エステルは感情こそ表さなかったものの、内心は気掛かりであった。護衛付きとは言え愛弟子を一人で相棒の元まで行かせるのは気が引ける(命を狙われている現実に変わりはない)。今回は厳重な警護にも助けられて、無事到着できたようだ。……彼女は胸を撫で下ろすと(勿論内心で)、足下で繰り広げられる試合の方に注目した。観客席のエリアは分厚い防弾ガラスで覆われているものの、試合場の様子は十分に確認できる。それに爆音は十分ここまで届いているため不満はない。あとはVIP席ゆえか観客の反応は若干おとなしいのが少々違和感がある位か(※ゾイドバトルの熱狂的なファンがしばしば暴走するのは彼女もよく知っている。彼らがVIPであることなどあり得ない)。
興行は佳境を迎えようとしていた。……最終試合、満を持してアロンと相棒のゾイドが登場する段になって、防弾ガラスが一斉に開放された。それと共に観客が起立し、拍手と声援を始める。ひたすらアロン・コール。エステルは閉口したもののひとまず同じように起立し極めてソフトタッチな拍手と口パクの声援で合わせることにした。
既に夕陽が焦がし始めた、すり鉢状の試合場。すり鉢の縁の一角にある鋼の扉がゆっくり開き、中からゆっくりと現れたのは赭色(そほいろ。赤土のような暗めの赤色)の角竜。全身は分厚い鎧で覆われており、鼻の部分には太い一本角が伸び、兜の錣からは四本の槍が、背中を始めとする各所に様々な銃砲が埋め込まれ、或いは設置されている。人呼んでレッドホーン。太古の時代からヘリック共和国の暴虐に反旗を翻す多くの戦士がこのゾイドを相棒とした、ある意味象徴的なゾイドである。……アロンが搭乗するこのレッドホーンは「カーマイン」の名前を持っている。
角竜の頭部ハッチが開くと、更にその下に分厚い装甲が隠れており、それが開いてようやくパイロットスーツをまとったアロンの姿が現れた。愛想よく観客席の方に向けて手を振れば、空気も床も震わすアロンコール、カーマインコールが返ってきた。
激しい声援の最中、サングラスの下に隠れたエステルの鋭い蒼き瞳は奇妙なことに気がついた。
(あのレッドホーン、全然手が加えられていないのね)
ひと目には、よく見かける銃砲の類しか積んでいない。それに歩く様子を見た限り、速度を上げたりといった根本的な改造は施されていないように見える。無改造、無増設。そんな代物がグランドマスター愛用のゾイドなのか。
(良い教材になるかもね)
彼女の柔軟な思考は、一連の事実に対し否定的な疑問を差し挟む余地などなかった。結果が全てであり、ここではどんな結果を示してくれるのか。それだけが彼女の興味だ。
向こうの鋼の扉もゆっくり開き、中から銀色の鎧をまとった四脚獣が姿を現した。背中には巨大なガトリング砲と二門二対の大砲を背負い、肩や胸には無数の大砲を装備している。また肉切り包丁のように分厚い尻尾を持っており、恐らくその内部には様々な仕込み武器が容易に想像される。人呼んでガトリングフォックス、同系統のゾイド・シャドーフォックスに比べて大柄のためより多くの武装を搭載しており「走る武器庫」の異名を持つ。
この銀色の狐も頭部ハッチが開き、中から若者が手を振るが返ってくるのは圧倒的なブーイング。若者も十分に想定していたようで仏頂面のままアピールを続けた。
相まみえる二人と二匹が揃ったところで、国歌斉唱のアナウンスが流れた。エステルもあえて周囲を見渡すまでもなく、他の観客と同様に起立し、ヘリック共和国国歌の斉唱に付き合った。アロンも相手の若者も、VIP用観客席の最上段にあるギネビアを始めとした運営側の面々も追随する。
