頭を垂れる稲穂が、夕陽に照らされ黄金色に輝いている。とある平和な農村の、静かな夕辺。
畦道を進むのは、人よりは大きな青い二足竜バトルローバー。常ならば背中には人がまたがるところだが、今日は刈り取った稲穂や農具ばかりを背負っている。その傍らで手綱を引くのが、本来ならば背中にまたがる筈の農民だ。
地球に四季があるように、惑星Ziにも四季がある。ここは南方大陸の農村。ここ数年は豊作に恵まれている。……十数年前までは、ここも焼け野原と化していた。田畑は踏み荒らされ各所に焼死体の山がうず高く積み上げられたものだが、現在少し見渡した程度ではその名残を伺うことは出来ない。
畦道のずっと彼方には、舗装された幅の広い農道がある。そして農道の終点にある広場に佇むのは、萌木色した竜が一匹。……四本の脚は折りたたんで誠に大人しくうずくまっている。兜を被ったような小さな顔には愛嬌さえ感じられる。しかしながらその背中には銀色の刃が交互かつ無数に伸び、見る者を威圧する。そして短めの尻尾の先端は、鋭い穂先を中心に二対四本の棘が左右に伸びる異様。人読んでステゴゼーゲ。かつて地球に生息していた剣竜ステゴサウルスによく似た風貌なれど、体格はその何倍もある紛れもない金属生命体ゾイドの一種だ。
萌木色の剣竜は、眠っているのではないかと見紛う位に大人しくしていた。しかし夕刻となって人家へ引き上げる者達が増え始めると、皆が皆、この剣竜の脇や、少し離れた畦道を通るたびに挨拶している。そのたび剣竜はかすかに鳴いたり、尻尾を軽く降ったりして愛想よく応えているのが見て取れる。
「グリム、お疲れ様」
「おっちゃんは元気?」
ジュニアハイスクール帰りの学生や、農作業帰りの大人達が、徒歩で、或いはバトルローバーなどを始めとする人よりは大きなゾイドを駆ってすれ違うたび、優しい剣竜は応えるのを決して欠かさない。
そして、剣竜の主人がようやく戻ってきた時、夕陽は稜線の彼方に溶けて染み入ろうとしていた。
農道の向こうから、夕陽を背に受けつつ一匹の二足竜バトルローバーが歩いてきた。その背に乗ってレバーを握るのは半袖のワイシャツ姿の青年、そしてそのすぐ後ろには遠目からでもよくわかるほど髪の白い初老の男性がまたがる二人乗り。バトルローバーの両手にはそれぞれ布袋が握られている。パンパンに膨れ上がった袋の形状を見れば、その中身は誰でもすぐ察することが出来た。……本が沢山、詰め込まれているのだ。
その、初老の男性が右手を振りつつ声を掛けた。
「おう、済まなかったな」
威勢のいい声だ。
グリムと呼ばれた萌木色の剣竜はすっくと巨体を持ち上げると尻尾を逆立て、左右に小刻みに振ってみせた。すぐさま男性の顔に鼻先を近付け擦り付けると、男性の後ろからついてきたワイシャツ姿の青年にも同じように鼻先を近付けてきた。……少し荒々しい歓迎に青年も苦笑い。
「グリム、それくらいにしなさい」
主人たる男性に声をかけられると萌木色の剣竜は驚くほど従順に顔を引っ込めてみせた。
解放された青年は、自分が乗ってきたバトルローバーに目で合図する。……この小さな竜は両手で握った布袋をうやうやしく初老の男性に差し出した。
「ありがとう。来週末までには読み終えるよ」
青年は首を横に振る。
「いやいや、折角ラヴァナーさんがお借りになるのですから、少しは融通を効かせますよ」
「そこは規則だからのう。それに締め切りがあるから頑張るのじゃ、何とかして読破するよ」
和やかなやり取りが続いていたときのことだ。
夕焼けの彼方を駆け抜けたそれは、一条の流れ星。
萌木色の剣竜も、人よりは大きな二足竜も、同時に薄闇の帳を見上げた。……二足竜は硬直し、尻尾を逆立てたまま動かない。……いや正確には、動けない。
「どうした?」
青年の呼びかけにもびくともしない。しかしながら、青く透き通った身体は小刻みに震えている。
「一体どうしたんだろう」
青年は困惑しつつラヴァナーと呼んだ男性に意見を求めようとした。……だがこの時、青年はこの場が既にのっぴきならない事態に追い込まれていることを悟った。
ラヴァナーも又、虚空を見上げていた。つい数秒前まで穏やかだったこの男性の視線には、今まで見たこともない強烈な眼光がほとばしっている。……青年は思わず過去の記憶を反芻したが、ラヴァナーという初老の男性がこんなにも殺気立った表情を見せたことなど今まで一度たりとてない。
