キリト、アスナ、アルファモンは76層の街へとたどり着いた。街の入り口に≪アークソフィア≫という看板が立っていることから、新しい拠点の名前は≪アークソフィア≫であろう。
この、76層の街は統一された赤い屋根、白やペールオレンジの石造りの家が立ち並ぶ。建物が中世ヨーロッパ風のイメージを与えるが、その数からして大都市だといえよう。立派なのは規模や見た目だけではない、宿屋、道具屋、武器屋などの冒険や攻略に必要な施設も充実していた。
しかし、キリトとアスナにはそんな街の施設など眼中になかった。理由は道中、ラプタードラモンに襲われたことから、他の攻略組もデジモンの被害に遭っていないか心配だったからだ。
キリトとアスナは二手に分かれて≪アークソフィア≫を捜索する。
キリトは街の宿屋や武器屋、道具屋などの場所を把握せずに、攻略組のメンバーを探し始めた。街に入って程なくして、一人の男性を見つけた。
「クライン!」
「おお、キリトじゃねーか」
赤いバンダナが特徴的な男性にキリトが駆け寄った。クラインと呼ばれた男。彼とキリトはSAOがはじまってすぐに出会った戦友だ。
「おめえの姿が見えないから心配したぞ。……しっかし、どうなってんだあ? 茅場晶彦を倒したってのによう、全然ログアウトできねーぞ」
「ああ、俺もログアウトをしたって情報は入って来てないな……」
「そっか、茅場を倒したお前だけってことも考えていたが……そんなことなかったか。どうなっちまうんだろうな、俺たち」
クラインは肩を落とした。キリトは彼を慰めつつも、質問を投げる。
「何か変わったことはないか? たとえば、新種のモンスターが出現したとか」
キリトの質問に対して、クラインは顎に手を当てて考える。爪でジョリジョリと顎髭を引っ掻くと、顔をしかめた。
「……特に聞いたことはねえな。みんなこの街に入って、宿を探したり、考え事をしたり、あとは、準備しているし。攻略組の中で外に出たプレイヤーはいないから、まだ76層のマップを把握しているとも思わねえし。どんなモンスターが生息しているかなんて誰も知らないんじゃないか? それこそ、ヒースクリフ以外」
「よかった」
キリトはほっと一息ついた。デジモンによる被害が出ていないことになる。
さっき戦ったラプタードラモンの強さがどれほどのものかは分からないが、アレがデジモンの中で最強という訳ではないだろう。キリトとアスナの二人で倒せるほどのレベルだったが、素早さや機動力はもちろん、高速飛行能力まで備えている。アレよりも強いデジモンと遭遇したとき、倒せるという確証はない。
攻略組全員にデジモンという存在を認識させる必要があるだろう。キリトは結論を出した。
クラインはキリトの気持ちなど知らずに、後ろで立っている人物に指をさした。
「ところでよう、キリの字。おまえの後ろに立っているバカでかい鎧を着たのはなんだ?」
「私はアルファモン。ちょっと彼とは縁があってね、少し同行していたところだ。私など気にせず戦友との話に花を咲かせてほしい。男の友情に水を差すのは野暮というものだ」
とは言われたものの、キリトの2倍以上ある人物を前に気が引けるのか、クラインは委縮してしまっている。
今、アルファモンについて説明しても混乱すると考えたキリトはあえて踏み込まず、用件だけを伝えた。
「クライン、茅場が倒されて、SAO中に変化が起きているらしい。これからの攻略は今までの攻略とは違うと思った方がいいかもしれない。
……それで、俺たちは変化を見つけたんだ。その共有をみんなでしたい。集めてくれるか?」
「ずいぶん深刻そうだな。よし、分かった。みんなも都合があると思うから、今すぐにとはいかねえが声はかけてみる。
……そうだな、今日の夕方にでも各パーティの代表が集まるか」
夕方に緊急攻略会議が決まった。仲間を集めてくる。と走り出したクラインを見送る。
キリトはアルファモンに振り向いた。
「アルファモンさ、その姿どうにかならない? ものすごく目立っているんだ……」
「ん? 言われてみれば確かに目立つな。よし、分かった。今この世界のデータを調べて適当なアバターを構成しよう」
アルファモンはそう言うと、身体を発光させた。青い光と共に、アルファモンの巨体は小さくなり、キリトより若干大きいくらいのサイズまで落ち着いた。体格も、ロボットのようなゴツイ姿から生身の人間のスラリとしたものへと変化している。
「これでどうだ。その辺のデータを組み合わせてみたから、雑だとは思うが」
アルファモンは金髪の美女へと姿を変えた。ホットパンツにストール、大きめのシャツのボタンは第二ボタンまで空いている。おかげで胸元が見えていた。きわどい。
キリトは一瞬、アルファモンが変身した女性の胸を見ると、顔をそらす。
「あの……ボタンを留めてもらえますか」
