地上最強のゾイド   作:◆.X9.4WzziA

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【第七章】真夜中の包囲網

 切り立った崖と崖との間を、貫くような夕陽。闇夜の帳はすぐそこまで迫っていた。

 崖の下にはよく踏み均された土の道が一本。悠然とそこを通過していく巨大な鋼のダンゴムシ・グスタフが一匹。客車と平台の連結は、それだけで定期便であることを証明するものだ。……惑星Ziにおいて全ての人が金属生命体ゾイドを持てるわけではない。持てない人が活用する移動手段として、こうした定期便は各地に普及していた。そしてその前後には、白い狼コマンドウルフが一匹ずつ随伴している。定期便は長旅になり易く、護衛役のゾイドが不可欠である。

 崖の下を駆け抜けていくグスタフ。やがて崖が左右に広がり、次の平地が広がったところで彼方に街の灯が無数に浮かび上がった。グスタフの目的地のようだ。……それは他ならぬ平台の上に載せられ専用の拘束具で括り付けられた深紅の竜ブレイカーが、待ちくたびれたとばかりに首をもたげようとした様子から見ても明らかだった。すぐに自重したのは、主人を困らせまいという気持ちがこのゾイドにもあるからだ。

 一方客車の中ではギルガメスとエステルが対面で座っている。うたた寝するギルガメス。それをサングラス越しにぼんやり見つめるエステル。二人が乗り込む客車の車輪が硬い岩盤に微かな轍を残す音だけが聞こえてくる。

 不意に、少年の左腕に括り付けた腕時計型端末がアラームを鳴らし始めた。ハッと目を覚ましたギルガメス。慌てて手首を押さえてアラームを止めると、ちらりエステルの様子を窺う。……彼女がうたた寝していると、少年は確信して疑わない。ほっと胸を撫で下ろした少年は窓越しに後ろを振り向きつつ、小声で端末に向けて囁いた。

「お疲れ様、もうすぐだね」

 深紅の竜はそれで十分満足できた様子で、うずくまったままの状態で尻尾の先端だけ左右に揺らしつつ、声を潜めてひと鳴きしたのである。……平時なら、少年と深紅の竜は眩しい夕陽を背に受けながら練習を終えて引き上げたものである。今は少しだけ、平時に戻ったのだ。それが深紅の竜には嬉しかった。今晩何が起こるかまるで想像もつかないから余計にだ。

 

 固く踏み均された道筋からゾイド数体分も離れたところに、青く透き通る装甲の二足竜がしゃがみ込んでいる。バトルローバーだ。じっと大人しくしており、小休止しているかに見える。

 道筋をたどるように、グスタフと護衛のコマンドウルフの一隊が駆け抜けていく。砂埃の波が打ち寄せる。バトルローバーは多少身体を左右に揺らすものの、ひっくり返ったりはせずじっとしゃがみ続けていた。

 やがて一隊が街の灯目指して遠ざかり、砂埃の荒波が収まっていったところでバトルローバーの懐から現れた者がいる。カーキ色したフード付きのマントを羽織っており、その正体は伺い知れない。その下から腕時計型端末を括り付けた左腕を伸ばし、顔に近づけると案外爽やかな男声でつぶやいた。

「18時着の定期便、通過しました。ジェノブレイカーも確認。

 ふぅ、やっぱりでしたね。では予定通り、そちらに合流します」

 

 灼け付く夕陽を背中より浴びるグスタフ。その行く手に再び岩山の連なりが浮かび上がった。麓から中腹まで複雑な形状の防壁が覆い尽くす。その所々に並び立つ櫓。窓から灯りが遠くからでも確認できる。

 城門は開放されていたが、辺りに群がるゴーレム(人に良く似た白い鎧のゾイド。人よりは大きい位のサイズ)がグスタフ達の誘導を開始する。入場が完了すると共にサイレンが鳴り響き、城門の閉鎖が開始された。

 城門の内側には台車を背後に引きずる大小様々なゾイドが雑然としゃがみ込んでいた。客車の窓越しに見つめるギルガメスは、それらがいずれも運送会社の所持するゾイドだと即座に理解した。普通、この手のゾイドは城壁外に放置されるものである。敢えて彼らが入場・待機している理由を少年は悟った。間違いない、これは少し遠くでこれから起こるかもしれない戦いへの、備えだ。

