マノニアは血走った両眼で、ひたすら刮目し続けていた。
縦幅が自分の身長ほどもあるスクリーン上で展開していた地獄絵図は、一応の収束を見せた。彼は大きく肩で息をつくと、寝間着姿の小太りなその身体をソファに預けたのである。目前のテーブルには食べかけのハンバーガーとスープが並んでいるが、すっかり冷めてしまったようだ。
かの奇形的戦闘機械獣ケンタウロス・ワイルドの動向について、マノニアはこの巨大スクリーンで連日ずっと観察していた。……その内容は如何なる娯楽大作映画をも遥かに凌駕する上に、当面完結する可能性の低い代物だと言える。何しろ第一報からしてこうだ。
「ラヴァナー将軍暗殺 正体不明のゾイド襲撃?」
……余りにもセンセーショナルな代物だ。その時点では手がかりなどまるで見つからなかったが、だからこそマノニアはケンタウロス・ワイルドの仕業に違いないと容易に確信できた。
ただ、第一報に対する彼の率直な感想は戦慄であり、恐怖だった。事実上、己の願いが人を殺めたのだ。そしてそもそも、自らの手で人を殺めた経験など今まである筈もない。起きた出来事の反動を妄想したマノニアはそれで頭が一杯になってしまい、数日は臥せらざるを得なかった。
現状、彼の精神の負担はともかく、身体の調子は事件前から現在に至るまで健康そのものだ。結局のところ彼は空腹に耐えかねて自力で起きたに過ぎない。ただ食事を摂るついでに、銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドのその後の行動を探らないわけにはいかなかった。……その結果グランドマスター・アロン&動く要塞レッドホーン「カーマイン」の撃破という続けざまの戦果を見届けたものの、続くギルガメス&魔装竜ジェノブレイカー戦では彼の目にはさっぱり理解できない攻防の末に退散したものだから、身体の調子に反して精神は疲労困憊といったところである。
ふとソファの後ろの方で微かなモーター音が聞こえた。マノニアはそちらをチラリ見て告げた。
「まだ食う。あとコーヒーを淹れてくれ」
彼の座るソファより外周は暗闇と例えられるほど暗い。そして闇の中には黒尽くめの機械人形が起立したまま数体、待機していた。マノニアは空腹を思い出し、ガツガツとハンバーガーを頬張る。
勢いよく食べながら、彼はふと思い出したかのように後ろの機械人形のうち一台に向かって声をかけた。
「新たな発注はないな?」
A3サイズの板状端末を持った機械人形が自ら端末をいじって確認するが、追加された情報は見当たらない。機械人形が首を横に振ったのを確認すると、一安心した様子で頷いた。彼は当座の仕事より時間が欲しかったのである。
惑星Ziはきっと貧富の差が激しいに違いあるまい。何しろこの星の住人はかなり多くの出来事について、ゾイドで解決し続けてきた。故に極端でも何でもなく、ゾイドを持つ者と持たざる者との間で劇的な格差が存在し得るのだ。ゾイドがなければ遠方への移動もままならなかったりする。貧富の差も生じるというものである。
それ故に、例えばこの星の科学者はゾイドコアを培養し新たなゾイドを生み出す者の地位が非常に高くなるに違いない。彼らがその様になるためには優秀な頭脳も当然必要だが、研究の場を確保するだけでも相当広大な土地と施設が必要である。それが持てなければ持てる者の下につくしかなく、それすらできなければ実力など関係なく科学者としては二流以下のレッテルを貼られるだろう。
