地上最強のゾイド   作:◆.X9.4WzziA

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【第十六章】王のゾイド

 暗闇の中を照らす淡い輝きは、張り詰めた空気を徐々に解きほぐしていった。

 ギルガメスの心中も同様だ。愛する女性がどうやら旧友らしき者と再会し、感極まって涙を流している。既にそれだけで相当優しい気持ちになれたのだ。魔女とも鉄の女とも呼ばれる女性が何のためらいもなく隙だらけの姿を晒す……そのような場面は少年との旅路でもそう中々お目にかかれたことがない。

 只、気になるのは旧友の方である。人ではない、というのは今更だ。岩盤に身体の半分程が埋め込まれた黒鉄(くろがね)の竜。頭部を覆う強化ガラスはひび割れ、無数にあっただろう鋭い歯は何本もへし折れたまま、残る熊手のような右腕を差し伸べるくらいしかできない。しかしながら器用なもので、熊手を構成する四本の指はそれだけで人の数倍も長く、生身の人間など握り潰せる程大きな掌ながら、慈しむように愛する女性の頬を撫で擦っている。

 その様を傍らで見つめる内に、少年は悟った。……意味もなく、身体が熱い。

(良いことなのに、脳みそを掻きむしられるような気分!)

 彼女と旅を続ける内に、同じような気分を経験したことは何度かある。だがその余り自分の心身に変調をきたすようなことは今までなかった。明らかに、彼女は少年以外の男など眼中になかったからだ。だがその前提がかなり揺さぶられている。

 少年が言いようのない感情に悩まされるこの時間は、意外な者が割り込んで解放されることとなった。

『オイ、[名無し]!

 積モル話シガアルナラ、俺ハ席ヲ外ス。サッサトヤッテクレ』

 傍らで引っ込んでいた泥まみれの角竜が、焦れた様子で声を挟んだ。

 黒鉄の竜は露出している右眼の眼光がぼんやり和らいでいる。人ならば朗らかな笑顔を覗かせるのだろう。

《ああ、すまない[名捨て]》

 ところが黒鉄の竜が返事をするや、次の矛先は少年が搭乗する深紅の竜に向けられた。

『オイ、赤イノ。

 オマエモダ、コッチニ来イ』

 声を上げる少年。深紅の竜は肩をすくめた。

 確かに黒鉄の竜と美女とで積もる話しはあるのだろう。だがそれも含めて本当にこの竜との会話が必要な者は、今この自分の胸部に乗り込んでいる。到底譲れない。……するとそれを承知していたかの様子で、すぐさまぶっきらぼうな物言いで言葉を続けた。

『……アア、ソウダ。オマエ、主人ハ置イテイケヨ』

 深紅の竜は紅い瞳の輝きを強めた。この人語を操る角竜の意図がわからない。黒鉄の竜は快くここまで招いてくれたが、他の者達は一体どういうつもりなのか。それ次第では、主人を下ろすのは最悪の選択となる。

 そのやり取りを横目で眺めていたエステルは、見かねて声をかけた。

「ブレイカー、大丈夫よ。……ギルを置いて、行ってきなさい」

 数秒の沈黙。程なく瞳の輝きを弱めつつ腹這いになった深紅の竜。胸部コクピットハッチが開きギルガメスが姿を現すや、くるりと背後を振り向く。……予想通り、見下ろす深紅の竜が鼻先を近付けてきた。キスまみれだ。

「あははっ、大丈夫だよブレイカー。心配しないで」

 冷たい金属の鼻先で撫でられながらも、少年は円らな瞳を竜から反らさず、やがて口元だけ動かしてみせた。

(何かあったら刻印で呼ぶからね)

 有事には額に宿して相棒とのシンクロを果たす刻印は、ギルガメス少年に秘められた様々な超能力を導き出す源でもある。……深紅の竜は少年の唇の動きを理解すると、囁くように一声鳴いてようやく鼻先を離した。

 奇妙な光景ではあった。深紅の竜が自らの体格を大きく上回る泥まみれの角竜の後を畏まって付いていく。この広々とした鋼鉄の間はどこまで続くのか想像もつかないが、少なくとも二匹の竜が進めばその方角にはぼんやり明かりが灯される。そして二匹が進むに連れ灯された明かりも次々と消えていく。もうこの先は、あの角竜を信用するほかあるまい。

 少年は先程深紅の竜が床に置いたビークルの場所を一瞥しつつ、岩盤の方を振り向いた。

 岩盤に半身が埋め込まれたこの、黒鉄の竜を改めて見上げる。大きい。少年は溜め息を漏らした。我が相棒の倍はあるのではないか?

