真っ暗闇の部屋はどうやら人一人が両手を広げられる程度には広い。……その中央には少年が立っており、真正面の壁面に浮かび上がったドア並みに大きなウインドウは、姿見のように彼の姿を映し出す。それを見た限りでは黒髪が意外なほど丁寧に撫でつけられているのだが、そこに彼自身の円らな瞳が向くと、少々照れ笑いを浮かべざるを得なかった。
少年はネクタイを首にかけている最中だ。そこそこ、慣れた手付き。結び目を調整するとすぐ後ろの巨大な操縦席に寝かせていた紺のジャケットを翻した。ボタンを止め、襟を正すと「よし」と自分に言い聞かせるようにつぶやき、操縦席に着席したのである。上半身を固定しているハーネスが上方に開放されているが、降りる気配はない。
少年は少し顔を見上げて天井に呼びかけた。
「ブレイカー? さっきの、ちゃんと見直したい」
声に応じて姿見代わりの映像が消える代わりに、少年の顔よりは大きなウインドウが向かいの壁面に映し出される。
映像は地方局のニュース番組だ。聞けば南方大陸の将軍が暗殺されたのだという。第一報を知ったのは朝食を摂っている真っ最中だった。今、見直してみると様々な人物がコメントしている。早々に大統領がコメントを発表していたのが印象的だ。深い哀悼、そして犯人逮捕に全力……当たり前といえば当たり前の発表ではあったが、その迅速さに事態の深刻さが伺える。たとえ少年が政治とは一見、無関係だとしてもだ。
「今日だけ……いや昼間だけでも良いから、何も起きないで欲しいよね」
独り言とも、この部屋の持ち主に対して語りかけたとも取れるつぶやきではあった。
そんな時、真っ暗闇だったこの部屋が急に明るくなった。そうなってみて初めてわかる。壁面は球の内部のような形状になっており、外部の様子を全方位に渡って映し出している。文字通りの全方位スクリーン。
スクリーンの向こう側は薄暗く、照明と鉄骨が張り巡らされた天井とコンクリートの床が彼方まで続いている。その間、至るところに設置された柱は数名の大人が手をつないでも足りない太さ。そして左右にも分厚いコンクリートの壁。……因みに窓は、どこにもない。
そして驚くべきは、10メートル程先に屈強たる兵士が数名、横並びになっていることだろう。全身をプロテクターで固めた彼らの視線は少年の側に向けられていない。つまり少年は彼らに「警護」されている。……南方大陸での暗殺事件は海を隔てた彼方の事件であるにも関わらず、各地で厳戒態勢を取らざるを得ない事態となっていた。
するとスクリーンの左方から、紺の背広姿をした女性が現れた。背の高い、妙齢の美女。黒の短髪に黒のサングラスという出で立ちは一見して地味だがしなやかな体つきも相まって十分に目立つ。左後方には左右を人の数倍もある銃砲で挟まれたトレーラー付きのビークルが停まっており、彼女はそこから出てきたようだ。
「ギル、そろそろ」
全方位スクリーン内部に音声が鳴り響く。左方の美女は手を振って合図した。
少年の表情からは一瞬で陰りが失せた。
さて美女の側から少年の滞在する全方位スクリーンの辺りを見てみれば、そこには巨大なる鋼鉄の竜が腹ばいのままじっとしているのが見て取れた。
異形と言って差し支えはあるまい。全身深い紅色の鎧で包まれており、その背中はやけに長い六本の鶏冠と桜の花びらのような翼で覆われている。そして頭部だけでもこの美女の数倍はある。しかしながら出で立ちとは裏腹に誠に大人しくしており、背広の美女が現れたところで、竜はそっと、その首を持ち上げ胸を張ってみせた。
晒された胸にも分厚い装甲が埋め込まれているが、中央部分の一枚が上から外れ、床へと続く道になる。
その薄暗い内部から、先程美女に「ギル」と呼ばれた少年が姿を現した。神妙な面持ちでお辞儀する。
美女の方はまるっきり意に介さない。面長の顔を見上げ、頭上の竜の頭に話しかけた。
「ブレイカー、ちょっと行ってくるわね」
その名前で呼ばれた深紅の竜は、ヒヨコがささやくような鳴き声で返事すると先程自分の胸の奥から現れた少年を腹ばう両手で掴まえた。少年が明らかに想定していた風で苦笑する中、竜は鼻先で少年の頬にキス。それで大人しくうずくまるかと思いきや、竜は鋭い爪をさり気なく伸ばして彼の整えられた黒髪を少し掻いた。軽く跳ね上がるような感じになる。