 少年らを輸送するグスタフは悠然たる動きは維持したまま、城壁内側に広がるターミナルに停まった。客車や台車には待ち構えていた兵士達が早速群がり、誘導を開始する。深紅の竜はビークルを両手に抱えたまま、赤子のようなよちよち歩きで慎重に舗装された地面を踏みしめた。既に少年は胸部コクピット内に、女教師はビークルに搭乗済みだ。

 彼らが案内されたホテルは小綺麗な高層建築だ。外周をコンクリートの塀で囲われている。さて門前まで案内されたところでいささか奇妙な光景に出くわした。……門の内側にはホテルの従業員達に加え、警備員が操作するゴーレム数匹が待ち構えている。兵士達は敬礼し、従業員達は右手を左胸に当て答礼する。整然とした、如何にも手慣れた光景。このホテルはヘリック共和国軍などの公的な軍事組織の要請があれば応じているのだろう。そしてそういう光景を間近に見られた事自体がこれから起こるやもしれない戦いを予感させるものだ。

 敷地内に踏み込めば正面にはホテルへと続く舗装された広い道が、左右にはゾイドを地下に格納するスロープが確認できる。深紅の竜なら翼を畳めば余裕で入れるだろう。左が入口、右が出口だ。

 警備員のゴーレムに誘導されるまま、地下の格納庫へ進んだ深紅の竜。首を傾げるような仕草を見せたのは再び地下に入り込む羽目になったことへの不満の現れだったが、スロープを降りていざ格納庫内に踏み入れたところで仰天する羽目になった。ホテルの従業員数名と、十名ほどの作業員が区画の隅で整列して待機していたのだ。随分仰々しい歓待に師弟は目を丸くする。

「さあさあお客様、旅の疲れを癒やして下さい」

 促されるままに降り立つギルガメスとエステル。荷物を従業員に預けると、相棒には大人しくするよう声をかけて踵を返した。ところが数歩進んだところで、聞こえてきたのは悲鳴ともつかない鳴き声。少年はぎょっとなった。

 腹ばう深紅の竜に作業員達が一斉に群がり、ホースで水をかけ始めたところだ。一応、言いつけのままに大人しくしていた竜ではあったが開始数分を経ずして情けない声を上げている。……間近で眺めていた少年はすぐに理解した。作業員達は如何にも手慣れており、届きにくいところにも手を抜かず、専用の洗剤を使いブラシで丁寧に擦っている(相棒の巨躯を洗い流すのは少年自身も度々するのだが、女教師と二人がかりの大変な作業だとよくわかっている)。要は、彼らの方が上手なのだ。

「大丈夫よ、あの子も少し羽根を伸ばした方が良いわ。行きましょう?」

 動揺する少年とは裏腹に女教師エステルは笑顔を浮かべながら彼の右手を引っ張った。

 

 そこそこ大きな浴場で湯船に浸かるギルガメス。……これが惨劇の後とは思えない位、ほっと一息ついてしまった。身勝手な生き物だな、といささか呆れている。

 そして浴場がやけに静かであることにも気が付いた。エステルが別室の浴場を利用しているからだ。いつもなら仮設風呂を利用しているため、近くで調理中の彼女の息遣いがよく聞こえてくる。時には異国情緒感に溢れる鼻歌混じりで調理に勤しむさまを間近で見ていたが、それもこれも仮設風呂を二人で交互に使っていたからだ。十数メートルも離れていないのに(あの人は今どうしているんだろう)などと妙な思いを馳せてしまう。

 そして、寝間着に着替えての食事。個室の座卓に用意された山の幸に舌鼓を打つ少年。明らかに肉類が多めなのは女教師エステルの要請らしく、対面に座る彼女はしてやったりとでも言いたげな表情を浮かべた。

 だがこの後、食べ進めていく内に少年は気が付いたのだ。女教師は、何か考え事をしているようだ。……いや、思い詰めているとでも言うべきか。彼女が食事を楽しんでいるようでも、時折手が、スプーンやフォークが止まっている。少し考えた少年は、何度目かの咀嚼を終えて飲み込むと意を決した。きっと、自分と同じことを考えている。