 ところが少年の姿を見つめた黒鉄の竜は、やがてクスクスと貴婦人のように遠慮がちな笑い声を発した。

《ふふふ、用心深いね。エステルも良い彼氏に恵まれたようだ》

 えっ、と少年は変な声を上げてしまった。このゾイドの人物評とは凡そ正反対だ。

 すると彼の傍らに、いつの間にかエステルが寄り添ってきた。

「[名無し]、からかわないで……」

 彼女は少年の頭一つ分も背が高い。ちらりと見上げ盗み見た彼女の表情は何ともバツが悪そうで、頬も耳も真っ赤に染め上げている。こんな彼女の姿など一度だって見たことはなかった。

 一方の黒鉄の竜は、真っ赤な瞳を夕焼け雲のようにぼんやり輝かせている。湛えた光だけで、この如何にも蛮勇を振るいそうな竜が実際には相当に温厚だと確信できた。

《ああエステル、ごめんね。

 改めてお初にお目にかかるよ、ギルガメス君。僕は今は[名無し]と名乗っている。エステルとは千年前に主従であり、友達でもあった。

 ゾイド分類学上では、僕は[デスザウラー]という種なんだってさ》

 その言葉を聞いて、少年は背筋がピンと伸びた。……初めて見た。大悪竜デスザウラー。ジュニアハイスクールの歴史と道徳の授業では必ず習う、最悪の化け物。露骨なまでの悪者扱いは流石に少年も辟易し大いに疑問を感じたまま今日まで来たが、まさか目にする機会があるとは思わなかった。そして逸話の大半が盛り過ぎだろうと確信していても、こうして目の当たりにすると畏怖の念は簡単に生じてしまうのだ。

 黒鉄の竜は少年の心中を読んだのか、どうか。一息つくと。

《そして……[導火線の七騎]第五騎とも呼ばれている》

 ハッとなった少年。すぐさま、美女と顔を見合わせる。彼女もまた切れ長の瞳を見開いたまま、コクリと首を縦に振った。

 彼女の予想通り(※第十四章参照)、「導火線の七騎」第五騎は一部の人にとっては神と崇められる程の存在であった。そして他の一部……例えばヘリック共和国上層部にとっては存在自体が誠に都合が悪い。デスザウラーなどというゾイドは「最後の大戦」までに完全に滅ぼした筈なのだ。決して存在してはならぬゾイドの名前が伏せられるのはある意味当然のことであった。

 少年は眼前にそびえる黒鉄の竜に、納得する一方で首を捻る。

(間違いない。このゾイドこそは、共和国側がひた隠しにしないと都合が悪すぎる奴だ。……だからこそ言える!「導火線の七騎」は共和国側から発信された情報ではない。でもそれなら、一体誰が、どうやって情報を隠したのだろう……)

 ところがにわかに緊張の色を増した会話の最中、黒鉄の竜の真下より呼びかける声が聞こえた。複数の、多分少年とはそう年も離れていない子供達の声だ。みんなこの地方のものらしき、ゆったりとした民族衣装をまとっている。

「[名無し]様、[名無し]様、お供え物をお取り替えに上がりました」

「お客様が入らしていたのですか? 申し訳ありません、椅子とお茶をご用意しました」

 よく見れば黒鉄の竜が埋め込まれた岩盤の片隅には小さな祭壇が設けられている(竜が視線を心持ち傾ければ十分視界に入る辺りだ)。祭壇は小さいが、いくつもの野菜や果物が並べられており見る者を飽きさせない。

《みんな、ありがとう。少し大事な話しをしているから向こうで遊んでいてね》

「わかりました、[名無し]様」

「お客様、こちらにどうぞ」

 子供達はすぐさま祭壇の供え物を交換し、師弟には椅子とテーブル、そして湯気が立つコップ二つが用意された。師弟も子供達も恐縮しっぱなしだ。

「お邪魔しました、[名無し]様」

「ご用がございましたらいつでもお呼び下さい」

 子供達はややぎこちないお辞儀とともに、岩盤を沿って……黒鉄の竜の足やら尻尾やらが埋まっているだろう左の方角へと立ち去っていった。向こうは真っ暗闇だ。

 岩盤より露出している右腕を軽く振って見送りつつ、黒鉄の竜は語る。

《……ここ、ルシラッド山周辺は土地柄もあって「最後の大戦」では終結まで反乱軍の拠点だった。地上で、弓を使う人達に出くわしただろう? 彼らの親はここに落ち延びてきた者ばかりだ》

 そうだったのか。唸る少年。ゾイド相手に文字通り弓を引くなどという一見無謀な迎撃を躊躇なく実行に移せる(そして少年主従以外の相手ならば高確率で成功していたに違いない)のには、それなりの理由があったのだ。

