見失ったと思ったキリトとアスナが、自ら突っ込んできた。
探す手間が省けたと、リリスモンが大笑いする。
「カッカッカ、逃げるのは無駄だと知って、無謀にも突っ込んできおったか。確かに、片方を犠牲にすればわらわの元にたどり着けるじゃろうて。だがの、それで勝ったところで、本当に勝ったと呼べるのか」
勝ちを確信したのか、魔王が腕を広げた。ファントムペイン、発射。
現状、キリトとアスナは前後に並んで走っている。前を走るのはキリトだが、キリトが避ければ後ろを走るアスナに直撃する。もちろん、直撃すれば瀕死の大ダメージは必須だ。
だが、キリトは避けるそぶりも見せず、≪ファントムペイン≫を浴びる。
直撃によって生まれた爆発から、赤と白の何かが吹き飛んでいった。それは轟音を立てて木々の中に衝突、いや、着弾した。
「でやぁぁああ」
その甲斐あってか、キリトはリリスモンの懐に飛び込むことに成功。敏捷ステータスに物を言わせて、リリスモンに切りかかる。機動力、瞬発力、共にキリトの方が上。近接戦ではSAOプレイヤーに分があるようだ。
しかし、リリスモンにとってキリトの攻撃は軌道が単純なうえに、手数が片手剣一つで手数もない。避けることは簡単だった。もしこれが、アスナのレイピアならダメージはあっただろう。そして、そのアスナは……。
「アスナは倒した、残るはうぬだけじゃ」
キリトの後ろを追随していたアスナ。彼女の姿は見当たらない。ファントムペインを食らって、吹っ飛ばされたのがアスナだったのだろう。今頃、森の中でいつぞやのオメガモンのようにぐったりとしているはずだ。
キリトも気になっているのか、ウインドウを開きっぱなしのままリリスモンを切り付けている。攻撃は当たらないどころか、最悪なことが起こる。
「その腑抜けた攻撃で、わらわを倒せると思うてか」
デモンズネイルで鷲掴みにされた。がっちりと掴んで離さない黄金の爪、がら空きのキリトに向けて、リリスモンは反対の腕を伸ばした。
「貴様の攻撃を防ぐのなど片手で十分じゃよ」
「しまった」
動きを封じた状態で、怒涛の魔法攻撃。今までは離れていたから避けられたものの、今回は違う。接近し、動きを止められてしまった。キリトは炎や氷、雷など、様々な属性魔法の集中砲火を受けた。
SAOプレイヤーは属性による有利不利は無いものの、これほどの量を受け続ければ体力など持つはずがない。現に、キリトのHPバーは、緑から黄色、赤へとものすごい勢いで減っている。ついに、黒の剣士が膝をつく。キリトの身体中から煙が噴き出し、ボロボロの身体と相まって、虫の息だとリリスモンにも分かるように示していた。
「さらばじゃ」
魔王の白い腕から炎が吹き荒れた。黒煙が剣士の身体を包む。いくらキリトがSAO最強プレイヤーだったとはいえ、あの体力じゃ耐えられるはずもない。勝利を確信し、リリスモンが笑う。ありったけの魔法を撃って満足したのか、辺りが静まりかえる。
だが、リリスモンはキリトの腕を掴んだままで、ポリゴンへと変わる様子は一切ない。それどころか、死んだと思ったキリトが煙の中ら現れる。
「なぜじゃ! なぜ死なん。魔法は当たった、体力は無いに等しい。なのに……」
ボロボロだった身体はいつの間にか回復しており、肩を大きく動かしてはいるものの、倒れる気配は無い。動揺するリリスモンと対象にキリトは不敵に笑うと、剣を握っていない腕で空を指さした。
「空を見てみろ、リリスモン。お前はこのSAOという世界を知らない」
キリトは生きていたが、武器はまだデモンズネイルが捕えている。反撃はできないと思ったのか、リリスモンは空を見る。
「はぁぁああ!」
リリスモン目掛けて上空から飛び掛かる者がいた。ソイツは白と赤を基調とした騎士風の戦闘服の少女。右手には白銀の細剣を構えて、左手には結晶が青い光を放っている。