「ギネビアさんは、本当に軍警察に応援をお願いしたんでしょうか……?」

 切れ長の蒼き瞳が見開かれた。マジマジと少年を見つめた後、天井を仰いで溜め息をつく。

「ギネビアはきっと、軍警察の応援なんか、要請していない。

 して欲しくても、できないでしょうね」

 今度は少年が円らな瞳を見開く番だ。風呂上がりでまだまだ頬が火照っているにも関わらず、血の気が引いたように青ざめる。今この時間の平穏は、ギネビアが万全の体勢で反撃することに納得した上で獲得したものだ(軍警察のゾイド部隊が支援するなら、少年の相棒たる深紅の竜の火力に十分勝るだろう)。それが今、根底から崩されたのだ。

 少年の有り様をまじまじと見つめた女教師は唇を噛み締めた。

「ラナイツという自治区の当主でもあるギネビアの求心力は、彼女のゾイドウォリアーとしての抜群の成績と、彼女が抱える『獅侍の軍団』の強さに他ならないわ。それが昼間は、まるで役に立たなかった……。

 面目を回復するためには他者の応援無しであの銀色のゾイドを倒すしかないでしょう」

 そこまで聞いたところで少年は手にしたパンを頬張り、すぐさま立ち上がろうとしたが。

「待って! ギル、仮に貴方が加勢して勝ったとしても、代わりにギネビアが『無能』のレッテルを貼られることになるわ。

 彼女は自治区の当主としては異常な位、武力を蓄えているわね。いずれは武装蜂起するつもりなのでしょう。でもね、無能な当主に味方する者なんて、いると思う?」

 そこまで言われて、少年は肩を落として項垂れた。自分が悠長に食事をしている間に、多少ながら関わった人物が生命の危機に晒されるかも知れない。だからといって少年が加勢を申し出たとしても、彼女達は己が将来のために断らざるを得ない。限られた戦力で、ギネビアと獅侍の軍団は絶対に勝たなければならないのだ。

「……取り乱して、すみません。

 せめて夜が明けるまでは、忘れることにします」

 少年が絞り出した、精一杯の言葉。

(ごめんね……)

 女教師も項垂れ謝罪の言葉を呟くが、消え入りそうな囁きだ。覚悟していたとはいえ、結局は少年の優しい気持ちを傷付けてしまった。切れ長の蒼き瞳は軽く充血していた。

 少し冷めた食事が再開されると、少年は手が遅れがちな女教師に一々伺いつつ、片っ端から頬張っていく。無理して戯けるように。彼とて愛する女性の虚ろ気な瞳を見抜かぬ訳がなかったのだ。

 

 夜の帳はここラナイツの第一試合場をも包み込んだ。今宵も双児の月と星屑が輝き、淡く大地を照らす。

 その下で、この巨大なる建造物はあれ程の惨事が起きた直後でもできる限りの照明を点灯させていた。真夜中、灯りもない中でこの手の建物に激突する者が現実に存在する以上、最低限の責務である。

 だが日中に無残な事件が起きたこの建物の地下深くにも、多数の兵士が集結していることは傍目には誰も気付くまい。……とある広々とした一室には長机が幾重にも並べられ、そのいずれにも灰色のパイロットスーツをまとった兵士達が着席している。彼らの視線の先にあるのは、人の身体よりも大きなスクリーン。流れる映像は言うまでもあるまい、日中地上で大暴れした銀色のゾイド、ケンタウロス・ワイルドの姿だ。スクリーンの左にはあの老戦士が、右にはシニヨンの美少女ギネビアが着席している。ギネビアについて驚くべきは、彼女もまた灰色のパイロットスーツをまとっているということだ。

 老人が起立するとスクリーンには映像が浮かび上がる。昼間の戦いの様子をもとに、彼は熱心に語り始めた。

「……ここまで見ての通り、警戒すべきは尋常ならざる再生能力を持つことだ。部位を破壊した程度では秒単位で修復する。その上、弾薬や簡単な武器をも短時間で作り上げているのが明らかだ。これは最早「再生」を超えて「創造」の域に達している。