「……もしかして、[名無し]さんは彼らのリーダーなんですか?」

 早速問いかける少年。少し脱線しそうだが、とにかく何か話してみることにした。

《ハッハッハ、彼らよりずっと昔からここに住み着いていただけだよ。

 ギルガメス君、僕自身は彼らを率いて大それた事をしようなんてこれっぽっちも考えないさ。まず僕の身体は大きく傷ついてしまったまま、やはり損傷著しかったここ・ルシラッド山の遺跡を守るメインシステムと融合したんだ。僕が動き出せばメインシステムは崩壊し、あの子達も只では済まない。

 そして、もう一つ。僕は[導火線の七騎]の秘密を[大体」知っている。その結果、僕はひとつの結論に達したんだ。[導火線の七騎同士は決して戦ってはならない]ってね》

 穏やかながら、その口調には底しれぬ絶望感が垣間見えた。……少年は黒鉄の竜の語りを文字通り瞬き一つせず五感全てを使って聞き取ろうとしている。

「それは、どういうことなんですか?」

 ひたむきな表情を浮かべる少年。黒鉄の竜は真っ赤な瞳を輝かせた。

《君は[狂皇」の伝説を知っているかい?》

 狂皇。一体何だろう。

 黒鉄の竜は少年が首をひねる姿をじっと見つめると、おもむろに右腕を天井に向けてかざした。

 もともと薄暗い鋼鉄の天井は照明が完全に落ちてしまった。ところが暗闇が覆い隠すよりも早く、別の輝きが支配したのだ。……浮かび上がった超巨大映像は、真夜中に荒れ狂う嵐の海を描き始めた。まるで彼方より荒波が押し寄せてくるのではないかと錯覚させる鮮明な映像。少年の足が竦む。

《……大昔の話しさ。

 気がふれた王様がね、惑星Zi全土を手中に収めようと企んだのさ。だが他の国家は頑強に抵抗した。

 手をこまねいた狂皇は化け物を作り出した。それが[王のゾイド]さ》

 少年は「えっ」と声を上げた。上げざるを得なかったのだ。黒鉄の竜が語るお話しはジュニアハイスクールの授業では教わった覚えがない。しかし[王のゾイド]という仇名だけは授業で教わらずとも亡き両親や年寄りなどから何度も聞かされている。

 果たして超巨大映像は、荒波の中に忽然と姿を表す山のような物体を映し出した。……映像はピンボケがひどく、正確なディテールはそれだけ見てもよくわからない。だがこれだけは見逃さなかった。山の頂上には二つの眼光が解き放たれ、頂上には真っ赤に灼けた一本角が高々と掲げられている。よく聞かされた「王のゾイド」の姿形は、そういえば……。

 嵐の海の反対側からは、今少年の目の前にいる黒鉄の竜とよく似た容姿の竜が何匹も現れた。空からはやはり真っ黒い大きな翼の飛竜が飛んできた。もう既に十や二十では効かぬ数の巨大な竜の群れが、空から海から集結し、「王のゾイド」とされる赤い一本角目掛けて雄叫びを張り上げ向かっていくところだ。

 群れる黒鉄の竜達は、次々に首を振り上げた。いずれの背中にも、無数の光の粒が火花を散らしながら吸い込まれていく様子が見て取れる。空を覆い尽くす大きな翼の飛竜達も又、両翼に埋め込まれた鋸のような刃が焼け付いている。

 次の瞬間、光の槍が、赤い熱の円盤が滅多矢鱈に降り注いだ。嵐の海はその瞬間、文字通り消滅した。尋常ならざる高熱が海水を蒸発させ、海底さえも夜空の下に晒した。

 瞬間、辺りにもうもうと立ち込める水蒸気。黒鉄の竜達が、大空を羽ばたく飛竜達が一斉にその彼方を食い入るように見つめたその時、やはり、やはりその中から現れたのだ。禍々しい血の赤色で輝く一本角の姿が。

 一本角の見えるピンボケ画像は彼方を、そして大空をひと睨み。一瞬動きを止めると、大口を開けてひと吠え。

 次の瞬間、今まさに鋼鉄の壁と化して向かっていく竜達・飛竜達を襲った異変。……怒涛の勢いで走り飛ぶ彼らの姿が瞬く間に真っ白に豹変していく。そして、亀裂。ひび割れ、粉砕する竜達。

 何だこれは。何を見せられているのか。天井を見上げたまま、おののく少年。ゾイドはこんな風に死ぬものなのか。……そう心に呟くのが精一杯だったその時、隣りで溜め息とも咳払いともつかない声が漏れ聞こえ、少年はハッとした。

 隣に座る美女は切れ長の蒼き瞳をカッと見開き天井の映像を見つめている。いつも通りの、鉄面皮。だがその唇からは、隠し切れぬ感情がいつしか自然と漏れ聞こえていた。

「[王のゾイド]は、文字通り化け物というに相応しいゾイドだった。ギルガメス君、鳴き声だけで鋼鉄を粉砕するゾイドなんて聞いたことがあるかい?