「儂の、後ろに回りなさい。すぐにだ」
ラヴァナーの口調はあくまで穏やかだったが、眼光とは余りに不釣り合いだ。
青年と二足竜がラヴァナーの後ろに回り込んで数秒も経たぬ内に、夕焼けの彼方で星が再びまたたいた。
瞬間、彼らの目前で凄まじい風圧。雑草が、稲穂がサラサラと音を立てる。……しかしその着地の瞬間は、驚くほど静かだったのだ。吸い込まれそうな静けさを打ち破ったのは、他ならぬ萌木色の剣竜だった。ひたすら低く、地鳴りのようにうなりを立てて風圧の彼方を睨みつける。
そこに現れたのは銀色の巨体。農道一杯に四肢を広げて着地する。四本脚なれど、本来首がある筈の部分には暴君竜の上半身が伸びた実に、実に奇妙な格好。背中に広がる巨大な翼をそっと閉じる。
暴君竜の頭部キャノピーが開き、内部から全身虹色の光沢に輝く人型の物体が姿を表しその身を乗り出すや否や、ふわりと宙に跳ねた。
ラヴァナー達の前に身を屈めつつ着地した、虹色の怪人物。すっくと立ち上がった状態で傷一つ負っていないようだ。
『オ初ニオ目ニカカリマス。[ヘリック]共和国大将軍ニシテ『導火線の七騎』ガ一人、[ラヴァナー]殿』
青年の方はこの魔人が発した謎の単語に首をひねるばかり。
しかしラヴァナーの方はすぐに趣旨を理解したようで、忌々しげに溜め息をつくと、ちらりと首を背後に傾けて青年に伝えた。
「すまんが本は明日、借り直したい。
万が一、本を傷めてしまっては申し訳ないからな」
青年の方は唾を飲み込みつつ頷いた。……頷く以外にどうしようもなかったのだ。戦いを知らぬ彼でも、今や退っ引きならない局面を迎えていること位は理解できる。
魔人の方を向き直したラヴァナーは決然と言い放った。
「この農道を進めば坂道がある。下ったその先に広がるのが『潰しが原』だ。
お前は飛べるのだろう? 先に向かって待っていろ」
魔人は鼻で笑うと異常な脚力でボールのように跳躍した。頭部座席に到達するや、すぐに橙色のキャノピーがフタをする。
再び、稲穂や雑草がささやき合うがそれもわずか数秒、銀の異形はすぐさまこの場から消え去った。
ラヴァナーは青年にそっと告げた。
「潰しが原の輝きが失せたら、警察に知らせてくれ」
そういうが早いか、相棒たる萌木色の剣竜の左目の辺りに素早く回り込む。剣竜は巨体を今一度うつ伏せた。頭部のハッチが開き、中には腹ばいに近い状態でようやく一人乗れそうな座席が一つ、埋め込まれている。ラヴァナーは年不相応にもひらりと飛び跳ね、颯爽とこの頭部コクピットに乗り込んだのである。
巨大なる金属生命体ゾイドが跳梁跋扈するこの惑星Ziにおいて、農作物を育てるということはそれ自体が挑戦の歴史であり、この星の都市の成り立ちとワンセットの問題であった。……金のある都市は城壁を作ってその中に農地をも確保した。金が無い都市は高所などできるだけゾイドに荒らされない場所に農地を確保せざるを得なかった。
ラヴァナーのいた農地はまさに後者だ。長い年月をかけて農地として完成されたが、ゾイドの闖入それ自体を完全に無くすのは困難なため、要所に見張りとして人に使役されたゾイドが立つのである。
彼はヘリック共和国軍の要職につく身だが、手が空けばよくこの任務に赴いていた。本来は下級兵士の仕事であるため部下からは「どうかおやめ下さい」と懇願されるが、一度決心したら耳を貸さぬ男だ。戦中も戦後も、継続してこの任務に励んでいた。そして何も事件が起きず暇な時は、近場の図書館で良く本を借り読書に明け暮れる日々である。……彼は政界への進出を真剣に検討しており、そのためにも勉強を欠かさない。見張りも読書も、彼の変わらぬ強い気持ちを象るものだ。
ふと、古い記憶が蘇る。網膜に勝手に浮かび上がった光景を彼が忘れることはあるまい。沢山の敵兵を、彼らの家族を、処刑場に連行したあの日のことを。敵も自分も沢山殺した。違いは、最後に勝ったかどうか、それだけだ。
首を真横に振ったラヴァナー。幻を追い払うと両手で頬を張って気を引き締める。馬の手綱を引くがごとく二本のレバーを握り締めれば、彼を乗せる萌木色の剣竜も軽快な速歩(はやあし)で緩い坂道を駆け下りていく。