 ここに再三述べている通り尋常ならざる体格と、滑空・飛行までこなす抜群の運動能力が加わるのだ。文字通り、化け物に挑むようなものだ。

 だが、弱点もはっきりわかった。明らかに、このゾイドのパイロットは経験が浅い。例えば間合いを制する攻防にはまるっきり対応できない。それに度々、相手の攻撃をわざと受けてみて認識している。再生できるから喰らっても良いのか? そういうものではなかろう。もしものために本来は温存しておくべきなのだ」

 一同は皆一様に、難しい顔をしながらも傾聴していた。そもそもあの銀色の巨体が千年以上昔にヘリック共和国軍が保有していた決戦ゾイド・ケンタウロスと酷似しているのは彼らも承知している。だが、今彼らが挑もうとしているものは、本当にゾイドなのか? それが一層、悩ましく感じさせるのだ。

 老戦士がまくし立てるように喋り続け、一息ついたところでギネビアが起立した。

「獅侍の軍団の諸君、今晩はここに結集して頂き、感謝しております。そして私の不甲斐ない采配で多くの犠牲者を出してしまった挙げ句、皆の心まで苦しめたこと、何とお詫びを申し上げれば良いか……」

 そう話したことで、難しい顔をしていた兵士達は皆が身を乗り出したり起立したりして訴えた。

「姫様が悪いわけじゃあありません!」

「悪いのはあの銀色の奴です! 我らは皆、戦う準備ができています!」

 彼らの反応にギネビアは感極まったのか、胸ポケットから純白のハンカチを取り出し目元を拭う。

「ありがとう、諸君。ありがとう……。

 既に中央大陸内に、あの銀色のゾイドらしきゾイドコア反応が再び侵入したとの観測情報を得ております。彼奴の狙いはギルガメスと魔装竜ジェノブレイカーでしょう。だがそこは、我々の付け入る隙でもあるのです」

 そこまで話したところで、老戦士が替わりを引き継いだ。……彼は懐から何やら怪しげな瓶詰めを取り出した。

「これが何か、わかるか?」

 瓶詰めを目にした兵士達は皆一様に、息を呑む。その音を合図とするようにスクリーンには鳥瞰図が映し出された。

「そうだ、こいつをラナイツより北のこの地点に散布する。『導火線の七騎』全滅を目論む彼奴ならば、僅かな反応でも対応せずにはおれまい。

 そして作戦は……お主ら、皆がやりたかったであろう『アレ』だ」

 すると兵士達は皆一様に、先程までの殊勝な態度が嘘のようにギラギラした野獣のような雰囲気を湛え始めたではないか。反応に満足げな老戦士。しかし傍らのギネビアだけは浮かない表情のまま、再び起立する。一見無骨なパイロットスーツをまとっていても、やはり育ち故か、どこか優雅な、たおやかな振る舞いは改めて皆を魅了する。

「諸君、ヘリック共和国の圧政に惑星Zi全土が苦しんでいる中、私達ラナイツは武力を蓄え、決起の時を窺っていました。私自身もゾイドウォリアーとして精進し、諸君らの前に出ても恥ずかしくない実力をつけてきたつもりです。

 しかしこの度、正体不明のゾイドが現れ、ここラナイツの第一試合場は災禍に遭いました。その上、我が師匠アロンまでもが命を落としたのです。

 このまま座して動かぬのであれば亡くなった者達の無念も晴れず、我らが大願も成就できるわけがありません。よって決死隊をここに組織します。必ずや今晩中にあのゾイドを叩き潰しましょう」

 室内に歓声が、拍手が上がる。

 続いて老戦士が事前に用意した紙を取り出し、決死隊のメンバーを告げていく。驚くべきは選ばれた者は皆一様に歓声を上げたり勇ましくポーズを決めたりしていることだ。彼らは皆、死の淵に立つことを最高の栄誉と捉えていた。そして選ばれた者も選ばれなかった者も、万に一つだってこの決死隊は敗れる筈がないと確信していた。

 

