地上最強のゾイド   作:◆.X9.4WzziA

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【第十四章】導火線の謎

 紺碧の青空はとっくに(すす)と砂粒に汚されて、灰色のまだら模様に染め上げられていた。

 天地の間で深紅の竜がふわり、浮かんだまま微動だにしない。じっと彼方を見つめていたがそれも束の間、ひとたび息吹いてその場に居着く気持ちを断ち切ると、長い首を地上に向けた。

 足元ではうねる白波とどす黒く濁った海水が、先程まで戦場だったこの岩場を着々と覆い尽くそうとしていた。今一度、そのまま視線を彼方に向けてみれば、水平線が二重に見える。

 いや、そんなことがあってたまるか。深紅の竜は紅い瞳で鋭く睨む。……これは水位が上がっているのだ。海面はますます白波を飛ばし、天を衝く勢いで荒れ狂いながらこちらに迫っている。地球でのデータで恐縮だが、津波の速度は水深10メートル付近で時速30〜40キロに達するという。常人の全力疾走程度では到底逃げ切れない。ここ惑星Ziでも同程度の脅威が発生すると考えるべきだ。

 深紅の竜が自ら感知した情報は、速やかに己が胸部コクピットと、自らが両手で握り締める時代がかったビークルのコクピットに送られる。

 全方位スクリーンの解き放つ輝きがやけに眩しい胸部コクピット内で、呆然たる表情を浮かべたままのギルガメス。勝機を見出だせぬままの戦闘中断に加え、天啓が下ったとしか思えない二度の大地震、そして津波の発生。……少年は自分自身が然程信心深くないこと位は自覚しているが、だとしてもだ。まるで裁かれているようにしか思えぬ天災の連続は彼をひどく動揺させるには十分であった。

 そこにアラームが不意打ちの如く鳴り響く。険しい表情のまま全方位スクリーンを見つめれば、浮かび上がったウインドウには各種数値が施された津波の映像が表示されている。

 少年が我に返るためには、数秒程の時間が必要だった。才気煥発を謳われておかしくない人物の反応としては、不自然に遅い。

 だが彼の反応よりも遥かに速く、全方位スクリーンの正面下方で激しい動きがあった。……そこにはビークルが映っている。我が相棒たる深紅の竜が両手で握り締めているものだ。するとその、上部を覆うキャノピーが突如として迫り上がった。中から躍り出たのは物干し竿のような対ゾイドライフルを両手で構えた黒い短髪の美女。漆黒のパイロットスーツをまとっているが、ヘルメットは脱ぎ捨てていた。切れ長の蒼き瞳がねじ伏せるような眼光を解き放つ。

 対ゾイドライフルの銃口は足下の、とある岩場に向けられていた。

「そこの方! 先程は私の身内を助けて下さってありがとう。

 でも、さっさと出てこなければ撃ちます。

 それとも波に呑まれたいですか?」

 凛とした響きは押し寄せる津波の足音さえも阻んでみせた。

 程なく、岩場の影からおずおずと姿を表した者がいる。……いや正確には「者達」だ。

 青く透き通る鎧が美しい、人一人が跨がれる程度には大きな二足竜バトルローバー。そしてその尻を叩いて押し出したボロ布をまとった人物。だがボロ布が強風ではためき、その隙間から濃紺の制服が覗いたところで少年はあっと声を上げた。

「あ……貴方は!?」

「その節は、ありがとうございました。

 今回もご迷惑をおかけします。本当にすみません」

 ボロ布から表した顔は優しい顔立ちながら、立ち居振る舞いは誠に精悍。やはりヘリック共和国軍警察官の証たる濃紺の制服・制帽を折り目正しく着こなしていた。

 この若者はアリルという(……が、ギルガメス達に名乗ったことはまだない)。軍警察に所属するらしいがその一方でキャムフォード宮殿(ヘリック共和国大統領官邸)に繋がりがあるなど正体は杳として知れない。但し、現時点であからさまに敵対するような態度は見せないし、初対面の際は重要な情報を提供するなど非常に助けられたというのが実際のところだ(「深紅と紅蓮の決闘」参照)。