不死身のキリト、空から迫る新たな敵。思考停止したリリスモンに対して、キリトが笑った。
「≪回復結晶≫だよ。これを使うと、自分を含めて味方プレイヤーを回復できるんだ」
「味方?! オメガモンの事か! いや、ヤツの両腕は武器で出来ている。アイテムは使えても、武器はグレイソード、レイピアなのではない。アルファモンは色が違う……。アスナ?! ヤツはさっき」
「信じられないなら見てみろよ」
慌ててアスナが飛んでいったらしい場所を探す。折れた木のド真ん中、地面に多少めり込んだのはアスナではない。紅白の大盾だった。
「≪インフェルモンの大盾≫、俺がファントムペインを食らった時、とっさに構えて森の方へ投げ捨てた。……まあ、盾貫通攻撃だったからきっちりダメージは受けたけど。お前はあの盾をアスナだと勘違いしたんだ」
なぜキリトがウインドウを開いたまま突っ込んできたのか、なぜ、キリトの後ろをアスナが走ったのか。その答えはここにあった。
二人が固まって動くことで、リリスモンのファントムペインを誘発。爆発エフェクトに紛れて、アスナがキリトの背中を踏みつけ跳躍。キリトは≪インフェルモンの大盾≫を投げることで、リリスモンにアスナを倒したことを錯覚させる。
この作戦は成功、煙に紛れた大盾のシルエットは分からず、リリスモンは色合いだけで判断した結果、勘違いしたのだ。もちろん、リリスモンがSAOのマップ機能が使えたら、アスナが生きていると分かっただろう。しかし、キリトの読みが当たり、リリスモンはSAOの世界やシステムを知らなかった。
魔法攻撃を食らったキリトの体力だが、上空に飛んだアスナが≪回復結晶≫を使うことで、体力を回復させる。だから、怒涛の魔法攻撃にキリトは耐えられた。
そして、地上に残ったキリトがリリスモンを足止めしつつ、アスナの落下地点にとどめる。さらに生まれた隙をついて、アスナが落下と共にソードスキルを放つ。
実際、リリスモンはキリトの動きを縛っているものの、デモンズネイルを放せば反撃を許してしまう。動こうにも動けない状況だった。
だが、リリスモンは笑う。
「見事じゃ。だが、わらわには、もう片方の腕がある」
リリスモンは片腕を空へと伸ばし、アスナに魔法を放つべく手のひらを広げた。ここから魔法攻撃を放てば、空中で身動きの取れないアスナに直撃する。魔法でアスナを倒した後、じっくりとキリトを料理すればいい。
もはやキリトなど見ていない。リリスモンはアスナを倒すことだけに集中していた。だから、キリトの変化に気づかなかった。
バキッと、何かによってリリスモンの腕が弾かれ、大きく仰け反った。
何故? と疑問符を浮かべたまま、魔王の視界にキリトの両腕が入る。デモンズネイルに捕らえられた左手の黒い剣と、右腕に握りしめれた白い刀身の剣。その剣の名前は―――≪ダークリパルサー≫―――。
「俺にだって、もう片方の腕がある。オマエの攻撃を防ぐのなど片手で十分だ!」
「二刀流!? おのれ! 図ったなキリト!」
なぜキリトがウインドウを表示しながら戦ったのか、その答えがここにある。
キリトはリリスモンに対して、二刀流を見せていない。だから、デモンズネイルで≪エリュシオンデータ≫を抑えた時、リリスモンは余裕ともとれる態度をとった。
アイテムストレージというSAOのシステムによって隠された、キリトのもう一つの剣に気づく訳が無い。これが決定打となって≪ダークリパルサー≫の≪パリィ≫がきれいに入った。
未だ立ち直れないリリスモンにアスナの≪ランベントライト≫がすぐそこまで迫っている。白銀の細剣が魔王の身体を串刺しにした。
「……見事。だが、距離ができ、アスナは動けぬ。うぬらの攻撃もこれまでよ」