麓まで降り立った時、足元より広がる夕闇。その彼方で、淡々と夕陽が沈みゆく。あの稜線からこの足元に絡みつく静かな荒野こそが「潰しが原」だ。
ついこの間まで世界規模の戦争が続いていた惑星Ziにおいて、死体の処理は悩みのタネだった。……ある時、彼らはおぞましいことを思いついた。ゾイドに潰させれば良いのだ、と。それがエスカレートするのは思いの外早く、すぐさま処刑法に取り入れられた。潰しが原もそんな由来の土地である。戦後、改名を求める動きがあったがラヴァナーはじめ現地軍人に反対され未だにこの名前がついている。当事者たる彼らは風化を恐れたのだ。
さて銀色の巨体は、この潰しが原においてまるでもとからその場に建てられた由緒ある銅像かのように、背中に夕陽を浴びつつじっと立ち尽くしていた。……巨大な頭蓋の上部を覆うキャノピーの下で、両の瞳が薄暗い炎のように燃えたぎっている。そして鼻筋の辺りでは、あの虹色の魔人が輝きを抑えつつ腕組みのまま着席していた。……微かな唸り声が聞こえる。まるで深呼吸でもするかのように。
一方、軽快な速歩(はやあし)のまま荒野に躍り出たのは萌木色の剣竜だ。淡々と、逸る気持ちなどある筈がないと誇示するかのようにそのペースを頑なに維持し続け、気が付けば坂道の入り口から数キロも離れたこの場にやってきた。こちらの瞳も真っ赤に輝き、目前に立ち塞がる銀色の巨体を厳しく睨みつける。
「待たせたな」
そう、マイク越しにラヴァナーが語りかければ。
『イエ、我ガ願イヲ聞キ届ケテ下サイマシテ感謝ノ言葉モアリマセン』
虹色の魔人も神妙な語り口でそう応える。腕組みをほどき、両腕を広げて伸ばすとレバーの手触りを確認するように握りしめた。
(とぼけた奴だ)
訝しむラヴァナー。これから命の遣り取りをする者の口調とは思えない。
「……一つだけ、聞いておきたいが良いか? お前さん、今までに何度戦った?」
そう、疑問を投げかけながら、萌木色の剣竜は足音さえ立てず一歩又一歩とにじり寄る。真っ赤な瞳は既に銀色の巨体に釘付けだ。
よくよく銀色の巨体を観察してみれば、かすり傷程度のものすら確認できない。にもかかわらずこの堂々たる立ち居振る舞いは歴戦の戦士であるラヴァナーにとって大きな疑問だ。
虹色の魔人は問いかけそれ自体に心が揺れる様子もない。ただ、一言。
「サテ。デモ戦ウコトヨリ喰ウコトノ方ガ、何十倍モ多カッタ筈デス」
ラヴァナーは虹色の魔人ビスマの返答に眼を見張る。だがものの数秒も経ずして彼の胸につかえた何かが取れたのか、口元だけは不敵に緩んだ。
剣竜の一歩一歩が徐々に加速していく。
迎え撃つ銀色の巨体は四肢をやや広げ、腰を落とし、上半身を前傾させる。……背中には二枚の翼が見えるがこれは折り畳まれている。それとは別に背骨に添うように無数のヒレが伸びており、ユラユラとうごめいている。長い両腕は物を抱えるように大きく広げると手招きするような仕草を始めた。
夕陽を遮るように、土煙が爆ぜた。吠える剣竜。四本の爪先がふわりと宙に浮いた。速歩(はやあし)から駈歩(かけあし)に転じたのだ。
次々に土煙が爆ぜ、連なって地上の高波と化す。だがそんな中にあってさえ、真っ赤な瞳が放つ鋭い睨みは土煙を貫通し、彼方に立ち尽くす銀色の巨体を確かに捉え、逸らさない。
迎え撃つ銀色の巨体は一見、余裕綽々かに見えた。しかし両者の間合いが一足一刀にまで縮まった時、はっと我に返ったかのように機敏に動く。バネのように持ち上がった上半身。右の前足を地面と垂直になるほど振り上げ、膝は鋭角に曲げる。脛で受け止めようというのだ。
構えが完成した時には、既に剣竜渾身の初手は解き放たれていた。目前で渦巻く土煙。一見して鈍重に分類されるだろう剣竜の巨体は、荒野を薙ぎ払う勢いで時計回り。その尻尾より生えた凶器・二対四本の棘を浴びせるまでに三秒もかからない。
轟音が、夕刻を回って静けさを取り戻そうとしていたこの潰しが原一帯をかき乱す。
尻尾の一撃が決まるやまるでバネ仕掛けの玩具のように、剣竜の巨体は反時計回りに土煙を薙ぎ払った。
銀色の巨体はすかさず右前足を降ろし、左前足を振り上げる。
続け様に鳴り響く轟音。
脛を地面と垂直に振り上げた銀色の巨体。
数秒前を鏡にでも映したかのように、今度は左前足の脛に尻尾の一撃が命中していた。
