寝ているうちに素材を溶かされたアタシ、リズ。それと鍛冶が初心者な攻略組の美人、リリス。
女二人でパーティを組んで76層の草原に出た。するとアタシたちのすぐ近くにスズメバチのようなモンスター、≪ヘルホーネット≫が飛んできた。それに気づいたのか、リリスが前に出る。
ヘルホーネットは自慢の針でリリスを突き刺そうと攻撃してくる。リリスはというと、避けるそぶりも見せずに金色の爪で、ハチの毒針を鷲掴みにした。
え、鷲掴み!? あれってスキル系の技だから速いはずなのに……。てか、そもそも掴めたんだ、アレ。
驚愕するアタシに向かって、リリスは眠そうな声で。
「早よ殴らんか、そのハンマーは飾りか? それとも鍛冶用のものを間違えて持ってきたんかえ?」
「うるさいわね」
などと非常に腹立たしいことを言ってきたので、これでもかと言わんばかりに≪ヘルホーネット≫に八つ当たりする。そして、これが76層で初めてアタシが最初から最後までHPを減らして倒した敵になった。解せぬ。
その後もリリスは攻撃することなく、敵の攻撃を鷲掴んではアタシに戦わせた。おかげで、素材も経験値もアタシに多く入ってきた。それはいいんだけど……。
「ぜえ、ぜえ……ちょっと、待って、よ。休憩に、して」
「なに根を上げておる。わらわなんか全然疲れておらんぞ」
「そりゃあ……そうでしょう、ね」
リリスは掴んで突っ立っているだけで後は何もしない。拘束してくれるのはありがたいけど、基本戦うのはアタシ。おかげでリリスの得意武器はいまだに不明。しかも適正レベルから少し、すこーし低いアタシの攻撃力だと何度も殴る必要がある。何度も殴っているうちにバテてしまった。しかも、アタシが一生懸命攻撃している横でリリスはあくびして。何なのコイツ。
少しは手伝いなさいよぉ……。悪態付きながらも経験値と素材を譲ってくれていることに感謝しないといけない。なんか、ほんと雪山でレアメタルを探したときのアイツを思い出す。立場は真逆になったけど。
「置いていくぞえ」
「待って、待ってたら~」
ヘロヘロになりながらリリスの後を追った。早めに素材集めを終らせなければ、体力が持たない。
そう判断したアタシはスキルで≪ステール≫つまり、盗むを覚えた。これは戦闘中にも関わらず、モンスターから素材をドロップできるスキルだ。このスキルと戦利品で二重に素材を手に入れることができる。
そう、アタシの目的は素材を手に入れることだ。素材さえ手に入れれば戦う必要はない。そのはずなんだけど……。
「どーしてドラゴンに追いかけられているのよ!!」
「リズ! さっさと逃げんかい」
「アンタが寝てるのに尻尾踏んで起こすからでしょうが」
ほんと、最近ついてない気がする。
ドラゴンに追いまわされて、ヘロヘロになったアタシたち。鱗一枚と引き換えに数年分の寿命と、スタミナを失った。これがリアルなら明日は筋肉痛が確定だわ。
何とか逃げ切り、木々の間で息を整えていると、目の前にスライムが現れた。本当はもっと長ったらしい名前なんだけど、省略してスライムで。
比較的温厚な種族なのか、スライムはアタシたちに気づいても襲ってこようとはしない。打撃武器は効きにくかったはずだから、戦いたくはない相手なんだけどね。
「ほれ、リズ。あの粘っこいのを倒すぞ」
「ストップ! あれは……打撃が、効かないからって」
リリスはアタシの忠告を無視して、スライムまで歩いていくと、緑色の身体を掴もうと黄金の爪を突き刺した。グチョグチョと音を立てて、格闘してしばらく。
「りィ~ずゥ~! 抜けぬ、抜けなくなってしもうた。オマケに粘っこくて気持ち悪い、何とかしてくれんか」
スライムにはめられていた。プレイヤースキル高い人なのに、なんでスライムに打撃攻撃が効かないことを知らないんだろう……。あ、涙目になってこっち見てるし。
「りィ~ずゥ~、助けよ、助けてくれんか」
ひな鳥のように手足をバタバタさせている。着物の袖が長いから翼に見えて余計鳥っぽいし。ちょっと笑えるんですけど。
「はいはい、分かったから。引っ張るから手を伸ばして」
「早く、早くぅ」
仕方ないかぁ~。残念美人の手を握って思いっきり引っ張った。
「ふぎぎ……抜け、ないわね」
「痛い、痛い! 脱臼する。もっと、優しくできんのか」
「腕が、抜けるって、意味なら……どっちも、一緒よっと。うわ」
「大魔王でももうちっと慈悲はあるぞ」
仮に脱臼しても許させるよね?