 狂皇の軍隊と[王のゾイド]は世界各地を焦土と化し、遂に反乱軍のアジトまで乗り込んだ。

 ところがここで、狂皇達は思いも寄らないトラブルに見舞われた」

 叩きつける荒波を踏み潰し、岩壁を砕きながら上陸する一本角。

 海岸に群がる大小様々な竜や獣を、二度、三度と吠え立てる。たったそれだけで文字通り砂のごとく粉砕。嵐の夜空を見上げて更なる勝利の美酒に酔わんと貪欲な雄叫びを上げた、その時だ……一本角の頭上が真っ白に輝いたのは。

 天井で繰り広げられた激闘は、純白に飲み込まれ、ゆっくりと暗転していく。

 辺りが静寂に包まれかけたが、それを破ったのはやはり黒鉄の竜の軽妙な語り口であった。

《ギルガメス君、ジュニアハイスクールの授業で教わったことはないか?

 大昔、惑星Ziには月が三つあった。そのうち一つが消滅した。彗星が激突したと言われている。その結果、破片が惑星Ziに降り注いだ。狂皇も王のゾイドも消滅、この星は滅茶苦茶に壊され人々は滅びの危機に直面した……というのだけど、本当のところはよくわかっていないんだ》

 そう呟くと、黒鉄の竜は今一度天井に指を向ける。暗転していた天井には、少年の相棒たる深紅の竜がワイヤーフレームの状態で浮かび上がった。

《例えば君の相棒ブレイカーくらい大きな隕石がこの星に降り注げば、2〜3キロ四方が破壊されると考えられる。ブレイカーがざっと1万匹分程の面積だ》

 指を向けられた映像は、小さく圧縮される深紅の竜の姿と、それを中心に描かれた凡そ百倍の巨大な円を描き出した。……ブレイカー程の大きさの隕石で、これだけの破壊力があるというのか! でもそれが本当だとするなら……。

《ふふっ、察しが良いね。月が粉々になって破片が片っ端から降り注いだりしたら、実際はもっと悲惨なことになっていたかもしれないよね。月は大きいもの。

 詳しいことはヘリック共和国のお偉いさんがデータを完全に封印してしまっている。だから……例えば、粉々になった月の破片が大気圏外でどれだけ消滅してどれだけ降り注いだのか……なんて込み入った話しはさっぱりわからない。だからこの言い伝え、かなり眉唾だと僕は思う。宇宙から何か飛来して、相当ひどいことになったのは間違いないみたいだけど、真相はわからないままだ。

 さて……こんな出来事から数年経ってどうにかZi人が滅びの危機を脱した頃、とある天文台で奇妙な電波を受信するようになった。

 その内容に首をひねった学者達が共和国軍にそれを伝えると、数日後には電波が受信できなくなっていた。どうやら共和国軍側で妨害されるようになったらしい。……だけど妨害前の電波が伝えるものはとっくに学者どころか世間に漏れていた。電波の内容は、世界各地に散らばる不世出の実力者を指し示していたんだ。誰もが思ったものさ、「ヘリックが嫌がる名うてのゾイドとゾイド乗りの名前が上がっている」ってね。これが「導火線の七騎」が世間に流布した瞬間さ。

 さてこの電波は、未だに飛んで来ている。それに時折帯域が変わったりするから、短期間だけど妨害されないまま受信できてしまうことが度々起こる。まあ、イタチごっこだよね。こういう出来事が果てしなく繰り返されて、電波の内容は一部の権力者や学者達に漏れて伝わるようになったんだ。

 実は僕も、この電波を受信できる。妨害もある程度は無効化できるよ》

 黒鉄の竜はそう告げると、熊手の一本をピンと伸ばして指差す。

 その先にあるのは銃器に挟まれたビークルだ。キャノピーが開いたままのビークルはスリープ状態になっており、メインモニターも暗転している。それが突如、眩しく明滅を始めた。

