日が傾いた≪アークソフィア≫。その街の中心には大きな噴水があって、そこに人だかりができていた。人垣の中心にひときわ目立つ巨大な黒い鎧の人物が立っている。デジモンのアルファモンだ。その隣には攻略組のキリトとSAO最大規模のギルド、血盟騎士団の副団長アスナもいる。ユイも一緒にいたいと駄々をこねたが、極秘のシステムAIということもあり宿屋でお留守番していた。
さて、キリト、アスナ、アルファモンの三人はSAOに出現した新たなる脅威、デジモンに関して他のプレイヤーと共有する説明を行っている。
アルファモンという異質な存在に聴衆はガヤガヤしているが、キリトが手を叩いてなだめた。パンパンという乾いた音が広場に響くと、ざわついていた聴衆がキリトを注目する。
「はい、それじゃあ、みんな気になっていると思うけど、まず黒い鎧の人物について説明するから」
それだけ言って、キリトが下がるとアルファモンが前に出た。
「初めまして、私はアルファモン。この大きさから分かると思うが、私はプレイヤーではない。デジタルモンスター、デジモンというネット上に存在するモンスターだ」
衝撃のカミングアウトに攻略組に緊張が走る。剣を抜く者、睨みつける者、距離をとる者、様々な反応を見せた。
「心配しないでくれ。私は確かにモンスターだが、君たちと戦うつもりはない。むしろ、逆だ。協力したいと思っている」
「警戒するのも分かるが、アルファモンは味方だ。最後まで話を聞いて欲しい」
「みなさん! 落ち着いて、アルファモンと私とキリト君の三人でパーティを組んで実際にモンスターを討伐しています」
攻略組の中でも有力な二人から援護が入り、聴衆は落ち着きを取り戻した。アルファモンはキリトとアスナに頭を下げると、堂々と胸を張った。
「この場を治めた二人に感謝する。さて、まず初めに、私がここにいる理由とSAOとデジモンの関係について話そう」
アルファモンはSAOとデジモンを監視していた事、茅場晶彦が倒れた影響、デジモンが侵入してしまった事。以前キリトとアスナに説明したことをザックリと話し始めた。
途中、話が脱線しかけたが、キリトとアスナが上手く立て直した。
「現状はそんなところだ。さて、次は私たち、デジモンについては話そう。まず、デジモンには幼年期、成長期、成熟期、完全体、究極体と五段階成長する」
デジモンは幼年期から生まれて、究極体へと進化していく。つまり幼年期は弱く、究極体が強い。
成長段階だけで考えるなら、幼年期はSAOの1層目で登場するモンスターより弱い。成長期は20層に登場するモンスターと同じくらいの強さ。成熟期はSAOの40層辺りに登場するモンスターと同じくらいの強さ。昼間戦ったラプタードラモンはこの成熟期に含まれる。完全体は55層レベル。究極体になると80~90層に生息するモンスターと同じくらいだろう。
「本来はこの区分で良かったんだが、今回は少し事情が違ってね。SAOで活動するために、我々デジモンはSAOのデータを土台にしている。つまり、同じ成熟期のデジモンでもボスのデータを参考にしたものと、1層など序盤で登場するモンスターのデータを参考にしたものだと、強さが変わってくる」
RPGゲームで終盤に登場するモンスターが強くなると言ったら分かりやすいだろう。先程言った、幼年期から究極体の進化段階と、この元となったSAOのデータで最終的な強さが決まるらしい。
SAOのデータがレベルみたいなものだ。同じ究極体でもレベル1の究極体とレベル99の究極体なら、圧倒的に後者の方が強いということになる。また、RPGの仕様上、通常の雑魚モンスターとボスモンスターを比較した場合、後者の方が強い。
「さて、もう一つ厄介なことがあってね。デジモンは魔法攻撃、遠距離攻撃を使うんだ。銃を装備している種族もいるし、ミサイルやレーザーを放ってくる個体も存在するくらいだ。
近距離を主体として戦う君たちとは相性が悪かもしれない。成熟期だから、成長期だからと言って、舐めてかかると痛い目を見るだろう」
SAOのコンセプトに仮想空間を楽しむ。というものがある。よって、動かない魔法よりも激しい動きをメインとする剣技が採用された。
モンスターもスケルトンの剣士やリザードマンなど剣を装備したモンスターが多いし、剣を装備しなくともイノシシや植物型のモンスターは身体を主体として攻撃してきた。もちろん、ドラゴンなどのブレスという遠距離攻撃を行うモンスターもいるが、それでも近距離がメインだ。