マノニアはまさにそれであった。彼の操る機械人形はもともとゾイドの欠損した手足を補うための技術から生み出された。だがそのような技術を世間にきちんと評価されたならば、ゾイドアカデミーの施設跡地からゾイドコアを盗み出す暴挙などに打って出たりはしなかっただろう。
そこに思いが至ったところで、彼は一瞬だが手元に残ったハンバーガーの切れ端をまじまじと見つめた。親の仇とでも言わんばかりに眼光を飛ばすと、おもむろにかぶりつこうとする。……その時だ、機械人形に持たせたままになっていたA3サイズの板状端末よりアラームが仕切りに鳴り出したのは。
肩をすくめるマノニア。早速機械人形が板状端末を彼の目前に掲げてみせる。
彼がハンバーガーの切れ端とスープの残りを強引に飲み込むのを待っていたかのように、眩しい虹色の肉体が映し出された。
『[マノニア]ヨ。ヒトマズ戻ッテキタゾ』
「ビスマ……今、どこにおるのじゃ」
『モウスグ、真上ダ』
刮目したマノニア。すぐさま立ち上がると機械人形達に身振りで合図を送る。……たちまち暗い室内に電気が灯された。円状の壁面。今まで暗くて不明だった部分はソファがもう二、三個設置できそうなほど広い。だが舞台は締め切られたドアの外だ。大名行列のように前後に連なる機械人形を従え、マノニアは小太りなその体型から考えられないくらいテンポ良く歩き始めた。彼のすぐ目の前を、例の板状端末を抱えた機械人形がマノニアにも見やすいようにそれを掲げながら先導する。
板状端末は非常に入り組んだ鳥瞰図を突っ切る白い好点を映し出していた。
「よくここがわかったな?」
『ソウイウ能力ヲ、コチラモ積ンデイルノデナ』
板状端末の左下隅の方に、ワイヤーフレームで描かれた銀色の巨体が表示され、背中にズラリ連なる背びれ部分が明滅を繰り返す。この部分がレーダーの役割を持っているだろうことはマノニアにもすぐ想像がついた(細かい疑問はたくさんあるが、それは彼もひとまず思考の片隅へ放り投げた)。
さほど長くない廊下の先にある鋼鉄の扉を開ければ、薄暗い電灯に照らされた吹き抜けの格納庫が広がっている。マノニア達はこの格納庫内に張り巡らされたキャットウォークに姿を表したのだ。さて格納庫内はこれからやってくる来訪者がどうにか一匹程度は収まる面積だが、天井は十分に高い。壁面各所には汚れや傷がこびりついており、年季を匂わせる。
マノニアもZi人の技術者であるが故に、ゾイドを多少受け入れるくらいのスペースはご覧の通り自宅に確保していた。このマノニア邸は入り組んだ山岳地帯に構えられたものであるため、近付くには細い山道以外、空から侵入するしかない。
さてこの格納庫の天井が唸りを上げて巨大な口を開けると、闇の帳には既に星の川が流れているのが確認できた(※騒動の現地との時差がかなり生じている)。だがその中に、一つだけ徐々に大きくなっていく光が確認できる。
月明かり、星明りに照らされて、落下してきた銀色の巨体。四肢は前傾の姿勢、首から伸びる暴君竜の上半身だけは胸を張るように反り返っている。そして、目一杯に広げられた網目状の翼。自身の体格ほどもある二枚の翼には、網目部分に次々と眩しい光の膜が張られていくのが見て取れる。
やがて光の膜が翼の網目全てを覆った頃には、銀色の巨体は舞い散る羽毛の如き急減速を果たしていた。翼を逆立てた状態でマノニア邸の天井入り口をくぐり抜け、ふわりと着地。流石に加減はまだまだ効かぬようで、鋼鉄の床を踏みしめた時には建物全体が地響きとともに揺れてしまい、マノニアもキャットウォーク上で尻餅をついた。
光の膜が弾けて消失した。折りたたまれる網目状の翼。鋼鉄の床にへばりつくようにしゃがみ込む。直近の一戦で酷使された両腕はだらりと下げていた。
