夜の静寂(しじま)を金属質の絶叫が切り裂いた。
真夜中の荒野に光の塔が構築されたかに見える。だがそれをより近くで観察すれば、全身銀色で彩られた巨大なる半人半馬が光の壁に覆われ、締め付けられていることがわかる。その異形をこの星の民が見れば口々に言うだろう。「ケンタウロスの再来か」と。この銀色の巨体こそ人呼んでケンタウロス・ワイルド。金属生命体ゾイドの一種らしい。地球の神話にも同名の生物が登場するが、この星のそれは雷竜の首の部分に暴君竜の上半身が生え、その上翼や背びれを備えるという禍々しい異形の持ち主。
かたや光の壁を解き放つのは沢山の、鋼の獅子達。いずれもこの星では「ライガー」と俗に呼ばれる金属生命体ゾイドの一種。体格では銀色の巨体に大きく劣るものの、20を超える頭数で銀色の巨体を包囲するや、一斉に飛びかかった。いずれもたてがみ周辺から、人が直視すれば失明するほど眩しい光の波をほとばしらせると、頭部を中心に獅子の半身を覆う光の壁「Eシールド」を構築。一斉に銀色の巨体目掛けて体当たりを決行したのである。
その結果が先程の絶叫であった。銀色の巨体は光の盾による一斉の体当たりによって、身体中を抑え付けられた。鋼鉄の皮膚が、軋む、軋む。こらえ切れずこの暴虐の生物は、傍観する双児の月を見上げて憎々しげに叫ぶより他ない。
銀色の巨体の頭部を覆う橙色のキャノピー内では、虹色の魔人ビスマが悶え苦しみ頭上のキャノピー目掛けて絶叫を上げのたうち回っていた。言うまでもなくビスマの正体は銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドのゾイドコアである。銀色の巨体が喰らったダメージがビスマをも苦しめているのだ。
呼応するかのように、銀色の巨体の全身に駆け巡る無数のひび割れ。四本の足、胴体、脇腹、腕……。Eシールドを展開した獅子達の頭部が激突した箇所を起点に、鋼鉄が時をかけて錆び付き腐食していく映像を超高速の早送りで僅か数十秒で垂れ流すかの如き急変が、今まさに銀色の巨体の全身に起き始めている。
その有様を鋼の獅子達を操る「獅侍の軍団」の精鋭達も既に察知していた。
「いけるぞ! このまま抑え込め!」
「姫様、合図を送ります。ご用意を!」
獅子達と巨体の攻防をはるか後方で睨んでいた白銀の獅子アーサー。応えて星空を見上げるとひと吠え轟かせるや、すかさず大地を強く蹴り込んで助走を開始する。
獅子の頭頂部を覆うキャノピー内のコクピットでは、合図を受けたシニヨンの美少女ギネビアが今まさに前のめり、両肩怒らせてレバーを握り締めた。
「皆さん、今しばらくの辛抱です!」
叫びつつキャノピーに映る巨大なる標的を睨むギネビア。琥珀色の瞳が爛々と輝きをたたえ始める。
彼女の決意に応えるかの如く、白銀の獅子は雄叫びを上げながら徐々に駆ける速度を速めていく。速歩(はやあし/トロット)から駈歩(かけあし/キャンター)そして襲歩(しゅうほ/ギャロップ)へ。歩法を切り換えていくとともに土煙ももうもうと立ち込めていく。
獅子の感情が高まるさまを、主人たるギネビアもひしひしと感じ取った。レバーを握りしめる両手の内、左手はそのままに、右手はコントロールパネルを撫でるような手付きでボタンを押しまくればキャノピー上に獅子の姿をしたワイヤーフレームが映し出された。……背負いの武器周辺数カ所が発光、そして明滅。
すると白銀の獅子の背中で何やら不穏なモーター音が。後方に伸びる槍らしきものの先端が数度、回転。異常なしを確認するかのようだ。
