傷だらけの守護者 〜全てをキミに〜   作:きつね雨

8 / 66
一目惚れ

 

 

 

 

陽咲(ひさ)ちゃん、頑張るね」

 

 頬を赤く染め、額や身体中からポタポタと汗が滴っている。実戦と同じ戦闘服を纏った陽咲は異能訓練施設にいた。今まで気にもして無かった下着は肌に張り付き、服すら湿っているのを意識してしまう。

 

 学校の体育館どころか、コンサートホール同様の広さを誇る訓練施設は天井も高く、単純にだだっ広い。半分は街中を模した仮想のPL。もう半分は床に複雑なマス目が引かれた空間だ。全体をぐるっと囲む様に、高床の通路が走る。俯瞰で確認するためだろう。

 

 陽咲はマス目が寄り集まった中央に立ち、自身の念動の効果範囲を広げるべく集中していた。今日は監督者がいない為、攻撃的な異能は使っていない。単純な訓練を黙々と行なっていただけだ。

 

 目につくマス目は距離の計測の他、隊の戦略を練ったり、模擬戦にも使われる。また、技術情報部が異能の精査に使用する事もあるのだ。

 

 集中を解いた陽咲は背後から聞こえてきた声に反応する。その声には覚えがあり、誰なのかは見なくても分かった。

 

土谷(つちや)さん、こんにちわ」

 

 一目見た印象は所謂色男。女性の多くは好むだろうし、男性の大半が表に出さない嫉妬を覚えてしまう、そんな男だった。髪を薄っすらと赤く染め、光が当たると其れが分かる。かなりの長身で170cm後半というところか。

 

 160cmにも満たない陽咲からは相当に大きな身体に見えた。少し染めたショートボブと丸顔。姉とは違い幼く見えるのを自覚していているので、見上げる様に話すのが少しだけ苦手だった。この辺りのコンプレックスは叔母である三葉(みつば)花奏(かなで)と似ているかもしれない。

 

天馬(てんま)って呼んでくれって言ってるのにな。はい、どうぞ」

 

 水滴だらけのスポーツドリンクは、まだよく冷えていて買ったばかりだろう。土谷天馬は爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

「ありがとうございます。それと、先輩に向かって馴れ馴れしく出来ませんよ」

 

 陽咲には珍しい少しだけ冷ややかな視線が土谷を捉えた。ペットボトル受け取ると距離まで取ったのは、汗で濡れた身体で異性の側には居たくないのだろう。陽咲自身が土谷を苦手なのも理由の一つだった。

 

 土谷は女好きを隠しもせず、特定の誰かと付き合う事もしない。年齢も23歳と若いが、其れが理由ではないだろう。最近は注目株である陽咲によく構ってくるのだ。食事に誘って来たり、今の様に馴れ馴れしく振る舞う事もある。陽咲の真面目な性格は土谷を嫌悪しているが、当人は気にもしていない。本人曰く、口説くのは障害があった方が楽しい、だそうだ。

 

 因みに、陽咲は土谷に名前を呼ばれる事も許可した覚えはない。

 

「相変わらず堅いなぁ。今後は共同で作戦に従事する事もあるし、もっと仲良くしないとさ」

 

「そんな事は……私はまだまだ未熟ですし。土谷さん程の異能者には足手纏いです」

 

「そんな事ないよ。発火能力(パイロキネシス)念動力(サイコキネシス)ほど珍しい異能じゃないからね。その内に陽咲ちゃんがNo. 1になれるさ」

 

「はあ、ありがとうございます」

 

「ん? 陽咲ちゃん、何か雰囲気が変わった?」

 

「そうでしょうか? 土谷さん、飲み物をありがとうございました。それでは」

 

 陽咲にしては頑張った拒絶だったが、そんな事で怯む土谷ではなかった。

 

「いや、変わったね。可愛い女の子が、綺麗で強い女性になった。俺は何方も素敵だと思うけど」

 

 何やら気持ち悪い事を言ってるなと陽咲は思う。だが、もし変わったのだとしたら理由ははっきりとしている。

 

 千春(ちはる)を探す事とは別に戦う理由が出来たからだ。コードネーム"天使(エンジェル)"、あの女の子を危険から遠去ける為には自身が強くなる必要があった。あの娘が陽咲を守る理由も、そもそも事実なのかも不明だ。しかし、陽咲は何となく確信していて、気持ちに揺るぎは無かった。今は彼女の方がずっと強いだろうし、其れを望んでいるとも思わない。それでも守りたいのだ。