「あっ、こら!」
と怒ったのは美女の方だ。
少年は苦笑いが止まらない。いつものボサ髪をこの美女に整えてもらったのは恐縮だが、違和感もあった。だがこの竜が髪をいじったのは少年の心情を察したからだけではなかろう。怒られた竜はそっぽを向いてしまった。我慢しているようでも嫉妬しているのは明らかだ。
さて先程ギルと呼ばれたこの少年……ギルガメスはこの長身の美女エステルを師と仰ぎ、ブレイカーと呼んだ深紅の竜を生涯の友とした。この竜こそゾイドファン各位はご存知だろう、魔装竜ジェノブレイカーと言い伝えられた破滅的強さを誇る金属生命体ゾイドの一種ではあるが、友を得たゾイドはこのように大人しくも愛嬌たっぷりに振る舞うものだ。
ふくれっ面の美女は少年の髪を手櫛で整える。頭頂は美女の肩くらいの高さで、整え直すという点に限ったら丁度良い位置関係ではある。少年は顔を見上げたりはせず、ひたすらじっとするのみだ。
整えを終えた美女エステルはすぐに笑顔を浮かべるが、それも束の間。
彼女は向こうで警護している兵士のもとに向かうと、深々と頭を下げた。兵士達は敬礼を返すと、たちまち数名が少年と美女の前後に立つ。
兵士の案内に従い、彼らは歩き始めた。……いつの間にか、二人は手をつないでいた。少年は右手を、美女は左手を伸ばし、さほど力む様子もない。目前には竜が二、三匹は余裕を持って進める道路が左右に広がっている。
彼らを見送る深紅の竜は、ひとまずは大人しく腹這って若き主人一行を見守った。……完全にリラックスして丸くなったりはしない。主人の危機にはすぐ向かう心構えだから。
ギルガメス達は中央大陸のラナイツにやってきた。切っ掛けは一通の手紙。とある地域でゾイドバトルの興行のため滞在中だった彼らのもとに届いたそれは、宛先も本文も完全に手書きの古風な代物。封を破ってみて彼らは驚いた。……宛名は少年にとって憧れとも言える、とあるゾイドウォリアーによるものだった。それだけでも驚きだが、その内容は送り主が参加する興行のチケットと、招待状だった。
これまでずっと、外部から届く手紙やEメールの類は興行への参加案内ばかりだったということもあり、少年は俄然、興味を抱いた。エステルは何らかの策略の可能性も疑って構えたものの(それは現時点でも変わらない)、愛弟子が見せる歓喜の表情は彼女の前では中々見せてくれない年相応の無邪気振り。彼女も納得の上でのラナイツ到着であった。
さてギルガメス達はラナイツの試合場地下に構築された格納庫内を歩いている。彼も自分の相棒をこんな場所に留めるのは初めての経験だ。何しろゾイドはおしなべて大きい。地球の自動車のような運用をしているのにその数倍は巨大なものが多いから、駐車場に当たる格納庫も相応に大きくなってしまうため普及には程遠い。ましてや地下に作るなど……というわけだ。少年に縁がなかったのも当然だろう(※地上・地下に関係なく格納庫を多数保有・利用しているのは圧倒的にヘリック共和国軍である)。
それにしても、と彼は驚きを隠せない。何しろ天井が高い。とある壁面に天井まで25メートルあることを示す目盛りが描かれていることに気付き、流石に溜め息をついた。周囲の他の区画には人もゾイドも滞在していないため、自分で吐いた溜め息はよく聞こえた。
見かねてエステルがささやく。
「余りソワソワしないでね」
肩をすくめた少年はすみません、と小声で返事すると肩の力を抜き、胸を張り直す。
目指すところはすぐにわかった。ゾイド五匹分ほど先の柱より、より明るい照明の輝きが漏れている。すぐそばの標識もエレベーターを示すマークが描かれていた。
すると灯りの中から、数名の兵士と共に飛び出してきた人物がいる。……少年が遠目に見ても、右手で彼の手を繋ぐ美女より背が高いことが容易にわかった。文字通りの大男。茶色のスーツを着ているが、腕周りや腿周りの筋肉はくっきり浮かび上がっている。黒い頭髪はさっぱりとしたスポーツ刈りだが頬や鼻の下には無精髭が目立つ。大きな瞳は少年のようだ。
あっ、とギルガメスは思わず声が漏れた。
大男も声に反応したようで少年達の方を振り向くと、文字通り子供のような笑顔を浮かべた。
「ギルガメス君、か!?」
「あ、あ、アロンさんです、か!?