ギネビアはおよそ美少女がするとは思えない、何とも不敵な笑みを浮かべつつレバーを握り直す。
不穏な敵方の動向は、他ならぬ虹色の魔人ビスマもケンタウロス・ワイルドの頭部キャノピー内部で確認したし、体感もできた。暴君竜ゴジュラスのそれを模したコクピットからの各種情報もさることながら、彼は人の姿をしているもののれっきとしたゾイドコアである。受けるダメージの程度も五感による察知も銀色の巨体が元来備える各種機能を通じ、直に認識できる。包囲網の外から迫る白銀の獅子の姿も、獅子が背負う槍らしきもののモーター音も、キャノピーに覆われた赤い二つの眼が照準を合わせ、背部より物々しく生える幻剣竜ゴルドスの背びれがうねってことごとく把握した。
『包囲網ノ隙間カラ、[アーサー]ガ狙イ撃チスル作戦、カ……。
数ニ物ヲ言ワセル作戦ハ、卑劣デス。
シカシ、考エ出シタノハ、見事デス』
呟く魔人。依然、全身を駆け巡るひび割れは止むことがない。……現状では鋼鉄の皮膚のみだが、どこか一箇所でも崩壊し皮膚よりもっと弱い内部をさらけ出せば、連鎖に次ぐ連鎖によって瞬く間に全身バラバラとなるやも知れない。
銀色の巨体は精一杯可能な限り首を傾けた(そう、巨体の首にも透き通る黒い鎧の獅子レオストライカーがEシールドを張って突き刺さっている!)キャノピーの下で明滅する赤い眼。
全身に突き刺さる光の壁、壁、壁。
後押しするように群がる獅子、獅子、獅子。
いずれの獅子も地面を蹴り込み、Eシールドを浴びせてのしかかる。飛びかかった獅子達は鋭い爪を巨体の装甲に突き刺し、穴を掘るように頭部を押し当てEシールドを浴びせる。まさしく雁字搦め。
だがある時、巨体の首がピタリと止まった。明滅していた赤い眼は見開くかのごとく輝き始めた。
今一度、天を衝く雄叫び。
獅子達に動揺はない。彼らには間もなく勝利を手にする確信が確かにあった。所詮は虚仮威しに過ぎぬと無視して一層、体重をかけてのしかかる。
全身をよじらせる銀色の巨体。尻尾を地面に叩きつけ、四本脚で踏ん張る。踏ん張って、足の指先まで力を込める。しかし獅子達も負けじと十数匹掛かりで踏ん張り決して譲ることはない。
不意に、硬い地表を走る亀裂。巨体に加えて獅子達までもが踏ん張った結果だ。
巨体の右足・側面にのしかかる獅子達数匹が、バランスを崩した。予期せぬ亀裂に足を取られたのだ。一瞬、弱まるEシールドの包囲網。
それは好機か、それとも墓穴か。銀色の巨体は幾重にもひび割れた右腕を、Eシールドを振り切りつつ高々と振り上げる。
許すまじと再びのしかかる獅子達。
勢いの許すまま、銀色の巨体はひび割れた右腕を地面に叩きつけた。
『ココニ、アルジャアナイカ……!』
呟くビスマ。その真意は数秒も経ずして明らかになった。
たちまち、鋼の獣達が暴れ回る地面が眩しく輝いた。銀色の巨体を中心に直径100メートルはある。
次の瞬間、輝いた地面が光の粒となって粉々に砕け散り、吹き飛び、消滅していく。……銀色の巨体が持つ異常な再生能力の応用。地面を原子レベルまで分解したのだ。通常なら再生の足しに原子の粒で破損箇所をカバーするところだが、今はその必要はない。
パニックが起きた。突如として今までガッチリと踏みしめていた地面に直径100メートルの大穴が開いたのだ。辺り一帯には僅か一匹を除いた全ての獅子達が集結している。巨体の膝にのしかかる獅子達が、バランスなど取りようもなく大穴に転落していく。