 少年も美女も、息を呑む。

 砂嵐のようなノイズ。徐々に徐々に、嵐から遠のくように雑音が止み始めた。

 声が、聞こえる。男の声? 女の声? わからない。

 懸命に耳を済ませる少年。やがて聞こえた鮮明な音声は、今や百戦錬磨の少年ギルガメスを一瞬で心胆寒からしめた。

『……第七騎 ギルガメスとジェノブレイカー。

 以上 導火線の七騎』

 自分の名前を呼ばれただけでこんなに肝が冷えるとは思わなかった。それほど無機質で抑揚のない声だったからだ。だがその直後に、声は続いた。

 

『……地上最強 導火線の七騎 ここにあり。

 対立を許すなかれ。結束を許すなかれ。

 第一騎 不在。

 第二騎 不在。

 第三騎 不在。

 第四騎 ケンイテンとキメラゴジュラス「亢竜」。

 第五騎 観測不能。

 第六騎 観測不能。

 第七騎 ギルガメスとジェノブレイカー。

 以上 導火線の七騎』

 

 今一度、先程と同じく少年主従の名前が呼ばれ、繰り返される。

 黒鉄の竜は相変わらず、その厳つい容貌とは裏腹に、何とも爽やかな声で喋る。

《ふふふ、まだ最新の情報に更新されていないようだね。もっとも更新されたらそれはそれで気持ち悪いんだけど。

 因みに昔、僕や[名捨て]の名前が呼ばれていた時期があった。その瞬間の妨害は本当に激しすぎて、僕でも容易には無効化できなかった。僕らが生存していることが世間に伝わるのは余程、嫌だったんだろうね。

 僕らも探されるのは嫌だから、こうしてレアヘルツに囲まれたルシラッド山に隠れるようになった。するといつしか、僕らの名前が『観測不能』に変わっていったんだ》

 そう言いながら今一度ビークルを指差すと、音声は途切れた。訪れる静寂。顔を見合わせる少年も美女。自然に溜め息を漏らす。どこの誰かもわからぬ者達に、人知れずどこかでその名を呼ばれ続けているというのは、決して気分の良い話しではない。それでは、この電波を発信している者達とは?

 彼の様子を少年の頭上ちらりと観察していた黒鉄の竜。首を捻る少年と、全てを理解した様子で腕組みしつつ頷く美女の姿が視界に飛び込む。

《……ギルガメス君、これ、宇宙から飛んできているんだよ》

 唐突に告げた一言に少年は思わず声を上げた。

「う、宇宙!? 何ですか、それ? まさか共和国の軍事衛星とか、そんな奴ですか……」

「そんなご立派な代物じゃあ、ないわ」

 美女が口を挟む。彼女はこういう時、苦笑いを浮かべたりはしない。

「ギル、遠い宇宙の彼方には私達を遥かに凌駕する高度な文明の栄えた星が沢山、あるの。

 もし狂皇が惑星Zi全土を手中に収めたら、次は彼らに牙を向けるかもしれない。だから彼らは先手を打った。月が一個、破壊される程の天変地異は彼ら……外宇宙の住人達が企てたと考えられるわ」

 少年はポカンと口が空いたまま。突拍子もない、スケールが大き過ぎる話しだ。だが彼女や黒鉄の竜の話しが真実だとするならば。

「じゃあ何故、この奇妙な電波が[導火線の七騎]を伝えてくるんですか?」

《お前達を監視しているぞ、という脅しなんだろうね》

 黒鉄の竜が、熊手のような右腕で少年の顔を指差しながら言い放つ。

《狂皇に匹敵する最悪の支配者が、再びこの星に生まれるかもしれない。

 そこで宇宙の彼方に住む彼らは、この面子が潰し合ったり手を組んだりしたら容赦しないぞ、生まれるのは狂皇の再来だ、あいつと同じように血祭りにあげるぞ……なんて、そんな意味で情報を伝え続けているのだと思う。

 そしてこの声が伝える『導火線の七騎』とされる者達の内容は日々更新されている。……向こうの星は物凄く遠いんだよ? 何光年離れているのかってレベルさ。どうしてそんな事ができるのか不思議でならないんだけどね》

 途方も無い話しを、ずっと聞かされている。この少年……ギルガメスに限ったことではない。将来なりたい職業に宇宙飛行士を挙げるような少年少女は惑星Ziには多分、いない。それほど縁遠い世界なのだから、黒鉄の竜が述べる話題には面食らうしかない。

 ともかく「導火線の七騎」の由来はどうにか理解した。理解した上で、確認したいことがある。

「その『更新』された情報で、既にご存知ですよね、[名無し]さん?