ちゃぽんと間抜けな音を立てて、スライムから解放された。勢い余って転がるアタシたち。
「痛ってて」
大木に頭をぶつけて、後頭部をさすりながら辺りを見渡すと、一面が緑に囲まれていた。スライムだ!
群れの一匹にリリスが手を出して、怒らせたんだ。どうしよ……。
「リリス、リリス! 伸びてないでさっさと起きて! アタシたち囲まれた」
「キィキィ騒がんでもよい、コウモリか貴様は。状況は把握しておる。ほれ、後ろに洞窟がある、そこへひとまず避難せんか?」
「袋のネズミじゃないの?」
「安心せい、洞窟は真っ暗闇。ずいぶんと深いじゃろうて」
リリスは目を細めて洞窟を睨みつけていた。視界に何が入ったのかは分からないけど、アタシには洞窟の先にモンスターがわんさか居そうだなぁとしか思えない。だけど、スライム相手に戦うよりはマシなのかも。いざとなれば転移結晶を使えばいいし。まさか無効エリアとかじゃないよね?
そんなわけで、アタシとリリスは走り出した。スライムたちはメタル系じゃないらしく、アタシたちが逃げ切るくらいには遅かった。
ゴールテープを切るように洞窟に飛び込むと、スライムたちは追ってくるそぶりも見せず、入り口付近をウロウロしたままだ。ふぅ、ひと段落。と思いきや。
「リズ! これを見よ。赤い宝石があるではないか。これを使えば良い武器が手に入るに違いない」
などとリリスがほざいていた。追ってこないスライム、おもむろにある宝石、そして深い洞窟。罠かもしれない。アタシの危機察知能力が発動した時にはもう遅い。リリスが赤い宝石を鷲掴んで引っこ抜いていた。
そして、次の瞬間、床が抜けた。
「リィ~ズゥ~! どうなっておる! 床が、床が崩れたぞ」
「アンタのせいでしょ! これ罠だったのよ~」
もういやぁあ~。
洞窟の壁に反射するアタシの叫び声を聞きながら二人で落ちていった。
●
それからのことはよく覚えていない。目を覚ました次にはリリスが焚火を作って、暖を取っていた。上を見上げても光は見えないし、ここが相当深い場所だと嫌でも分かる。落下ダメージが無いのが不思議だけど、リリスが機転を聞かせて何とかしてくれたのだと信じたい。
「リズ、目が覚めおったか。具合はどうじゃ? 凍えぬよう、暖を用意したが」
覚醒したついでに辺りを見渡すと、アタシたちが落下した場所は壁が氷で閉ざされていた。寒くないのはリリスのおかげみたい。でもこの光景、すごいデジャブ感があるんだよね……。たぶん、転移結晶も使えないと思うし。
アタシは試しに結晶を取り出して叫んでみたけど、案の定、無効化された。
あの日、レアメタルを二人で取りに行ったとき、雪山の洞窟に落下した時と同じような状況だった。
「はぁ、どうしよっか。リリス、何かいい考えない?」
「妙に落ち着いておるの」
「あはは~、前にも似たようなことがあったんだよね」
「面白い、詳しく教えてくれんか」
別にやることも無いし、お腹も空いてきたので、ご飯の支度をしながらアタシの昔話をしてあげた。
黒い剣士が来店したこと。ソイツがお店の目玉商品を叩き負ったこと。弁償のために雪山に素材を取りにいって、穴に落ちたこと。その先でドラゴンと遭遇したこと。無事、素材を見つけて武器を作ってプレゼントしたこと。その先は……言わなかった。
「こんなとこかな。戦闘は結局そいつ一人に任せちゃって、今もそいつは最前線で戦っている。アタシはほら、レベルが足りなくて足手まといだけど……」
今となっては甘酸っぱい思い出話にしかならないと思う。でも、リリスは真剣に聞いてくれた。そして、何を思ったのか。
「リズ、その時できた剣の名は何という」
忘れもしない。アタシの最高傑作、魂が宿ったと自負できる二本のうち一本。意味は確か『闇を払うもの』だったけ。
「覚えてるよ、名前は≪ダークリパルサー≫。まだアタシの作った剣を使ってくれてると嬉しいな」
「リズ、喜べ。お主の作った剣は、またヤツの危機を救い、見事に闇を打ち払ったぞ」
「知ってるの!?」
リリスは焚き火に薪をくべながら、どこか懐かしむように微笑んだ。
「ああ、忘れもせん。奴ともう一人、アスナ。魔王を打ち破った者の名じゃ。魔王は怖いか?」
そりゃあ、めちゃめちゃ強いって聞くし?