暴君竜の頭部を覆う橙色のキャノピーが開放され、天の川の如き光の流れが躍り出た。辺りを漂うように飛び交うと尻餅から立ち上がったマノニアの前に集結し、やがて虹色の魔人の姿を構築したのである。
「おお、ビスマ……見事じゃった」
魔人ビスマを最初に目にした時でさえ奇想天外と言えた。そこに、名だたる「導火線の七騎」を既に二騎、屠ったという実績が加わったのだ。既に得体の知れぬ生物などというレベルを超えて恐ろしさと神々しさが感じられる。
だがマノニアがかけた労いの言葉に対し、ビスマの告げた言葉は意外とも言えた。
『両腕ヲ痛メタヨウダ』
マノニアは待ってましたとばかりに傍らの機械人形に指示を出す。
たちまち銀色の巨体の各部に機械人形が群がる。格納庫内各所のキャットウォークにも、待機していた機械人形が自らの視線を向ける。それと共に板状端末に銀色の巨体の各所を透視した映像が次々に送られてきた。
殆どの映像はダメージなしを表していた。……ただ二箇所、両腕だけはビスマが訴えた通り、まるで毛細血管が張り巡らされているのかと見紛うほどに、至るところヒビや断線が確認できた。
(これが魔装竜ジェノブレイカーの実力なのか……!)
負傷させた強敵の実力を改めて思い知る。これがあの一見して誠に不可解な攻防の結果だというのか。
『我ガ能力ヲ用イテノ修復ハ、流石ニ激シク消耗スルノデナ』
「おお、おお、儂とこやつらがいくらでも面倒を見てやるぞ」
気前良く応じるマノニア。機械人形達が道具を持ち出すまで五分とかからない。
マノニアは機械人形達に指示を送ると、その場にパイプ椅子を二つ用意させた。一つは自分用、もう一つは恐れ多い願い事を受け付けて現在奮闘中の虹色の魔人用だ。……両手を差し出し着席を促すマノニア。彼にとって、虹色の魔人ビスマは既に立派な客人であった。
ゆっくりと、手応えを確認するかのようにしながら着席するビスマ。その瞬間、パイプ椅子はミシミシ音を立てたが、流石に壊れるには至らなかった。
『コレガ[椅子]トイウモノナノカ』
無理もない感想だ。本来は人の形をしていない以上、椅子に座る経験などなかった筈だ。
「人はこれで身体を休めるものじゃ。まあ、休む道具は椅子だけではないがな」
興味津々で頷きを返す虹色の魔人。異様な風貌とは裏腹に、振る舞いは引き取ったばかりで周囲の変化に興味津々なペットのようだからおかしい。……勿論、それで和んで終わりというわけではない。
機械人形が遅ればせながら、コーヒーを入れたカップを二つ用意した。受け取るマノニア、そしてビスマ。マノニアは(此奴、飲めるのか?)と内心首をひねったが、この虹色の魔人がおもむろにカップに右手をかざしたところ、液体はまばゆく輝きながら分解し、彼の右掌内に吸収されてしまった。恐らくは彼の分身たる銀色の巨体が傷口を塞いでみせる時と同様、コーヒーを元素だか原子だかのレベルにまで分解・吸収しているに違いない。その光景に驚きを隠せぬものの、とにかくマノニアは話しを切り出す。
「……さてビスマよ、ここまでの手応えはどうじゃ?」
腕組みした魔人はポツリ、つぶやいた。
「実ニ、ヤリガイノアル仕事ダ。
喰ウ以外ノ理由デ「ゾイド」ト戦ウノハ初メテダ。嬉シイ。
……[ラヴァナー]サンモ[アロン]サンモ相手ニトッテ不足ハナカッタ」
その言葉にマノニアは一々頷いていた。ビスマが幽閉されていたあの研究所こそは蠱毒を作り上げるように、ビスマを始め沢山のゾイドコアを確保し、共食いを発生させ続けてきたのだ。……その軛(くびき)が外れ、別の動機で戦いに臨む心境はさぞかし新鮮だろう。