既のところ、両脛が抉られていたりといったダメージはない。……だがこの体勢にあって、尚も肩越しから背後の巨体を捉えて離さぬ剣竜の、真っ赤な瞳の執念たるや。
左前足が振り下ろされ、足が完全に地につくまでには剣竜も再びバネ仕掛けのように体勢を戻しつつ、銀色の巨体の右方を駈歩で抜けていった。……その背中を横目で睨みつける銀色の巨体。足の接地と共に反撃を目指すべきところだ。両腕を伸ばしたり、尻尾で薙ぎ払ったり、いくらでも手はあるやも知れぬが、剣竜はとっくに後方へと抜け、離れてしまっている。
だから無言で銀色の巨体は振り返る。そのたび、土煙が舞い上がって刺すような夕陽に照らされる。
とっくに一足一刀の間合いを離れていた萌木色の剣竜も強敵の方角を振り返って睨みを返した。
鼻で笑うラヴァナー。だがその眼差しに嘲りや侮りといった慢心を象徴する彩りは伺えない。
「やるじゃあないか、お前さん」
頭部キャノピー内部でレバーを握りしめる虹色の魔人ビスマは、軽い溜め息を吐いて返す。
「素晴ラシイ、[視線フェイント]デスカ」
眼を見張るラヴァナー。視線フェイントとは文字通り、視線を別の箇所に向けつつ実際には他の標的を狙うことである。
(まさか視線フェイントだと気付いた上で技にかかったつもりか?)
一々調子が狂う敵だと、ラヴァナーは思う。その内に、いつの間にか自分自身も苛立ちが蓄積しているのではないかと彼は悟り、何度も首を左右に振って雑念を吹き飛ばした。
(グリム、彼奴め生まれたてのガキのくせに「策を弄すな」などと年寄りに説教しよる)
そう、相棒に呼びかける。
名前を呼ばれた萌木色の剣竜は器用にも口元を緩めた。……ゾイドも不敵な笑みとも取れる表情を浮かべることがある。人との付き合いが長くなると人の癖を憶えて真似することがあるらしい。
「洒落臭い!」
ラヴァナーが、「グリム」と呼ばれた剣竜が吠えた。
萌木色の剣竜は両の前足を怒らせ、大地を握り締める。背中より鋭い金属音が鳴り響くや、天を衝くほど逆立っていた無数の背びれが左右に割れ、翼のように左右に広がった。
途端に、土砂が垂直に吹き飛ぶ。剣竜、怒涛の疾駆を開始。
急速に詰まる間合い。銀色の巨体は首を傾け凝視した。先程の数合よりも加速しているのは明らかだ。右にすれ違うか、それとも左か。
恐らくは決断するよりも遥かに早く、剣竜が間合いに踏み込んできた。とっさに右前足の脛を向ける銀色の巨体。炸裂と裂断を確約する金属音が断末魔のごとく鳴り響く。
一気に間合いを離れた萌木色の剣竜。すかさず振り返る。
銀色の巨体は右の前足を振り上げたままだ。振り下ろそうとしたところでグラリとよろめく。よく目を凝らさずとも、右の前足には灼熱でただれた真一文字の切り傷が彫り込まれているのがわかる。背びれの斬撃は、確かにこの得体の知れぬ敵を捉えていた。
「やれるぞグリム!」
主人に応えで剣竜は甲高くいなないた。……ラヴァナーの戦歴は、南方大陸に派遣されるまでは鋼鉄の狼コマンドウルフなどを始めとした所謂「高速ゾイド」に搭乗して積み上げた。しかし脆弱な兵站によりしばしば弾丸の補充もままならなくなる南方大陸での戦いは、彼に現地特産ゾイドへの乗り換えを決断させた。結果、ステゴゼーゲ「グリムリーパー」なる相棒を得たラヴァナーは、銃砲の類を使わずすれ違いざまの斬撃のみで数々の武勲を上げることに成功したのである。
ラヴァナーも歴戦の相棒たる剣竜も、今すぐにも第二撃を繰り出すべきとの判断で一致していた。
だがレバーを押し込み、両足を踏み込む寸前で、銀色の巨体に異変が起きた。……巨大な頭部を覆うキャノピーが虹色に妖しく輝く。
途端に、銀色の巨体の周囲が激しく発光、明滅を繰り返す。すると銀色の巨体の右前足一帯に、雷が蛇のごとく絡みついた。そして辺り一帯に吸い込まれるように、土が、砂利が弾け飛んでいく。
ラヴァナーは突如警告音を発する目前のモニターを睨んだ。大きく表示された銀色の巨体の右前足には無数の光の粒が集結していくのがわかる。
ものの、数秒のことに過ぎなかった。
銀色の巨体は右前足を今一度振り上げ、そして強く踏み込んだ。……剣竜渾身の一撃による深手はいつの間にか塞がっているではないか。
一体何が起こったのか。ラヴァナーも剣竜も目を瞠る。
(自己修復能力だ)
ラヴァナーは理解した。だがこうも思った。
(だがいくら何でもこれは規格外だ。化け物か!)