お手紙、ありがとうございます!」
兵士達が道を開ける。一歩前に出た少年。深々とお辞儀する。すぐ後ろでも美女がたおやかに一礼して続く。
アロンとその名を呼ばれた大男は平身低頭という言葉通り、腰の高さまで深々と頭を下げた。
「ギルガメス君、エステルさん、アロンと申します。今日はよろしくお願いします」
頭を持ち上げた大男アロンは早速灯りの方に手を向けた。
ギルガメスは驚きを隠せないまま、すっかり顔が紅潮してしまっている。……無理もない、この大男・アロンこそ、ゾイドバトルの世界でも数少ない「グランドマスター」の称号を持つ超一流のゾイドウォリアーなのだ。この称号を手にするためには中央、東方、西方、南方、北方、暗黒の六大陸全ての大陸級大会を、各一つ以上制さなければいけない。言わばギルガメスにとってヒーロー、雲の上の人であり、手紙をしたためた張本人でもある。
早速師弟(と警護役の兵士数名)は、この大男に案内されてエレベーターに乗り込んだ。ゾイドの頭部以上に大きな籠は全面ガラス張りだ。
早速大男アロンが話題を投げかける。
「ギルガメス君の活躍はここ中央大陸でも話題になっています。ゾイドウォリアーになる経緯からして劇的で、以降の活躍も度々報道されているんですよ」
少年は引きつった笑顔とも泣き顔ともつかない表情を浮かべていた。褒められたものじゃあないとの自覚があったし、そもそも世間には秘密にしておきたいことが山程ある(自分自身が抱えてしまった秘密だけではない、例えば彼のすぐ後ろに立つ美女のこともそうだし、留守番の相棒についてもだ)。どこまで知られているのか、どの程度曲解されているのか、知りたい気持ちよりも知りたくない・知られたくない気持ちの方が明らかに強い。
恐縮して頭を掻くくらいしか出来ない少年。見かねて美女が助け船を出す。
「今日はまたどうしてご招待頂けたのでしょうか?」
ああそれだ、それを尋ねたかった……とでも言いたげな表情で少年は円らな瞳を見開く。
大男アロンは微小を浮かべつつ淡々と語った。
「ゾイドバトルの若きヒーロー・ギルガメスは、魔装竜ジェノブレイカーとエステルさんに出会わなければ誕生できなかった……そう伺っております。
悔しいかな、チャンスは平等じゃあないんです。私もそれを痛感する人生でしたから、各地を転戦するたびワークショップを何度も開催しました。そんな折、将来有望な若者の話しを伺いまして、是非ともゾイドバトルの本場・中央大陸の試合をご覧になって頂きたいと思ったんです」
少年は話しを聞いていく内に、徐々に俯いていった。アロンの「チャンスは平等じゃあないんです」という言葉に頷かざるを得なかったし、だからこそ今日の招待には感謝以外の言葉が見つからない。
こんな話しをする内に、ガラス張りの籠内が自然光で一気に明るくなった。大男アロンの表情も明るい。
「……そろそろ到着です。さあご覧下さい、ラナイツの第一試合場です」
ガラス張りの籠が停止した。扉が開き、兵士と大男の後に続いて降り立った師弟は目を見張り、息を呑んだ。
建造物の最上階に到達したのだろう、横に長い大広間は扉の向こうも高い天井も一面ガラス張り。そして至るところに談笑中の男女が確認できる。いずれも身なりが整っているため、どうやらここはVIP向けのロビーなのだろう。
不意にエレベーターから現れた英雄達の姿に、彼らもどよめいた。
(アロンだ、初めて見た……)
VIP連中も英雄アロンの姿を生で見るのは初めての者達が少なからずいる。そうかと思えば。
「アロン、今日も勝てよ!」
などと庶民と何ら変わらぬ声掛けもよく聞こえる。そういったものに一々彼は、にこやかに手を振って応えるのだった。……すぐ後ろをついていくギルガメスは、アロンの堂々たる振る舞いに自分が持ち得ぬ様々な要素をひしひしと感じざるを得ない。
ギルガメスはなるべくキョロキョロしないように心掛けつつ、エステルと共にアロン達の後に続いた。……だがそれでも、ガラスの向こうに見える風景には感動がひたすら先行した。このロビーはおそらく試合場の最上階だろう。ガラスの彼方を見れば山々の連なりと雲海が、直下を見ればガラスとコンクリートで外周を囲んだ、すり鉢状の試合場が確認できる。
さてこの「ラナイツの第一試合場」、すり鉢状の形状こそ各地のゾイドバトル試合場と何ら違いがない。だがその規模が圧倒的だ。試合場内を人よりは大きなゾイド多数が地ならし中だが、このロビーからは彼らが米粒ほどまで小さく見える。試合場の直径は300メートル? 400メートル? いやもっとあるか?