両膝の拘束が消失した。銀色の巨体は己が上半身に喰らいついた他の獅子達には目もくれず、軽く身構えると背中より網目状の翼が目一杯広がる。
大穴の陥没に呑み込まれるよりも早く、光の膜を貼った網目状の翼。ひとたび羽ばたき勢い良く夜空を泳げば、上半身に喰らいついていた獅子達も堪え切れず、大穴に叩き落されるのみ。
かくして只一匹、夜空に舞い上がった銀色の巨体。その下半身……四本脚の胴体や側面にマウントされる無数の銃砲が、意志を持ったかのように動き始めた。
包囲網のはるか後方より急迫する白銀の獅子アーサーは、攻防がここに至ったところで地面を削りながら急停止せざるを得なかった。
白銀の獅子の頭頂部キャノピー内ではギネビアが懸命に相棒を操作する一方、事態の急変に息を切らし始めた。当初は早く仇を取りたい一心だった。ところが途中から配下の者達の無事を祈る一心となり、夜空に銀色の巨体が浮かび上がったところでコクピット内に次々と断末魔が響き渡る。琥珀色の瞳は濁っていた。
ギネビアの決断は一応、正解であった。突如として大穴の空いた地面の下にことごとく叩き落された獅子達めがけ、無数の銃撃、砲撃が鳴り響く。……1分も要らなかっただろう。20匹を超える獅子達が無造作に転落し、絡みついたままでは反撃どころか動きようもない。そもそもこんな大穴に受け身も取れずに叩き落されては、その時点で搭乗するパイロットの生命も限りなく絶望的だ。
ひとしきり、閃光に包まれる大穴。
空中に浮かぶ銀色の巨体が、まるで宥めるかのように両手を広げた。銃口はピタリと発砲を停止する。
大穴の底にのたうち回るのは、既に地獄の業火と弾け飛ぶ火花のみ。
そして、地上に只一匹残された白銀の獅子も動かない。……動きようがなかった。既に宿敵は網目状の翼を羽ばたかせつつ目前に飛来してきた。
ふわりと、着地。地響き。もうもうと舞い上がる土埃。浮かび上がる赤い眼。悪魔が、目の前に降り立った。
白銀の獅子はすぐにでも飛びかからんと前足に力を込めたが、しばし硬直せざるを得ない。……躊躇したのだ。パイロットとの呼吸が合わない。
それは常識的には当然と言えた。獅子の頭頂部キャノピーではシニヨンの美少女ギネビアが、琥珀色の瞳をひどく充血させている。20名を超える配下の者達が一瞬にしてその命を散らした。酷い仕打ちの張本人が今、目の前で仁王立ちしている。
一方、双児の月明かりは徐々にではあるが、銀色の巨体が受けた負傷の数々を明らかにしていた。全身に毛細血管の如く張り巡らされた無数のひび割れ。未だ自己修復する余裕はないようだ。
ギネビアは唇を強く噛んだ。決意で輝く琥珀色の瞳。
(まだ、戦う手立てはある。皆さん、私に力を。そしてイヴの御加護よ……!)
ヘルメットの微妙な傾きを直し、ハンカチで目元を拭う。
するとキャノピー内側にウインドウが浮かび上がった。映像上の宿敵をきちんと見るのは実際には初めてだ。……だが、と彼女は息を呑む、これは人物に相当するのだろうか? 全身虹色に輝く金属質の皮膚。頭髪のたぐいどころか、顔のディテールだって見当たらないように見える。
『オ初ニオ目ニカカリマス、[ラナイツ]ノ当主ニシテ[導火線の七騎]第三騎、[ギネビア]様。オ手合ワセ願イマス。
コレ以上ハムヤミニ素人ヲ巻キ込マヌヨウ……』
「お黙りなさい、下郎!」
間髪を入れず、怒鳴るギネビア。小柄な身体が、唇が、小刻みに震えている。
「彼らの忠義をわからぬ貴方は化け物にも劣る。即刻倒してみせる」