だが、ここまで喋るだけ喋った末に、この魔人は何故かうつむいてしまった。
「ダガ、ダガ……[ギルガメス]ト[ジェノブレイカー]……彼ラハ恐ロシイ。
殺気ガマルデ、感ジラレナイノダ! イヤ最初コソソレラシキモノガヒシヒシト感ジラレタガ、イツノ間ニカ……。
他ノ二騎モ、俺ヲ喰ラオウトシタ[ゾイドコア]モ、アリ余ルホドノ殺気ヲ込メテ向カッテキタトイウノニ……。何カ違ウ生キ物ト戦ッテイルヨウダ」
マノニアはコーヒーを啜る手を止め、ひたすら聞き入っているかに見える。しかしその一方で、彼は怪訝そうな表情をこれっぽっちも隠さない。……この魔人は事実上、ゾイドである。だがこの者の口から発せられる言葉は、古の武芸者が語る奇妙な哲学もどきと同レベルのものにしか聞こえなかった。非科学的な言葉の数々は、彼の職業柄もあって敬意を評するに値しない。
小太りの中年が悪辣な笑みを湛える。
「ビスマよ、次に赴く時は儂を連れて行け。共に戦うことはできぬが、協力位はできる」
魔人はこの雇い主の腹の中を探るという発想もなく、安堵して頷くだけであった。
ラナイツの第一試合場にも夕暮れが覆い被さろうとしていた。
空高くそびえる外壁はところどころ風穴が空き、分厚い防弾ガラスが砕けたまま。外壁の麓にいくつか設けられた地下格納庫の出入り口では、多数の兵士や人よりは大きな程度のゾイド達が群がっている。……少しずつだが、客達の所有するゾイド達が長い閉じ込めを終えて客もろとも外部への脱出を始めていた。地上の空気を吸ったゾイド達はそのずっと先で誘導灯を振り回す兵士のそばまで次々に移動を開始する。
客用の格納庫は概ね無事で済んだが、施設内外での客の滞在は、この施設の運営側によって「極めて危険」と判断された。あの銀色のゾイドが再び襲いかかってくるかも知れない。そして、あの不可解な地震……。運営側は近隣の都市への避難を案内し、それは着々と進んでいた。しかしながら自前のゾイドで観戦に訪れた者は決して多くない。彼らを確保すべく、定期便やツアーなどで用意する輸送用のゾイドが少しずつ地平線の向こうから土煙を上げて訪れてきたところだが、その数にも限りがあった。
さてギルガメスは全方位スクリーンで囲まれたコクピット内で着席しつつ、生あくびしながら映し出されたウインドウから垂れ流される報道番組をぼんやり眺めていた。……ウインドウの映像はともかく、スクリーン自体はまるっきり薄暗いため外部の様子などさっぱりわからない。この全方位スクリーン内に少年が留まっているのは、このコクピットの持ち主である深紅の竜が願ったからだ。相棒は、事態が動くまでは極力休息を図ってもらいたかったのだ。結果として少年は僅かな時間ながら仮眠を取ることができた。
この優しき相棒は、つい先程まで激闘が繰り広げられたここラナイツの第一試合場のど真ん中に腹ばっている状態だ。少し離れたところでは軍警察らしき人物が至るところに群がっている。彼らはひとまずは大人しく彼らの求めに応じ、滞在していた。……軍警察の面々は、大半が試合場の端に寄せられた、ほんの数時間前までは赭色の角竜レッドホーン「カーマイン」だった鉄塊の外周に群がっている。ギルガメスはその様子をぼんやり見つめるよりほかなかった。援護が間に合わなかったことは無念だが、敗北の瞬間に立ち会わなかったことが己に相応の落ち着きをもたらされたのは皮肉なことだ。
ふと、ギルガメスはハーネスで固定された上半身と、座席の隙間に右の掌を潜り込ませてみた。……Tシャツの中を触ってみて、傷口が塞がったのを確認すると、少年も竜も安堵の表情を浮かべる。