 そのような得体の知れぬ人物だからこそ、激闘のすぐ近くまで忍び寄ることに成功できたのかも知れない。結果的に、ギルガメスにとっては幸いだった。理不尽なことが続き胸が張り裂けそうだったから、新たな興味の対象が姿を表してくれただけでも平静を取り戻すには十分な切っ掛けと言えた。

 

 浮遊し北へと先を急ぐ深紅の竜。その足元では泡立つ白波とどす黒い海水が、イナゴの如く辺りの岩場を埋め尽くしていく。それでも竜の現時点での飛行速度の方が圧倒的に速いが、竜は意識して速度を緩めないよう心掛けた。この津波という恐るべき自然現象を、我が胸部コクピット内の若き主人に見せ続けるのは躊躇われる。優しき竜としては、戦闘以外の要因で主人が精神的に消耗しないことを願うばかりだ。

 さて先程まで深紅の竜は両手に時代がかったビークルを抱えている状態だったが、今の時点でビークルは左手で鷲掴みの状態。右手には小さな二足竜バトルローバーとその主人たる軍警察官の若者を掌に載せている。……その若者はといえば、腕時計型の端末より飛び込んできた通信の対応に追われていた。

「こちらアリル。現在、ギルガメス一行と接触中。『四本脚のゴジュラス』は逃走しました。

 ……は? 現地消防と合流した!?

 自分も、ですか。了解」

 意識して声を大きく伝える。若者アリルが心掛けたのは至極簡単な理由だ。……向こうのビークルにて着席し頬杖をついている美女は微笑こそ浮かべているものの、切れ長の蒼き瞳は眼光鋭くこれっぽっちも隙を見せない。こちらが何か不用意な行動をすれば一秒も間を置かず傍らの対ゾイドライフルを構え、一発で仕留めるだろう。こちらも射撃の腕前に自信はあるが、それ故に「容易には敵わない」と想像がつく。ならば、警戒心を解いてもらうためにも晒せる手の内は晒してしまった方が良い。

「すみません、北の港に津波が押し寄せたそうです。

 私の所属部隊は現地の消防隊に応援することになりました。誠に申し訳ありませんが……」

「だってさ、ギル」

 美女エステルは微笑みを、そして斬りつけるような眼光を絶やさぬまま自分をビークルごと抱えてくれる竜の胸元に向かって声を掛けた。

 胸部コクピット内部の少年は肩をすくめた。

「……え!? そうなんですか。

 ブレイカー、アリルさんをそこまで連れて行くの、良いかな?」

 自分の一存で決めるのは躊躇われる。大事な友達にも同意を求めた。

 深紅の竜は小気味良く鳴いて返事とした。……が、この時に小首を少し傾け、右手に掴む二足竜と若者の顔を覗き込む。……言葉は話せないが非常に頭の良いこのゾイドは、若者に見返りを求めたのである。

 少し驚いた若者アリルは、やはり彼も一廉のゾイド乗りなのだろう。すぐに察したのか両手を叩いて喋り始めた。

「ありがとう、ゾイドさん。代わりに少し、知ってることを話すよ。

 ギルガメス君、僕達は連続殺人事件を追っている。さっき、君達の戦いの場に忍び込んだのもそれが理由さ。

 ご存知の通り、被害者は『導火線の七騎』として讃えられているのが共通点だよ」

 刮目した少年。

 空気が漏れる音と共に胸部コクピットハッチが開く。

 深紅の竜は自らの胸元目掛けて小声ながら鋭く鳴いて注意喚起。正体不明の人物に気を許し過ぎないよう、また高速での移動が求められるため強風波浪に煽られぬよう警戒しなければいけない。エステルの方も頬杖を止めてハッチの奥を注視する。

 薄暗いコクピットの中から現れた少年ギルガメス。いつ爆発してしまうかわからない感情を抑え込むべく、懸命に息を整え平静をどうにか保ってるところ。何しろ不可解な事件が立て続けに起こっている。

