少女が出会ったのは、若かりし頃の代行者

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聖女の死

わたしは、悪魔に恋をした。

 

 

“生まれながら欠落している――”

 

その事実を受け入れた所で、わたしにはどうすることもできなかった。

せめて何かを返そうと、あらゆる努力を惜しまなかったが、その試みもすべて徒労に終わった。

 

生まれつき体の弱かったわたしは、何ともないただの風邪で死にかけ、擦り傷1つでいくつもの合併症を併発する。

働く力もなく、わたしには、わたしが生きているだけで莫大に消費される治療費を1リラだって捻出することもできない。

ここまでわたしが生き永らえたのは、ひとえに教会の慈悲あってこそだ。

教会だけではないこの歳まで生きながらえるために、関わったあらゆる人に不幸を招いた。

 

親も。

親戚も。

知人も。

他人も。

 

皆、わたしから離れていった。

 

――生きているだけで害になる存在。

それがわたし、クラウディア・オルテンシアだ。

 

 

だから、これは天罰なのだと思った。

 

『こちらは今回の競売で出品された商品の中でも希少なものです!』

 

手枷をつけられた私は、ステージの真ん中で成す術もなく立ち尽くす。

ここは、おそらくどこかの裏オークション会場。

妙に明るいステージからは、客席を埋め尽くす騒々しい観客がよく見えた。司会者が興奮した様子でわたしを示しながら叫び、観客たちの目も呼応するかのようにギラギラ光っている。

 

『――では、10から!』

 

それを合図に、観客たちも口々に前の声よりも少し大きな数字を叫んだ。

病室育ちで世間知らずなわたしでも、自分の置かれた立場は一目瞭然だった。

――売られたのだ。

人身売買を行う怪しいオークション。売り手はこの前からお世話になっている施設の誰かだろうか? 

きっとこの先碌な目には合わないだろうが、未来を悲嘆するほどの気力が、わたしにはすでにない。

そもそも、自分が病室以外の環境で生き抜けるとも思えない。

むしろ、わたしなんかが売られたお金で誰かの役に立てるなら本望だ。……買うことになる人には少し申し訳ないが。

 

「50!」

 

そんなことを考えている内に、気づけばオークションも終盤へ。10から始まった数字もいつの間にか50になっていた。

数字が刻まれ、叫ぶ声もまばらに。

ひと際大きな声と共に、会場は静寂に包まれた。

観客たちを見渡す司会。

そして、運命を決める木槌が振り下ろされ――ようとした、その時だった。

 

「――聖堂教会だ!」

 

叫び、スタッフらしき男が1人、慌てた様子で会場へ駆け込んだ。

それを合図にしたかのように、入り口の扉が吹き飛ばされる。

同時に、吹き飛ばされた扉の先から黒衣の集団が現れた。皆、黒いフードを羽織ったカソックを着て、胸には十字架をぶら下げている。そんな服装で出歩く職業などこの世でただ1つしかない。

 

「神……父さん?」

 

どうして神父さんがこんな所に?

わたしは首を傾げたが、答えはすぐに分かった。

 

「異端審問だ!」

 

再び、誰かが叫んだ。

一瞬の静寂の後、状況を掴めぬ私を置いて、会場中の観客が黒衣の男たちから逃げる様に駆け出す。

そして、

 

「逃げろ! 代行者が――ガッ!」

 

その内の1人が、神父の投擲した刃によって串刺しにされ、胸から血を流して倒れた。

 

「……えっ?」

 

わたしの口から間の抜けた声が漏れる。

しかし、神父たちの攻撃は止まらない。

 

地獄のような光景だった。

逃げ惑う人々を、次々に殺していく神父たち。

1人の容赦もなく。

機械的に、淡々と。

近づく者を殺し。

逃げる者を殺し。

蹲る者を殺していった。

それは、疑う余地のない虐殺だった。

 

わたしは成す術もなく、ステージの上からその光景をただ眺める。

 

その地獄の中で、偶然1人の男に目が留まった。

神父たちの中でもひと際背の高いその男は、眉ひとつ動かさず速やかに自分の仕事を果たしていく。

その男はまるで――

 