「お疲れ様。調子はどう? ああこら、くすぐったいって」

 薄暗い、格納庫と言うにはやけに上品な作りで手入れの行き届いた一角に、深紅の竜ブレイカーは佇んでいた。尻尾を巻いて丸くなり、傍らにはビークルを抱えて見た目には誠におとなしそうだ。ギルガメスが顔を出してやると竜は待ってましたとばかりにはしゃぎ出し、鼻先を近付けて少年に擦りつけてくる。

「良さそうだね。これで一安心かな。

 明日は……起きたら、必ずひと駆けしよう?」

 若き主人の囁きに感激する深紅の竜。結局のところ、足の早いゾイドが一番喜ぶのは主人たるパイロットが乗ってやって、ゾイドと共に風を体感することに他ならない。

 お休みの言葉を告げる少年。深紅の竜は満足して再び丸くなる。少年はエレベーターを使って個室に戻った。

 個室では既に食器は片付けられ、後は向こうの寝室で休むだけだ。座卓ではエステルがノート大の端末を開きにらめっこしている。だが少年の気配に気がつくとおもむろに操作を打ち切り、端末を閉じてその上に普段自分が身につける腕時計型の端末を重ね置きした。

「どうだった?」

「元気元気、もう絶好調って感じでした」

 それを聞いて彼女は切れ長の蒼き瞳を細めた。

 その右隣りに、静かに腰を落とした少年。目一杯足を伸ばす。

 真正面、座卓の向こうの窓に広がるのは真夜中の山脈。双児の月、星屑、それに加えて見た目には法則性のわからないサーチライトの閃光がいくつも動いており、束の間の楽園を浮かび上がらせているかのようだ。……サーチライトはこれから起こる戦いを警戒してのものだろうから成り立ちは少々不粋だが、それでも引き寄せられる奇妙な美しさはあった。

「あれ全部、軍警察のゾイドが出しているんだからね。夜間外出禁止令が発令されているわ」

 左隣りから不意を打つような言葉を聞いて、少年は息を呑んだ。

 率直なところ、夜な夜な抜け出して応援に迎えないものか、彼は考えていたのだ。だがそれは極めて困難だ。サーチライトの量や動きを見て百やそこらでは利かないゾイドが警戒に当たっていることくらい、彼にもわかる。仮にここを切り抜けて応援に駆けつけたとしても、次は軍警察に追われる身になるだろう。これ以上追手を増やすのは沢山だ。

 悔しい。僕は何もできないのか。

 まじまじと、サーチライトの閃光が照らす夜空を見つめたその時。

 ふと、少年の左手の甲にそっと被さる、細長い指。

 はっと息を呑んだ少年。

 左の肩より石鹸の香り。軽い重みがかかる。

 円らな瞳を横目でちらりと見れば、愛する女性の黒髪が直ぐ側だ。だがその視線は決して窓の方を向かず虚ろ気なまま。

 少年は溜め息をつくと再び窓を向き直し、このまま時間の経過に任せた。

 

 青藍色に彩られた夜空を、双児の月に照らされながら銀色の巨体が悠然と飛行する。一切の負傷箇所に修理が施されたこのゾイド、ケンタウロス・ワイルドの意気揚々たること。四肢は折り畳み、上半身は前のめりの姿勢で、背中より網目状の翼を目一杯広げている。網目一つ一つは光の膜を張り、時折羽ばたくごとに光の粒がこぼれ落ちる。

 銀色の巨体の両手には何やら抱えているものが見受けられる。三本指の隙間から、橙色の蜂ブリッツホーネットが数匹、羽を折り畳んで縮こまっている様子が確認できた。となれば蜂達の背中に設けられた操縦席には……。

「寒い!」

 操縦席に座る唯一の人間が叫んだ。マノニアだ。不似合いなパイロット用のヘルメットを被り、トレンチコートをまとっているが、夜空の気温はその程度では寒すぎた。他の蜂達の操縦席には彼が従える機械人形達が着席している。

 マノニアは自らを握る爪と爪の隙間から地上を眺めて叫んだ。……叫ばざるを得ない心境である。

「大陸を横断して、もう陸地か!? 馬鹿げとる!」

 ケンタウロス・ワイルドは整備を終えて間もなく、マノニア邸を出発した。……そう、間もなくだ。その途中で海上を飛行して大陸を横断し、早々にこの地に再上陸を果たしたのである。