斉唱を終えた観客は一斉に拍手と声援を送る。二人の選手もそれに応えるべく着席し、ヘルメットを被れば両者の頭上をハッチが覆う。
すり鉢状の試合場全体にブザーが鳴り響く。縁に立つ角竜と狐は共に地を蹴り、坂道を駆け下りていった。
この様子はブレイカーのコクピット内部でも映し出されていた。全方位スクリーン右上のウインドウは引き続きテレビ中継を映している。チラリ横目で見たギルガメスは軽い溜め息を付いたが、すぐに気持ちを切り替えたつもりだ。グランドマスターの戦い振りを直で見るチャンスを逸したのは、本音ではやはり残念だった。
ゾイドでの軽い足取りとはいえ、格納庫よりひとつ上の階まで螺旋スロープを歩いての移動は数分かかった。……エレベーターのある鋼の扉は、延々と続くコンクリートの壁に埋め込まれた巨大な鋼鉄の扉が開放されていたのですぐわかった。深紅の竜が中を覗き込むまでもなく、数名の兵士がスロープ内に入って誘導灯を振り回す。
扉の内部はだだっ広く、まばらながら人の声と、重機の音が聞こえる。少年が初めて見るようなゾイド数体が修理・調整の真っ最中だ。……黒光りする装甲を備えた獅子が数匹、整備されている。体格は我が相棒の胴体ほどしかないが、幾つもの銃砲を備えており想像以上に身軽なのかも知れない。全方位スクリーン上に注釈が入った。レオストライカー、ブロックスの仲間だ。アロンのレッドホーンといい、様々なゾイドが採用されているようだ。
さて兵士の誘導に黙って従ったところ、奥の方にゆっくりと降りてくる籠のない巨大なエレベーターがいくつか、確認できた。着地点の側まで誘導された深紅の竜は、おとなしくじっと待つ。
打ち合わせでは、どのエレベーターでも良いから乗って、最上階に到達すればそこで別の兵士が誘導し、すぐさま試合場に入ることができるという。
(ところで『上』はどうなっているんだろう)
ギルガメスは全方位スクリーン右上に開かれたテレビ中継の映像を観ようとした。
同じ頃合いで、深紅の竜はふと何事かに驚いた様子で首をもたげた。
物凄く鈍い音が、竜と少年の主従がとどまる巨大な区画一帯に響き渡る。
少年も、兵士や作業員なども驚いて顔を見上げた。
次の瞬間、彼らはゾイドの雄叫びよりも騒々しくてかなわない警報音を耳にした。
話しは前後する。
レッドホーン「カーマイン」対ガトリングフォックスの一騎打ちは序盤早々から両者が激しくぶつかり合う展開となった。
両者がすり鉢を下るやいなや、土煙がもうもうと舞い上がる。共に背中に搭載の銃砲を撃ちながら、一気に間合いが詰まっていく。……いや頭上からよく見ればわかる。銀の狐はいとも簡単に試合場の中央を突破した。角竜が中央に到達するにはもう十数歩必要だ。明らかに狐の方が速い。
こだまする轟音。角竜の左の錣と、狐の左肩とが派手にぶつかり合う。反動で両者の間合いはやや離れた。
チャンスとばかりに跳躍する銀の狐。
一瞬、ぼんやり立ち尽くす
その頭上を己の全高三、四倍ほども高く跳躍、きれいな逆Uの字を描いて落下する銀の狐。着地点は角竜の背中か、頭部か。鋭い両前足の爪を振りかざす。
ところが角竜は微動だにせぬまま狐が爪を振りかざしたところで音もなく一歩、前に出た。……たったこれだけで、呆気なく狐は標的を見失って着地。そこを風車のごとく、角竜の棍棒のような尻尾が振り回され、叩きつけられる。一発入ったところで、角竜はすぐさま間合いをギリギリまで詰めた。
再び、両者の左の錣と肩がぶつかり合い、鍔迫り合い。
両者の全身に埋め込まれた突起が唸りを上げて回転。火花が飛び散る中、不意に間合いを離し後退したのは狐の方だった。
(硫酸砲!)