言うが早いか、ギネビアは左右のレバーを殴りつけるように前方に倒す。
岩盤が、爆ぜた。高々と跳ね飛び散る土砂、石ころ。
地上の流星と化した白銀の獅子アーサーの勇姿は、双児の月が追いかけ照らすよりも速い。
迎え撃つ銀色の巨体は上半身の重心を少しずつ下げながら身構える。
一斉の地響き。驚くべきことに獅子の跳躍と巨体の踏み込みは完全に一致していた。獅子の右前足と巨体の右腕は空中ですれ違い。
魔人ビスマは獅子の跳躍を見た瞬間、確信した。
『オ互イ、当タラナイ』
事実、お互いの爪の軌道は刀のように緩やかな弧を描いている。すれ違って体を入れ替えてから次の攻撃が重要に違いない。
銀色の巨体はキャノピーの内側にある赤い眼を光らせ、首を傾ける。
白銀の獅子が描く右前足の軌道は、我が右手の外側を抜けていくかに見えた。そろそろ、巨体の肘辺りをすれ違う。
そこでようやく、ビスマは疑問を抱いたのだ。
『何故コノ[ゾイド]ハ両腕ニ防具ヲハメテイルノダ?』
獅子の右前足に被さる白銀の、籠手。
その下から突如姿を現したのは、金色にまばゆく輝く鋭利な、爪。
一閃。鋼鉄の皮膚が、噴出するかのように撒き散らされる。
装甲が、ごっそりと削り落とされた。
すれ違い、獅子が着地。土埃も目立たず地響きも微か。
一方、踏み込みを完成させた巨体の足元からは土砂が高々と舞い上がった。
それを合図に、巨体の負った傷から噴出したのは大量の、油。ゾイドの体液だ。人に例えるなら、流血。
振り向く二匹の獣。思わぬ手負いの巨体に比べ、獅子の何と涼し気なこと。
「間合いも満足に、読めないのかしら?」
ギネビアは鼻を鳴らして言い放つ。冷ややかな態度とは裏腹に、琥珀色の瞳は怒りでみなぎっていた。
すぐさま次の一歩を踏み込む銀色の巨体。だが体格の大きさも相まって一拍以上の遅れが明らかだ。踏み込んだ時には既に、高々と跳躍した白銀の獅子が目前にまで迫っていた。
二度目の、すれ違い。又しても、宙を切る右腕と右前足。お互い刀のような軌道で、着々と鍔迫り合う寸前まで急接近。
キャノピー内部の赤い眼が、己が右腕を睨みつける。爪が出るのなら必ずその瞬間が隙になる筈だ……そう確信していた。それなら全力で掴んでやる。
すれ違いの、始まり。
巨体の右腕そばをすり抜けていく、獅子の爪先。
何も起きない。右前足の爪を隠す籠手は、そのまま。これはどういうことなのか。
そう感じた瞬間、赤い眼はその目で見た。
獅子の、左前足だ。肘を曲げ、L字の軌道。巨体の右腕目掛け、突き立てられる獅子の爪。
鈍い音と共に、巨体の右腕がえぐられる。
銀色の巨体が悲鳴を上げることもできず辛うじて振り向いた時には、早くも獅子が次の攻撃を繰り出さんとゴムまりのように跳躍を開始していた。
白銀の獅子、飛翔。銀色の巨体が見上げる程、高く。
落下と共に、背中に折り畳まれた槍が風を切り裂き前方に展開。咆哮にも似た唸りと共に鋭利な螺旋を描く。火花散らし、炎の蛇が引き寄せられ、たちまち幾重もの炎が絡みついた。その有り様、まさしく神槍。
両腕を振りかざす銀色の巨体。降り注ぐ獅子の神槍。
巨体の頭部を覆うキャノピーの目前に迫った時、鋼鉄が激しく削り落とされる音がこだました。
空中で、停止する神槍。そして白銀の獅子。
飛び散る、炎。掴み取った巨体の両腕。
だが神槍の穂先は唸りを止めず、ミシミシと音を立てる。
神槍ごと獅子を放り投げた銀色の巨体。
空中で数度回転しながら、獅子は着地。すぐさま身構え、神槍を背中に折り畳みながら宿敵を睨む。