「……その『導火線の七騎』ですが、アリルさんは全員ご存知なんですか?」

 おやと若者アリルは目を丸くした。傍目には非常に簡単な質問に見える。

「第一騎はラヴァナーとステゴゼーゲ『グリムリーパー』。

 第二騎はアロンとレッドホーン『カーマイン』

 第三騎はギネビアと『アーサー』の名を冠するライガータイプ。

 第四騎はケンイテンとキメラゴジュラス『亢龍』。……まさかここまで全員亡くなられるとは思いませんでした。

 第五騎、第六騎が不明。

 第七騎がギルガメス君と……」

 甲高く深紅の竜が鳴いた。若者アリルは目を細める。

「そうですね、ブレイカーさんだ」

 だがそう呼ばれた当の本人の表情は沈み切っている。

「僕も、先生やブレイカーも『導火線の七騎』のことは昨日初めて聞いたんです。僕達は、何も知らされないまま命のやり取りをする羽目に陥っていました。

 アリルさん、その『不明』ってどういうことなんですか?」

 若者は決して慌てる素振りは見せないものの、返答に窮した。

「いや、僕も本当に知らないんだ……」

 対する少年が納得する筈もない。

「世界最強クラスの実力者四組みが、僅か三日で亡くなりました。

 僕は二度戦ってどうにか生き延びているけれど、『彼奴』は確実に強くなっています。次に戦って、勝てるかどうか……。

 僕個人の考えですが、もし可能なら、第五騎・第六騎と協力して立ち向かうことも考えなければならないと思います。

 でも今の状態では話し合うことすらできません。このままでは死ぬのを覚悟で正面からぶつかるしかない……そんなのは嫌です! こんな理不尽なことで死にたくないです」

 表情は沈んだままながら、語気強く、前のめり気味に少年が語り続けたその時。

「その第五騎と第六騎って、お役人さん的には存在を認めたら不味い人達……なんじゃあない?」

 間に割り込んだエステル。腕組みし右手を頬に添え、切れ長の瞳を細める。

 彼女との距離は数メートル以上も離れているのに、彼女自身からは気迫がひしひしと伝わってくる。口元には微笑みをたたえているにも関わらず、だ。

 若者アリルは頭を抱えてしまった。二つの気迫に囲まれた格好である。やがて特大の溜め息を吐くと、竜の掌の上で強風に煽られながらもゆっくり立ち上がる。姿勢を正し胸を張り、そして両手を広げて降参のポーズを取りつつ。

「知らないのは本当です。信用して下さい。

 仕事上、必要以上のことを知るのは決して許されないのです」

 喋っている間、若者アリルは決して女教師エステルから眼差しを外すことはない。傍目には睨み合いにも見える。

 かたや竜の右手側、かたや左手側。その間に挟まるような微妙な位置に立たされ、質問した当の少年は狼狽えている。想像以上に険悪な雰囲気になってしまった。

 かように困惑の表情を隠さない愛弟子に対し、横目でチラリ見た女教師は軽く目配せ。頬杖を止めて起立する。

「わかりました。それだけでも十分過ぎるくらいです。ありがとうございます。

 他にも教えて頂きたいことがあるのですが……」

 

 ギルガメスは再び相棒の胸部コクピット内に引きこもった。上半身をハーネスが固定するが、今しばらくは相棒に運転を任せることにしていた。それより、やらなければいけないことがある。額に指を軽く当てれば、たちまち刻印の青白い輝きが浮かび上がる。古代ゾイド人の証とされる刻印。深紅の竜が少年によく懐く理由でもあるという。

「すみません、喋り過ぎました」

 額に指を当てたまま、虚空に向かって話し続ける。テレパシーだ。

 一方、ハッチの閉じられたビークル内部でも。

「良いわよ、全然気にしてない。

 貴方なりの考えが聞けて、嬉しかったくらいよ。ふふ……」

 エステルが同じように額に青白い刻印を浮かべ、指を当てている。……あの若者に聞かせるのは良くないと判断して、この形式での会話を選んだ。 

「何か……手掛かりが掴めたんですか?」

「まあね。わかったことは二つ。

 一つはさっきも言った通りよ。……今現在『第五騎』『第六騎』と呼ばれている方達は、人によっては神と崇める程の実力者かもしれない。けれどヘリック共和国としては、存在して欲しくない連中なんでしょう。そこで彼らは『不明』という形で情報規制をずっと続けているのでしょうね。