『[マノニア]ヨ、折角貴様ガ助ケテクレルト申シ出テクレタノダ、スグニデモ成果ヲアゲタイ』

「馬鹿者、儂は寒いんじゃ! 腹だって減るし、これでは手洗いも済ませられん!」

『フフフ、モウスグダ、モウシバシ待テ』

 するとこれだけはマノニアが確実に備えてきたA3サイズの板状端末が鳥瞰図を映し出す。盆地の中央に建てられたラナイツの第一試合場が確認できたが。

「ゾイドコア反応、薄いな……小さい奴ばかりじゃ」

 身体が小さければそれだけ、必要なエネルギーは少なくて済む。どうやら試合場とその周辺には、日中の宿敵に匹敵するエネルギーを発するゾイドが存在しないと考えられる。

 すると銀色の巨体は二度、三度と網目状の翼を羽ばたかせる。急減速、そして停止、空中浮遊。それだけでパラパラと、翼の網目から光の粒が弾けこぼれる。

 両手に抱えられた橙色の蜂達も数度、揺さぶられた。勿論、搭乗するマノニアと配下の機械人形もだ。

「馬鹿モン! そっとじゃ、そっと! あと前振り位、言え!」

 端末を両手で抱えながら叫ぶマノニア。

 だが虹色の魔人ビスマは何の返答もない。

 おやと訝しむマノニア。……すると板状端末がアラームを鳴らし、ワイヤーフレーム化された銀色の巨体を映し出した。その背中に伸びた巨大な背びれの連なりが、しなる程に揺れているのがわかる。

 そして、橙色のキャノピー内部がまばゆく明滅。……いやこの輝きはパイロット自身によるもの。虹色の魔人ビスマが両腕を組み瞑想にふけると共に、彼の全身が明滅しているのだ。

『……コノ先ダ。コノ先ニ複数、反応ガアル』

 魔人ビスマがレバーを構え直しつつ、首を傾けた向こうの稜線は明るく輝いている。

 だが狼狽えたのはマノニアだ。

「待て、複数って何じゃ! ジェノブレイカーが複数ってことか!? 馬鹿なことを言うな!」

『可能性ハ片ッ端カラ潰シテイク』

 網目状の翼を再び羽ばたかせた銀色の巨体。勿論、両手に握る蜂とそのパイロットのことなどお構いなしだ。

 

 闇の帳が揺らぐその下、果てしなく広がる荒野。なれど彼方の稜線が徐々に淡い輝きを強めているのは、いつかたどり着ける終点を明らかにしてくれているだけ心安らげるというもの。

 不意に、天を衝く地響き。もうもうと、辺りに立ちこめる土埃。……だが土埃は爆心から徐々に吹き飛ばされていく。土埃の中からぬっと伸びた網目状の翼がゆっくりと羽ばたけば、それだけで爆心が拡大するように、視界が明瞭と化していった。

 羽ばたきを終えた翼を構成する網目から、光の膜が失われていく。それと共に翼の持ち主たる銀色の巨体は握り締めた両手を空に掲げた。三本の指が開かれれば、そこには橙色の蜂達が数匹。その内一匹には青ざめた小太りの中年の姿も見える。

 銀色の巨体の頭部が明滅した。

『人トイウノハ本当ニ、不便ナ生キ物ダナ』

「大きなお世話じゃ!」

 数匹の蜂達は早速巨大な両手から解き放たれ、近場の丘の上を目指した。理由は言うまでもあるまい。マノニアの「自然の摂理」である。

 罵声を背に受けながら、ゆっくりと歩き始めた銀色の巨体。四本の足で一歩一歩、大地を踏みしめる姿は悠然ですらある。……十数歩も進めたところで、銀色の巨体は四肢をゆっくりと畳んでしゃがみ、胴部から伸びる上半身を傾けた。地球の機械で例えるならクレーン車や油圧ショベルのような、無機質な中に一抹のユーモラスさを感じさせる。

