傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

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決意する者

 

 

 

 

三葉(みつば)司令。間違いないのでは?」

 

「駄目よ。決めつけるのは早計すぎる。けれど、可能性は考慮すべきね」

 

 三葉と花畑(はなばたけ)、残り三人も座っている陽咲(ひさ)に注目する。今まで何一つ答えのなかった天使の秘密が、少しずつ見えて来たのだ。もし三葉が言う可能性の通りなら、天使(エンジェル)の行動の謎が解けたかもしれない。仮定であるが一定の説得力を持つ。

 

 注目された陽咲は緊張したが、唯一本人だけが納得出来ていなかった。あれから頑張って記憶を探ったが、あの綺麗な女の子など知らない。姉の千春(ちはる)の知り合いにもいない筈だと。

 

 だから、分からない。

 

「コードネーム天使(エンジェル)。彼女はこの半年の間に(あかなし)さんを探していたと仮定しましょう。名前は分かっていたけれど、顔が分からない。だから似通った異能者を追い、陰ながら見守っていた……筋は通ります。このデータからも」

 

 半年間の動向の記録を再度洗った。今度はフィルターを掛けて。

 

 フィルターの条件①に部隊に異能者がいるか。条件②に異能者は女性。条件③は陽咲と近い年齢……以上だ。しかし、この条件をフィルターに設定すれば通常なら八割から九割は弾かれるだろう。

 

 しかし多くあった案件の大半が残った。落ちたのは僅か5件。総数からの確率としたらたったの12%だ。

 

 つまり天使は酷く少数である異能者の更に少ない女性がいる部隊だけを守護していた、そういう事だ。確率的に偶然はあり得ないし、その点は誰も否定出来ないだろう。

 

「恐らく、半年前に出された異能者の名簿に杠さんの名前を見つけたのでは? まだ能力も不安定で立場も確立していない若い異能者は、写真などの詳細情報が伏せてあります。でも念動みたいな貴重な異能はニュース性が高いから例外的に目立つ様にしてあった。まあ明るいニュースってやつですね」

 

「花畑、態々言わなくても分かっている。まあ、そう仮定するなら……天使は僅かな情報を頼りに各隊を追った。無理筋じゃないわね。PLに入る部隊は宣伝対象になるから情報は仕入れ易いし」

 

 それも一種のコマーシャルであり、プロパガンダだ。

 

「でもそうなると、天使は国家警備軍を守護しているのではない。彼女が守るのは陽咲、杠陽咲ただ一人となるわ。都合が良過ぎると感じるし、正体と動機だって不明のまま。仲間の振りをして懐に入る手は古典的な方法よ」

 

 ずっと黙っていた陽咲だったが、再び注目されては静かには出来なかった。

 

「でも……わかりません。何故お姉ちゃんの名前を?」

 

「それは私達にも分からないわね。でもかなりしっかりとした動機があるのは間違いない。半年間、しかも危険なPLに分け入るなんて。カテゴリⅢにすら関係なく来たみたいだしね。おまけに馬鹿みたいに強力な武器を携え、レヴリすら苦にせず……姿を唯一見せたのは陽咲だけ。でも、陽咲の疑問も遠からず解けるかもしれないわね」

 

「そうなんですか?」

 

「はぁ……当たり前じゃない。天使が何らかの動機の元で陽咲を守るなら、貴女が異能者として戦う限り天使は現れるでしょう? 顔も隠さず話もしたなら徹底的な秘密主義でもないし。但し、油断しては駄目よ」

 

「また、会える」

 

 口角が上がり、分かりやすい歓喜を見せる陽咲。その能天気振りに三葉は懸念を覚えた。

 

「陽咲、良く考えなさい。天使が貴女の守護者と規定するなら陽咲が危険になれば現れる。でも其れはあの子も危険と言うことよ? 撮影された姿からも、証言から想定される為人からも、たった一人でPLに侵入している。援護もなく、非力な身体の少女。仲間が沢山いる陽咲とは違うの。人知れずに死んでもおかしくない」

 

「そ、そんな!」

 

「それが現実。天使がどれほどの力を持っていても、どれだけ強力な銃を装備していようと死ぬときは死ぬ。白石隊長がそうだった様に」

 

「それは、どうしたら……」

 

 たった一度、僅かな時間しか会っていないのに、陽咲は彼女が苦しむ姿など見たくはなかった。

 

「簡単よ」

 

「ええ、簡単ですね」

 

 三葉と花畑の二人は仲が悪いのか良いのか、偶に息がピッタリになる。

 

「教えて下さい!」

 

「陽咲を守る必要がない程に強くなればいい。念動(サイコキネシス)にはそれだけの力があるの。貴女には銃も、防護服も必要ない。防壁を構築出来る様になれば陽咲だけじゃなく、皆も天使も守る事が出来るでしょう。仮に天使が悪意を持っていたとしても、ね」

 

「僕はこう思います。杠さんが立派な戦士となった時、きっと天使は褒めてくれるのでは、と。貴女を叱ったのは、取りようによれば励ましにも思えませんか? 彼女はきっと杠さんを大切に想っている、僕はそう信じますね。三葉司令は考え過ぎなんです、見た目に反して老生して……ひ、ひっ!」

 

 三葉の死を運ぶ様な視線に射抜かれて、花畑の脳内にあの世のお花畑が浮かんだ。

 

 しかし、陽咲はそれに構わずに拳を握る。

 

「強くて立派な戦士……」

 

 陽咲は行方不明の姉を捜す為に戦っている、或いは何時かまた会える千春に褒めて貰いたい……そう思うほどに固執していた。確かにレヴリ退治は世の為になっているが、それは副次的なものに過ぎなかったのだ。

 