『導火線の七騎』と称される者達が、たった一匹のゾイドによって次々に倒されました。そのゾイドとはケンタウロス。パイロットらしき人物は……ビスマと名乗る鋼鉄の皮膚を持った怪人物です。

 彼は『導火線の七騎を倒すのはゾイドの宿命だ』と言っていました」

 岩盤に埋め込まれたままの黒鉄の竜は表情豊かに首を捻る。

《そうか、そんな事を言っていたんだ。納得したよ。

 今日まで『導火線の七騎』同士でトラブルらしいトラブルなど無いに等しかった。小競り合いや結託はどこでもあったけれど、まあ大抵は丸く収まっていたものさ。怪電波がどうとかいう以前の話しで、これほどの実力者同士がぶつかりあったら大変なことになるのが目に見えていたから、お互いずっと自重し続けていた。やがて時が経つに連れ、『導火線の七騎』という言葉は単なる世界最強クラスの戦士達の通称として、せいぜい上流階級でのみ語り継がれるに留まっていったのさ。

 ところがこんな、宇宙の人達が名指しした戦士達を、片っ端から潰して回る奴が現れた。連中はきっと、自分達の予想を遥かに超える化け物が現れたと考えるに違いない》

 再び、黒鉄の竜は熊手のような右腕を天井に向けてかざした。

 暗黒に、散りばめられた白点。真夜中が訪れたようだ。これはもしかして空の彼方……宇宙空間なのか?

 白点の輝きは様々だ。眩しいものもあれば、薄暗くぼんやりしたものもある。少年が顔を見上げてじっと観察していた時だ、妙な現象が目についたのは。

 それも又、何気ない白点に過ぎなかった筈だ。それが瞬きするように明滅した。目を見張る少年。

 再び輝きを取り戻した白点の位置は、少し右にずれたかのように見える。

「まさか……星が、動いた!?」

《流石は超一流のゾイドウォリアー、見逃さなかったね。

 映像はこの遺跡から撮影したものだよ。動いた星は、どうやら小惑星のようだ。

 これが撮影された時間帯に、ここ惑星Ziの地上では君達とケンタウロスが二度目の交戦を繰り広げていたのが確認されている。状況によっては隕石として、この星に飛んできたんじゃあないかと思う。

 だが、それはどうにか阻止された。……起きたでしょう、地震?》

 えっ、と少年は上擦った声。例の「地震」は「隕石の飛来を防ぐために発生した」とでも言うのか。傍らの美女はこの件について何か知っているのではないか……ちらり、面長の端正な顔立ちを覗き込む。

 エステルは何ともばつの悪そうな表情を浮かべていた。腕組みしつつ、大きな溜め息。

「確かに起きたわ。でもまさか、そういう繋がりだったとはね。ギル、ごめんね。怒らないで聞いて欲しいのだけれど……。

 古代ゾイド人は惑星Ziの至るところに遺跡を造って潜伏しているわ。遺跡には様々な防衛機能が備わっている。……レアヘルツだけじゃあない、地震も、その一つよ。大きな地震は軍隊もそうだけど、軍隊が本来守るべき民衆にまでダメージを与えられるから。

 でも、今日まで滅多なことでは使われていないわ。古代ゾイド人はZi人同士が勝手に殺し合って滅んでくれる分には大歓迎だからね。

 ところがどうやら、そうも言っていられなくなった。原因は貴方達と、宇宙由来のビスマそしてケンタウロス・ワイルドとの戦い。宇宙の住人が警戒の基準とした筈の[導火線の七騎]を圧倒するゾイドが大暴れしている。このまま放置していると、隕石が叩き込まれるかもしれない。だから……」

 戦いをやめさせるために、地震を起こしたというのか。

 ギルガメスは、押し黙った。余りにも壮大な話しではある。いつの間にか俯いていたところ、視線を感じる。……愛する女性が切れ長の蒼き瞳に憂いの陰りを浮かべてじっと見つめているのがすぐにわかった。

「ありがとうございます。一番良いタイミングで話してくれて、嬉しかったです」

 顔を持ち上げ、落ち着いた口調で応える。彼女は少し安心した様子で少年とは反対に少し、俯いた。

 愛する女性の抱える不安を取り除きつつ、少年は思案する。結局の所、宇宙からの監視は逃れ得ない。ならばこちらは、どうにかしてあちらの逆鱗に触れるような展開(要は虹色の魔人ビスマと戦うことだ)を避けるよりほかない。でもそんなことができるのか?