「どうした少年、姿は女性だが中身はデジモンだ。そう照れることも無いだろう。それよりももっとよく見てくれ、初めて人間の姿になったんだ。変なところが無いか、君という一個人の視点からも意見を聞きたい」
美女に言い寄られる。アルファモンはいたずらな笑みを浮かべてキリトの手を握った。それから肩を掴み、頬に手を当てた。第三者が見ればキスでもすると勘違いされるような光景だ。
そして、この光景を最も見てはいけない人物が見てしまった。
「キリト君、何しているの?」
「アスナ。これはその……いや助けてくれ」
「ふうん、私が他のプレイヤーにデジモンの危険性を知らせている時に、知らない美人とイチャイチャして」
不機嫌オーラを周囲にまき散らして、アスナは歩み寄る。
修羅場だ。と、苦笑いを浮かべるキリト。視線で放してくれとアルファモンに訴えるが、デジモンは何を思ったのか。
「おお、アスナ君。いいところに来てくれた。私の格好についてどう思う? これからキリトと街を歩くんだが、彼の隣に並んだとして、おかしいところは無いかい?」
その言い方だと、デートである。キリトの思惑と反して、爆弾を落としていった。
この発言によってアスナが切れた。アスナはズカズカ歩いて、キリトとアルファモン(美人)の間に割って入る。美女の手を振り払うと、キリトの右手を握りしめた。そして、キョトンとしている美女に言い放った。
「ちょっと、キリト君とどんな関係かは分かりませんが、初対面の人に対して馴れ馴れしくないですか? それに、キリト君は私の……」
「私の?」
「私の旦那さんなんだから!」
赤面しながらも睨みつけるアスナ。キリトは顔を左手で覆いながら。
「アスナその人は、アルファモンだ」
「へ?」
状況を読み込めないアスナに対し、アルファモンが元の姿に戻る。
「そうか、君たちは妙に仲がいいと思ったら結婚していたのか、それはすまないことをした。この世界はゲームだし、最近の子供は進んでいると聞いたが、まさか結婚しているとは。驚いたな」
ハッハッハと愉快に声を上げて笑うアルファモン。街中で堂々と宣言してしまい、恥ずかしさからアスナの顔が真っ赤になる。
「まあ、私は恋愛に疎いが、君たちくらいの年頃なら付き合っているくらいが丁度いいのかもしれない。子供がいなければ問題ないよ」
赤面しながら俯く二人。アルファモンとしてはフォローしたつもりだが、二人は肯定するように沈黙した。アルファモンもその意味を理解したようで。
「もしかして……いるのか? 子供」
キリトもアスナも無言を貫いている。すると、キリトが着ているコートのポケットが光りを放ち、ポンと女の子が飛び出した。見た目八歳くらいの少女は黒くて艶やかな髪を揺らし、着地する。
「お久しぶりです。パパ、ママ」
「ゆ、ユイ」
「……ユイちゃん」
夫婦からユイと呼ばれた少女がキリトとアスナに抱き着いた。完全に置いてけぼりを食らったアルファモンから一言。
「……その、ごめんなさい」
笑えない冗談ほど気まずいものはないだろう。
さて、このユイという少女、正式にはキリトとアスナの子供ではない。SAOプレイヤーのメンタルケアを目的としたAIの少女だ。サービスと同時に活動するはずだったユイだが、SAOがデスゲームと化した影響で、ユイの親玉となるシステム≪カーディナル≫活動停止の命令を受けた。メンタルケアのためプレイヤーの監視を続けていたところ、デスゲームの影響で負の感情ばかり送られてきた。それらはやがてエラーとなり、ユイに蓄積されていくこととなる。
ユイがエラーによって崩壊を起こし、フィールドをさまよっていたところをキリトとアスナに保護される。その後は紆余曲折を経てAIとしての自覚を取り戻し、二人を追い詰めたモンスターに対し管理者権限を使って助けた。この時、管理者権限を使ったのがバレて、≪カーディナル≫に回収され、二人と別れたのだ。
閑話休題。
今、キリトとアスナ、アルファモン、そしてユイの四人はカフェにいた。現実世界のスタバに負けないくらいお洒落なカフェ、木製の椅子とテーブルは陽の光に照らされて綺麗に見える。パラソルの下で料理を待つ間、四人はユイについて話し始めた。
アルファモンが人間に変身した姿は、アスナの中で不評だった。しかし、デジモンの姿ではカフェの椅子に座ることができない。かといってアルファモンの巨体を見上げながら会話をすると首が痛くなりそうなので、人間態になってもらった。
三人から関係を説明されたアルファモンが言ったセリフがこちら。
「それで、なぜユイがここにいるんだ? まさか、デロリアンに乗って未来からやってきたとか。大変だキリト、君とユイが結婚して、ユイが消えてしまう」
「……俺のポケットから実体化するのを見ただろう」
アルファモンのボケにキリトが突っ込んだ。SFが好きなデジモンを白い目で見つめる母親と娘。コホンとユイが咳払いをする。
「はい、パパとママが言うように、私は一度≪カーディナル≫によって回収されました。本来≪カーディナル≫はクエスト生成からエラー、バグの対応まで様々な用途を担っています。それだけ大きなシステムで、エラーを起こすことは滅多にないはずです。