リリスモンはアスナ渾身8連撃を浴びて後退。ダメージを負ったものの、若干の距離はできた。ソードスキルを使ったアスナが硬直する。
これを好機とリリスモンは傷口を左手で押さえながらも、魔法を放とうと右腕を前に突き出した。
「キリト君スイッチ!」
「任せろ」
スイッチ、ONとOFFのように切り替えを行う装置のようなもの。現実ならば、攻撃の主導権がアスナからリリスモンへと移っただろう。だが、ここはSAO。ソードスキルの切り替えの意味として使われる。だから移ったのだ。攻撃の主導権がアスナからキリトへと。
リリスモンによって封じられたキリトの≪エリュシオンデータ≫が解放される。事前に準備をしていたのか、発動は魔法よりも速い。突進し、右手の剣でリリスモンの腕を切り上げて魔法が暴発。左の剣で追撃、二刀流ソードスキル≪ダブルサーキュラー≫が炸裂した。
「決めるぞ! アスナ!」
2回目のスイッチ。SAOプレイヤーが、この世界で戦うべく身に着けてきた技術。数々の強敵を打ち破り、アルファモンから賞賛された、キリトとアスナのコンビネーション。3回、4回と途切れることなく続く剣技の嵐。
オレンジとブルーの光をまとった三本の剣がリリスモンへと迫る。いくらリリスモンと言えど打つ手なし。何故ここまで強いのか。振り下ろされる剣を見て、走馬灯のように、今までの記憶がよみがえる。
デジモンと友情を重ねてディアボロモン達に抗い、愛を叫んでアスナが目覚めた。キリトは知恵を持ってリリスモンを下し、彼ら、彼女らは勇気をもって立ち向かう。その中心には確かな信頼があった。
かつてリリスモンが熱狂した、選ばれし子供たちと同じ。あの二人と二体こそがリリスモンが望んだ光景だった。
―――認めよう、そなたらは美しい―――
二人のソードスキルがフルヒット、黒い剣と白銀の細剣が切り上げてフィニッシュとなる。ガッツポーズともとれる二人の腕と対象にリリスモンが膝をついた。
大魔王は自らが軽視したSAOのシステムによって、偽りと決めつけた彼らの信頼によって、崩れ落ちた。
「うぬらの勝ちじゃ」
リリスモンの体力こそは残っているが、このまま続行しても勝ち目はない。いや、続行する意味が無くなった。キリトとアスナの勝利を称え、その場にへたり込む。負けを認めたというのに、リリスモンの表情は安堵からくる笑顔だった。
「アスナさん!」
「キリト」
アルファモンとオメガモンが合流。半壊した森と、座るリリスモン、そして勝ち誇るように腕を上げた二人の剣士。二体のデジモンは辺りを見渡して、状況を察した。
「どうやらこの勝負、我々の勝ちのようだなアルファモン」
「ディアボロモンを倒して戻ってきたら、勝負はついていたとはな。君たちを信じてよかったよ」
アルファモンはハッハッハと豪快に笑って、キリトとアスナの頭を撫でた。オメガモンはリリスモンに向き合うと。
「リリスモン、お前の計画もこれまでだ」
「止めんか。これ以上、抵抗する気も起きぬわい。……それとも、か弱き乙女をいじめるのがロイヤルナイツのやり方なのかえ?」
「ふむ、君はか弱い乙女ではないだろう。どちらかと言えば、怖いおばさんのイメージが強いな」
リリスモンはアルファモンの言葉にムッとしながらヨロヨロと立ち上がる。そんなオメガモンがよろめくリリスモンを腕で支えた。
「ところでリリスモン。このSAOにデジモンを放ったのは君か?」
「濡れ衣じゃ。なぜわらわが自分の住処を離れてまで、この不便な世界に行かねばならぬ? 城でワインを飲もうと貯蔵庫に踏み入れたら森におった。もう、何が何だか分からんわい」
年代物を飲もうと楽しみにしておったのに。
思い出して腹が立ったのか、歯をむき出しにして怒っていた。確かに、リリスモンが黒幕ならおかしな点がある。