 そこで気がついたのがもう一つ。共和国側としては、優れたゾイド乗り同士で争ってくれた方が、この星を支配するのに都合が良い筈よ。何しろ自分達に矛先が向かないからね。

 よって『導火線の七騎』は格好の材料。どんどん宣伝したいところなのに、一部は何故か頑なに伏せられたまま」

 そこまで話しを聞いたところで、少年も円らな瞳を見開いた。

「もしかして『導火線の七騎』は共和国側では決められていない……?」

「あくまで私の勝手な読みだけどね。

 何者かが『導火線の七騎』という情報を発信し続けていて、それを知った共和国が情報規制をかけ続けている。……七騎の間で同士討ちするよりも、情報規制の方がメリットが高いと考えているのね。そういう考えで今日まで来ているのかも。

 色々確かめるためにも、北方大陸に向かわざるを得なくなったわ。当てが結構、あるからね」

 そう彼女が呟いたところで、少年はふと気がついた。懐かしさで遠くを見るような、声質の和らぎ。

「心当たりがあるんですか?」

「少し、ね」

 

 一方、若者アリルはと言えば相棒の二足竜バトルローバーと共に深紅の竜の右腕に載ったままじっとしている。二足竜はうずくまり、若者は胡座をかいて相棒に寄っかかったまま。

 彼は腕時計型端末をいじって状況把握に努めている。師弟が何らかの会話をしているだろうことは十分に想像できているが(※この師弟の様々な背景について、ある程度把握している)、末永く協力関係を維持する上で余計な詮索は無用というものだ。

 面倒事は増える一方である。先程もギルガメス少年の師を名乗る美女と、そういう会話を続けていた。

「マノニア、ですか?」

 若者は咄嗟に聞き返してしまった。

「そう呼ばれていたのでしょう?」

 美女は自らとその愛機を左手一本で抱えてくれる深紅の竜の、開放された胸部ハッチに向けて声を掛けた。……ハッチの縁にしがみついて中腰を維持している少年は「はい」と大きな声で返事した。

「ビスマがそう呼んでいたんです」

 あの四本脚のゴジュラスのパイロットのことか。……既に軍警察では「第一騎」ラヴァナーが、戦いの前に全身虹色に輝く怪人物と接触したとの情報を掴んでいる。但し名前などは最初の事件からまだ三日も経過していないこともあり、情報は慢性的不足の状態である。

「あのゾイドのパイロットに同伴者がいたんですね。伺った特徴をもとに早速本隊に調査を依頼します」

「えっ、全然情報、ないんですか?」

 拍子抜けした風に少年が声を出すと、若者は恐縮して頭を掻いた。

「申し訳ありません。でも名前も風貌も伺った。若干でも映像、あれば頂けますか?

 早速上に連絡します。ここからは人海戦術。わかるのは速いと思いますよ」

 

 やり取りを思い出していた若者。やがて意を決すると、左腕を自分の胸元と水平に構える。腕時計型端末で連絡を取るつもりだ。要件は多い。喋りながら整理しよう。

 腕時計型端末のモニターは地図を映し出している。……表示されているのは、ずっと陸地だ。しかし足元を見れば、既にうねる白波とどす黒く濁った海水が埋め尽くしている。至るところから海水が流入しているため、勢いが深紅の竜の飛行速度よりも速く感じられる(※両手に人を抱えているため高速での移動は自重するだろう。現状では時速100キロ程度も出せていないと思われる)。