彼と優しき深紅の竜は、戦う際は互いをシンクロさせる(※その理屈や理由については拙作「魔装竜外伝」などをご参照下さい)。竜が傷付けば、主人たる少年の身体にも傷が付く。先程の激闘で、深紅の竜の背中に伸びる鶏冠は強敵の巨大な槍によって少々ながらダメージを受け、それが少年の背中にも浮かび上がっていた。
しかしながらこの竜こそは金属生命体ゾイド、自己修復機能を備えている。ひたすら大人しくこの場でうずくまっていたこともあり、数時間程度で修復を完了させた。少年は薄暗い天井を見上げて一言、語りかける。
「ああ、塞がったみたい。
ブレイカー、良かった、良かったね」
天井から甲高い声が聞こえるや、胸元を弄るような感覚に襲われ少年は吹き出してしまった。相棒が自らの顎を胸元に乗せて、撫でるように擦り付けてみせたからだ。……深紅の竜は、我が主人に対し甘えてみせることで感謝の気持を伝えたかったのである。何しろこの主人、いつだって自分のことより相棒の傷が塞がったことに歓喜の表情を浮かべるのだ。
そうやって大人しくしていた深紅の竜が、突如として首をもたげた。唐突且つ試すように、首を様々な角度に切り替えて周囲の警戒に当たる。
向こうから近づいてきたのは余りに無骨な男達の集団であった。ギルガメスと同等の少年もいれば、見るからに荒々しい青年、頬に切り傷のある老人など様々だが、いずれも見慣れぬ灰色のパイロットスーツを着ている。……ただ、共通して言えるのは程度の差こそあれ、皆やつれていることだ。彼らはギネビアの私兵であり、相応の高位につく者達でもある。
肝心のギネビアは集団の先頭に立っている。彼女も既にお揃いのパイロットスーツに着替えているが、集団の中に埋没するどころか凛とした雰囲気が却って際立った印象を与える。シニヨンにまとめ上げた透き通るような金髪の清潔感が、男達のぎらつきを見事に抑え込んでいるのである。
既にヘリック共和国によって完全統一された惑星Ziであったが、平和の維持には天文学的な人手と資金が必要であった。そこで共和国政府は一部の民族や富豪等が治める地域には、自治区としてある程度自由に運営していくことを許可したのである。私兵達もその一環で雇われたのだ。
その一人ひとりを、深紅の竜はデータとして確実に記録するために奇妙な首の動きをみせたのである(※別角度からの映像を沢山記録できれば対象の特徴を掴み易くなる)。映像以外にも声とかちょっとした息遣いなども記録して、有事に備えるつもりだ。
(どうしようか……)
ギルガメスは難しい表情を浮かべた。ギネビア達は挨拶をしに来たに違いない。……先程繰り広げられた激闘は、そもそもギルガメスの性分として避けるわけにはいかなかった。だが差し出がましいと指摘する者もいた筈だ。少年らはただの客人に過ぎない。まずそもそも会うべきなのか。会ってどんな話しをすべきか。
助け舟はすぐにやってきた。集団の左脇を抜けていく時代がかったビークル。深紅の竜は甲高く鳴いて歓迎した。竜の右手で旋回しつつ着陸するビークル。キャノピーがせり上がり、中から紺の背広をまとった長身の美女が颯爽と躍り出ると、竜の方に向かって手招きする。
すぐさま深紅の竜は腹ばいのまま胸を張り、中から手早く居住まいを正したギルガメスが現れた。