目を見張ったエステル。愛弟子が側にいれば喜々として語っていたに違いない。……正確には「高圧濃硫酸砲」。角竜の顎の下に隠されている。本来は対人用兵器とされているが、密着状態で敵ゾイドの関節部分に注ぎ込めば必殺性の高い一撃に早変わりする。
真後ろに下がるゾイドを追撃するのは容易い。すかさず鼻先の一本角で追撃する角竜。数歩進んで一撃、数歩進んで一撃と玉を突き転がすかのように的確に命中させていく。
苦し紛れに突っ込んできた銀の狐。角竜の錣の下をかいくぐり、狙うはその左脇腹。……ところが一見して絶好のチャンスを得た筈の銀の狐が突如、四肢をもつれさせ、地べたにへばりつくように倒れ込んだ。
角竜の左前足が、狐の左後ろ足を踏みつけていたのだ。……透かさずの追い撃ちは更に意外なところから。左脇腹の装甲が開き、数発の射撃。狐の鼻先や前足から炎が上がった。定めた筈の標的から思わぬ反撃を喰らい、銀の狐はよろめきながら離脱するより他ない。
一連の動きにエステルは感嘆することしきりだ。接近戦におけるこのえげつないまでの技の数々。これだけのアイディアがあるからこそ、アロンとレッドホーン「カーマイン」は標準の武装でグランドマスターにまで上り詰めたのだろう。
これより先は一方的な展開となった。淡々と、しかし猛然と追撃する
それを合図に角竜の背中、両肩などの銃砲群が一斉に狐目掛けて照準を定めるや、角竜は強く地面を蹴り込んだ。……突っ込むのではない。狐の外周を回り始めたのだ。
もうもうと土煙を上げながら、角竜は狐の外周を回って走る、走る。その間、銃口・砲口は一発たりとも外れずに狐の分厚い装甲に命中していく。煙が、火花があちこちから吹き飛ぶ激烈。
その有り様に観客席の至るところから手拍子と声援が飛び交った。
『「レッドタイド! レッドタイド! レッドタイド!」』
言い得て妙とはこのことだ。レッドタイド……つまり赤潮に呑まれて窒息するがごとく、銀の狐は銃砲の渦に巻かれたまま倒れることも出来ずもがき苦しむより他ない。
試合終了を知らせるブザーがここで鳴り響いた。相手の狐……ガトリングフォックスは絶え間ない攻撃に倒れることも出来ぬまま延々とダメージだけが蓄積している状態だ。ボクシングにおけるスタンディングノックアウトに近い状態であるため、運営が終了を宣言したのである。
それをじっと見つめていた
頭部コクピット内から姿を現しヘルメットを外した大男アロン。汗びっしょりだが、笑顔も十分に眩しかった。
その頃VIP用観客席・最上段のギネビア周辺では。
シニヨンの美少女ギネビアは表向きには穏やかな表情で拍手を送っていた。かの純朴な大男が敗れ去るなど万に一つもあり得ないと確信していたかのように見える。
ところがその端正な顔立ちを構成する眉間に一瞬、強烈な皺が彫り込まれた。視線は彼女の座席のテーブルに備え付けられたモニターにあった。ここラナイツの試合場のオーナーでもある彼女のもとには様々な情報が送られてくる。……たった今、彼女が把握した情報は有事でもない限り、あり得ないものだ。
(音速の数倍で近付いている、ですって!? 馬鹿な、今すぐに迎撃なさい!)
端末上で、目線で、声で。
だが入力し、動かし、声に出すよりも速く、天井よりも遥かに高いところから爆音が鳴り響いた。
ずっと快晴が続いていたラナイツの第一試合場上空を、黒い影が包み込んだ。
何割かの観客が空を見上げた。絶好の観戦日和を邪魔する無粋な雲を確認するつもりだった。だがその視界に飛び込んできたものは明らかに形を有する存在で、それが日差しの反射を伴いつつ爆音と共に上空から飛来してきたものだから、彼らは目を覆ったり、耳を塞いだりして身を守るより他ない。