対する銀色の巨体は両腕を前方にかざしつつも、一歩踏み込むのをぐっと堪らえた。……両手の爪がくすぶっている。先程の炎を受け止めた結果だ。削り込まれた右腕の傷も、先程の包囲網で負ったひび割れも、再生する気配はない。
再生どころではなかった。
『読メナイ、馬鹿ナ……』
白銀の獅子アーサーの動きも技も破壊力も、読み切れない。それが反撃に転じるのを躊躇させた。
対するシニヨンの美少女ギネビアは言い知れぬ高揚感に包まれつつある。……思いの他、大したことがない。間合いも駆け引きもわかっていない。力づくでどうにか受け止めてはいるが、これは時間の問題だ。
「軍団の皆さん、そしてアロン。もう少しです、もう少しです。
覚悟なさい、下郎!」
声を合図に、獅子の疾走、そして跳躍。
爪が、腕が、何度もすれ違う。
そのたびに鋼の皮膚が削れ、油が噴出する。
間に合っていない、巨体の対応。何度目かの攻防を経て、次こそはと両腕を大きく開き身構え前のめり。
だが狙い澄ましたかのように、対峙する白銀の獅子はピタリと動きを止めた。
微動だにせぬ獅子。その有り様に、白銀の巨体も見合うかのように動きを止めてしまった。
一歩、踏み込む白銀の獅子。
相対する銀色の巨体は後ずさり。
訪れた数秒の静寂。……どちらが均衡を破ったかわからない。気がつけば獅子も、巨体も、右手に駆けた。地表に円を描く二匹。
ところで魔人ビスマの命の恩人マノニアは、この攻防を見下ろせる程高い丘の上にいるにも関わらず、人よりも大きな橙色の蜂の一隊と共に岩陰でガタガタと震えていた。前哨戦たる獅侍の軍団と銀色の巨体が戦った時点で幾度となく鉄片が吹っ飛んできたからだ。それでも例の板状端末の一辺を岩陰から出して撮影するのだけは怠らなかったが。
鉄片の噴出もすぐに収まり、気がつけば決戦の火蓋が切って落とされていた。それでようやく岩陰から首を出してみたところ、繰り広げられる攻防は劣勢。
「何じゃあこりゃあ……。当たらないとか、かすらないとか、そういうレベルじゃあない。ビビっとる。腰が引けとる」
その時、自らが駆る橙色の蜂がアラームを鳴らし始めた。背部のコクピットからだ。そそくさと蜂の側に駆け寄りコントロールパネルを覗き込む。……辺り一帯にはゾイドコア反応が見当たらないものの、北方の山岳地帯周辺には大小様々なゾイドコア反応が集結しうごめいている。理路整然とした動きにはマノニアも既視感があった。
(地元の軍警察の連中じゃ。静観しとるのか)
銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドがラナイツを超えて他の民族自治区にまで侵入を試みた場合を想定しているのだろう。だからといってギネビア達に加勢までしない辺り、如何にも軍警察のやることだ(民族自治区の長が死ねば、後のヘリック共和国の領土拡大に都合が良い)。
となれば、早めに形勢を挽回できなければ「ギネビアに加勢する」と称して乱入する可能性だってある。急がねばなるまい。
「ビスマ、この馬鹿者!」
板状端末越しに怒鳴る。
端末は微動だにしない虹色の魔人を映し出した。形勢とは裏腹に、表情は全くわからない。
『[マノニア]……?』
「お主、ギルガメスとジェノブレイカーを倒すのを諦めたか!?」
『イヤ、ソンナコトハナイ、ソンナコトハ……』
表情こそわからぬものの、口調には動揺がありありと窺えた。
「良いか、軍警察が隙あらば貴様を倒さんと集結しておるのじゃ。急げ、負けたら全て終わりじゃ!