 すると、遠い彼方から心臓を狙い撃つ落雷の音。

 身体がすくむ若者。左腕に巻きつけた腕時計型端末の上に、雨粒が一滴、二滴。……雨足が滝と化すまでものの数秒もかからない。

「うわっ、いきなり来たか」

 まとっていたボロ布からフードを引っ張り出して被る。

 灰色の雲は既に紺碧の空を分厚く覆い尽くしていた。夕立は絨毯爆撃と化した。

 深紅の竜の胸部コクピット内でも異変はすぐに察知された。全方位スクリーンを覆い尽くす水滴。すぐに解像度が上がって視界不良は回避されるが、パイロットにとってもゾイド自身にとっても結構なストレスであるのは間違いあるまい。少年は両腕を天井や左右にぐっと伸ばしてストレッチ。気を紛らし、どうにか己の心を落ち着けようとする。

 その時のことだ。右方の、水平線。……遠目にもよくわかる高波。だがそれが左右に果てしなく続き、脈動のごとく隆起しているように見える。この場では雨音に全てがかき消されているが、間近に寄せればどんな音が聞こえてくるのだろう。これが津波なのか。

 少年が目を凝らしている時、全方位スクリーン左上にウインドウが開く。

「ギル、ギル、聞こえて?

 北北東に監視所があるわ。そこに人の生命反応ありよ」

 たちまち両目を見開いた少年。彼の視線に合わせて別のウインドウが開き、拡大映像が表示される。

 映像は、まるで海の上に一軒家を建てたように見える。たちまち映像がワイヤーフレーム化されると左右に堤防が伸びていたことが明らかになった。水かさが急激に増して浸水を許してしまったのだ。

 すると全方位スクリーン左上にもう一つウインドウが開く。若者アリルだ。

「ギルガメス君、音です! 音、拾えますか!?

 ギリギリまで放送とサイレンを鳴らした職員がまだ残っているんです」

 それを聞いた少年が相棒に指示を出すより速く、全方位スクリーン内では豪雨、強風、津波に隠されかけていたサイレン音を鳴らし始めた。少年は天井を見上げて呼びかける。

「ありがとう、ブレイカー。

 じゃあ、北北東に向かいます」

 応えて吠える深紅の竜。桜花の両翼を水平に広げ、背負いし鶏冠を目一杯広げると蒼い炎を目一杯吐き出し、彼方へ急行を目指す。敵は津波、そして豪雨。決して抗うことは許されぬ、ある意味ではゾイドを遥かに凌駕する驚異だ。

 現状、深紅の竜がもどかしいのは両手が塞がっていること。わが優しき主人がずっと悩んでいる。ひしひしと伝わってくる。……己が胸部コクピットを撫でてやり、なだめてやりたいが、今は無理だ。

 あの強敵ケンタウロス・ワイルドと交戦するたび発生している地殻変動は、もしや彼奴と交戦したからではないかと少年は思い悩んでいる。そんな馬鹿げた話しはない。科学の難しい話しはわからぬが、大自然なんてものはあちらの勝手な都合で、平気でこちらを殺すものだ。だからこそ、右手に居座る若者の願いを聞き入れた。優しい主人に立ち直ってもらうためならどんなことだってやり遂げる。

 風を断ち切り、雲を切り裂き、雨粒を弾き飛ばし。やがて全方位スクリーン内ではかなり明瞭なサイレン音を捉え始めた。

 同様のサイレン音は、深紅の竜の両手に載った二人と一匹にもよく聞こえている。……音の方角を見れば、建築物の屋上部分だけが、波打つ海面の中にポツリ佇んでいる。津波に遭っていなければコンクリートの簡素且つ小さな作りの監視所とひと目でわかっただろう。フェンス部分に屋根付きのスピーカーがいくつも取り付けられており、そこからサイレン音が出続けている。

 そして、その中央。作業服がズブ濡れのまま仁王立ちする老人らしき人物が一人。こちらに気がついたのか、しきりに手を振っている。どうやら彼がアリルの言っていた職員で間違いあるまい。