 

 もしかしたらお姉ちゃんも私に対してこんな気持ちだったのかも……陽咲はそんな風に考えていた。

 

 だから、土谷などに構っている暇などない。

 

「そうですか。失礼します」

 

 少し大人気ないのは分かっていたが、隠せない嫌悪感が湧き上がって来るのだ。土谷は女性を娯楽の一つと考えているし、その範囲も広いのが陽咲に嫌悪感を湧き上がらせる。随分歳下の女の子から、歳上のお姉様まで対象らしい。

 

「そっか、じゃあ頑張ってね。訓練の付き合いが必要だったら何時でも声を掛けてくれたらいいから。防壁の構築は対象者があった方が上手く進むし」

 

 もう返事もする気が無かったが、今の言葉に陽咲は反応してしまう。何より今日は防壁構築の訓練などしていないのだ。防壁は難易度が高く、陽咲にはまだ上手く出来ない。

 

「……何故防壁だと?」

 

「ふふ、やっと俺を見てくれたね。陽咲ちゃんはとても綺麗だから天使(エンジェル)みたいだ」

 

 明らかな誘い文句で、土谷も天使を知っていると陽咲を揺さぶっている。まあ花畑はあちこちに情報収集に走っているから当然なのかもしれないが。

 

「土谷さん、答えて下さい」

 

 土谷は端正な顔に笑顔を浮かべた。

 

「やっぱり知らないんだね。花畑さんが会いに来た事も司令に呼び出されたのも噂になってるよ。勿論話題が天使で、と言うか花畑さんなら間違いないけど。あの人、天使天使って煩いから」

 

「其れと防壁に何の関係があるんですか?」

 

「ん? 天使は凄く可愛い女の子で、陽咲ちゃんが一目惚れしたって。守ってあげたいんだねぇ」

 

「なっ! だ、誰がそんな事を⁉︎」

 

 頑張って冷静を装っていた陽咲はあっさりと仮面を外してしまう。土谷の思う壺だが、本人は気付けなかった。異能を除けば、素直で擦れてない若い女性なのだ。

 

「ありゃ、本当なんだね。へぇ……そんなに可愛いんだ。興味が湧いてくるな」

 

 真顔になった土谷を見て、鎌を掛けられたと思った時はもう遅い。

 

 やはり土谷も花畑と同じ変態だ。天使を守るのはレヴリだけじゃなく変態達からも。半分情け無い誓いを胸に秘めた。叔母さんにも相談しよう……陽咲は予定を組む。訓練は中止だ。

 

「もう結構です。それでは」

 

「陽咲ちゃん、訓練には何時でも付き合うからねー!」

 

 歩き去る陽咲の背中に嬉しそうな声が届いたが、もう振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大将、皮とつくねを二本ずつね。それとアスパラベーコンも」

 

「はいよ!」

 

「あっ、あとカルピスサワーと……」

 

「んー、ビールで」

 

「陽咲、またビール?」

 

「叔母さんこそ、カルピスサワーと葡萄サワーばっかりじゃない」

 

 おかわり頂きました! そう叫ぶ大将を尻目に、陽咲と三葉はお刺身を摘まんでいる。陽咲の小皿には山葵で色が変色した醤油があり、一方の三葉は辛い物が苦手でそのままだった。山葵は醤油に溶かず直接刺身に乗せる方が良いらしいが、陽咲はいつも大量に醤油に落とす。

 

「夏ならパインサワーも欲しいところよ。しかし、陽咲もお酒が飲める歳になったかぁ。しかもビールって……あの泣き虫がねぇ」

 

「もう二十歳なんだから当たり前でしょ。それと泣き虫はやめてくれない?」

 

「何言ってるんだか。つい何日か前も泣いてたくせに」

 

 引きつる陽咲は泣かせた張本人を睨んだが、その三葉は知らん顔だ。

 

 良く来る居酒屋だが、大将が三葉に年齢確認しなかったのが気に入ったらしい。味も良く、接客もバッチリなので陽咲にも文句は無い。壁には筆で書いた品書、黒板には本日のお勧めメニュー。まあ、よくあるタイプの店だ。

 