ゾイドにあって只の機械にないものとしてこの自己修復能力が挙げられよう。究極的には、大気を原子レベルで組み換えまでして損傷箇所に充てがうことで、完全に自己修復するのである。だが普通は人の怪我が癒えるのと同じように、相応の時間が必要なものだ。……銀色の巨体は、ものの数秒で中々の深手を完全に塞いだ。化け物以外の例えが難しい。
混乱、そして苛立ち。ラヴァナーが必死で心中を抑えようとしているところで、銀色の巨体の主人はカラカラと笑い始めた。
「素晴ラシイ! コノ斬撃、コノ体デチャント受ケテミタカッタノダ」
規格外の自己修復機能を備えた上での台詞か。
「ふざけるな!」
再び、剣竜は強く地を蹴った。やるべきことははっきりしていた。如何に規格外の自己修復能力を備えようとも、続けざまの斬撃を浴びせて急所を捉えてやる。
間合いが一気に縮まる。一足一刀の間合いにまで接近したその時、銀色の巨体は両腕を振り上げた。
懐に飛び込もうとした剣竜の首を、ガッチリと捕まえるやすかさず放り投げる。
とは言っても放り投げたその距離はせいぜい40数メートル程度だ。つまり剣竜二匹分程度しか飛ばしていない。……それ故か、地面に叩きつけられても剣竜はすぐさま起き上がってきた。
やるべきことは、決まっている。今度こそ、今度こそ。
そう、ラヴァナーが、相棒の剣竜が念じて立ち上がる様子を、銀色の巨体はじっと見つめている。
おもむろに、銀色の巨体は右腕を高々と振り上げた。三本の爪を目一杯広げるや、手のひらを中心に発光、明滅が巻き起こる。土が、砂利が引き寄せられ、雷蛇が無数に暴れ始める。
一体、何が起きているのか。この数秒後にどうなってしまうのか。……ラヴァナーも相棒の剣竜も、一つの覚悟と沢山の後悔を抱えながら、それでも突っ走るしかなかった。
農道が眩しく照らされる。鋼鉄の狼が、獅子が、竜達が次々と駆け降りていく。そのあとに鋼鉄の鎧をまとった兵士が続く。
ラヴァナーと親しかった司書の青年は、図書館に戻ると直ちに警察に通報していた。如何に歴戦の勇者ラヴァナーであろうと現れたそばから異常な動きを見せる銀色の巨体とその主人を間近で見て危険を感じないわけがなかった。警察署もすぐさま通報に応えた。
かくしてヘリック共和国軍南方大陸駐屯部隊の面々と現地警察の合同チームが直ちに結成され、彼らは潰しが原に向かったのである。……しかし潰しが原は既に、夕陽も落ちてしまい何とも薄暗かった。
サーチライトの輝きが次々と放射される中、剣竜ステゴゼーゲ「グリムリーパー」だった鋼鉄の塊が発見されるまで、そう時間はかからなかった。
兵士も警察官も、そして同伴した司書の青年も、変り果てた姿を目にして声を失わざるを得なかった。……剣竜の頭部から尻尾の付け根あたりにかけて、杭でも撃ち抜かれたかのような太い穴が一本、貫通している。コクピットはその途中に確かにあった筈だということを、彼らは知っていた。