 ヘルメットを被ったエステルは準備万端。

「私が行くわ」

 そうビークル据え付けのモニターに声を掛けたところ。

「いや、まずは僕達に行かせて下さい。先生は万が一、拾い損ねた時に助けて下さい」

 愛弟子の円らな瞳は決意で鋭く輝いている。それが嬉しい。

「……わかったわ、外周を回っているから自信を持ってやりなさいね」

 言いつつヘルメットのシールドを降ろすと、ビークルの天井を覆うキャノピーがせり上がる。いつでも手を伸ばせる体勢を確保しつつ、竜の左手からビークルが飛び出した。

 その有様を横目でチラリ見つめつつ、深紅の竜は急上昇。背負いし鶏冠が一際大きく蒼い炎を吐き出す。

「先生、真上から近付きます」

 真横から近付く手もあるだろうが、勢い良く突っ込むわけにはいかない。さりとて減速して近付いたら風雨や津波に飲み込まれかねない。

 さて監視所屋上で手を振る老人は、どうやら自分を助けに来てくれたらしいゾイドが近付いてきたことを確信すると、手を振る動作も大きくなる。だが急上昇する折れ線グラフのごとく屋上に接近された時、足元が滑った。転倒。たちまち転がってフェンス部分に身体をぶつけてしまった。

「ギル、気をつけて! 風圧、強過ぎるから!」

 その有様にビークルで外周旋回中のエステルが声を上げる。

「ああっ、すみません!

 ブレイカー、ゆっくりだ。ゆっくり降りるよ」

 不意の指摘に驚く少年。そのたった数秒で全身から冷や汗が噴出する。今まで赤の他人を救助する経験など殆どなかった。

 冷や汗のままに左右のレバーを絞り込む。

 応える深紅の竜。左右の翼を広げたまま両足を八の字に広げ、鶏冠より炎を消すと、所謂マグネッサーシステムの浮遊力のみでジリジリと降下していく。全身に埋め込まれた突起が唸りを上げて高速回転し、火花が吹き零れる。強風にも負けずバランスを維持したまま降下するために全身でブレーキを掛けているのだ。

 フェンスにしがみついた老人は、一旦は強風が止んだのを確認して立ち上がってみたものの、すぐに別の風圧でしゃがみこんでしまった。垂直に降りてくる深紅の竜。風圧は想像以上に大きい。

(このまま降りたら吹き飛ばしてしまう。どうしよう、どうすれば良いんだ?)

 見かねたエステル。ビークル据え付けのモニターに向けて声をかけようとするが、その時。

「ブレイカーさん、親指を少し貸して下さい」

 アリルだ。あの軍警察の若者だ。ずっと深紅の竜の右腕に掴まれたまま様子を窺っていた。

 主人より先に声を掛けられた深紅の竜はすぐさま自分の胸元を見て判断を仰ぐ。

「アリルさん? どうするんですか?」

「僕の相棒に掴ませる! ウインチを積んでいるんだ」

 叫んだ若者の目の前で、囲いを作っていた竜の右手の親指が頷くように上下に動いた。同意の印だ。

「ありがとう、任せて下さい。ブレイカーさんは止まっていて下さい」

 ここまで大人しく深紅の竜の右腕内でうずくまっていた、透き通った青い鎧の二足竜バトルローバーが身体を起こした。……両手を使うゾイドはその一点においてやや人に近く、常に特殊な立場にあると言える。山程もある超重量級も、人より大きな程度の超小型も共通して、いざという時には劇的な技巧的動作をやってのける。勿論、その両腕によってだ。

 竜の親指(三本爪の内一番短いもの)にしがみつく二足竜。その間に若者アリルはボロ布をめくる。濃紺の制服の懐から現れたフック。それを二足竜の座席の下に隠されたウインチのロープにくくりつける。あっという間に支度は終わった。

 かくてふわり、空中に静止する深紅の竜。時折全身の突起から火花が吹き零れるのは変わらない。一方、己の身長程も下には、津波に呑まれつつある監視所の屋上が見える。……水平線が、徐々にそびえ立ちながら近付いてきているのがわかる。急がないと……そう少年が考えるよりも速く、高らかな掛け声が聞こえた。