規模がこの通りなら試合場を囲む座席の部分も相当な造りだ。観客席が剥き出しの部分は見当たらず、完全にコンクリートと分厚い防弾ガラスで覆われている。観戦者はオフィスビルの窓から下界を眺めるような感覚でゾイド同士の激しい戦いを観戦することになる。その高さたるや、四、五階建てのビル位の規模はあるだろう。……ざっくり言ってしまえば巨大なすり鉢の上にコンクリートの筒を載せたような、そんな建物だ。その雰囲気は地球における古代ローマのコロッセオ(円形闘技場)によく似ている。
そしてこの建物の地下深くに大量のゾイド格納庫を備えてある。来客用も勿論だが、この試合場を利用するゾイドウォリアー用の格納庫も多数用意されている(ギルガメス一行が先程まで滞在していた地下格納庫もそこにある)。
ところでアロンは後方を一瞥すると師弟に話しかけた。
「興行開始までもう少し時間がございます。当試合場のオーナーにお会いになって頂けませんか」
無論、断る理由はない。これほど立派な建物のオーナーはどんな人物か、少し気になるところでもある。師弟は頷いた。
アロンの行く先は、ロビーを離れてすぐの一室だった。自動ドアの左右を固める兵士が彼の姿を確認すると、早速一人がカードキーをかざしパスワードを入力。
「失礼します。姫様、アロン、入ります」
ノックしてアロンが、ついでギルガメスとエステルが入室。
オーナーらしき人物は逆光を浴びつつも、すぐさま執務机を立つと落ち着いた足取りで彼らの前に歩み寄った。
ギルガメスもエステルも軽く瞳を見開いていた。……灰色の、実に地味なブレザーにスカートの出で立ちに過ぎない筈が、誠に華やいで見える、ひと目には十代半ば位の美少女(そう、ギルガメスと世代が近いと思われる)。シニヨンでまとめた透き通る金髪とは裏腹に、大きく見開かれた琥珀色の瞳からは強烈な意志の強さが伺える。
シニヨンの美少女は極めて穏やかに、深々と頭を下げた。
「アロン、ありがとう。
はじめまして、ギネビアと申します。遠路はるばるお疲れ様でした。どうぞお掛けになって下さい」
一行は案内されるがままに傍らのソファに腰掛ける。
その間にもギルガメスは少し考えざるを得ない。このギネビアと名乗る美少女の堂々たること、仕草振る舞いは異なるが傍らの女教師に相通じる侮りがたい何かを感じさせてならないのだ。
ギネビアとの会話は最初こそアロンが切り出した内容とよく似ていた。非常に珍しいギルガメスの経歴は誰もが言及してみたくなるのだろう。流石に今日二回目ということもあり少年はそこそこ落ち着いて流すことは出来た。……だがすぐその後、少年達は奇妙な申し出を受けた。
「ギルガメスさん、もしよろしければ、そこのアロンの試合が終わり次第、試合場に入ってみませんか?