そいつをジェノブレイカーだと思え! ジェノブレイカーだと思って全て出し尽くせ!」
『助言、感謝スル』
激しい攻防の最中、この板状端末を介した会話だけは誠にゆっくりと時間が経過していた。
依然、グルグルと回り込む獅子と巨体。二種類の重い足音が辺りにこだまする。真夜中の決闘に関わらず幽玄の灯りに照らされたかのように見えるのは、少し離れたところで陥没した大穴から吹き出る業火の勢いが収まらないからだ。
傍目には互角に見えるかも知れない形勢だが、実際には白銀の獅子アーサーが攻防を支配したまま着々と時間が経過していた。獅子が走れば巨体も走る。獅子が止まれば巨体も止まる。……しかし銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドは、そこから乾坤一擲の反撃に転じることができない。爪と爪とが際どくすれ違うたびに装甲がえぐられ、油が噴出するのは目に見えていた。
白銀の獅子アーサーも明らかにそれを察していた。だからこそ十分に間合いを離しつつ、軽やかに駆ける。……駆けるが、攻めるぞ攻めるぞと見せかけて、すぐに停止する。銀色の巨体も慌ててブレーキを掛ける。この繰り返しで、十分だ。
パイロットたるシニヨンの美少女ギネビアはほくそ笑む。
「ご覧なさい、アーサー。この狼狽えよう!
あの大きなゾイドが受けた傷は、かすり傷程度に過ぎないのにね……。
たった一撃が怖くて、どんどん消耗していくのよ。勿論、とどめは……」
応えて、唸り声を響かせる白銀の獅子。
対する銀色の巨体はその有り様をひと睨みするや、不意に傷付いた両腕を左右に開く。
下半身部分の四本脚を垂直に揃えるや、足首を覆うラッパ状の装甲からたちまち光の粒が噴出。そして、跳躍。自身の全長十数匹分も一気に後退する。……全身に埋め込まれた突起が唸りを上げて高速で回転。左右に開かれた両腕を中心に発光、明滅が繰り返される。辺り一帯に雷蛇が絡みつき、砂利が、土が引き寄せられる。
ギネビアの琥珀色の瞳は怒りがみなぎった。
「この期に及んで再生!? 許すものですか!」
両腕のレバーを押し込めば白銀の獅子はたちまちの全力疾走。銀色の巨体特有の異常な再生能力だけは使わせてはいけない。
銀色の巨体・頭部キャノピー内では虹色の魔人が力強く頷いた。
『ヤハリ、突ッ込ンデキタ……!
勝利ヲ得ルニハ、危険ヲ覚悟シナケレバイケナカッタノダ』
両腕を構える銀色の巨体。たちまち雷蛇が雲散霧消。再生を中断した証だ。
双児の月が、たかだかと舞う土煙を照らす。襲歩(ギャロップ)で追撃する白銀の獅子は、一気に己が全長四、五倍程度まで間合いを詰めた。そして高々と、跳躍。
土砂が爆ぜた。銀色の巨体が四肢を目一杯踏ん張ったのだ。
『[ジェノブレイカー]モ[アーサー]モ、ギリギリノ間合イデ技ヲ仕掛ケテキタ。
コチラモ同ジコトヲスレバ、良イ!』
力を貯める。急速に、縮まる間合い。そして、荒々しい一歩と共に飛び散る土砂。
繰り出される巨体の右腕。
その真横すれすれを、やはりすれ違っていく白銀の獅子。右前足の、籠手が開放。内側から解き放たれた、金色にまばゆく輝く鋭利な爪。
爪が今まさに何度も削られた巨体の右腕に届く、その寸前。
鞭のようにしなったのは、巨体の左腕。風切る音と共に、今まさに突き刺さらんとする獅子の爪先目掛けて解き放たれた。……だがその目の前には、他ならぬ銀色の巨体の右腕が道を塞いでいる。
およそこの世のものとは思えぬ、鈍い響き。
瞬間、真横に吹っ飛ばされた白銀の獅子。地面に叩きつけられ、横転すること数回。何のダメージも受けなかったかのように、すぐさま立ち上がって身構える。