「安心せい。魔王は……敗れた。もう二度と悪さはせんじゃろうて」
何か知っているような口ぶりでリリスがこぼす。
それからアタシとリリスはご飯を食べることにした。本日の晩御飯はスープ。鍋を出して、適当に食材を入れる。あとはシステムが上手くやってくれるはずだ。
リリスはなぜか興味津々といった感じで工程を見ていた。……思えば戦闘も、料理も傍観しているだけなような。鍛冶もアタシが手取り足取り教えないといけないほどで、なんて言うか、システムを理解してないっていうのか。おばあちゃんにスマホを教える感覚って言えばいいのかな。
鍋を見ながらリリスが口を開く。
「聞けば、二人の武器を作った者は同一人物だそうな」
≪ダークリパルサー≫と≪ランベントライト≫この二つを作ったのはアタシの自慢だ。二人に負けないくらい強い武器が欲しかったのかな? でも、どうしてリリスは、自分で作る。なんて言い出したんだろう。
「のう、リズ。この世界に本物はあると思か?」
「本物?」
「データという偽物、現実には無い虚構で作られたこの世界。ゆえにすべて幻だと思っておった。うぬはどう思う」
そうか、分かっちゃった。この人も、あの時のアタシと同じ。訳の分からないままこの世界に閉じ込められて、現実の、本当の身体は違う場所に置き去りにされた。それを意識しないように、最前線に潜り続けて戦ってきたんだと思う。
でも、デジタルモンスターが現れて、SAOがおかしくなっちゃって、不安を抑えきれなくなったんだと思う。きっと、オーダーメイドにこだわったのも、それが欲しかったんだと思う。
だからこそ、答えなくちゃいけない。難しい質問をされたけど、アタシの答えは決まっている。
「えいっ」
そのことを教えてあげたくて、アタシはリリスに抱き着いた。
アイツは誰かを見殺しにするくらいなら一緒に死んだ方がマシって言ってたけど、アタシは恥ずかしくて言えなかった。でも不安になっているから一緒にいたい。アタシにも、それくらいはできるよね。
あの時、アイツにしてもらったときと同じように、アタシもアンタと一緒に感じたい。もし、叶うなら教えてあげたい。暖かくて、大切な思い出を。
「いきなり何じゃ!」
「本物はあるよ。データだけじゃ説明ができない、本物が」
心の暖かさ。
それをアタシは教えてもらった。寒い洞窟の中で、手をつないで眠った暖かな思い出。誰がなんと言おうと、それだけは否定させない。 リリスは一瞬驚いたけど伝わったのか、アタシの頭を撫でてくれた。
「迷いなく答えるか。ま、それもそうじゃの」
リリスは朗らかに笑うと、アタシに向かってこう言った。
「だが、リズ。一つ勘違いをしておる。お主は自分を足手まといと言ったが、それは違う。お主は強い。わらわが保障しよう」
「ブッ、何いきなり変なこと言ってんのさ。根拠はどこにあんの?」
「わらわの師匠だからの」
料理ができたポーンという効果音がなって、料理が完成。二人でスープを飲み干した。
え、味? それはえーっと、食材が悪かったのか、それとも使ったお鍋の性能が低いのか、何と言うか……。
「あんまり美味しくないのう」
うるさい。