 上半身を地面と水平になる位傾け、その上で長い両腕をぬっと伸ばし地面を数度も引っ掻いたところ、中からぼんやりした輝きが露わになった。……立方体だ。ゾイドコアに匹敵する熱反応が確認できる。そして天井の一面には透明なケースが埋め込まれているではないか。

 頭部コクピット内部の虹色の魔人までもが、身を乗り出してそのケースを睨んだ。

 よく目を凝らしてみれば、ケース内部には赤い金属片が確認できる。

 たちまち虹色の魔人の体皮が明滅し鮮やかに発色するが、それもものの数秒。

『[ジェノブレイカー]ノ破片ダ!』

 

 橙色の蜂ブリッツホーネットの集団が到着した丘は相当に高く、銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドの姿も余裕をもって見下ろせる。だが主人たるマノニアはひとまずそんなことお構いなしだ。騎乗の蜂が地に降り立つとすぐに数歩も駆け、手近な岩の前に立つとズボンのチャックを下ろす。

 如何なる恐怖にもまさる最悪の事態から解放されたマノニアは情けない程脱力していた。

 だがすぐに別の恐怖が襲いかかった。……激しい衝撃。蜂達が降り立つこの丘も左右に揺れた。

「な、何事じゃ!?」

 早速板状端末に触れようとしたマノニアは、まずその前に他の蜂に搭乗する機械人形に消毒液をよこせと怒鳴った。すぐさまベタベタに両手に塗りたくり、こすった上で改めて端末を握り直しつつ、丘の彼方の様子も睨む。

 見れば先程まで銀色の巨体がいた辺り一帯が、爆煙に包まれているではないか。……驚きつつも端末を弄る。

「システムブロック(※ブロックスゾイドを構成する立方体のブロックの一種)か。それもかなりの中古品。立派な爆弾じゃ! ビスマ! どうしたのじゃ!?」

『[ジェノブレイカー]ノ反応ガ……』

 そこまで言われただけで、マノニアは全て理解した(彼は悪党だが無能とは言えない)。……おそらく先の戦闘で回収された深紅の竜ブレイカーの破片にエネルギーを注ぎ込み活性化させたのだ(システムブロックはそのためのもの)。その反応に釣られる者も、当然出てくるだろう。

「今すぐそこから離れろ! 罠じゃ!」

 だが彼の叫びは無数の爆音・銃撃音にかき消された。

 たちまち銀色の巨体を覆い包む爆炎、爆煙。

「何事じゃ!?」

 光の礫(つぶて)が稜線の彼方から放たれている。闇の帳に隠れたる刺客は月明かりを浴びて徐々にその姿を表し始めた。

 眩しき荒波が、四方八方から打ち寄せる。舞い散る砂が、土煙が、輝きに照らされ砂金のごとく吹き荒れた。

 躍り出たのはいずれも釣鐘状の光の盾Eシールドを頭部より解き放つ、巨大なる獅子の群れ。……先陣を切るのは全身空のように青い獅子。光の盾で頭部を覆いつつ、脇腹よりマウントされた巨大な銃砲を撃ちまくる。言わすと知れたシールドライガーの群れ。

 すると青い獅子達の脇から彼らの半分もない物体が、勢い良く螺旋を描くように現れた。いずれも透き通る黒い装甲をまとった獅子達だ。彼らはブロックスゾイドの一種、レオストライカー。ターンを切るごとに様々な光線・実弾をランダムに撃ち分ける。

 彼らに続いて押し寄せるのが純白の鎧をまとった獅子達。いずれも背中に巨大な三本のたてがみを寝かせていたが突如逆立て、刃のように振り下ろせば落雷の如き光線が宿敵目指して降り注がれる。一部地域ではワイルドライガーと呼ばれているが詳細は不明だ。

 これだけではない、図鑑にすら掲載されていない獅子達が一斉に、理路整然と襲いかかった。爆炎、爆煙。飛び散る火花。一発命中するごとに大地が揺れ、どっしりと構えている筈の銀色の巨体が大きく揺さぶられる。