爆音は、試合場に残るアロンとカーマインのコンビも耳にした。いや正確には、彼の相棒たる角竜は外部から何かが飛来してきたことを把握した時点で試合終了直後であるにも関わらず激しくアラームを鳴らし、我が主人に頭部ハッチ内部への避難を促していた。……尋常ならざる事態を直感したアロンがハッチを閉じたその時、コクピット内部が、観客席が、垂直にかき混ぜるように激しく揺れた。観客席を覆う防弾ガラスが至るところでひび割れ、脱落し、観客の悲鳴が聞こえてくる。
左右のレバーを握り締めて堪えたアロン。……揺れが収まった時、彼は先程の出来事が災厄の始まりに過ぎないことを悟った。
彼らの真正面にもうもうと土煙が舞い上がり、立ち込める。……だがその中にあってさえ、飛来した巨大な物体の眩しい銀色は容易に把握できた。
四肢を一杯に広げたその物体。四本脚であるにも関わらず、本来首がある筈の部分には暴君竜の上半身がまるまる埋め込まれた異形の持ち主。暴君竜の背中には、己が巨体よりも遥かに大きな骨組みだけの翼一対と垂直に伸びた背びれの連なりが生えており、帯電しながらそれらを時折はためかせて周囲の埃を飛ばしている。
この凶悪な出で立ちの乱入者を目にしたアロンは人懐こい眼差しだけをギロリと動かし、足元から上へと見上げたがすぐに戻し、引きつった笑顔を浮かべた。
「姫様、ジェノブレイカーってこんなに大きかったんでしたっけ?」
軽口を叩いてみせるが驚きは明らかだ。我が相棒たる角竜の全高が、この乱入者の足の長さに及ばない程だ。
すると暴君竜の頭部を覆うキャノピーが開き、内部から全身虹色の光沢に輝く怪人物が姿を現した。
『オ初ニオ目ニカカリマス。[ゾイドバトル]ノ[グランドマスター]ニシテ『導火線の七騎』ガ一人、[アロン]殿』
この得体の知れない人物の有り様を、コクピットの天井部分を覆うモニターを介して睨んだアロンは舌打ちするとハッチに当たる天井部分を開けて巨体を乗り出すやビシッと指差しした。
「よく知ってるじゃあねぇか、その言葉。つまり次の標的は『俺』ってわけだ。良いぜ、やってやる」
すぐさまハッチを閉じるとコントロールパネルを弾く。
目前のモニターにはシニヨンの美少女ギネビアが映し出された。……そのすぐ後ろで配下の者が騒々しく指示を出している。彼女らの部屋でさえも衝撃の影響は避けられなかったようだ。
「姫様、すみません。こいつを倒します」
宣言するなり一方的に通信を切った。
切られた方のギネビアは琥珀色の瞳をまじまじと見開きテーブル備え付けのモニターを見つめていたが、それも数秒。すぐに立ち上がって周囲の兵士や職員に向けて叫んだ。
「誰でも構いません、アロンを援護なさい!」
「姫様、すぐは無理です!」
間髪を容れず、数名の職員が叫んだ。
あのたおやかな美少女が鬼の形相でその方角を睨みつける。
「さっきの衝撃で、パニックオープンとパニッククローズがかかりました」
同じ頃、この試合場の地下では。
激しい警報音は鳴動を続けたまま。そして驚くべきことに、ブレイカーが乗り込む予定だった籠のない巨大なエレベーターが全て、急に速度を上げて降りてきてしまった。計器類はすぐに電気が落ちてしまっている。
「どうしたんですか!?」
「パニッククローズです! 上で何か起きています。地下はこの建物の心臓部ですから封鎖されたんです」
ギルガメスは兵士の説明を聞いていま一度全方位スクリーン越しに高い天井を見上げた。あの時の音か……!
「上、行けないんですか!? こいつなら飛んで上に行けます!」
「それは止めて下さい! 最上階がどうなっているか、こっちではわからないです。天井をぶち抜いたりしたら二次災害とかでは済まなくなります」
強烈な焦燥感が少年を襲う。すると全方位スクリーン上に矢印が示された。……さっき入室してきた鋼鉄の扉だ。こちらはエレベーターの停止に合わせて自動的に閉鎖されていた。
「それじゃあ、スロープはどうなってますか!?」
尋ねられた兵士はハッとなってすぐさま扉の外に向かう。直ちに側に埋め込まれたスイッチボックスを開け、手動で扉を開ける。その真正面まで歩いて近付いた深紅の竜は自分が出られる幅が確保されるまでじっとしている。