でもここ最近、立て続けにエラーが起きて、そっちに対応をしているみたいです。その結果、私に対する罰則が緩んで動けるようになりました」
ユイの説明に心当たりがあるのか、アルファモンが大きく頷いた。
「そのエラーというのは我々デジモンたちの事かもな。本来、デジモンはこの世界にいてはいけない存在だ。≪カーディナル≫はデジモンを消去するために動いているとしたら、莫大な演算処理が必要だろう」
「それじゃあ、アルファモンは消えちゃうの?」
「たぶん、大丈夫だ。私はSAOに侵入する時、この世界のデータを元にしている。その上に私の見た目や、≪カーディナル≫のスキル生成機能を応用した。システム上は君たちと同じプレイヤーという扱いになっている。……数字はそれなりにいじったがね」
アルファモンが言うには、プレイヤーデータを元にアルファモンというデジモンのデータを乗せただけらしい。ようはMODないしパッチに近い……見た目は。では、ステータスやスキルに関してだが。
「スキル生成機能を応用した? 数字をいじった? それって、ハッキングじゃないか。即BANされてもおかしくないぞ」
堂々とハッキングしていた。正真正銘のチートだ。
「大丈夫、ゲームバランスを崩壊させない程度だから問題ない」
そういう問題ではないと思うが。
「まって下さい。デジモンはそんなことができるんですか?」
「ああ、元々我々はコンピューターウイルスが独自に進化していったものだ。デジタル製品はもちろん、セキュリティなど破壊してしまう力はある。だから、写真のネッシーや雪男に信憑性が……」
アスナが無言で両耳を塞いだ。アルファモンは咳払いをする。
「また脱線してしまった、失礼。とはいえ、茅場晶彦は上手く≪カーディナル≫を動かしていたことと、私自身がこの世界にデジモンが侵入しないように見張っていたから今まで無事だったが」
驚愕するユイと得意げに笑うアルファモン。キリトが発言する。
「そういえば、アルファモンの目的を聞いていない。
茅場が倒れて、デジモンが悪さして、SAOのログアウト機能が使えなくなったのは分かるが」
デジモンがSAOを狂わせたことは分かった。デジモンを何とかしないといけないことも分かった。しかし、どうしてアルファモンがこのSAOに来た目的が分からない。
「さっきも言ったように、私はSAOとデジタルワールドを監視していた。茅場晶彦が倒れた後、強力な力を持った何がSAOへと侵入してしまった。それを取り除かないと大変なことになってしまう。
茅場晶彦が倒れたとはいえ、デジモンが人間たちに悪さをしたら、デジタルワールドと人間界が戦争を起こしてしまう可能性もある。そんなことになって欲しくは無いからね」
アルファモンの言う、強力な何かはデジモンかどうかすら分からない。デジモンというイレギュラーに《カーディナル》が対応している。その過程で、アルファモンが追ってきた者を処理できれば御の字だ。
だが、ハッキングなどされて力を蓄えられてしまえばSAOを攻略することは不可能になってしまうだろう。
「アルファモンが私たちの味方でよかった」
「私も君たちからSAOの情報は欲しいからね。デジモンに関しては一人前だが、VRMMORPGは素人だ。お互い様だよ」
アスナが心から安堵した。SAOについての情報は攻略組のキリトとアスナは大量に持っている。
しかし、デジモンに関して、二人の知識は乏しい。その都度アルファモンから情報収集する必要があるだろう。
アルファモンにとっても、SAOに詳しい人物は大歓迎だ。
互いの利益が一致して、デジモンと人間の対等な協力関係が生まれた。
「でも、アルファモンは消える運命にあるのか」
「心配してくれてありがとう。まあ、その前に帰るつもりだし、消える直前まで抗ってみるさ」
アルファモンはハッハッハと軽快に笑って見せる。見た目は金髪の美女だが、堂々とした笑い声は、あのロボットのようなデジモンにふさわしい。
運ばれてきた料理に手を付け、雑談に花を咲かせていると、いつの間にか陽が沈み始めている。この後は、キリトたちがデジモンについて、攻略組に説明をする会議が待っている。
時間になったのか、クラインが四人のところへやってきた。
「キリの字、約束の時間だ。SAOの攻略について、俺たちに話をしてくれるんだろう?」
「もうそんな時間だったか」
キリトたちが席を立つ。デジモンについて何から話そうか、アルファモンに任せた方がいいのか、漠然とした今回の元凶に触れるべきか。様々なことを考えるキリトに対して、クラインが肩を叩く。
「ところでよう、お前さんの後ろにいる金髪の美女は誰なんだ? 紹介してくれよ」
そこからか……。
鼻の下を伸ばすクラインと対照的に、キリトは会議が長引きそうだと頭をかかるのだった。