「あとは……そうだな。私たちデジモンには、≪データ≫、≪ワクチン≫、≪ウイルス≫という三つのタイプが存在する。また、使う技も火属性や水属性など9つの属性を有しているくらいか。
しかし、剣一つで戦ってきた君たちには関係ないことだ。ウイルスタイプのデジモンで、水属性の技を使うから≪ソードスキル≫が効かない。とかそんなことにはならない。あくまで、我々デジモン同士で戦うことに有効になってくるだけの話さ」
アルファモンが言うには、SAOプレイヤーの≪ソードスキル≫は三つのタイプ、9つある属性の中で、タイプフリーの無属性だという。デジモンの中にもタイプフリーの無属性のデジモンが存在するが、この属性は全てのデジモンに対して有利にもならないが、不利にもならない。そんな属性だという。
SAOプレイヤーに対して、デジモンたちは今までと全く異なる戦術を持って現れた。現状でキリトとアスナ以外はデジモンと戦ったことがない。それゆえに属性やタイプ、攻撃方法など異質な存在であるデジモンたちに、攻略組は不安を覚えていた。
彼の不安を払拭するように、アルファモンの凛とした声が響く。
「だが、安心してくれ。デジモンのステータスはSAOのデータを元にしている。だから、システム的には必ず倒せるようになっている。
そうだ、いくらデジモンが遠距離攻撃や属性などを駆使しようが、ここはSAO。君たちのホームベース。ルールもシステムも何も変わっていない。数々の死線をくぐってきた君たちなら怯えなくともいいだろう。
さらに、プレイヤーデータを元にしたデジモンがいるのなら、君たちの味方になってくれるはずだ。かく言う私がそうだから」
ラプタードラモンの俊敏性や、遠距離攻撃を主体としたデジモン。一芸に長ける彼らだが、根底はSAOに登場するモンスターと変わらない。実態はSAOのモンスターに魔法という技やデジモンの個性が追加されたに近いだろう。
「確かに、デジモンの存在は未知数です。でも、彼らは今まで戦ってきたモンスターとは違います。一緒に冒険したり戦ったり、私たちに協力してくれます。デジモンが味方になれば攻略だってぐっと楽になるはずです」
アスナが補足する。デジモンは敵だけはない。中にはアルファモンのように味方になってくれる個体も存在する。
仲間に加えることができれば、パーティの選択肢として遠距離攻撃や魔法攻撃が加わることになる。さらに、飛行できるデジモンや水中を泳ぐことができるデジモンなどと組めば、今まで行けなかったところに行けるようになる可能性だってある。
「よっしゃー、そうと決まれば俺もデジモンを仲間にするぞ!」
「でも、どうやって仲間にするんだ? ≪使い魔≫と同じやり方でいいのか」
「その辺は安心してくれ。君たち人間に友好的なデジモンであれば何かしらの意思疎通はできるし、言葉を使ったコミュニケーションだって成り立つ」
アスナとアルファモンの言葉に攻略組全体が明るくなる。万全を喫して、下の階層にいるであろうデジモンを捕まえようと、何人ものプレイヤーがシステムウインドウを開いた時だった。
「パパ、ママ! 大変です!」
パタパタと足音を鳴らして、全力で走ってくる子供がいた。
「ユイちゃん!?」
「ユイ、どうして。留守番をしてろって言ったじゃないか」
ユイはハアハアと肩を上下に動かして息をしている。頑張って走ってきたにもかかわらず、キリトに注意を受けて、若干涙目になった。でもすぐに腕で涙を拭うと。アスナにコツンと叩かれるキリトに向かって力強く言った。
「この76層から下の階層に行けなくなりました」
それと同時に何人かが手にした、転移アイテムが落ちて砕け散った。
下の階に行けない。SAOプレイヤーにとって由々しき事態だ。いくら攻略組とはいえ、手に入れたアイテムの全てを持ち運ぶことなどできない。したがって、下の階に拠点を作ってそこに武器やアイテムを預けている者もいる。実際に、キリトとアスナも22層に家を構えて暮らしていた。
「ユイ、理由は分かるか」
「はい、≪カーディナルシステム≫の影響だと思います。デジモンを下の階層に行かせないように強制的に私たちを76層以上の層に閉じ込めた可能性があります」
新たな事実に驚愕するプレイヤーたち。デジモンという存在によってバグだらけになってしまったSAO。死と隣り合わせにあるゲームだからこそ、問題が起こった。
不安はざわめきとなって、次第に大きくなっていく。
「おい、アルファモンと言ったな。お前のせいで俺たちが76層に閉じ込められたんだぞ! どう責任取ってくれんだ」
そうだ! 何とかしろ!