「スロープは一般客の避難用にパニックオープンがかかっています。
確かにスロープ、上がっていけば屋外には出られます」
兵士の説明を聞いた少年は円らな瞳を輝かせ、竜も小気味良く一声さえずった。
「でも試合場に乗り込むには……」
「だからこいつ、飛べますから! 大丈夫!」
深紅の竜は出口の幅が確保された時点で軽やかに躍り出た。
スロープは天井や壁面に誘導灯が点灯している。まさしく避難経路と化していた。
「ブレイカー、歩いてる人もいるかも知れない。飛んでいくよ!」
再び甲高く鳴いて応える。ゾイドの性分なのか、火急の事態を楽しんでいるかのような反応だ。でもそれはこのゾイドに限っては実に頼もしい。
桜花の翼は左右をカバーするよう地面と垂直に畳んだ。背中を覆う六本の鶏冠は目一杯逆立て、前のめりの姿勢で左足を前に踏み込む。
少年がレバーを押し込めば、深紅の竜は強く両足を踏み込む。鶏冠の先端より蒼い炎がほとばしり、かくして数m程も浮き上がりつつ、疾駆を開始。道幅は非常に狭いが、少年は(自分がちゃんとコントロールしてやれば壁にもぶつからず十分に進める)と確信していた。
地上の試合場は阿鼻叫喚に包まれていた。
この想像を超えた侵入者を前にして、ギネビアら運営は早々に避難指示を出した。……たちまち兵士が持ち場について誘導を開始する。しかしどの業界でもマニアはいるもので、侵入者をひと目撮影しよう、録画しようとギリギリまで食いつく輩が避難客の行列を外れて今一度観客席に戻ろうとした。連中を巡るせめぎ合いで一部の観客席は避難の遅れが生じていた。
「逃げて下さい! 逃げて下さい!」
「馬鹿野郎、伝説のケンタウロスそっくりじゃあないか! 撮らんでどうする!」
「本気のアロンとカーマインが見られるぞ!」
怒号が観客席の片隅で鳴り響く。
肝心の試合場ではこんな有り様など知ったことではなかった。
睨み合う、銀色の巨体と
不意を突くように、虹色の魔人がスピーカー越しに語りかける。
「弾薬ハ、足リテイマスカ? 試合後デショウ?」
アロンは鼻で笑った。
反時計回りににじり寄る銀色の巨体。
それは角竜も同じだ。常歩(なみあし)で、しかし視線と銃口は釘付けのまま、ジリジリと。
途端に、駆け始めたのは角竜が先だ。駈歩(かけあし)で渦を巻くように外周を回りながら急接近。その間にも、撃てる限りの銃砲が火花を吹く。
銀色の巨体は一歩出遅れたのが明らかだった。踏み込んだ時には既に足元に縦断が炸裂していた。たちまち足元を中心に火の手が上がり、爆炎が吹き荒れる。
遂に銀色の巨体を構成する前足が力を失い、地べたにへばりつく形になった。
旋回しての銃撃をやめた
「大したことねぇなぁ!」
モニター越しに叫ぶアロン。もっとも目はまるっきり笑っていない。
(手の内を隠している。舐めやがって……)
そう確信しているからこその挑発だ。
「弾は足りてるか、だと? 悪いがゾイドウォリアーである前にゾイド乗りなものでね。
試合用とは別に護身用をちゃんと用意しているのさ。
ほら、立て! 立ってお前の本当の力を見せてみやがれ!」
虹色の魔人はアロンの言葉を聞き終えると笑い出した。
「素晴ラシイ! ヤハリ[導火線の七騎]ハ一味違ウ。私モ遠慮ナク戦エル」
そう言い放つとまるでバネ仕掛けのように銀色の巨体は起き上がった。四肢をまっすぐ、まるで椅子のように揃える。……途端に足首を覆うラッパ状の装甲内から光の粒が吹き始めた。
ふわり、数m程も浮き上がった銀色の巨体。その胴体や、側面にマウントされた銃砲が、まるで魂を持ったかのように動き始めた。
地上で、花火が炸裂でもしたのか。そんな激しい爆発音が炸裂した。そしてそれに合わせて、宙に浮いた銀色の巨体はぐるぐると旋回を始める。十秒、二十秒、三十秒……。
ひたすら斜面を逃げ回る
だが主人たる大男アロンには確信めいたものがあった。
(ガキっぽい。実に。ギルガメス君より、余程だ。ならば我慢比べ……!)