アロンは次の遠征を終えたら、是非貴方と試合したいと申しております」
えっ、とギルガメスは素っ頓狂な声を上げた。降って湧いたような話しだ。歴戦のグランドマスターとぽっと出の少年が並び立つのは身に余る光栄だが……。
そう思いながらちらりと彼の左側に着席したエステルに助け舟を求めると。
女教師エステルは口元を緩めつつも、サングラスに隠れた切れ長の蒼き瞳は鋭利な輝きを放った。
「怪しげな台本をもとに演技するのでなければ、是非お願いします」
シニヨンの美少女ギネビアはくすくすと微笑んだ。
「勿論、心得ております」
ギネビアの右隣りに座るアロンはこの僅か数秒のやり取りを目にしただけで安堵の表情を浮かべていた……無理もない、エステルの伝えた「怪しげな台本」とはつまり演劇における次の悪役としてギルガメスが乱入することを意味していた。所謂抗争劇の開幕が狙いだ。興行の注目を受けたいがために昔からある手法ではある。どうやらアロン自身はこの手の茶番に反対のようだ。
少々奇妙なやり取りも、終わればひと目には和やかに歓談が進んだ。
ギルガメスはアロンの試合終了までにはブレイカーとともに入場口に集まり、アロンの招きによって入場することを確認した。興行開始の時間が迫ると、ひとまずは兵士によってVIP用の観客席まで案内されたのである。
「試合、見たかったんでしょう?」
全方位スクリーンの左上にウインドウが開き、エステルが話しかけてきた。
ギルガメスは相棒ブレイカーのコクピット内で、Tシャツに膝下丈の半ズボンといういつもの出で立ちに着替えているところだ。これから相棒を駆って試合場に乗り込む以上、操縦に問題がない服装にしたかった。「怪しげな台本」はなくとも、観客が相棒に対し華々しい立ち回りを期待しているのは理解している。全長23メートル、体重137.5トンの鋼鉄の竜に疾風迅雷の挙動を求めている以上、少しは披露しないと何ヶ月か先の集客に響くだろう。
エステルの方は、VIP用の観客席で長い足を組みながら、頬杖ついて試合を観戦中だ。左腕にはめた腕時計型の端末は「サウンドオンリー」の表示。……彼女がやや退屈そうに見えるのは仕方がない。ついさっきまで、足下に広がるすり鉢状の試合場で激しい攻防が展開されるたび、愛弟子は年相応の子供のように円らな瞳を輝かせていた。
「見たかったです、そのつもりで来たんですから。でも見るより、試合する方がずっと好きです」
サウンドオンリーの表示が解けて、いつもの出で立ちをした少年の両肩にハーネスが降りてガッチリと固定する姿が映し出された。今、彼女の腕時計型端末に映し出された愛弟子は落ち着いている。
少年が額に指を当てて何事か念じると、額に青白い刻印が浮かび上がる。途端にこの球形のコクピット内に埋め込まれた計器類が明滅、目も眩まんばかりに明るくなる。……少年は相棒とシンクロを果たした。一切の損傷を共有する代わりに相棒は鬼神の如き戦い振りを見せてくれるだろう(もっとも、この時点ではこれから戦闘する羽目になるなどとは少年も相棒も露程も想定していないのだが)。
少年はスクリーン前方に向けてひと声かけた。立哨する兵士二名の後ろ姿が映し出されている。
「すみません、そろそろお願いします」
スピーカー越しの声を受けた二人は振り向き頷くと、すぐさま左右を確認し、手招いて誘導を開始する。
ずっと退屈そうに腹這っていた深紅の竜が、おもむろに立ち上がる。首や翼、鶏冠や尻尾を軽く伸ばすとささやくように鳴きながら誘導に応え、区画の前を左右に走る通路まで出た。ビークルは左後方に置いたままだ。
左右から伸びるレバーを握りながら、少年は尋ねた。
「ひとつ上の階、ですよね?」
兵士達が返事する。
「そうです、扉は開けてあります」
「奥にゾイド用エレベーターがあるので誘導に従って下さい」
少年の「ありがとう」という返事の声に合わせて深紅の竜も小気味よい鳴き声で応える。……兵士達は「魔装竜ジェノブレイカーが来る」「非常に獰猛なので要注意」と聞かされていたものだから、この対応には驚いている。おとなしい、兄弟のようなゾイド。それがこの場での印象だった。
深紅の竜はゆっくり歩き出した。この場で強く蹴り込んで加速をつけたら、流石にコンクリートの床もぶち抜いてしまうだろう。軽いステップでこの場は済ませるつもりだ。
さてここ「ラナイツの第一試合場」は地下に沢山の格納庫を備えている。すり鉢状……つまり円形の試合場の地下に、螺旋状のスロープを設置し、スロープの左右に格納庫を用意しているのである。だがこの格納庫はあくまで「お客様用」であり、試合に参加するゾイドや施設を警護するゾイド用には試合場の直下(つまり螺旋状のスロープより内側)に専用格納庫とゾイド用の巨大なエレベーターを用意している。形状ゆえに何周も回らざるを得ないスロープよりも、直線で昇降するエレベーターの方が早く到着するのは言うまでもない。ギルガメスとブレイカーはひとつ上の階にあるこのエレベーターに乗って上がるよう、指示を受けたのである。
全方位スクリーン内部では右上に別のウインドウが開いた。テレビの映像だ。試合を生中継している。アロンの試合はメインイベントだから最終試合になるが、映像には彼と相棒の姿は映っていない。
(今のうちだ、早く行こう)
少年はレバーを軽く捌いた。