誰かの発言を皮切りに不満が怒りとなって噴出する。真っ先に責められたのはデジモンを代表するアルファモンだった。
アルファモンは罵倒に対して静かに耳を傾けていた。キリトとアスナは必死になだめるが、彼らの怒りは止まらない。次第に非難の矛先は、デジモンを庇ったキリトとアスナにも向かっていく。
理性を失いかけて、これ以上は暴動へと発展しそうな空気が生まれた時、動いたのはアルファモンだった。アルファモンが手を高く上げたと同時に背中に魔法陣が展開する。さらに空高く上がったデジモンの黒い腕から緑色の光弾が発射された。無数に発射される光弾は互いにぶつかり合って、爆発を起こし、消えていく。人々の怒りが乗り移ったような爆発は空一面を埋め尽くし、後には真っ黒な煙が残った。
絨毯爆撃後の戦場のように静まり返った広場に凛とした声が響いた。
「君たちが怒るのも無理はない。たしかに、この状況は我々デジモンが生み出した。だからと言って、私を庇ったキリトやアスナを責めるのはお門違いだ。
静粛にして欲しかったとはいえ、いきなり技を使ったのは悪いと思っている。しかし、今のままではまともな議論ができなかったのでね、理解して欲しい」
アルファモンはそれだけ言うと頭を下げた。これに対して責める者は誰もいない。この場に居る誰もが、言い過ぎたと反省している。アルファモンの意図を組んで、キリトが声を上げた。
「俺たちはこうして閉じ込められたけど、言い換えれば下の階にデジモンがPOPすることはない。だからデジモンを仲間にするなら76層以上ということになる。広いアインクラッド城を駆け回る必要が無くなった。それどころか、下の階層でデジモンによる被害が生まれなくなったんだ」
デジモンの行動領域が特定できた。さらに、アルファモンの光弾からデジモンが戦力になるということまで分かった。これにて会議が終了する。
敵として脅威だが、味方になれば心強い。攻略組の間でデジモンに対する評価だ。
今後の攻略にデジモンが必要になるだろう。各プレイヤーはデジモンを仲間にするための準備を整えるために宿へと戻る。
75層のボス攻略から始まって、茅場晶彦ことヒースクリフの撃破、プレイヤー同士のいざこざをなだめるという激動の一日が終わった。
広場に残されたキリト達四人。今回の会議を振り返って、アスナが頭を下げた。
「ごめんなさい、アルファモン。まさか、こんなことになるなんて」
「いいや、気にしないでくれ。私がもし、君たちの立場だったと考えれたら無理もないことだ。それに、君はこの世界で生きていると言っていたね」
「はい、そうですが……」
「私たちデジモンもネットの世界で生きている。君たちもこのSAOというゲームの世界で生きている。私たちデジモンと君たち人間は同じプログラムの世界で生きているんだ。お互いに分かり合う日が必ず来ると私は信じているよ」
人間のキリト、アスナ。AIのユイ。デジモンのアルファモン。四人が宿へと向かう。
爆発で生まれた黒煙はすでに消え去り、≪アークソフィア≫に綺麗な夕日が沈んでいく。全く新しい明日が来る。
夕日を見ながらの帰り道、ふとキリトが訊ねた。
「ところで、アルファモンは何体なんだ。成熟期? 完全体?」
「究極体だ」
「マジか」
気軽に話していたデジモンが最強クラスの究極体だと知って、驚く三人。そんな人間たちを見て、アルファモンは愉快に笑ったのだった。