破壊活動こそはしたものの、本来ならいるであろう手下のデジモンはいないし、味方は突貫で作ったインフェルモン。ディアボロモンへと進化していたが、SAOの世界を落とすにはもう少し戦力が欲しい。
それに、管理者権限を使った形跡や≪カーディナル≫と戦う準備もしていない。単純に被害者だろう。
「ほら、言った通り怖いおばさんだろう」
「確かにな」
「うーん、私のお母さんって他人から見たら怖いおばさんなのかな……」
キッとリリスモンは失礼なことを言ったアルファモンを睨みつけた。無駄だと思ったのか、ふうっと一息つくと森の奥へと歩いていく。
「待て! どこへ行く」
「そうじゃのう、うぬらを見てわらわもこの世界を知りたくなった。まずはうぬらのように人間のパートナーを探そうと思うての」
「どうするの? キリト君」
「あー、確かにリリスモンは犯罪まがいなことをしてたけどな……。でもプレイヤーを殺すっていうより、世界を壊す。攻略する。ってのを目標に動いてて、それを俺たちが阻止しようとして戦ったし。今回の事件の被害者でもある訳で。俺は捕まえたり倒したりしなくてもいいと思うけど。オメガモンはどう?」
「私はいいが……」
オメガモンとして気になったのは、白い女剣士の方だった。彼女はジト目でキリトを見つめると。
「もしかして、リリスモンが女性の見た目をしているから許そうとか思ってないよね?」
「違うよ。アルファモンからも何か言ってくれ」
「君はおばさんがタイプなのか?! 今後の参考にしよう」
「おい、黒いの。さっきからわらわをババア扱いしおって。自分はどうなんじゃ? 失敗したプラモデルのような見た目のくせに」
アルファモンの目が消えた。
「よしキリト、やっぱり倒そう」
「えぇ……。あ、アスナ。アスナはどう思う? 一番被害を受けていたけど」
「そうだなー、確かに酷いことされたけど、いろいろ考えるきっかけになったし。できればリリスモンにもこの世界の良さを知ってもらいたいっていうのが本音かな」
その答えにキリトも二体のデジモンも頷いた。
アスナはリリスモンのところまで歩くと、ウインドウを表示した。
「ねえ、リリスモン。フレンドにならない?」
「フレンド? なんじゃそれ」
「あはは……そこからなのね。えっと、フレンドって言って、遠くにいてもメッセージを送れる機能なんだ。リリスモンが困った時とか、私にメッセージを送れば一緒に冒険できるかも」
「ふむ、何とも便利な機能じゃ。是非とも頼もう。……して、アスナよ。どうやってやるんじゃ?」
えっとね。
アスナが手とり足取り教え始めた。リリスモンもプレイヤーのデータを基にしたデジモンだったため、SAOのシステムは使えたようだ。
リリスモンはアスナの真似をしてウインドウを表示したり、回復アイテムを使ったりしていた。デジモンとしてデータをいじることは出来るようだが、SAOのゲームとしてシステムを使うのは初めてだったらしい。アスナに教わっている間は目を輝かせて、ウインドウが変わるたびに喜んでいた。
アスナとフレンドになった後、リリスモンは笑顔でキリトやオメガモンのところに戻ると。
「わらわとフレンドになってはくれぬか?」
こうしてロイヤルナイツの一人と七大魔王の一人がフレンドになった。
それからリリスモンはおぼつかない操作で≪転移結晶≫を出すと、胸に抱きしめられた結晶が青い光を放つ。
「皆の者、さらばじゃ。近いうちにまた会おうの」
夕日をバックにリリスモンが笑いながら転移する。
キリト達は手を振って見送った。残された二人と二体。リリスモンという脅威を防ぎ、味方にすることに成功したが、事件の黒幕は振出しに戻ってしまった。手がかりが無い以上、また一から探さなくてはいけないだろう。
リリスモン編は終わりまで書けました。
続きを読みたいかどうかを教えていただけると嬉しいです。