 だが、陽咲に護りたい存在が出来た。三葉が何と言おうとも、それは確信だった。

 

 僅かな時間しか会っていないのに、その存在は大きくなっていく。端的に言えば"一目惚れ"なのだろう。

 

 千春が陽咲を愛し守っていた様に、今度は陽咲が天使を守護する。つまり陽咲が姉となるのだ。今は弱くとも……近い未来には必ず天使を抱き締めて優しく包み込む。

 

 ブルリ……そう考えた時、陽咲は震えた。

 

 それは、武者震い。

 

 強力な念動と幼くて弱かった精神。相反する両者を陽咲は今更に自覚する。

 

 伏せていた瞳が再び前を向いた時、其処には確固たる覚悟と燃え盛る決意の色が見えた。三葉は其れが分かったし花畑すらも変化したと理解出来たのだ。

 

 全ての異能は精神力に依存している事が知られている。身体が健康であっても、心が弱っていては発現する効果に明確な差が生まれるのだ。所謂根性論が幅を利かせるのが異能者にとっての常識だから。

 

 

 

 この日から、陽咲は加速度的に成長していく事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

 

 崩れたコンクリートから鉄筋が数本飛び出ていた。赤茶けた其れ等は長く風雨に晒されていたのだろう、本来の強度など無いと分かる。それでもタオルや下着位なら掛けてあっても折れたりはしない。

 

 白いタオルには何処かの企業名が小さく刺繍されている。その横には飾り気のないノンワイヤーのブラ、そしてショーツ。垂れ下がる下着類の色はタオルに反して黒だ。シンプルなデザインから恐らくティーンズ向けだろう。

 

 少し離れたところには迷彩柄のパーカーが風に揺れている。

 

 此処は"カテゴリⅤ"と呼ばれる異界汚染地(ポリューションランド)。その片隅にある半壊したマンションの側だ。人影も無い崩壊した街の住民は鹿や猿などの野生動物へと成り変わった。時に現れるレヴリに捕食はされるだろうが野生は逞しい。頭数は増加傾向だ。

 

 だが流石の彼らも衣服の洗濯などしない。それは街の風景としては自然で、PLには不自然な景色だった。

 

 辛うじて屋根が残る場所には、コンクリート色に溶ける灰色の小さなテントが張ってある。中には寝袋とバックパック。ガソリンランタンが一つ。

 

 すぐ側に一人の少女らしき姿があった。木箱に腰を下ろし、片膝を立てて顎を乗せている。感情を悟らせない瞳で片手にペン、もう片方には銀色のパックだ。水浴びでもした様に黒髪は湿っていた。

 

 その濡れた髪は無造作に背中に流している。櫛も通さず、乱れるに任せたままだった。

 

 陽咲達に"天使"などと呼ばれているとは想像もしていない(なぎさ)は髪など気にもしない。髪紐かゴムで纏めて括ってしまえば良いだけ、そう考えている。今はデニムのパンツとグレー色のパーカーを着ていた。無地のパーカーも助けて、服装だけならお洒落に気を使わない中高生の男子と言うところか。

 

 銀色のパックに入ったゼリー飲料をチューチューと吸い出し、空になるとしっかりとキャップを閉め直して横の樹脂製のコンテナに放り投げた。続いて冷えてもないペットボトルに入ったミネラルウォーターをコクコクと細くて白い喉に通し、やはりコンテナにポイと捨てる。上から蓋をしたのは野生動物を呼び寄せたくないからだろう。

 

 コンテナの中はゴミだらけだが、文句を言う人間は誰一人いない。環境問題など過去の話だ。

 

 渚はノートにメモを残していき、陽咲に出会えた数日前を思い返していた。思った以上に時間が掛かったが漸く見つけたのだ。何故かこの周囲はタブレットやパソコンが使えず、従来通りに紙に残していく。そのメモを誰かが見れば、見た目の年齢層に合わない達筆だと感じるだろう。その文字も男らしく見える力強い筆致だ。

 

 其処には「杠 陽咲」の情報と、分かっている範囲の今後の行動が記された。

 

 パタリとノートを閉じると、手に持ったままテントに向かう。夕方が近くなりランプに火を灯すのだろう。

 

 そしてランプに色が入り、影になっていた箇所にも光が届いた。其処には在るのは真っ黒な銃。陽咲が見た形とは明らかに違い、如何にもハンドガンと分かるシンプルなラインだった。緑色した光の線は這っていない。無造作に木箱の上に放り投げられている。

 

 一瞥し興味など無いとばかりに渚は視線を外した。

 

 そんな孤独な空間に、何処か電子的な合成音の声が木霊する。

 

『マスター』

 

 印象は成人の女性だ。あくまでも例えるならだが。機械染みた声音に感情は感じない。

 

『もう()()()()で28時間も睡眠を取っていません。そろそろ眠って下さい』

 

 渚は再び振り返る。

 

「カエリー、お前には関係ない」

 

『関係はあります。このカエリースタトスの存在理由は敵対者の殺傷、そしてマスターの補助と延命です。()()には休息が必須と分かっていますので。絶えず1時間程度で悪夢にうなされて目を覚ますとしても、休息は休息です』

 

「……煩い」

 

 漸く見せた感情は憎悪か諦観か。渚は……全てを諦めたかの様な渚はカエリーを睨み付けた。

 

 その視線の先。先程までは無かった緑色した光の線が血管の如く這う、真っ黒だった筈のハンドガン。

 

 銘を、魔工銃(まこうじゅう)カエリースタトス。

 

 形こそ陽咲が見た時と違うが、あのレヴリを撃ち倒した。声の発信源は其処からだ。

 

 それはーー

 

 コードネーム"天使(エンジェル)"が持つ、渚の愛銃だった。

 

 

 

 

 

 

 


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