 そしてそのはるか後方から悠然と現れた獅子が一匹。青い獅子シールドライガーより一回り小型ながら、全身白銀の鎧で固められた騎士のようなゾイド。背中には左に大砲、右にリボルバーが搭載され、その間に割り込むように何やら巨大な槍のようなものが折り畳まれている。だが何よりも奇妙なのは両前足の爪先に被せられた白銀の籠手。一部を除き、金属生命体ゾイドの武器は見せるだけでも相手に警戒させる役割を持つのだが、それをわざわざ捨てる理由は現状ではわからない。……この白銀の獅子は「アーサー」と呼ばれている。遠い星の民が伝承した太古の王者の名前だというがそれ以上の由来は定かではない。

 獅子の頭部には橙色したドーム状のキャノピーが被せられており、そこがこの白銀の獅子のコクピットである。月光、星影、そして銃撃の閃光に照らされ、透けて見える内部には灰色のパイロットスーツをまとったシニヨンの美少女ギネビアの姿が確認できた。頭部にはタオルを巻いた上でヘルメットを被っている。パイロットスーツもヘルメットもよく見れば細かい擦り傷が確認でき、使い込まれているのが明らかだ。そしてヘルメットの額や後頭部などには「International Master」及び略称の「IM」のマークが確認できる(彼女は若くして中央大陸のゾイドバトル大会を全て制覇したため相応の称号が与えられている)。

 ギネビアは胸を張り、四方のキャノピーに映し出された映像を睨む。……指揮を任された彼女は内心苛立っており、それが時折唇を噛み締めたりレバーを指で何度も軽く叩いたりといった動作につながっていた。すぐに気が付き、苦笑しつつやめるのだが収まる気配はない。

 原因は結局のところ、今ギネビアと相棒たる白銀の獅子アーサーが臨む配置そのものにあった。彼女は後方で指揮を執る……という名目で、実質『隔離』されている。それが、悔しい。自分こそが率先して師匠アロンの敵を討ちたいのに、お荷物のように扱われているのだ。彼女が当主である以上、仕方ないのだが悔しさは晴れない。

 それでも、キャノピーの向こうで着々と、あの忌まわしき銀色の巨体が全身に爆煙を帯びながら動きが半固定化されていく姿が見て取れる。一旦は何もかも忘れて配下たる「獅侍の軍団」に全てを託すしかあるまい。

「相手は怯んでいます。

 今こそEシールド・チャージを!」

 Eシールド・チャージ。その言葉を無線や映像より聞き取った獅子達のパイロットは一斉に鬨の声を上げた。それに釣られて、鋼鉄の獅子達も次々に雄叫びを上げる。青い獅子の群れが包囲網の先頭に立って急加速すると、彼らに続けとばかりに他の獅子達も飛び跳ねるように駆け始める。

 いくつもの光の盾が真横に連なる。まさしく光の壁。それが四方から襲いかかる。

 ことここに及んで事態を把握した銀色の巨体。四肢を今一度高らかに踏み直して体勢を安定させると、腹部の側面にマウントされた無数の銃砲が解き放たれる。

 天を衝く轟音、轟音。光の盾目掛けて狙い澄ました砲撃は、しかしながら押し寄せる獅子の群れを怯ませることすらできず、漂う爆煙すら一方的に突破された。

 そして、銀色の巨体の四肢を抑え込むように光の盾が衝突、電流と火花を散らす。

 絶叫する銀色の巨体。転倒もできず悶えるのみ。

 斯様な挙動も許すまじと、体格の小さな獅子達が次々に跳躍を試みた。光の盾を解き放った獅子達が、銀色の巨体の上半身に、腕に、肩に。釘でも打ち付けられたるのように銀色の巨体に突き刺さる。

 たちまち銀色の巨体の全身に、光の盾が楔のように打ち込まれた。最早全身、光に覆われていない箇所がほぼ無い状態は、言うなれば光の棺桶。銀色の巨体は咆哮を夜空に叩きつけるものの楔と化した光は容赦なくこのゾイドの全身を締め上げていく。

 獅侍の軍団が用意した秘策「Eシールド・チャージ」は、遂にこの禍々しき銀色のゾイド、ケンタウロス・ワイルドを完全に捉えたかに見えた。

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