ひたすら逃げて、逃げて……。
やがてカチリ、カチリと銀色の巨体の銃砲は一切が空撃ちして何も発射されない有り様となる。
それを見た角竜は鋭くいなないた。
「バーカ、弾切れだ!」
怒鳴るアロン。このまま畳み掛けようと心に決めた、その時。
銀色の巨体はの頭部を覆うキャノピーが虹色に輝き始めた。それと共に両腕を天にかざす。
三本の爪で構成された両掌が稲妻を引き寄せていく。周囲に立ち込める土煙や砂利が発光、粉砕。光の粒が腰の周りに集まっていく。
その間、わずか数秒。
レバーを入れかけたアロンは強烈に嫌な予感を覚え、躊躇した。……それで良かった。たちまち、弾切れした筈の銃砲が再び火を吹き始めたのだ。足元で炸裂する銃弾。角竜は間一髪、すり鉢を駆け上がって逃げる。
「弾を補充したのか!? あんなので!」
『[補充]トイウヨリハ[再生]デスネ』
ゾイド特有の自己修復能力を応用したのか。だがこの速さ、馬鹿げている。
かくしてすり鉢を駆け上がって逃げに逃げる
すり鉢の最上部付近まで角竜は逃げる。所謂高速ゾイドがやってのける操縦技術をアロンは難なくこなしていた。
(もう少し上だ! 上に逃げ切れれば……!)
彼が打開策を直感して行く先の「すり鉢の上」を睨んだ時、大変なことに気がついた。すり鉢の上……つまり、防弾ガラスで覆われた観客席だ。そこには今やマニア共が群がり、自分達と異形の怪物との対決を撮影しようと防弾ガラスにへばりついている……!
一瞬の躊躇。それでもアロンは最終的に決断したつもりだったが、秒レベルで間に合わなかった。角竜の胴体に数発の弾丸が命中(勿論、防弾ガラスにもありったけの弾丸が炸裂した。アロンがどんな判断を下しても同じ結果だったろう)。角竜はバランスを崩してすり鉢を転げ落ちていった。
シェイク、シェイク。凄まじい衝撃は座席に完全固定された大男アロンの体を傷つけた。ヘルメットを被っているくせに、眉間が割れたようで額の辺りに血が流れている。胸も急に息詰まっている。肋骨が折れたか?
だがそれでも、両腕・両足は無事なようだ。
「カーマイン、立てるな!?」
アロンの雄叫びに、
よろよろと起き上がる角竜。標的を探す。
彼らが目指す標的は、対角線上のずっと端の方だ。
銀色の巨体は右腕を高々と振り上げた。三本の爪を目一杯広げるや、手のひらを中心に発光、明滅が巻き起こる。土が、砂利が引き寄せられ、雷蛇が無数に暴れ始める。
三本の爪に集まる光は、やがて長い槍の形状に転じた。
アロンは悟った。こんな嫌なことを悟った自分に嫌気が差した。あの槍は昨晩、南方大陸の名将ラヴァナーとその相棒にとどめを刺したものと、きっと同じだ。
それでも、するべきことは一つしかなかった。先程の転落でまともに使える銃砲は一つもない。……あとは、角竜の名前通りのことをするしかない。駆けて、駆けて、駆けて……!
銀色の巨体は吠えることもなく無言で、この完成した長い槍を投じた。
「ギル、ギル、聞こえて?」
「エステル先生!? 無事ですか!」
全方位スクリーンの左上にウインドウが開き、腕時計型端末越しに叫ぶ女教師の姿が確認でき、ギルガメスは歓喜の表情を浮かべた。彼女は避難中であること、どさくさに紛れてビークルを回収するつもりだということを伝えた。そして何より、得体の知れない侵入者が現れたことも。
「気をつけて。試合場には守備隊がいる筈だから、そこで引き継いで逃げられるなら逃げてきなさい」
言葉に詰まった少年は一応の返事を交わした。きっと「アロンを助けるまでは逃げるわけがない」と読まれているに違いないが、表情にはなるべく出さぬようにして一旦通信を打ち切った。
格納庫の出口から躍り出た深紅の竜は、そのまますぐ、地を強く蹴って飛翔に転じた。桜花の翼を広げ、六本の鶏冠を目一杯広げて。そのままここ、ラナイツの第一試合場の真上から入り込めば良い。
夕陽に流されるように、深紅の竜は……太古の昔、魔装竜ジェノブレイカーと呼ばれた勇敢なこのゾイドは加速を緩めずに試合場に降り立った。地響き、土煙を上げ、若き主人ギルガメスの気持ちに応えるべく早速低く身構えた時、しかしこのゾイドは確信した。……確信してしまった。ゾイドコアの反応が、一つしかない。
はるか向こうで、静かに地響き。……無残にも兜から尻尾まで串刺しにあった