だがそこで、白銀の獅子はバランスを崩して前のめりに崩れた。頭頂部キャノピー内のシニヨンの美少女が咄嗟に両腕のレバーを引き寄せ、どうにか踏ん張る。
「アーサー、どうしたのです!?」
キャノピーの内側にウインドウが開き、損傷箇所を明らかにした。
「……右手、なの!?」
見れば、獅子の籠手は脱落、金色の爪は付け根から根こそぎへし折れている。
ギネビアはキャノピーの向こうを厳しく睨みつけた。
銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドは今まさに、上半身を目一杯地面と平行に下げていたところだ。左腕で、掴んだのは三本爪と長さが特徴的な、この巨体の右腕そのもの。……銀色の巨体が振るった左腕は、まさに自らの右腕ごと白銀の獅子が繰り出す右前足の爪をへし折ったのだ。
銀色の巨体はさも当然のように、拾い上げた己が右腕の切断面を、本体側の切断面に向けて押し当てた。たちまち火花が飛び散り、傷口を中心に雷蛇が、砂が、土埃が引き寄せられる。このゾイド特有の驚異的な再生能力は健在だ。たちまち真っ二つの傷口が塞がっていく。
焦る、ギネビア。キャノピーの向こう側を怒鳴る。
「そんなデタラメな、戦い方……! アーサー!」
認めるわけにはいかなかった。再生できることを前提に自らを破壊するなど。……ここまでこの化け物に臨んだ全ての者達は、命が潰える覚悟をせざるを得なかったのだ。だがこのゾイドにはそんなもの、無用だ。死を恐れる必要がない者が命を弄ぶのが、彼女には許せなかった。
白銀の獅子も、応えて吠えた。へし折れた右前足で地を蹴って、再度の飛翔。双児の月を背負い、シルエットと化す。
見上げる、銀色の巨体。赤い眼が明滅、橙色のキャノピー内で、魔人ビスマはシルエットが打ち出す次の手立てを探る。
『次ハ左ノ爪……ソレシカナイ。見エ見エノ攻メ、裏ガアル……』
果たして、シルエットが飛来する僅か数秒の内に秘策が解き放たれた。鈍い音と共にうごめく、獅子の背中。
落雷のような破裂音が立て続けに鳴り響く。闇夜を炎が切り裂いた。
だがそれを待っていたかのように、銀色の巨体は前足を高らかに踏み降ろす。舞い上がる、土埃。地響きが破裂音を消し去った。
『成程、機関砲!』
そう、ここまでギネビアは、相棒たる白銀の獅子の背中に搭載されている機関砲の使用をずっと控えてきた。遠くから飛び道具を撃ち合うのでは勝ち目がないとわかり切っていたからだ。それをこの期に及んで、至近距離の騙し合いにおける切り札として繰り出したのだ。
だが銀色の巨体は察知していた。土埃と共に一歩、踏み込んで機関砲の射程から巨体を外す。
頭上を、左肩を、背負いし網目状の翼すれすれを、硝煙に絡みつかれながら機関砲の無数の弾丸がすり抜けていく。
すぐその後を追うように、急速落下する白銀の獅子。左前足は既に籠手が開放、金色の爪が顕わ。
獅子の左前足が、爪が、ピンと真っ直ぐに伸びて降り注ぐ。
だが強烈な爪の一撃は、命中する寸前で、真横からしなる斬撃を受けて吹き飛ばされた。銀色の巨体が解き放った再生右腕の一撃は、三日月の軌道で振り抜き、獅子の左手首ごとへし折ったのだ。
勢いを削がれ、落下する白銀の獅子。だが敏捷なネコ科に酷似したこのゾイドは地面に叩きつけられる寸前で宙を回って華麗に着地。すぐさま銀色の巨体の腹目掛けて躍り出た。……背中に折り畳まれていた神槍が、前方に展開、咆哮の唸りと共に描くは鋭利な螺旋。火花散らし、炎蛇が引き寄せられ、たちまち幾重もの炎が絡みつく。槍の穂先の向こう側には、この化け物のゾイドコアが隠されている……!