「悪魔……」

 

そして、呟くわたしの目の前にも、遂に神父が現れた。

それは偶然にも、先ほど目に留まった無表情で、悪魔のような男だった。

男は変わらず、無表情のまま剣を構える。

 

「ああ……そう言えば……」

 

オークションが失敗したということは、わたしを売った誰かにはお金が入らないということだ。この後、その誰かも彼らに裁かれることになるだろう。

結局“売られる”という行為でさえ、わたしは誰の役にも立てなかったらしい。

思えば、自分の体質を受け入れて以来のわたしの試みは、これで全て失敗したことになる。

 

――なら。結局、答えは決まっていたということだろう。

 

突きつけられた刃を見ながら、最期にそんなことをふと考えた。

わたしは欠落した存在として生まれた。

 

「……多分、何かの間違いだったのね」

 

わたしという存在が誕生したこと、そのものが。

 

間違いだから、ここで消えるだけ。

そう結論を下し、目の前の死を受け入れ瞳を閉じた。

 

……ああ、けれど。

ただ1つだけ。

1つだけ、最後にわがままが許されるのなら。

 

1度でいい。

一瞬でも構わないから。

誰でもいい。

 

――ただ誰かに愛されたかった。

 

誰かを愛して、家庭を持って、静かに生き絶える誰もが夢見るそんな平穏な暮らしが…………。

 

「…………」

 

と、考えていてふと気づく。

祈るように、静かにその時を待っていたが、肝心の終わりがいつまで待ってもやってこない。

なんとなくチラリと様子を伺うと、今まさにわたしへ刃を突き立てている男が、その姿勢のまま目を見開いていた。

 

「お前も…………」

 

「……?」

 

と、何かを呟く。

当然、何のことか、わたしにはさっぱりわからない。

しかし、それだけ呟くと男はわたしに向けていた刃をゆっくりと降ろす。

そして、

 

「女。――私の妻にならないか?」

 

そんなことを口にした。

 

「………………ハイ?」

 

――

 

――――

 

―――――――

 

こうして、わたしたちは出会った。

 

“生まれながら欠落している”

 

生まれつき、人として生きる身体機能の欠けたわたし。

生まれつき、人として幸福を感じる機能の欠けたあなた。

 

それからの2年間は、わたしにとって得難いものだった。

 

彼はわたしを愛そうとしてくれた。

わたしもまた、彼を愛そうと努力した。

 

歪な。

形だけの夫婦ではあったけど。

――ただ誰かに愛される。

それだけで私は十分だった。

 

だからこそ、名残惜しい。

 

わたしにとって、幸せだったという事実は。

あなたにとって、不幸だったという絶望だから。

 

結局また、わたしは与えられてばかりで、この人に何も返すことができなかった。

――けれど、今度こそは。

 

「私には――」

 

最早、立ち上がることすらできなくなったわたしに、男は思い詰めた顔で告げる。

 

「――おまえを愛せなかった」

 

予想できた言葉だった。

だから、わたしは笑う。

 

「――いいえ。貴方はわたしを愛しています」

 

そんなことはないと。

貴方は人を愛せるのだと。

生きる価値があるのだと証明するために。

 

だって。

 

――わたしは、そんなあなたにこんなにも救われたのだから。

 

あなたのためなら。

わたしは進んで地獄に落ちましょう。

 

「ほら。貴方、泣いているもの」

 

わたしは貴方を愛していた。

貴方もわたしを愛そうとしてくれた。

 

これはただ、それだけの話。

 

ただ、それだけで幸せでした。

 




正体不明のクラウディアさん。

何故、彼女は言峰のことを好きになり。
何故、信仰深いはずの彼女が最大のタブーまで犯して、彼を止めようとしたのか。

そんな『こんなだったらいいな』という妄想を煮詰めて煮詰めて、まほ嫁要素を足して、最終的にまほ嫁要素が消えたのがこの作品です。

初期の名残が、タイトルとギリギリ前半部分に残っていますが、まほ嫁を期待した方申し訳ない……。

お読みいただき、ありがとうございました。

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