 勢い良くダイビング。追いかけるロープ。

 人の体二つ分を割ったところまで急降下するや、ここで急減速。結果、若者は羽毛ベッドの上に飛び込んだがごとく悠々と大股で着地した。

「おじさん、歩けるかい!?」

 明るい笑顔で声をかけると。

「大丈夫じゃ! そこで待っていてくれ」

 数歩、老人が頑張ってくれれば良い。あとは自らが前に出ればどうにかなる。若者は確信していた。前に出る老人。数歩目で滑って転倒しそうになったその時、若者が全身を広げて近付いてきた。……若者の身体にしがみつく老人。

「引き上げて!」

「ギル、上がりなさい!」

 若者がウインチ引き上げの合図を送るその一方で、女教師が深紅の竜に向かって叫ぶ。膨張する水平線は目を凝らさずとも見える距離まで忍び寄っていた。

 かくして二足竜のウインチは引き上げを完了した。深紅の竜は両手で宝物を抱えるように、若者と老人そしてゾイド一匹を確保している。そのすぐ足元で、濁った海水は呻き声のような轟音を上げながら監視所に覆い被さっていた。既にサイレン音は止んでいた。

 その有り様を全方位スクリーン越しながらずっと間近で見つめていた少年ギルガメスは深く深く、溜め息をついていた。……汗びっしょりだとすぐ悟った。きっとあの若者より疲れ切っている。

(敵わないな)

 異質の強さを、少年は見た。

 

 暴風雨が吹き荒れる中、高台で十数体ものゾイドが呆然と津波の脅威を見つめていた。そのうち数体は鋼鉄の狼コマンドウルフ。その足元では複数の兵士・作業員が入り乱れている。

 高台の足元から港の方角を見れば、どうやらコンクリートが透けて見える程度の浸水で済んでいるようだ。一部の堤防や監視所などは津波に呑まれてしまったが、そこでどうやら踏み留まれたようだ。勿論、今の時点での話しだが……。

 ふと鋼鉄の狼の内一体が、彼方で何かを見つけたようだ。たちまち遠吠えの開始。それを合図に沢山の人員が高台の縁に集結する。

 その様子は、急ぎこの海原を飛び進む深紅の竜の視界にも映り込んできた。全方位スクリーン上で確認したギルガメスはホっと思様子で軽く溜め息をつく。

「アリルさん、あの辺で良いですか?」

「うん、構わない。

 まずは降りて、この方を引き渡さないと。救助最優先さ」

 淡々と語る若者。ずっとまとっていたボロ布は老人に貸し与えており、軍警察の濃紺の制服が露わ。深紅の竜自身が雨避けとなってはいるが、とっくにズブ濡れ一歩手前くらいになっている。

 返事をしながらひとしきり、何かを考えていた若者アリル。やがて思い立つと、彼らを抱えてくれる深紅の竜の胸元に向けて語りかけた。

「ギルガメス君、この天候にこの災害だから、しばらく船便は出ないと思う」

 えっ、と胸部コクピット内で身を乗り出した少年ギルガメス。

「そんな! それじゃあ北方大陸には……」

「一応、この災害なら緊急避難と言い張る手もある」

 えっ、と少年は奇妙な声を上げた。

 見かねてエステルが映像に割り込む。

「災害に避難する名目で海を渡っちゃえって言ってるのよ」

「そこまでは、言ってません」

 澄まし顔の若者。『第五騎と第六騎』の件といい、面倒なやり取りにはさしものギルガメスも苦笑いを浮かべた。

「ブレイカー、できる?」

 天井を見上げて話しかけると甲高い鳴き声を上げて愛想よく応えてみせた。激闘はあったが、それで餌を確保しなければならぬほど疲れてもいない。

 よし、それなら。全方位スクリーン越しに師弟は頷き合う。

 ギルガメスは確信していた。ケンタウロス・ワイルドは……魔人ビスマは、すぐに接近してくるに違いない。ならばそれよりも先に、打てる手は打たなければいけない。

 暴風雨の中を、深紅の竜は勢い良く飛び進む。高台は目前なれど港を侵食した海水が退く素振りは伺えない。

(つづく)

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