美女エステルがサングラスを外して投げかける微笑みは、数時間振りに少年主従と顔を合わせることができた喜びが滲み出ている。……彼らは先の戦いが終わったあともすぐに会うことはできなかった。エステルは小回りの利くビークルを乗りこなしていることもあって、施設内に無数にある安全装置を解除すべく奔走した。余りにも規模の大きな施設のため、復旧にはゾイドやそれに匹敵する機械の助けが必要だったのだ。ギルガメスも手伝いを志願したが、流石に先程まで戦って事態を収めた英雄を駆り出すことにはラナイツの職員達も抵抗感があったようで、即座且つ丁重に断られてこの場での待機となったのである。
「お疲れ様」
そう伝えるエステルの優しい響きに少年は声も出ず、コクリと頷くのみだ。だがそれはそれとして尋ねなければいけないことがある。
「そちらの人達は? ギネビアさんと……」
エステルは優しげな雰囲気を変えず、集団の方に目配せをした。
「そう、ギネビアさんと彼女直属の兵隊さん……『獅侍の軍団』の皆さん」
ハッとギルガメスは顔色を変え、背筋を伸ばす。
集団から一歩前に出たのはシニヨンの美少女、ギネビア。沈痛な面持ちで深々と頭を下げる。
「ギルガメス様、先程は誠に……誠に、ありがとうございます。お陰様でひとまず正体不明のゾイドは退散しました。
私共は応援に駆けつけることもできず、沢山のお客様の生命を危機に晒し、あまつさえ稀代のゾイドウォリアー・アロンを見殺しにする為体(ていたらく)。何とお詫びを申し上げれば良いか……」
頭を下げたままのギネビア。両肩が小刻みに震えている。
彼女のすぐ後ろで控える獅侍の軍団の面々も無念の表情を隠さない。ある者はギネビア同様肩を震わせ、ある者は唇を強く噛み……。
「いや、そんなこと!」
ギルガメスは慌てて一歩前に出ると彼女に諭す。
「なってしまったことは仕方がないから、次に生かしましょう。アロンさんもそうすればきっと喜んでくれる筈です」
そう言ってしまってからギルガメスは円らな瞳を見開いた。
(ギネビアさんは、アロンさんの死を本当に受け入れているのか……?)
ギルガメスの両親・兄弟は自身が家出して間もなく無残にも殺された。それを知ったのは半年程も後のことだ(魔装竜外伝第12話・13話参照)。彼とて容易には受け入れることができなかったではないか。
だがギネビアは、傍目にはあの頃の少年よりずっと気丈に見えた。ゆっくり頭を持ち上げると沈痛な面持ちこそ変わらぬものの、毅然とした表情で言い放った。
「はい。必ず、生かします。……生かして、みせます」
ギルガメスはほっと胸を撫で下ろす。
するとギネビアの後ろで待つ獅侍の軍団の先頭に並ぶ者が一名、一歩前に進んだ。白髪の老人。額や頬に古傷のある如何にも歴戦の勇者然とした人物だ。
「エステル様、ギルガメス様、お願いがございます。
早めに、この地を立ち去っては頂けませんか」
顔を見合わせる師弟。別に見返りを求めて戦ったわけではないが、それにしても気持ちの良い申し出ではない。アロンの葬儀だって済んでないのだ。
老戦士もそこは織り込み済みの様子で話しを続けた。
「あの銀色のゾイドが『導火線の七騎』抹殺を狙っているのは明らかです。その一人であるギルガメス様を倒せなかった以上、必ずや再戦を目指してこの地にやってくるでしょう。
ここラナイツより北には友好的な自治区がいくつもあります。定期便がまだ残っておりますので、是非ご希望のところへご出立下さい。私共が旅費をお立て替え致します」
彼の申し出に対し、ギルガメスは即座に疑問を投げかけた。
「僕達が立ち去ったすぐ後に再びあの銀色の奴が来たら、どうするつもりなんですか? 人手は多い方が……」
少年が言いかけたところで、老戦士は傍らのギネビアを一瞥した。少し困った風だ。
ギネビアは琥珀色の瞳はまじまじと見開いたまま、コクリと頷く。
「既に……既に、軍警察の応援を要請しております。ご心配なく」