獅子の勢いに応えるかのように、四本脚を力ませる銀色の巨体。だらりと下げていた左腕の掌が発光、明滅、無数の雷蛇が暴れ回りつつ槍の形状に変貌を遂げていく。片腕だけで作ったからか長さは然程でもないが、ここまで数多の勇敢なゾイドを葬ってきたあの投擲武器と何ら変わりがない。
『「ケンタウロス・アロー]!』
魔人ビスマの掛け声と共に、鞭のようにしなった左腕。手中にある投擲武器の穂先が、獅子の背中に宿る神槍の穂先先端目掛けて食らいつく。
衝突、二本の穂先。螺旋と螺旋の鬩ぎ合い。炎蛇と雷蛇が激しく絡み合い、噛み付き合う。
両前足の爪や指がへし折れた状態で、白銀の獅子は踏ん張る。もう一歩前進できれば勝てる筈なのだ。
一方、銀色の巨体は残る右腕を、左腕で構築された投擲武器の最末端に添える。……たちまち投擲武器はまばゆく発光、巨大化していく。
遂に本来の長さ・太さにまで達した投擲武器。それを合図に、神槍の穂先に亀裂が走った。
地響きは、やけに鋭い。両の前足で大きく踏み込んだ銀色の巨体。たった一歩。それだけで「破竹の勢い」の言葉通り、神槍は穂先が、柄が、粉々に砕かれていく。
白銀の獅子は前のめりになって倒れ込んだ。丁度、宿敵の目前だ。
素早く身を屈めた銀色の巨体。長い右腕を伸ばし、倒れて立てぬ獅子の右後ろ足をむんずと掴む。
そして、目の前に吊り下げる。……獅子の頭頂部キャノピーには、事ここに至って亀裂が幾条も走っていた。
コクピット内部で逆さ吊りのギネビア。小さな身体は何度となくハーネスの限界まで揺さぶられた。この状況になって初めて、彼女は悟った。全身の骨折、打撲。ヘルメットのシールド部分にもヒビが入り、額から鮮血が流れている。体格の劣るゾイドで長時間戦ったツケは大きく、彼女の心身を著しく消耗させていた。
虚ろな琥珀色の瞳で宿敵のコクピットを探すが、天地がひっくり返った状態では見当たらない。
すると突然、キャノピー内側にウインドウが開いた。……全身虹色に輝く者の姿。しかし顔の形位しかわからず、目や口などは見当たらない。嗚呼、イヴはこの期に及んで何と気味の悪いものを見せるのか。
『見事デス、[ギネビア]サン。ヤハリ[導火線の七騎]ハ強イ。
一ツダケ、教エテ下サイ。……貴方ノ部下達ガ敗レタ時、何故、貴方ハ逃ゲナカッタノデスカ?』
その言葉に、シニヨンの美少女は全身が沸騰した。
『ふざけたことを! 私はいつも、逃げられなかった! 逃げるわけにはいかなかった!
でも、支えてくれた人達もいた! だから、だから……』
吊り下げられた白銀の獅子の全身に埋め込まれた突起が唸りを上げて回転を始める。……全てでは、ない。なけなしの力で、獅子はもがく。
虹色の魔人はその有り様をまじまじと見つめ、そして呟く。
『[無限、装填]』
銀色の巨体の胴体や下半身の側面部分より伸びた無数の銃身・砲身が、捕食を開始した触手のように動き出す。もがく獅子目掛けてすぐさま照準を合わせると、爆音が鳴り響き、火花がほとばしった。十秒、二十秒、三十秒……。
たちまち辺りに硝煙が立ち込め、それをかいくぐるかのように無数の鉄片が飛び散っていく。しばしば稲妻が爆音の中心目掛けて駆け抜けていくのが確認できた。それが「無限装填」と魔人が呟いた由来だ。原子レベルから銃弾・砲弾を生成し、無限に装填・発射し続けるのだ。
何分経ったか、わからない。だが爆音が止み風に押し流されるように硝煙が散っていくと、銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドがその右腕に吊るしていた筈の白銀の獅子アーサーの姿は完全に、消失していた。……いやただ一つ、右後ろ足の部分だけは残っていた。だがそれも銀色の巨体が手を離し、地面にそれが落ちた瞬間、粉々に砕けてしまった。
銀色の巨体ケンタウロス・ワイルドは双児の月を見上げて吠えた、ひとしきり。それは自身の勝利を祝うものなのか、敗者を弔うものなのか。