!」

 

 フワフワと、キラキラと、指輪が渚の左薬指へピタリとはめられた。そして渚も突き返したりしない。諦めた訳でもなく、それが自然な事と思えたからだ。輝きを放つ指輪をボンヤリと眺める。

 

「私と、陽咲」

 

「渚ちゃん、受け入れてくれてありがとう。これからは私がずっと護るから」

 

 長い間、渚が陽咲を護ってきた。一人の守護者として。しかし今、その任務はある意味で解かれたのだ。そして、その言葉を宣誓とするために、千春は二人に問い掛ける。

 

「誓う?」

 

「誓います」

 

「渚も良いね?」

 

「うん」

 

「では此処に、陽咲と渚の婚約を宣言し、それを姉の私と」

 

「叔母の私が」

 

「「証明します」」

 

 ワッと歓声が上がり、万雷の拍手も合わさる。陽咲は「みんなありがとう!」と返していった。そのあとギュッと渚を抱き締めると、小さな身体を持ち上げたのだ。細く軽い婚約者を抱き上げるのに、念動なんて要らない。

 

「渚ちゃん!」

 

 んー、と唇を突き出す陽咲。

 

 あと少しで念願のキスが達成されそうな瞬間、渚は間に手を入れた。ブチュと手の平に口づけをした陽咲は慌てて顔を離す。

 

「ちょ、何でダメなの!」

 

「調子に乗らないで」

 

「うぅ、いつもの渚ちゃんに戻っちゃった……」

 

 会場は笑いの渦に包まれて、緩やかなバースデーソングが風の様に流れていく。

 

 そして渚も、小さく笑顔を浮かべる事が出来た。

 

 もしかしたら本当に生まれ変わったのかもしれない。

 

 今日という日に。

 

 そう、誰かが言ったのだ。

 

「ハッピーバースデー」と。

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでくれた皆様。ありがとうございました。約二年半前に完結した作品ですが、如何だったでしょうか? それではまたどこかで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【完結】腐血のサルヴァトーレ:TS悪役外道転生(作者:WhatSoon)(オリジナル現代/冒険・バトル)

鬱ゲーの世界に転生してしまった元男が、世界を守るために主人公を痛めつける話。▼この世界で『異能』の力を持つ者は『精神的苦痛』によって強くなれる。▼だから、大切な貴方を守るために……その貴方を傷付ける。▼例え、恨まれて、憎まれて、殺されるとしても。▼毎週更新!一クール小説杯の参加作品です。▼全12話。▼毎週日曜日:23時に更新予定。▼表紙はめあり愛子さんに書い…


総合評価:15720/評価:9.03/完結:19話/更新日時:2026年03月17日(火) 18:02 小説情報

ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます!(作者:恥谷きゆう)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

普通の男子大学生だった主人公は、漫画「Souls light nobly」の悪役中ボス、ブルームに転生してしまった。▼ ブルームはラスボスに使い捨てにされて悲惨な死を迎える運命のキャラクターだ。▼ ▼ 「そんな運命を辿るくらいなら、推しの姿を観察していた方がいい!」 と奮起したブルームはラスボスの組織には入らず独自に行動する。▼ 計画通りに原作キャラを影から…


総合評価:2207/評価:7.73/連載:62話/更新日時:2026年08月27日(木) 20:09 小説情報

TS生贄娘は役割を遂行したい! (作者:雲間)(オリジナルファンタジー/ノンジャンル)

とあるSRPGゲームの登場人物『カテリーネ』に転生していた日本人男性。そのカテリーネは、ゲーム主人公の幼馴染であり初恋相手な巫女であり、最終的に生贄になって命を散らす存在だった。▼しかしある願望から、そのまま生贄になりたいと思っているカテリーネ。▼順調に物語通り進んでいると思っていたら、本来は来ないはずの敵将軍が住んでいる村に来てしまって……?▼別名、生真面…


総合評価:6773/評価:8.68/連載:206話/更新日時:2026年08月15日(土) 19:06 小説情報

(書籍発売中!)逃げる魔法使い 〜寿命を削って魔法を使っていただけなのに、なんだか周囲の様子が変です〜(作者:うちっち)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 カドカワBOOKSさんから書籍化します! 皆様の応援のおかげです。▼ ──その子は、笑顔で命を捧げていた。▼ 魔王討伐の旅に加わったのは、ひとりの頼りなげな魔法使いの少女。▼ 笑顔が可愛くて、パンが好きで、みんなの役に立つことが嬉しくて。▼ でも、そんな彼女の魔法は……寿命と引き換えに放たれていた。▼ ただ「助けられてよかった」と笑って、彼女は旅の終わりに…


総合評価:26004/評価:8.85/完結:55話/更新日時:2026年04月25日(土) 07:02 小説情報

一般性癖TS転生少女、真白 光は絶望的なまでにすくわれたい (作者:エテンジオール)(オリジナル現代/日常)

なお、破滅主義は一般性癖に含まれるものとする。▼人間を愛する心優しいTS転生少女が、世の中を価値のある素敵なもので満たそうとする話()


総合評価:3788/評価:8.46/完結:54話/更新日時:2024年05月09日(木) 12:34 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>