老戦士の言葉に獅侍の軍団の他の面々が一様に驚きの表情を浮かべたのを、傍らのエステルは見逃さなかった。……だが彼女はそこを指摘するのを敢えて見送り、愛弟子と老戦士のやり取りに注視する。
ギルガメスは憂いの表情を隠し切れないまま、それでも深々と一礼した。
「わかりました。ご武運を、お祈り申し上げます。
あと教えて欲しいんですが、『導火線の七騎』って、何なんですか? あの銀色のゾイドのパイロットも言ってました」
老戦士が語ろうとしたところ、ギネビアが軽く手を上げて制した。
「古来より、政治家や軍人、ゾイドウォリアーなどの間で度々そういう風説が流布されているのです。恐らくは、ヘリック共和国の上層部が発信源でしょう。
いつの時代にも、当代きってのゾイド乗りとその相棒が七名、語られております。地上最強のゾイド乗りと、その相棒達……。彼らは尊敬される存在であり、成り上がりを目論む者にとっての目標的存在でもあるのです。
私と相棒「アーサー」は去年より第三騎と語られるようになりました。ギルガメスさん、貴方達は今年になってから第七騎と語られています」
はぁ、とギルガメスは怪訝そうな表情を浮かべた。自分と相棒が余所でそういう評価を受けていたことがそもそも困惑であり、そういうものを知らされぬままにアロンとカーマインに続いて戦っていたのだ。
ともかくギルガメス達の次の行動が決まった。彼らはラナイツを今日の夕方にも立ち去る。定期便の用意と、一晩の宿の用意までをお願いすることになった。また、アロンの葬儀は日を改めて国葬になるだろうから、その際には連絡するとも伺った。間違いなくヘリック共和国が動いて国葬にしてしまうという。彼ごとゾイドコアを撃ち抜かれて死亡したレッドホーン「カーマイン」は今も軍警察の面々が調査中だ。
一通りの話しを終えると、ギネビアと獅侍の軍団の面々は深々と一礼し、この場を立ち去ったのである。ギルガメスとエステルは速やかに軍警察の囲みに割って入り、せめてもの礼を捧げた。そしてその間にも、定期便の到着を告げる別の兵士が彼らのすぐ後ろで待ち構えていた。
夕陽を浴びるコロッセオの如きラナイツの第一試合場のそばに、巨大なダンゴムシが一匹やってきた。グスタフだ。定期便の役目でやってきたのだ。後部には一台の客車と巨大な平台を何両も連結させて引っ張っている。
深紅の竜ブレイカーは平台のうち先頭の、客車に隣接した一台にうずくまった。両腕にはビークルを抱えている。
ギルガメスとエステルは客車の方に乗り込むことになった。少年は相棒たる深紅の竜に対し予め「少し我慢してね」と何度も語りかけ、鼻先にキスしてやった。しかしながら竜の方も先程の師弟達の会話に聞き耳を立てていたこともあって、納得はしている。
「窓際にする?」
「あ、はい」
窓際なら自分の顔も見えて少しは大人しくしてくれるだろう……そう考えてのことだ。
「お腹、空いたでしょう?」
エステルは言いながら予め作り置いていた具材の豊富なサンドウイッチを旅行鞄から取り出す。
円らな瞳を輝かせるギルガメス。ラップを剥がして、早速かぶりつく。
その様子に満足するエステルだったが、実のところ彼女は少年の視線を争い事から逸らしたい気持ちがあった。
(ギネビア達は軍警察に応援など要請していないのでしょう。それこそ面目、丸潰れだからね。ましてやギルガメスに応援をお願いすることもできない。『導火線の七騎』などというのが本当の話しなら尚更ね)
エステルが守りたいものはごく限られており、それが果たせそうなのでひとまずは安堵していた。……もうすぐ、夜が来る。