 今日は公務から離れ、叔母と姪として昔ながらの会話を楽しんでいた。入店して一時間は経過しており、近況と千春との思い出話でほろ酔い気分だ。

 

「そう言えば叔母さん。私怒ってる事があるんだけど」

 

「ん? アンタ怒ってる顔も全然怖くないわね」

 

「……土谷さんに何か吹き込んだでしょ?」

 

「土谷くんか。どれの事?」

 

「どれって、あの()の事に決まってるじゃない」

 

 流石に天使(エンジェル)とは言葉にしない陽咲だった。まあ単純に恥ずかしいだけかもしれない。

 

「私が言わなくても噂になってたわ。寧ろアンタが知らない方が驚きだわよ」

 

「そうじゃなくて! ひ、一目惚れ、とか」

 

「ああ、その事」

 

「変なこと言わないでよ……同性だし、相手は中学生か高校生くらいの子よ? もし聞かれて変に思われたらどうするの」

 

「アンタ……一目惚れって言ったって、仲間とか友人とか色々あるでしょう。何も恋愛対象だとは言ってないし、寧ろ当たり前だと思うけど? しかし、元々その()はあったけど、まさか歳下まで範囲とは驚くわ。犯罪はやめなさいよ?」

 

「ば、馬鹿な事言わないで‼︎」

 

 つい大声で叫んでしまい、周囲から注目を浴びてしまう。すいませんすいませんと前後左右に頭を下げて、真っ赤な顔を三葉に向け直した。赤いのは酒の所為ではないだろう。

 

 三葉は飄々としたまま、カルピスサワーを片手につくねを食べている。

 

「……叔母さん、怒るよ?」

 

「てっきりシスコンを拗らせた歳上好きと思ってたけど、ロリまで対象なら私にも考えがある」

 

 陽咲の怒りなど全く怖くない三葉は、更に追い討ちをかけた。本気なのか冗談なのか分かりづらい。

 

「いい加減にして」

 

「変なことしたり、手を出さないなら自由よ。成長するのを待ちなさいね? 自制出来るなら私は責めたりしないし。それどころか場合によっては賛成かな」

 

「賛成? いいの?」

 

 語るに落ちた陽咲だが、本人は気付いていない。

 

「異能は精神力に依存する。誰でも知ってるけど、他人を好きになったら良い影響を与えるわ。特に女性は顕著と言われるから。他にも母性愛や対抗心、お勧めしないけど復讐心ね。ここ数日の訓練、結果はどう?」

 

「凄く良くなってると思う。防壁も時間の問題って感じ」

 

「ふむ、今度見せてみなさい。攻防一体の異能は発火能力(パイロキネシス)にも無い特徴だわ。それと、土谷くんはアレだけど相当なセンスの持ち主よ。個人的好き嫌いは抜きにして学びなさい。それだけの価値がある」

 

「だから土谷さんに?」

 

「当たり前でしょ。彼はあの歳で"カテゴリⅢ"の戦闘経験者。あの赤いレヴリすら駆除出来るでしょう。アンタに講釈を垂れる事が出来る数少ない異能者よ。陽咲、目的を忘れては駄目。達成する為には全てを利用するくらいじゃないと」

 

「利用……そっか、あの()を守る為だもんね」

 

「そっちなんだ……」

 

 三葉は完全にひいていたが、陽咲は幸い気付いてない。勿論千春の事を忘れた訳じゃないのは理解してるが、一目惚れってマジなんだと三葉は思った。

 

「でもさ」

 

「何よ?」

 

「土谷さん、あの娘が可愛いと知ったら目の色変わったんだけど」

 

 当初の目的を忘れない陽咲だった。

 

「は?」

 

「だから、私の勘が正しければ土谷さんも花畑さんと同類」

 

 完璧だ。

 

「あの"超ど変態"と同類……」

 

「ど変態かは知らないけど」

 

「そう……土谷、油断ならないわね」

 

 何かを決意した三葉を見て、陽咲も一安心だ。三葉の異能に見つかったなら逃げる事など出来ない。そうでなくても恐ろしいのが陽咲の叔母なのだ。

 

 彼女の異能"千里眼(クレヤボヤンス)"は伊達ではない。

 

「店長さん、ビールおかわりお願いします!」

 

「あいよ!」

 

 明日も頑張るぞと陽咲は気合いを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。