「[名無し]さん、この遺跡は地震を発生できるんですか?」

 黒鉄の竜が真っ赤な瞳で少年の顔を覗き込む。

《できるけれど、このルシラッド山一帯では無理な話しだね。ここの遺跡は僕が融合しても完全には直り切らなかったから、きっと耐え切れないと思う。

 幸い、レアヘルツ発生装置は全て正常、絶賛稼働中さ。侵入は無理。ケンタウロス・ワイルドといえどもレアヘルツは防げないようだから、こういう奥の手を考える必要は今のところ、ないと思うよ》

 ならば少しは時が稼げるかもしれない。一番マシな対策を少しでも考える必要がある。

 その時、黒鉄の竜の真っ赤な瞳が何度も明滅した。

《……エステル、遺跡外部から君のビークルや端末に向けて誰かがずっと電波を送り続けているようだね。遺跡側で遮断しているけれど、取るかい?》

 切れ長の蒼き瞳は見開かれた。早速左腕に巻いた腕時計型端末を睨む。発信者の名前は刮目を継続するに足りる相手だ。「ヘリック共和国軍警察」の肩書と所属部署、そして「アリル」の名前。

 

 そういえばこの間、泥まみれの角竜とやむなくついて行った我らが深紅の竜はどうしたのか。

 きっと格納庫か何かだろう、だだっ広いが天井はそこそこ低い空間(さっきの黒鉄の竜がどうにか歩ける程度には高い)。その中央で二匹は腹這っていた。よりにもよって対面で、だ。どちらが先に座ったかは定かではない。だが気がつけば、二匹は表面上はおとなしくしながらも、一度たりとて視線を反らすことなく睨み合っていた。

 何なんだ、この状況は。深紅の竜は苛立ちが止まない。このいけ好かない角竜は、見かけ上は灼けた瞳でこちらを睨み続けてはいるものの、実際には四肢も胴体も力みが一切感じられない。何たる余裕綽々! まるで何百合交えようが絶対に勝つ自信があるかのようだ。

 ふざけやがって……紅い瞳で睨みつけつつ、この場で一戦交えてやろうかという気持ちを深紅の竜はぐっと堪えた。ここで感情の余り暴れでもしたら、我が優しき主人が困り嘆くのは目に見えている。我慢だ、じっと我慢だ。

『大シタモノジャアナイカ』

 不意打ちのように、地の底から響くような声が投げかけられた。小首を傾げるような仕草で睨む深紅の竜。視線の彼方の角竜は、動いた様子も動く気配も感じられない。

『主人ガイルトイウノハ、羨マシイモノダ。[ゾイド]ヲ強クシテクレル』

 まるで心を見透かされたかのようだ。紅い瞳が投げかける眼差しの中に、奇妙な好奇の色合いがにじむ。そもそも人語を喋るようなゾイドというものに出会った試しがない。どうしたら喋れるようになるのか? そんな漠然とした疑問が心に浮かぶ。

『人ノ言葉ヲ、喋ッテミタイカ?』

 又、そうやって見透かすように語りかける。苛立ちは依然止まぬ深紅の竜。だがそれ以上に、このどうしようもなく強い角竜が投げかけてきた囁きは、悪魔的魅力に満ちている。

『ザット、百年ダ。百年モ生キ続ケルコトガデキレバ、知ラヌ間ニ喋レルヨウニナッテイル。精々、頑張ルコトダナ』

 百年だと。随分、長いな。だがそれだけ長生きできるのなら……と考えた深紅の竜はあることに気付き、はっと息を呑んだ。伏せていた上半身を持ち上げる。鋼鉄の皮膚の下から滲み出るのは底知れぬ絶望感と、一気に沸騰仕掛けた怒りの熱。

 だが爆発寸前の深紅の竜を、泥まみれの角竜は一笑に付した。

『フン、気付イタカ。百年モ生キタ頃ニハ、人ナド大抵ハ死ンデイル。下ラナイ仕組ミダ』

 そう告げた角竜は鋼鉄の壁面の彼方を、しばしじっと見つめる。

 余りにも、遠い彼方。目の当たりにした深紅の竜はひとまずぐっと堪えた。この尋常ならざる実力者である角竜の主人は、恐らく……。

 ゆっくり腹這いに戻す深紅の竜。強敵に対する視線こそ外しはしないが、少しは敬意らしき感情も湧いたつもりだ。角竜もその意を汲んだのか、灼けた瞳の輝きを弱めてみせた。

『アル[ゾイド]ト殺シ合ッタコトガアル。

 俺ノ角ハアイツノ両足ヲ捉エタ。ダガ、アイツハ俺ノ首根ッコヲ捉エタ。……ソノママ、三十日ダ』

 三十日間、互いの急所を捉え続けたというのか。そしてそのまま踏み込めなかったと。

『ドチラガ先ニ言ッタカハ忘レタガ、[モウ止メヨウ]ト声ヲカケテ、ソレデ終ワッタ。ソノ戦イハ、ソレデ良カッタノサ……。

 ダガナ、決シテワカリアエナイ敵ニ出会ッタ場合、ソウハイカナイ。均衡ヲ破リ、或イハ圧倒的不利ヲ打開スルタメニ俺達[ゾイド]ニ必要ナモノハ……ワカルナ?』

 深紅の竜はコクリと、頷いた。ああ、わかるとも。いや、思い出させてくれたと言うべきか。己をいとも容易くあしらった目前の角竜が改めて教えてくれたのだ。自分には、それがある。それを、大事にする。

 だがその時、おとなしくしていた泥まみれの角竜は不意に鎧武者のような錣(しころ)を持ち上げたのだ。つられて唸りを上げる二本角。灼けた瞳の輝きがみるみる強まっていく。

『妙ナ電波ダ。サテハ[名無し]、レアヘルツヲ弱メタナ。

 イヤ待テヨ、何ダコノ気配ハ……』

 

「お忙しいところ申し訳ありません」

 ビークルのモニターは各種計器が居並ぶ物々しい背景を映し出す。その中央で濃紺の制服・制帽を身にまといながらも優しげな顔立ちの青年アリルは深々とお辞儀をした。

 つられてエステルもお辞儀して返す。

「いえ、こちらこそ。それよりいきなりご連絡を頂いた、ということは……」

 向こうでは黒鉄の竜が熊手のような右手の指一本を口元に当てて「静かに」のポーズを決めている。やけに可愛い。竜を見上げていた少年は苦笑いしかけて慌てて口を塞いだ。

「はい、マノニアについてです。上官からの許可も頂きましたので、話せる範囲でお話し致します」

 アリルは淡々と話し始めた。

 近年、ヘリック共和国政府に不満を持つ一部の上流階級が、武装勢力や技術者を裏で支援する事例が増えているという。マノニアも又、支援される側の人物だ。彼はゾイドが戦場で欠損した手足を組み立てるのを生業としていたらしい。だがもともとフットワークは軽く、それに野心もあった。

「上流階級の依頼を受け続けていく内に、例の四本脚のゴジュラスを見つけ出したと思いますね、今のところは……。

 既に自宅も特定しました。今日の夕方にも家宅捜索の予定です。ただ、自宅に引きこもっているなんて思えません」

 そう告げると美女の後ろからモニターの向こうを覗き込む少年に視線を向ける。

「ブレイカーさんの力で無事に海上を飛行して北方大陸まで辿り着けたのなら、四本脚のゴジュラスはきっとそれより早く到着するでしょう」

 そう、青年警察官から告げられた少年の円らな瞳は一気に険しくなった。

「つまり、追いつくということですね」

 青年警察官は頷き返す。

「マノニアの基盤は軍警察の方で徹底的に抑えます。

 ですが申し訳ありません、それ以上の支援は今すぐにはできそうにありません」

「いえそんな、十分ですよ……」

 師弟は深々とお辞儀する。

 先程まで「戦わない」選択肢をギリギリでも考えるつもりだった。だが事実上、外堀は埋まったようなものだ。

 あとは雑多な会話が少々続き、やがて無線は途切れた。辺りを包み込む静寂。

 岩盤に埋め込まれた黒鉄の竜は、「静かに」のポーズを決めていた右腕をゆっくり降ろした。

《エステル、それにギルガメス君。僕はこの通りの身体だから戦い自体に協力はできないけれど、それ以外で貸せる手はできるだけ貸すよ》

 少年は竜が埋め込まれた岩盤を見上げながら深々とお辞儀する。

「ありがとう……ございます」

 その時だった。黒鉄の竜は熊手のような右腕を不意に自身の右目の後ろにすぐさま押し当てる。

 

 一方、向こうの区画では泥まみれの角竜が天井を見上げている。

 それに釣られる深紅の竜ではあるまいが、このゾイドはこのゾイドで強烈な違和感を覚えた様子で、首を左右に降ったり傾けたりし始める。

『赤イノ、オマエハオトナシクシテイロ』

 そう告げた角竜は暗闇の彼方へと駆けていく。

 どこへ行くのか。深紅の竜が凝視すると、左右を囲む鋼鉄の壁が一斉に開かれた。たちまち噴出する瀑布のような砂の流れ。激流と化して角竜を背中の上まで包み込むと、角竜自身もその勢いに乗じるように両の前足を蹴り込んだ。……行きの便をつい先程目の当たりにしていた深紅の竜は呆気に取られる。

 

 突き抜けるような青空の彼方に、網目状の翼が浮かんでいる。優雅にさえ見えるこの浮遊物体は、突如としてその巨体を屈め、降下に転じた。

(つづく)

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